沖田博文さん(@hirofumi_okita)が自作の「アイピースシミュレータ」を使用した興味深い実験を行い、結果をTwitterで連投されています。実験と解析は継続中で、どんな結果が出てくるか興味津々。天体の肉眼視(眼視観望)のセオリーが理論的に実証されたり、常識が覆ることもあるかもしれません。



2022/9/1 追記)沖田さんによるまとめ

アイピースシミュレーター実験
https://okita-tenmon.com/sensitivity/sensitivity.html

9/5)追記

沖田さんのWebページのまとめがさらにバージョンアップされています。まずこちらをお読みいただくことを推奨します、というよりこちらだけをお読みいただいた方が間違いがないと思われます!

沖田さん自身による最新の連続ツイートとまとめのWebページ(作成中)です。こちらの情報の方が最新になります。まずごちらをご覧いただく方がよいかと思います^^

アイピースシミュレータとは?

 

「アイピースシミュレータ」は、それぞれ独立して調光・測光可能な「視野円」と「対象円」の2つを持ち、実際の天体の肉眼視と同じくらいの低照度(SQM28〜)の状況を再現し、天体の「見える・見えない」を数値的に検証しようというものです。パーツの製作には3Dプリンタを活用。

天体の肉眼視(眼視観望)では、これまで「眼の生理学的特性」による定性的な理論とベテラン観測者による体感値・経験値によって「見える・見えない」が語られてきましたが、この「アイピースシミュレータ」によって定量的・客観的な環境の再現が可能になります(*)。

(*)とはいえ、最終的には「人間の眼」による被験者の主観判断となるため、これだけで一連の検証結果が確定するというものではありません。今後、追実験や被験者を広げた検証によってより裏付けが進んでいくことを期待します。

人間の眼が光を感じる限界の検証

一連の実験は多岐に及び、現在進行形でもあるため、今回全てご紹介することができませんが、基本的な検証をいくつかご紹介します。

最初の実験。人間の眼はどのくらい「暗い」光まで知覚できるのだろうか。一般に、理想的な夜空の「暗さ」は「SQM=21.5前後」と言われていますが(*)、人間の眼にとってこれはどのくらいの「明るさ」なのでしょうか。

(*)SQMは「Sky Quality Meter」という測定装置の名称で、この測定器の単位が「1平方秒角当たりの光度(等級)=mag/arcsec^2」となります。SQM=21.5という測定値は、1平方秒角に1個の21.5等星を敷き詰めた明るさに相当します。

背景視野の明るさは、ある明るさの「アイピースシミュレーター」をSQMで測定した状態を基準値とし、NDフィルターで減光することでより暗い状態が再現されます。



その結果、沖田さんの眼では「SQM=28」程度の暗さまで「背景視野(見かけ視界65°の視野円)」を確認できたそうです。これは理想的な星空の「SQM=21.5」と比較すると、1/400の明るさ。

なるほど夜空は明るいわけだ。

人間の眼は星空の背景輝度よりもさらに400倍の「光検知能力」を持っている。逆にいえば、星空(*)は人間の視覚限界よりも400倍も明るい、ということになります。

(*)ここでの「星空」は、瞳径7mmの肉眼での明るさです。天体望遠鏡を使用し口径(mm)*2の高倍率(瞳径0.5mm、口径100mmなら200倍)で見た場合は、この約1/200の暗さになります。

天体が見えるかどうかは「総光量」と「背景の明るさ」で決まる

この実験は、アイピースシミュレータで見かけの大きさを0.25°〜2°の「対象」を再現し、対象の明るさと背景の明るさを変えて「はっきり存在が分かる」「かろうじて存在がわかる」条件をプロットしたものです。

この検証のポイントは、背景が暗いほど暗い対象が見えることはもちろんですが、対象が見えるかどうかは、対象の「単位面積当たりの明るさ」ではなく「眼に届く総光量」で決まる、ということ。小さくて単位面積当たりの明るさが大きな対象も、大きくて単位面積当たりの明るさが暗い対象も、総光量が同じであれば同じように見える、という結論です。

これは「パイパーの法則」として知られているもので(*)、視覚細胞がイメージセンサーの「ビニング」と同じような効果(複数の視細胞からの信号を「積分」する)で感度が上昇するという働きです。

(*)参考)「続・天の川が見える怪 /臼井正 天文教育2007年3月号」この論文の内容は天文ファン一般に広く認知されるまでには至ってない気がします。

こちらの検証は「背景の明るさ」を「瞳径」に換算して図示したもの。「天体がはっきり見える」ためには、瞳径7mmでは4等級、4mmで5等級、1.7mmで6.5等級が必要となり、そこで頭打ちになります。つまり「暗い天体をはっきり見る」には瞳径は1.7mmよりも小さいことが望ましい、という結論になります。

まとめ

「見かけの視野の広さが狭いほど、暗い天体が見えるのではないか?」という疑問を検証するために製作されたキャッチーすぎる装置^^ 3000いいねまでバズっています。結果は「関係ない」という結論でしたが、これぞ科学的好奇心と検証の醍醐味ではないでしょうか!

いかがでしたか?

天文趣味の原点である「肉眼視(眼視観望)」の分野においても、まだまだ未解明・未認識(*)のことがたくさん残っているのだという感を新たにしました。

(*)「すでに先人が研究していたが天文ファン一般には認識されていない」ことが多いのかもしれません。

「淡い(暗い)天体を見るには瞳径1.7mm以下(口径10cmの場合58倍以上)」という目安も、いますぐ役立つものではないかと思います。今回の検証結果からみても、「淡い天体を見るなら低倍率」という認識は実は逆で、「淡い天体を見るなら中倍率以上(*)」といって差し支えないものと思われます。

(*)より正確には、空の暗さや対象の大きさに応じた適切な中〜高倍率

常識は常にアップデートされうるものである。その影には様々な人の汗と努力と貢献の積み重ねがあります。「肉眼視(眼視観望)」が熱いですね!

 

 

https://reflexions.jp/tenref/orig/wp-content/uploads/sites/4/2022/08/e53d78db4164a3323789805d597abb92-1024x574.jpghttps://reflexions.jp/tenref/orig/wp-content/uploads/sites/4/2022/08/e53d78db4164a3323789805d597abb92-150x150.jpg編集部特選ピックアップ天体観賞(観望)沖田博文さん(@hirofumi_okita)が自作の「アイピースシミュレータ」を使用した興味深い実験を行い、結果をTwitterで連投されています。実験と解析は継続中で、どんな結果が出てくるか興味津々。天体の肉眼視(眼視観望)のセオリーが理論的に実証されたり、常識が覆ることもあるかもしれません。 アイピースシュミレーターを作ってみた。ダンボールで直径40cmの円筒を作って 、中を黒く塗って、LEDで丸く切った白い紙を照らすことでアイピースで覗いたようなバックグラウンドを得られるような装置。いくつか試行錯誤してうまくできた。 pic.twitter.com/hjQPvEYJNq — 沖田 博文 (@hirofumi_okita) June 13, 2022 2022/9/1 追記)沖田さんによるまとめ アイピースシミュレーター実験について、以下のウェブページにまとめました。もう少し書き足したいことがありますが、ひとまずここまで。ご意見・ご指摘あればバシバシお願いします。https://t.co/HO2EhyTFNY — 沖田 博文 (@hirofumi_okita) September 5, 2022 アイピースシミュレーター実験 https://okita-tenmon.com/sensitivity/sensitivity.html 9/5)追記 沖田さんのWebページのまとめがさらにバージョンアップされています。まずこちらをお読みいただくことを推奨します、というよりこちらだけをお読みいただいた方が間違いがないと思われます! 沖田さん自身による最新の連続ツイートとまとめのWebページ(作成中)です。こちらの情報の方が最新になります。まずごちらをご覧いただく方がよいかと思います^^ アイピースシミュレータとは?   視野内はわかりにくいけどこんな感じ。バックグラウンド・天体それぞれのLEDには調光回路を入れてボリュームで明るさを調整できる。そしてこれとは独立に明るさを調整できるよう可変NDフィルターを接眼部と天体用LEDに仕込んでいる。 pic.twitter.com/48PDnyrAxD — 沖田 博文 (@hirofumi_okita) June 13, 2022 「アイピースシミュレータ」は、それぞれ独立して調光・測光可能な「視野円」と「対象円」の2つを持ち、実際の天体の肉眼視と同じくらいの低照度(SQM28〜)の状況を再現し、天体の「見える・見えない」を数値的に検証しようというものです。パーツの製作には3Dプリンタを活用。 で、ここからが実験。上記の状態で天体側の可変NDを回して少しずつ天体を明るくしていって、バックグラウンドに対してどれだけ天体が明るければ「見える」ようになるか、調べる。おそらく天体の大きさだけでなくバックグラウンドの明るさにもよる。あとヒトの目の感度の限界もこれで調べられるはず。 — 沖田 博文 (@hirofumi_okita) June 13, 2022 天体の肉眼視(眼視観望)では、これまで「眼の生理学的特性」による定性的な理論とベテラン観測者による体感値・経験値によって「見える・見えない」が語られてきましたが、この「アイピースシミュレータ」によって定量的・客観的な環境の再現が可能になります(*)。 (*)とはいえ、最終的には「人間の眼」による被験者の主観判断となるため、これだけで一連の検証結果が確定するというものではありません。今後、追実験や被験者を広げた検証によってより裏付けが進んでいくことを期待します。 人間の眼が光を感じる限界の検証 6月に行っていたアイピースシミュレーターの実験、ようやく結果をまとめつつある。まずは視野背景の明るさから。どれぐらいまで知覚できるか調べたところ、私の目の感度の限界は28 mag/arcsec^2ぐらいだった。これは光害のない夜空(SQM=21.5)の約1/400の明るさ。なるほど夜空は明るいわけだ。 pic.twitter.com/wBjMZvYf89 — 沖田 博文 (@hirofumi_okita) August 20, 2022 一連の実験は多岐に及び、現在進行形でもあるため、今回全てご紹介することができませんが、基本的な検証をいくつかご紹介します。 最初の実験。人間の眼はどのくらい「暗い」光まで知覚できるのだろうか。一般に、理想的な夜空の「暗さ」は「SQM=21.5前後」と言われていますが(*)、人間の眼にとってこれはどのくらいの「明るさ」なのでしょうか。 (*)SQMは「Sky Quality Meter」という測定装置の名称で、この測定器の単位が「1平方秒角当たりの光度(等級)=mag/arcsec^2」となります。SQM=21.5という測定値は、1平方秒角に1個の21.5等星を敷き詰めた明るさに相当します。 背景視野の明るさは、ある明るさの「アイピースシミュレーター」をSQMで測定した状態を基準値とし、NDフィルターで減光することでより暗い状態が再現されます。 その結果、沖田さんの眼では「SQM=28」程度の暗さまで「背景視野(見かけ視界65°の視野円)」を確認できたそうです。これは理想的な星空の「SQM=21.5」と比較すると、1/400の明るさ。 なるほど夜空は明るいわけだ。 人間の眼は星空の背景輝度よりもさらに400倍の「光検知能力」を持っている。逆にいえば、星空(*)は人間の視覚限界よりも400倍も明るい、ということになります。 (*)ここでの「星空」は、瞳径7mmの肉眼での明るさです。天体望遠鏡を使用し口径(mm)*2の高倍率(瞳径0.5mm、口径100mmなら200倍)で見た場合は、この約1/200の暗さになります。 天体が見えるかどうかは「総光量」と「背景の明るさ」で決まる 昨日の続き。次に視野の明るさと天体の明るさを変えて、天体の大きさ毎にどのように「見える」のかを調べたのが次の図となる。これらの図では天体の「見かけの大きさ」「見かけの明るさ」毎にプロットしているので解釈が難しいので、次に示すような図に変換して考えた。(1/n) pic.twitter.com/JQb8Ji1iOa — 沖田 博文 (@hirofumi_okita) August 21, 2022 この実験は、アイピースシミュレータで見かけの大きさを0.25°〜2°の「対象」を再現し、対象の明るさと背景の明るさを変えて「はっきり存在が分かる」「かろうじて存在がわかる」条件をプロットしたものです。 この検証のポイントは、背景が暗いほど暗い対象が見えることはもちろんですが、対象が見えるかどうかは、対象の「単位面積当たりの明るさ」ではなく「眼に届く総光量」で決まる、ということ。小さくて単位面積当たりの明るさが大きな対象も、大きくて単位面積当たりの明るさが暗い対象も、総光量が同じであれば同じように見える、という結論です。 これは「パイパーの法則」として知られているもので(*)、視覚細胞がイメージセンサーの「ビニング」と同じような効果(複数の視細胞からの信号を「積分」する)で感度が上昇するという働きです。 (*)参考)「続・天の川が見える怪 /臼井正 天文教育2007年3月号」この論文の内容は天文ファン一般に広く認知されるまでには至ってない気がします。 視野背景の明るさを望遠鏡の射出瞳径に換算したものが次の図。分かりやすいように「天体がはっきり見える」で縦線を入れた。射出瞳径が7mm→1.7mmでどんどん暗い天体まで見えるようになっていくが1.7mmぐらいで頭打ち、それ以上は視野が暗くても暗い天体は見えてこないようだ。 pic.twitter.com/FVI6CN8YUW —...編集部発信のオリジナルコンテンツ