みなさんこんにちは!

近年ますます多彩になってきた、天体写真のフィルターワーク。ごく弱いマイルドな色ガラスフィルターから、ガチのデュアルナローバンドまで、もう実にたくさんの製品が市場に出回っています。

そこで、さまざまなフィルターを俯瞰し、天体写真(星野写真・ディープスカイ)におけるフィルターワークの基本について解説した「集中連載」をお届けしたいと思います。

第1回は何のためにフィルターを使うのか。天体写真におけるフィルターワークには、大きく3つの戦略があります。ほとんどのフィルターの特性は、この3つの戦略に対してどのようなバランス(方向性)で臨むのかで決まってくるといってよいでしょう。その基本戦略を見ていきましょう。

戦略1)輝線星雲を強調する

いろいろな星雲の輝線

赤い星雲を写したい」これは長年の天文ファンの願いといえるでしょう。デジタルになって赤色の感光域を長波長側に広げた「天体改造機」が広く使われるようになり、この願いはかなり充足されてきたといえます。それでも「もっと赤い星雲を!」という願いは強くあり、さらには「もっと青(緑)の星雲も!」というニーズも高まっています。

「赤い星雲」のシンボル、オリオン座のバーナードループ付近。これが撮りたくて天体写真を始めた人も多いはず。85mmモザイク EOS6D(天体改造)フィルターなし

ここで、天体が発する主な「輝線スペクトル」について整理しておきましょう。いわゆる「赤い星雲」の主成分は、電離水素の発する波長656nmの「Hα線」です。銀河の中には水素ガスが多く分布していて、このガスが近傍の星からの光で励起されることで、様々な波長の輝線(光)を発します。この中で最も顕著なものがこのHα線です。

ほ座の超新星残骸、ガム星雲。青緑色に光っているのが酸素のOIII線、赤いのはHα線。超新星残骸には比較的OIIIの強い領域が分布していることが多いようです。EOS6D(天体改造) 105mm STC Astro Duoフィルター

その次に顕著なものが、酸素の発するOIII線(波長496nmおよび501nm)です。OIII線はデジタルカメラでは青(B)と緑(G)のちょうど中間あたりに位置していて、視覚的には「青緑」といえるでしょう。OIII線を発する天体はHα線よりはずっと少なく弱いのですが、上の作例のような「超新星残骸」や惑星状星雲など一部の天体では、部分的にはHα線よりも強く光っているものもあります。オリオン大星雲(M42)やいて座の干潟星雲(M8)も、天体改造カメラではHα線の赤が優位になりますが、特に中心部ではOIIIもかなりの強度があります。

SAOナローバンド、ハッブルパレットによる北アメリカ星雲。SII輝線は微弱で、星雲のごく一部にしか明るいところはありませんが、ハッブルパレット(SIIを赤に割り当てる)にすると渋いアクセントになります。EOS6D天体改造 400mm Baader ウルトラナローバンドフィルター使用

ハッブル宇宙望遠鏡の写真など、いわゆる「ナローバンド疑似カラー画像」でHα、OIIIとならんで3原色に割り当てられることが多いのが硫黄のSII線(672.4nm)です。SIIはOIIIよりもさらに弱く、一般のRGBカラー画像ではほとんど目立たないのですが(*)、HαやOIIIとは違った部分で発光することが多く、この3つ(Hα・OIII・SII)をRGBに割り当てることで、カラー画像に豊かな階調やアクセントを加えることができます。上の画像の北アメリカ星雲のシグナスウォールや、いて座のM8の外周部などはSIIが比較的強い領域です。

(*)デジタルカメラのIRカットフィルターによってHα線以上に弱められてしまうという側面もあります。

そのほかにもHβ線(486.13nm)あたりまでがよく使用される波長でしょう。ほかにもヘリウムやネオン、アルミニウムなど輝星星雲にはいろいろな分子の発するさまざまな波長があるようですが、これらはあまり強くなかったり顕著な天体が限られるため、撮影で使用されることはごく少ないようです(*)。

(*)天文ガイド2020年9月号の最優秀賞作品は、これらのマイナーな波長でこと座のリング星雲をとらえたものです。

 ナローバンドで輝線を強調する

モノクロHαナローバンドで撮影したケフェウス座付近。赤い星雲の巣窟で、モノクロにするとさらに強調した表現が可能です。EOS6D天体改造 105mm BaaderHα7nmフィルター使用

輝線星雲はその名の通り、特定の波長でのみ強く光っています。そんな対象を強調する最も極端なアプローチが「ナローバンド」です。輝線を含むごく狭い波長域だけを通すフィルター(ナローバンドフィルター)を使用することで、劇的な強調効果があります。

簡単に概算してみましょう。デジタルカメラの感光域を「400nm〜680nm」であると仮定するとその帯域は280nm。これに半値幅(透過する波長が50%となる部分の半分の波長幅)7nmのフィルターを使用すると、その帯域は7×2で約14nm。輝線以外の成分は1/20になるのに対して、輝線は100%近く(通常は80〜90%程度)透過するため、周囲の星や背景の光害に対して、RGBトータルでざっくり15〜18倍(露出でいえば4段強ほど)、特定カラーのチャンネル内でも5倍〜6倍くらい(*)の強調効果があることになります。

ここで注意しておきたいのは、星雲を強調することは同時にセンサーに到達する光の総量を絞り込むことにほかありません。星雲を強調しようとするほど多くの露出(露出倍数)が必要になります。じっくり撮影できるディープスカイなら、その気にさえなれば総露出時間は青天井ですが、赤道儀を使用しない星景写真などでは、あまり露出倍数が大きくなると実用的ではなくなってしまいます。使用する機材(レンズの明るさなど)によっても、最適な選択や撮影の戦略が変わってくることに注意しなければなりません。

 輝線以外の帯域を絞って輝線を強調する

https://www.kenko-tokina.co.jp/lp/starry_night/

ナローバンドほど極端な戦略をとらなくても、輝線以外の波長の光を「ある程度」ブロックすることで、ブロックしただけの輝線の強調効果が生まれます。例えば、上のケンコーの「Starry Night(スターリーナイトフィルター)」は、もっとも効果のマイルドな(弱い)フィルターの一つですが、それでもRチャンネルにおいては570nm〜620nm付近の光を大きく絞っているため、Rチャンネル内でHα線を1.4倍(1/2段分)くらいは(*)強調する効果があるでしょう。

(*)Rチャンネルが長波長側に広い改造機では効果は弱く、650nm付近から急激に感度が低くなる非改造機ではより効果が大きくなります。

上の画像は天体改造したカメラによる北アメリカ星雲ですが、ごく効果の弱いStarry Nightフィルターでも赤い星雲の強調効果が見て取れます。

波長域を狭くすればするほど(ナローバンドにするほど)輝線星雲を強調できますが、どのくらい強調すればいいのかは使用目的と表現意図次第です。あまり狭くすると前述の通り総光量が減少し露出時間を延ばさなくてはなりませんし、次項で述べる「自然な色」からは遠く離れてしまいます。

STC マルチスペクトラフィルターの波長特性図。 https://yoshimi.ocnk.net/product/142

色ガラスフィルターではあまり狭帯域にすることができませんが、「薄膜蒸着型」のフィルターではかなり柔軟に透過帯域をコントロールすることができます。上の図の青線はやや効果の強い光害カット・星雲強調フィルター「STC マルチスペクトラ」の波長特性ですが、ナトリウムのD線(589nm)を含む580nm〜630nmあたりまでのRチャンネルを大きく絞り込んでいるため、かなりの(2倍:1段程度)Hα強調効果が期待できます。

左)フィルターなし、右)STC マルチスペクトラフィルター使用 EOS6D(天体改造) 24mmF2.8 120秒 トリミング カラーバランスと露出補正以外の強調条件は同じ

上の画像は「STC マルチスペクトラ」の実写比較ですが、Starry Nightフィルターよりさらに星雲が強調されていることがわかります。

このような星雲強調効果は、ごく弱いものから強烈な強調効果を持つデュアルナローバンドまで、少なめに見ても6段階以上のバリエーションが存在します(*)。星雲の強調度合だけをとっても、それくらいの選択肢があるということなのです。

(*)ガチの(半値幅7nm)ナローバンドの強調効果が露出4段分強ですから、1/2段〜2/3段刻みくらいで強調度合が選べることになります。この詳細は連載第3回で詳しく解説する予定です。

戦略2)光害をカットする

夜空はさまざまな人工光で明るく照らされています。天体写真においては、このような有害な地上光(光害)をできるかぎり低減する「光害カット効果」が大きく期待されています。

しかし、一定の効果があるものの、近年の照明の技術の変化・進化の中では、その効果には限界があると考えた方がよさそうです。その理由は、人間にとって良い照明ほど、フィルターによる低減効果が望みにくくなるからです。

高い光害カット効果の期待できる光源

出典:シーシーエス株式会社;https://www.ccs-inc.co.jp/guide/column/light_color/vol36.htmlhttps://ja.wikipedia.org/wiki/水銀灯

例えば、上のグラフは道路の照明でよく使われている低圧ナトリウムランプと、色のバランスをあまり考慮しない(演色性の低い)「クラシックな」蛍光灯のスペクトルの例ですが、このような特定の波長の光が極端に強い場合はその波長を鋭くカットすることで大きな光害カット効果が期待できます。

「演色性」の高い光源ほど光害カット効果を出しにくい

しかし、このような特定の波長に偏った灯りは、人間によっては「良い光源」ではありません。照らされた物体が自然な色に見えないからです(*)。

(*)照明によって照らされる対象がどれだけ「自然に」見えるかという指標を「演色性」とよび、生活空間における「良い照明」の重要な要件となっています。

このような高い光害カット効果を見込めるような灯りは、まだ現在も多く使われてはいるものの、今後はより「演色性(どのくらい自然な色となるか)」の高い灯りに置き換えられ、減少していくことでしょう。蛍光灯やナトリウム灯も、近年ではより自然な波長特性をもつ製品に置き換わっていく傾向にあるようです。

出典:シーシーエス株式会社;https://www.ccs-inc.co.jp/guide/column/light_color/vol36.html

これは最近急速に増えているLED照明でも同じです。初期のLED照明は上図・上のように440nm付近の青の光が極端に強いアンバランスな波長特性でした。しかし、近年は上図・下のようにLED照明であってもより自然な波長特性を持つようになってきています。

今後LED灯は増えこそすれ減ることはなく、演色性も向上こそすれ低下することはないと考えられます(*)。頭の痛い話ですが、フィルターで光害を効率的にカットすることは今後より困難になっていくことでしょう。

(*)波長430nmよりも短波長側をカットすることは白色LED灯については一定の効果は期待できそうですが、それでもより「自然な」LED灯に対しては限定的です。「街灯には高い演色性は求められないので改良された(より高価な)照明は普及しない」、という望みにかけるしかないかもしれません・・

天体撮影用フィルターにおいて「光害カット」性能はもちろん重要な要素ですが、むしろそれ以外の要素(どの輝線を透過するのか、RGBの感度比率はどうか、露出倍数はどのくらいか)の方が重要であるといってよいのではないでしょうか(*)。

(*)ぶっちゃけ、天頂付近の天体での光害輝線カットの効果は、ほとんど意味がないとまではいいませんが、きわめて限定的だと感じています。

「問答無用で全カット」も一つの戦略

Quad BPフィルターII(クアッド バンドパス フィルター) https://www.syumitto.jp/SHOP/SY0017B.html

光害輝線をチマチマカットするくらいなら、全部カットしてしまえ!という戦略もあります。上の画像はサイトロンジャパン社の「Quad BPフィルター」の波長特性ですが、4つの星雲輝線の近傍以外をばっさりカットしています。水銀輝線もナトリウム輝線も、連続スペクトルもみんなまとめてカット。次項で触れる「色表現」的には大きく妥協する代わりに、星雲強調と光害カットに特化した戦略(*)です。

(*)逆にRチャンネルとBGチャンネルの帯域幅を揃えた(Rを細くしなかった)ことで色表現に大きく貢献しています。使いやすい光害地向けフィルターとして高い人気を博しているのもうなずけます。

これは、照明の演色性が向上し輝線成分が少なくなった時代によくマッチするコンセプトだと言えるでしょう。

光害カットのメリットは星雲の強調よりも色かぶりの補正

左:フィルターなし 右:StarryNightフィルター使用。@emarkT4氏撮影 現像条件はカラーバランス含め全て同じ Fuji X-T4 低空の黄色かぶりが抑制できていることがわかります。

より淡い天体を写しだしたり、星雲を強調する目的においては、光害カットフィルターの効果は限定的なのですが、別の意味でのメリットがあります。それは光害による部分的な色かぶりを抑制することです。

上の作例は前出の「スターリーナイトフィルター」の有無による比較ですが、低空の黄色のかぶりが抑制されていることがわかります。ナトリウムランプの黄色や水銀灯・蛍光灯による緑のかぶりは、自然の星空の美観を損ないがちですが、この輝線を積極的にカットすることで、この「色汚染」を減らすことができるのです。

街灯の輝線による色かぶりを押さえるフィルターは、ディープスカイ系の天体写真よりも、むしろ星景写真に対してメリットが大きいといえます(*)。

(*)星景写真では低空の地上風景を構図に積極的に取り入れるため、天頂付近をねらうディープスカイ撮影よりも光害の影響がより大きいといえます。

戦略3)色を豊かに表現する

最後の戦略は、色をより自然に豊かに表現することです。カラー写真では、色の3原色(赤、緑、青)のそれぞれがバランス良く存在することが重要です。この「バランス」には2つの意味があります。一つは光の量、もう一つは各チャンネルの波長特性です。

バランスの取れたRGBチャンネル毎の光量

たとえば、上のグラフは実際には存在しない仮想的なフィルターです。Hα線の赤をできるだけ強調したい!というコンセプトでRバンドをほとんどHαのみに絞った特性に設定してみました。

しかし、このフィルターで実際に天体を撮るとどうなるでしょうか。Rバンドを極端に絞ったため、カラーバランスを整えることで赤い星雲は大きく強調できますが、その分Rの絶対光量が不足してしまい、GBと比較してRがノイジーになり、よほど長い露出時間をかけないかぎり美しいリザルトは得にくいことでしょう。

帯域を狭くする(絞る)ことは輝線を強調するためには効果的ですが、その度合がRGBの各チャンネルで極端に(*)違ってしまうと、チャンネル毎の画質(S/N比)の差も顕著になってしまうのです。限られた時間で上質のリザルトを得るためには、RGBの各チャンネルの光量のバランスが極端に崩れていないことが重要です。

(*)もちろん、意図的にRを狭くして赤い星雲をより強調する戦略もあります。大事なことはフィルターの特性を理解し、自分の撮影意図の助けにすることです。

バランスの取れたRGBチャンネル毎の波長特性

STC Astro Duoフィルターの波長特性図にASI462MCの感度グラフを重ねたもの。

R,G,Bの感度(波長特性)の分布(ピーク)がどうなっているかも重要です。上の図はいわゆる「AOOデュアルナローバンド」のSTC Astro Duoフィルターの感度グラフに、ASI462MCの感度特性を重ねたものですが、OIIIの帯域が非常に狭いため、青(B)と緑(G)がほとんど同じ画像になります。

このため事実上「2色カラー」状態となり、青から白、黄色、橙、赤と変化していく星の色を十分に表現できなくなってしまいます。元々「緑色」がほとんどない天体の場合はまだ不自然さは少ないのですが、それでも「星の色」を豊かに出すことはほとんど不可能です(*)。

(*)星の色は表面温度でほぼ一意に決まるので、実は2色だけでも理論的には色を正確に再現できるはずです。将来ソフトウェアが賢くなれば、AOO画像からでも星の色を正確に再現できるようになるかもしれませんね。

もちろんこの特性は「星の色表現よりも、力の限り輝線星雲を強調することを優先する」というコンセプトの結果であり、良し悪しではなく選択の問題です。星雲強調よりも豊かな色再現が目的であれば、R,G,Bのそれぞれの感度のピークがじゅうぶん分離しているフィルターを選択することがより適切であるということです。

特定の星雲の輝線を通したり、特定の光害輝線をカットすることの優先度を上げると、どうしても波長特性が「歯抜け」になってしまい、色表現上は不利にならざるをえません。フィルターを選ぶ際には「色表現」という観点も加味して考えたいものです。

https://www.syumitto.jp/SHOP/SY0094.html

その観点でみると、星雲の4輝線に加えて「彗星輝線」を透過するというコンセプトで発売されたサイトロンジャパンのComet BPフィルターは、星の色の再現性をあまり損なうことなく、比較的強い星雲強調効果も見込めるという意味で注目です。逆に、短波長側の連続光の光害成分はカットされなくなるため、より空の暗い場所で真価を発揮することでしょう。

(*)カメラによってはIR(UV)カットフィルターで400nmより短い波長やHαより長い波長がカットされてしまうことがあるため、カメラ側との相性も重要になります。

筆者はまだComet BPフィルターは使用したことがないのですが、ブログなどでの試用レポートがぼつぼつ出始めています。今後の評価に期待です。

まとめ

天体改造していない「ノーマル機」で撮影した北アメリカ星雲付近。STCのマルチスペクトラフィルターを使用しています。フィルターの星雲強調効果をうまくつかえば、ノーマル機でもそれなりに赤い星雲を写しだすことができます。EOS5DMarkIII 105mm

いかがでしたか?

フィルターをうまく使うためには、フィルターを使う目的を明確にしそれに合致したフィルターをチョイスすることが大事です。連載第一回の今回は、その基本戦略を整理してみました。

次回はフィルターとセットで考えなくてはならない、デジタルカメラ自身の波長特性と「天体改造」についてです。お楽しみに!


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その次に顕著なものが、酸素の発するOIII線(波長496nmおよび501nm)です。OIII線はデジタルカメラでは青(B)と緑(G)のちょうど中間あたりに位置していて、視覚的には「青緑」といえるでしょう。OIII線を発する天体はHα線よりはずっと少なく弱いのですが、上の作例のような「超新星残骸」や惑星状星雲など一部の天体では、部分的にはHα線よりも強く光っているものもあります。オリオン大星雲(M42)やいて座の干潟星雲(M8)も、天体改造カメラではHα線の赤が優位になりますが、特に中心部ではOIIIもかなりの強度があります。 ハッブル宇宙望遠鏡の写真など、いわゆる「ナローバンド疑似カラー画像」でHα、OIIIとならんで3原色に割り当てられることが多いのが硫黄のSII線(672.4nm)です。SIIはOIIIよりもさらに弱く、一般のRGBカラー画像ではほとんど目立たないのですが(*)、HαやOIIIとは違った部分で発光することが多く、この3つ(Hα・OIII・SII)をRGBに割り当てることで、カラー画像に豊かな階調やアクセントを加えることができます。上の画像の北アメリカ星雲のシグナスウォールや、いて座のM8の外周部などはSIIが比較的強い領域です。 (*)デジタルカメラのIRカットフィルターによってHα線以上に弱められてしまうという側面もあります。 そのほかにもHβ線(486.13nm)あたりまでがよく使用される波長でしょう。ほかにもヘリウムやネオン、アルミニウムなど輝星星雲にはいろいろな分子の発するさまざまな波長があるようですが、これらはあまり強くなかったり顕著な天体が限られるため、撮影で使用されることはごく少ないようです(*)。 (*)天文ガイド2020年9月号の最優秀賞作品は、これらのマイナーな波長でこと座のリング星雲をとらえたものです。  ナローバンドで輝線を強調する 輝線星雲はその名の通り、特定の波長でのみ強く光っています。そんな対象を強調する最も極端なアプローチが「ナローバンド」です。輝線を含むごく狭い波長域だけを通すフィルター(ナローバンドフィルター)を使用することで、劇的な強調効果があります。 簡単に概算してみましょう。デジタルカメラの感光域を「400nm〜680nm」であると仮定するとその帯域は280nm。これに半値幅(透過する波長が50%となる部分の半分の波長幅)7nmのフィルターを使用すると、その帯域は7×2で約14nm。輝線以外の成分は1/20になるのに対して、輝線は100%近く(通常は80〜90%程度)透過するため、周囲の星や背景の光害に対して、RGBトータルでざっくり15〜18倍(露出でいえば4段強ほど)、特定カラーのチャンネル内でも5倍〜6倍くらい(*)の強調効果があることになります。 ここで注意しておきたいのは、星雲を強調することは同時にセンサーに到達する光の総量を絞り込むことにほかありません。星雲を強調しようとするほど多くの露出(露出倍数)が必要になります。じっくり撮影できるディープスカイなら、その気にさえなれば総露出時間は青天井ですが、赤道儀を使用しない星景写真などでは、あまり露出倍数が大きくなると実用的ではなくなってしまいます。使用する機材(レンズの明るさなど)によっても、最適な選択や撮影の戦略が変わってくることに注意しなければなりません。  輝線以外の帯域を絞って輝線を強調する ナローバンドほど極端な戦略をとらなくても、輝線以外の波長の光を「ある程度」ブロックすることで、ブロックしただけの輝線の強調効果が生まれます。例えば、上のケンコーの「Starry Night(スターリーナイトフィルター)」は、もっとも効果のマイルドな(弱い)フィルターの一つですが、それでもRチャンネルにおいては570nm〜620nm付近の光を大きく絞っているため、Rチャンネル内でHα線を1.4倍(1/2段分)くらいは(*)強調する効果があるでしょう。 (*)Rチャンネルが長波長側に広い改造機では効果は弱く、650nm付近から急激に感度が低くなる非改造機ではより効果が大きくなります。 上の画像は天体改造したカメラによる北アメリカ星雲ですが、ごく効果の弱いStarry Nightフィルターでも赤い星雲の強調効果が見て取れます。 波長域を狭くすればするほど(ナローバンドにするほど)輝線星雲を強調できますが、どのくらい強調すればいいのかは使用目的と表現意図次第です。あまり狭くすると前述の通り総光量が減少し露出時間を延ばさなくてはなりませんし、次項で述べる「自然な色」からは遠く離れてしまいます。 色ガラスフィルターではあまり狭帯域にすることができませんが、「薄膜蒸着型」のフィルターではかなり柔軟に透過帯域をコントロールすることができます。上の図の青線はやや効果の強い光害カット・星雲強調フィルター「STC マルチスペクトラ」の波長特性ですが、ナトリウムのD線(589nm)を含む580nm〜630nmあたりまでのRチャンネルを大きく絞り込んでいるため、かなりの(2倍:1段程度)Hα強調効果が期待できます。 上の画像は「STC マルチスペクトラ」の実写比較ですが、Starry Nightフィルターよりさらに星雲が強調されていることがわかります。 このような星雲強調効果は、ごく弱いものから強烈な強調効果を持つデュアルナローバンドまで、少なめに見ても6段階以上のバリエーションが存在します(*)。星雲の強調度合だけをとっても、それくらいの選択肢があるということなのです。 (*)ガチの(半値幅7nm)ナローバンドの強調効果が露出4段分強ですから、1/2段〜2/3段刻みくらいで強調度合が選べることになります。この詳細は連載第3回で詳しく解説する予定です。 戦略2)光害をカットする 夜空はさまざまな人工光で明るく照らされています。天体写真においては、このような有害な地上光(光害)をできるかぎり低減する「光害カット効果」が大きく期待されています。 しかし、一定の効果があるものの、近年の照明の技術の変化・進化の中では、その効果には限界があると考えた方がよさそうです。その理由は、人間にとって良い照明ほど、フィルターによる低減効果が望みにくくなるからです。 高い光害カット効果の期待できる光源 例えば、上のグラフは道路の照明でよく使われている低圧ナトリウムランプと、色のバランスをあまり考慮しない(演色性の低い)「クラシックな」蛍光灯のスペクトルの例ですが、このような特定の波長の光が極端に強い場合はその波長を鋭くカットすることで大きな光害カット効果が期待できます。 「演色性」の高い光源ほど光害カット効果を出しにくい しかし、このような特定の波長に偏った灯りは、人間によっては「良い光源」ではありません。照らされた物体が自然な色に見えないからです(*)。 (*)照明によって照らされる対象がどれだけ「自然に」見えるかという指標を「演色性」とよび、生活空間における「良い照明」の重要な要件となっています。 このような高い光害カット効果を見込めるような灯りは、まだ現在も多く使われてはいるものの、今後はより「演色性(どのくらい自然な色となるか)」の高い灯りに置き換えられ、減少していくことでしょう。蛍光灯やナトリウム灯も、近年ではより自然な波長特性をもつ製品に置き換わっていく傾向にあるようです。 これは最近急速に増えているLED照明でも同じです。初期のLED照明は上図・上のように440nm付近の青の光が極端に強いアンバランスな波長特性でした。しかし、近年は上図・下のようにLED照明であってもより自然な波長特性を持つようになってきています。 今後LED灯は増えこそすれ減ることはなく、演色性も向上こそすれ低下することはないと考えられます(*)。頭の痛い話ですが、フィルターで光害を効率的にカットすることは今後より困難になっていくことでしょう。 (*)波長430nmよりも短波長側をカットすることは白色LED灯については一定の効果は期待できそうですが、それでもより「自然な」LED灯に対しては限定的です。「街灯には高い演色性は求められないので改良された(より高価な)照明は普及しない」、という望みにかけるしかないかもしれません・・ 天体撮影用フィルターにおいて「光害カット」性能はもちろん重要な要素ですが、むしろそれ以外の要素(どの輝線を透過するのか、RGBの感度比率はどうか、露出倍数はどのくらいか)の方が重要であるといってよいのではないでしょうか(*)。 (*)ぶっちゃけ、天頂付近の天体での光害輝線カットの効果は、ほとんど意味がないとまではいいませんが、きわめて限定的だと感じています。 「問答無用で全カット」も一つの戦略 光害輝線をチマチマカットするくらいなら、全部カットしてしまえ!という戦略もあります。上の画像はサイトロンジャパン社の「Quad BPフィルター」の波長特性ですが、4つの星雲輝線の近傍以外をばっさりカットしています。水銀輝線もナトリウム輝線も、連続スペクトルもみんなまとめてカット。次項で触れる「色表現」的には大きく妥協する代わりに、星雲強調と光害カットに特化した戦略(*)です。 (*)逆にRチャンネルとBGチャンネルの帯域幅を揃えた(Rを細くしなかった)ことで色表現に大きく貢献しています。使いやすい光害地向けフィルターとして高い人気を博しているのもうなずけます。 これは、照明の演色性が向上し輝線成分が少なくなった時代によくマッチするコンセプトだと言えるでしょう。 光害カットのメリットは星雲の強調よりも色かぶりの補正 より淡い天体を写しだしたり、星雲を強調する目的においては、光害カットフィルターの効果は限定的なのですが、別の意味でのメリットがあります。それは光害による部分的な色かぶりを抑制することです。 上の作例は前出の「スターリーナイトフィルター」の有無による比較ですが、低空の黄色のかぶりが抑制されていることがわかります。ナトリウムランプの黄色や水銀灯・蛍光灯による緑のかぶりは、自然の星空の美観を損ないがちですが、この輝線を積極的にカットすることで、この「色汚染」を減らすことができるのです。 街灯の輝線による色かぶりを押さえるフィルターは、ディープスカイ系の天体写真よりも、むしろ星景写真に対してメリットが大きいといえます(*)。 (*)星景写真では低空の地上風景を構図に積極的に取り入れるため、天頂付近をねらうディープスカイ撮影よりも光害の影響がより大きいといえます。 戦略3)色を豊かに表現する 最後の戦略は、色をより自然に豊かに表現することです。カラー写真では、色の3原色(赤、緑、青)のそれぞれがバランス良く存在することが重要です。この「バランス」には2つの意味があります。一つは光の量、もう一つは各チャンネルの波長特性です。 バランスの取れたRGBチャンネル毎の光量 たとえば、上のグラフは実際には存在しない仮想的なフィルターです。Hα線の赤をできるだけ強調したい!というコンセプトでRバンドをほとんどHαのみに絞った特性に設定してみました。 しかし、このフィルターで実際に天体を撮るとどうなるでしょうか。Rバンドを極端に絞ったため、カラーバランスを整えることで赤い星雲は大きく強調できますが、その分Rの絶対光量が不足してしまい、GBと比較してRがノイジーになり、よほど長い露出時間をかけないかぎり美しいリザルトは得にくいことでしょう。 帯域を狭くする(絞る)ことは輝線を強調するためには効果的ですが、その度合がRGBの各チャンネルで極端に(*)違ってしまうと、チャンネル毎の画質(S/N比)の差も顕著になってしまうのです。限られた時間で上質のリザルトを得るためには、RGBの各チャンネルの光量のバランスが極端に崩れていないことが重要です。 (*)もちろん、意図的にRを狭くして赤い星雲をより強調する戦略もあります。大事なことはフィルターの特性を理解し、自分の撮影意図の助けにすることです。 バランスの取れたRGBチャンネル毎の波長特性 R,G,Bの感度(波長特性)の分布(ピーク)がどうなっているかも重要です。上の図はいわゆる「AOOデュアルナローバンド」のSTC Astro Duoフィルターの感度グラフに、ASI462MCの感度特性を重ねたものですが、OIIIの帯域が非常に狭いため、青(B)と緑(G)がほとんど同じ画像になります。 このため事実上「2色カラー」状態となり、青から白、黄色、橙、赤と変化していく星の色を十分に表現できなくなってしまいます。元々「緑色」がほとんどない天体の場合はまだ不自然さは少ないのですが、それでも「星の色」を豊かに出すことはほとんど不可能です(*)。 (*)星の色は表面温度でほぼ一意に決まるので、実は2色だけでも理論的には色を正確に再現できるはずです。将来ソフトウェアが賢くなれば、AOO画像からでも星の色を正確に再現できるようになるかもしれませんね。 もちろんこの特性は「星の色表現よりも、力の限り輝線星雲を強調することを優先する」というコンセプトの結果であり、良し悪しではなく選択の問題です。星雲強調よりも豊かな色再現が目的であれば、R,G,Bのそれぞれの感度のピークがじゅうぶん分離しているフィルターを選択することがより適切であるということです。 特定の星雲の輝線を通したり、特定の光害輝線をカットすることの優先度を上げると、どうしても波長特性が「歯抜け」になってしまい、色表現上は不利にならざるをえません。フィルターを選ぶ際には「色表現」という観点も加味して考えたいものです。 その観点でみると、星雲の4輝線に加えて「彗星輝線」を透過するというコンセプトで発売されたサイトロンジャパンのComet BPフィルターは、星の色の再現性をあまり損なうことなく、比較的強い星雲強調効果も見込めるという意味で注目です。逆に、短波長側の連続光の光害成分はカットされなくなるため、より空の暗い場所で真価を発揮することでしょう。 (*)カメラによってはIR(UV)カットフィルターで400nmより短い波長やHαより長い波長がカットされてしまうことがあるため、カメラ側との相性も重要になります。 筆者はまだComet BPフィルターは使用したことがないのですが、ブログなどでの試用レポートがぼつぼつ出始めています。今後の評価に期待です。 まとめ いかがでしたか? フィルターをうまく使うためには、フィルターを使う目的を明確にしそれに合致したフィルターをチョイスすることが大事です。連載第一回の今回は、その基本戦略を整理してみました。 次回はフィルターとセットで考えなくてはならない、デジタルカメラ自身の波長特性と「天体改造」についてです。お楽しみに! 本記事は天文リフレクションズ編集部が独自の費用と判断で作成したものです。文責は全て天文リフレクションズ編集部にあります。 記事執筆および作例撮影においては、よしみカメラ様、国際光器様、ケンコー・トキナー様、SVBONY様(順不同)より機材貸与ないしはサンプル提供をされた機材を使用しています。 記事に関するご質問・お問い合わせなどは天文リフレクションズ編集部宛にお願いいたします。 製品の購入およびお問い合わせはメーカー様・販売店様にお願いいたします。 本記事によって読者様に発生した事象については、その一切について編集部では責任を取りかねますことをご了承下さい。 特に注記のない画像は編集部で撮影したものです。 記事中の製品仕様および価格は執筆時(2020年8月)のものです。 記事中の社名、商品名等は各社の商標または登録商標です。編集部発信のオリジナルコンテンツ