ブログ「Blue Stars」に「天文趣味はロマンチックか?」「私が星を見続ける理由」というエントリがアップされています。一般に「星を見る」という行為に持たれる「ロマンチック」というイメージとは真逆の「危険、きつい、汚い」の「3K」、それどころか「カネがかかる、暗い、健康に悪い、曇る、蚊に喰われる」を加えた「8K」な趣味である。それでも、自分はこういう理由で星を見続けているのだ、という趣旨です。

Blue Stars/天文趣味はロマンチックか?
http://blog.livedoor.jp/meteor63/archives/51629922.html
Blue Stars/私が星を見続ける理由
http://blog.livedoor.jp/meteor63/archives/51629966.html

ブログ「Blue Stars」を運営する松本幸久さんは、小学生の頃に「東大和天文同好会」を仲間と立ち上げ、20代の後半に東京から岐阜県旧藤橋村に天文担当職員としてIターンされ、長きにわたって星を見つめ続けてこられた方。

この2つのエントリは、そんな松本さんの天文趣味観・人生観が凝縮されています。他のエントリも、純粋な天文に対する想いや天文界への問題提起が多く含まれており、読み応えがあります。ぜひご一読をオススメします。

天文趣味は8Kなのか・ガチとゆるふわの狭間

Blue Stars/天文趣味はロマンチックか?
http://blog.livedoor.jp/meteor63/archives/51629922.html
「星が好きなんてロマンチックですね」
私が天文を趣味にしていることを知った人は、誰もが一様にこう言います。
(中略)
実のところ、天文という趣味、ロマンのロの字もないといったほうが良いかもしれません。
ひところ、3K業種という言葉が流行りました。
危険、きつい、汚い、でしたか。
天文という趣味の実態は、この3Kをすべて満たしています。

一般に持たれるイメージと実体の大きなギャップ。天文趣味だけでなく、多くの「マイナー」な趣味で見られる現象ではないかと思います。一つだけ例示すると「登山」。危険、きつい、汚い(臭い)。

そして、ある意味ではその認知ギャップを自虐的に楽しんですらいます。あまり人がやらないことに深くコミットする。一般にはなかなか理解されない。でも、深くコミットするに足る充分な理由と満足がそこにある。「3K(時には8K)」は深いコミットによって自分が得た「宝物」の代償でもあるのです(*)。

(*)天リフ編集長の場合、手動ガイド撮影で天体写真を撮影していた少年期に抱いていた感情は、まさに松本さんが書かれていることそのものです。

天文趣味から「K」の要素を拾い出す大喜利は楽しいゲームですが、昭和から令和への時代の流れの中で(ないしは「貧乏な青年」から「いっぱしの社会人」になることで)、いくつかの「K」は回避可能になりました。まず「汚い」は金の力で解決します。冬の寒さは進歩した防寒具でだいぶ軽減が可能。「曇る」はどうしようもないとしても「きつい」「健康に悪い」は向き合い方次第(*)。

(*)「金がかかる」も不可避ですが、向き合い方次第では不可能ではありません(あまり成功事例は聞かないのですが)。

まあ何が言いたいかというと「Kの大喜利」は内輪だけにとどめておいて、外に向けては「天文趣味はロマンチックである」というポーズを(たとえ「ゆるふわ詐欺」と言われたとしても^^;)取っていたいな、ということです(天リフ編集長の願望)。

星を見続ける理由と星を見続けたご褒美

Blue Stars/私が星を見続ける理由
http://blog.livedoor.jp/meteor63/archives/51629966.html

第1の理由は「人類が見ることができる最も遠い自然が星空だから」です。
(中略)
このスケールの大きさに惹かれます。私たちが体感できる最も遠く壮大な自然である宇宙を、誰でもどこでも一銭のお金もかけずに垣間見ることができ、そこに秘められた論理体系や物理について考察することができる喜びは、何物にも替え難いものがあります。

そしてなぜ星を見続けるのかが綴られます。

この内容には完全合意です。なぜ星を見続けるのかは松本さんのアンサー以外にも、さまざまな理由と動機付けがあることでしょう。そんな「理由」の総和こそが、天文趣味というカルチャーではないかと思います。

第2の理由は、昨日書いたように、なかなかに手強い天文という趣味ですが、曇られても、またどんなに辛い目に遭っても、しぶとく諦めずに星を見に行っていれば、ごく稀ではあるものの、いつかは素晴らしい現象に出会うことができるからです。
(中略)
努力をした人しか遭遇できない素晴らしい天体ショーや観測成果を自らの人生に刻み付けたいと思うからこそ、私は星を見続けてきました。
あるいは、これこそ「ロマン」といえるかもしれません。

諦めずに星を見続けることで「ごく稀」であっても「素晴らしい現象に出会うことができる」。そんな「星を見続けたご褒美」は必ずやってくる。「今日よりも素晴らしい日」がいつか必ず訪れる。それを信じることができるのが、天文趣味の一番素晴らしいところではないでしょうか。

まとめ

いかがでしたか?

松本さんの趣旨はもっと「硬派」なのですが、それを少し「ゆるふわ」にアレンジして解釈したのが本記事です。「深く」コミットして「K」な要素を正面突破することは、必ずしもマストではありません。「K」な要素はなるべく少なくなるように工夫しよう。「ゆるふわ」であったとしても「見続ける」ことが一番大事なことではないか。

「ガチ」の対義語は「ゆるふわ」ではない、というのが現時点での編集長の予感です。このテーマを掘り下げる?来年1月8日の「天リフ超会議・新春ゆるふわ選手権」もお楽しみに!

https://reflexions.jp/tenref/orig/wp-content/uploads/sites/4/2022/12/fc6927a4cd7fc6f068de9eb5d3ae4aff-2-1024x538.jpghttps://reflexions.jp/tenref/orig/wp-content/uploads/sites/4/2022/12/fc6927a4cd7fc6f068de9eb5d3ae4aff-2-150x150.jpg編集部特選ピックアップ天文コラムブログ「Blue Stars」に「天文趣味はロマンチックか?」「私が星を見続ける理由」というエントリがアップされています。一般に「星を見る」という行為に持たれる「ロマンチック」というイメージとは真逆の「危険、きつい、汚い」の「3K」、それどころか「カネがかかる、暗い、健康に悪い、曇る、蚊に喰われる」を加えた「8K」な趣味である。それでも、自分はこういう理由で星を見続けているのだ、という趣旨です。 Blue Stars/天文趣味はロマンチックか? http://blog.livedoor.jp/meteor63/archives/51629922.html Blue Stars/私が星を見続ける理由 http://blog.livedoor.jp/meteor63/archives/51629966.html ブログ「Blue Stars」を運営する松本幸久さんは、小学生の頃に「東大和天文同好会」を仲間と立ち上げ、20代の後半に東京から岐阜県旧藤橋村に天文担当職員としてIターンされ、長きにわたって星を見つめ続けてこられた方。 この2つのエントリは、そんな松本さんの天文趣味観・人生観が凝縮されています。他のエントリも、純粋な天文に対する想いや天文界への問題提起が多く含まれており、読み応えがあります。ぜひご一読をオススメします。 天文趣味は8Kなのか・ガチとゆるふわの狭間 Blue Stars/天文趣味はロマンチックか? http://blog.livedoor.jp/meteor63/archives/51629922.html 「星が好きなんてロマンチックですね」 私が天文を趣味にしていることを知った人は、誰もが一様にこう言います。 (中略) 実のところ、天文という趣味、ロマンのロの字もないといったほうが良いかもしれません。 ひところ、3K業種という言葉が流行りました。 危険、きつい、汚い、でしたか。 天文という趣味の実態は、この3Kをすべて満たしています。 一般に持たれるイメージと実体の大きなギャップ。天文趣味だけでなく、多くの「マイナー」な趣味で見られる現象ではないかと思います。一つだけ例示すると「登山」。危険、きつい、汚い(臭い)。 そして、ある意味ではその認知ギャップを自虐的に楽しんですらいます。あまり人がやらないことに深くコミットする。一般にはなかなか理解されない。でも、深くコミットするに足る充分な理由と満足がそこにある。「3K(時には8K)」は深いコミットによって自分が得た「宝物」の代償でもあるのです(*)。 (*)天リフ編集長の場合、手動ガイド撮影で天体写真を撮影していた少年期に抱いていた感情は、まさに松本さんが書かれていることそのものです。 天文趣味から「K」の要素を拾い出す大喜利は楽しいゲームですが、昭和から令和への時代の流れの中で(ないしは「貧乏な青年」から「いっぱしの社会人」になることで)、いくつかの「K」は回避可能になりました。まず「汚い」は金の力で解決します。冬の寒さは進歩した防寒具でだいぶ軽減が可能。「曇る」はどうしようもないとしても「きつい」「健康に悪い」は向き合い方次第(*)。 (*)「金がかかる」も不可避ですが、向き合い方次第では不可能ではありません(あまり成功事例は聞かないのですが)。 まあ何が言いたいかというと「Kの大喜利」は内輪だけにとどめておいて、外に向けては「天文趣味はロマンチックである」というポーズを(たとえ「ゆるふわ詐欺」と言われたとしても^^;)取っていたいな、ということです(天リフ編集長の願望)。 星を見続ける理由と星を見続けたご褒美 Blue Stars/私が星を見続ける理由 http://blog.livedoor.jp/meteor63/archives/51629966.html 第1の理由は「人類が見ることができる最も遠い自然が星空だから」です。 (中略) このスケールの大きさに惹かれます。私たちが体感できる最も遠く壮大な自然である宇宙を、誰でもどこでも一銭のお金もかけずに垣間見ることができ、そこに秘められた論理体系や物理について考察することができる喜びは、何物にも替え難いものがあります。 そしてなぜ星を見続けるのかが綴られます。 この内容には完全合意です。なぜ星を見続けるのかは松本さんのアンサー以外にも、さまざまな理由と動機付けがあることでしょう。そんな「理由」の総和こそが、天文趣味というカルチャーではないかと思います。 第2の理由は、昨日書いたように、なかなかに手強い天文という趣味ですが、曇られても、またどんなに辛い目に遭っても、しぶとく諦めずに星を見に行っていれば、ごく稀ではあるものの、いつかは素晴らしい現象に出会うことができるからです。 (中略) 努力をした人しか遭遇できない素晴らしい天体ショーや観測成果を自らの人生に刻み付けたいと思うからこそ、私は星を見続けてきました。 あるいは、これこそ「ロマン」といえるかもしれません。 諦めずに星を見続けることで「ごく稀」であっても「素晴らしい現象に出会うことができる」。そんな「星を見続けたご褒美」は必ずやってくる。「今日よりも素晴らしい日」がいつか必ず訪れる。それを信じることができるのが、天文趣味の一番素晴らしいところではないでしょうか。 まとめ いかがでしたか? 松本さんの趣旨はもっと「硬派」なのですが、それを少し「ゆるふわ」にアレンジして解釈したのが本記事です。「深く」コミットして「K」な要素を正面突破することは、必ずしもマストではありません。「K」な要素はなるべく少なくなるように工夫しよう。「ゆるふわ」であったとしても「見続ける」ことが一番大事なことではないか。 「ガチ」の対義語は「ゆるふわ」ではない、というのが現時点での編集長の予感です。このテーマを掘り下げる?来年1月8日の「天リフ超会議・新春ゆるふわ選手権」もお楽しみに!編集部発信のオリジナルコンテンツ