みなさんこんにちは!フィルターワーク、楽しまれてますか?天体写真のアクセントはやっぱり「赤い星雲」。天の川の周辺に点在する「赤いの」をしっかり写したい!というのは、星空写真ファン・天体写真ファンの共通の願いです!
そのために活躍するのが「星雲強調(光害カット)フィルター」。有害な光害成分をカットして赤い星雲を強調してくれます。しかし、カメラレンズで使用する場合、レンズの前面に装着すると広角レンズでの使用に限界があります。そこで登場するのがボディ側に装着する「クリップタイプ」のフィルター。
今回は、そんなSTC社の「アストロマルチスペクトラフィルター*(クリップタイプ)」のご紹介です!
(*)本記事では以下「STCマルチスペクトラ」と表記します。
赤い星雲をハッキリ写す・星雲強調(光害カット)フィルターとは?
みんな大好き、赤い星雲。その正体は、宇宙空間に存在する電離水素が出す、水素のHαの輝線(波長656nm)。しかし、この赤い光の感度はカメラによって大きな差があります。
上の画像は、上の画像は市販のデジタルカメラの「ノーマル機」と「天体改造機」の比較。当然とはいえ差は歴然です。この画像を見れば、天体写真ファンがさまざまなリスク(*)を冒してでも、天体改造機や天体専用機(ニコンD810AやEOS Raなど)を入手する理由も納得がいきます。ざっくりいって、Hαの感度は天体改造機>=天体専用機>赤の感度の高い一部のノーマル機(フジなど)>その他のノーマル機の順で高くなります。
(*)天体改造による副作用として、メーカーの保証対象外になる・一般の写真を撮影する際にカラーバランスが崩れてしまう・ダストクリーニングや手振れ補正に制限が出る場合がある、などのデメリットがあります。
このようなカメラ自身の特性の違いはあるものとして、別の方法で赤い星雲を強調することはできないか?改造機でさらに赤い星雲を出したい。ノーマル機だけど改造機なみに赤い星雲を写したい。そんな願いをかなえてくれるのが(輝線)星雲強調フィルター(*)なのです。
(*)一般には「光害カットフィルター」と呼ばれることが多いのですが、「光害カット」という効果と「(輝線)星雲強調」の効果は、別に考えた方がよいというのが天リフ的な考えです。本記事では以降「星雲強調フィルター」と表記します。
その効果を見てみましょう。改造機・ノーマル機のそれぞれに対して「STCマルチスペクトラフィルター」を使用したものです。改造機では赤い星雲がさらにハッキリと写し出され、ノーマル機ではかすかだった赤い星雲がより明瞭に描出されていることがわかります。
フィルターを適切に使用すれば、赤い星雲を強調することができる。このことを利用すれば、天体写真の表現の自由度が大きく広がります。では、具体的にどんな風にフィルターを使って、どんな対象を撮影すると面白いのか。それを見ていくことにしましょう。
カメラボディに装着する・「クリップタイプ」フィルターとは?
「クリップタイプ」のフィルターは、上の画像のように、カメラのボディ内・センサーの直前にはめ込みます。この方法のメリットは、光学系(カメラレンズ、天体望遠鏡)にかかわらず使用できること。「出目金」型の超広角レンズでも、望遠レンズでもなんでもOK(*)。
(*)ただし、光学系によっては周辺像の悪化や色かぶりが発生する場合があります。詳細は後述します。
一般的に「STCマルチスペクトラ」のような薄膜蒸着型のフィルター(干渉フィルター)のでは、斜めから入射した光線に対してはフィルターの特性が変わってしまいます(*上図左)。このため、肝心の星雲の輝線の透過率が下がってしまったり、色かぶりが発生してしまうことがあります。
(*)入射角をθとすると「1-cosθ」倍だけ波長特性グラフが長波長側に変動します。フルサイズ換算焦点距離100mmのレンズの(半)画角に相当する約12°傾いた光線ではこのずれは約2.2%となり、656nmのHα線ではこの変動量は14nmにもなります。
レンズの前面にフィルターを装着した場合、この入射角の問題は入射角が深いほど、つまりより広角な光学系で顕著になりますが、ボディ側(レンズに対してリア側)に装着するタイプのフィルターでは、レンズの設計によっては(*1)その影響がより少なくなります。星雲強調効果の高い干渉フィルターを広角レンズで使用する場合は、ほぼ「クリップタイプ」に限られる(*2)といえます。
(*)レンズの「射出瞳」がセンサーより遠いほど、F値が暗いほど、センサーに対する入射角は浅くなります。一眼レフカメラで一般的な「レトロフォーカスタイプ」のレンズなどの「テレセントリック性」の高いレンズでは影響が小さくなります。
(*2)一眼レフ用のカメラレンズをミラーレスカメラで使用するための「マウントアダプタ」の内部に円形のフィルターを使用可能にした製品もあります。
STCマルチスペクトラの波長特性
星雲強調フィルターの原理はシンプルです。星雲輝線はほぼ100%透過するのに対して、それ以外波長の光をカットすることで、相対的に星雲輝線を強調するというものです。つまり「輝線以外のどの波長の光をどのくらいカットするのか」によって特性が決まります。
上のグラフはSTCマルチスペクトラの波長特性です。街灯りの主な成分の一つであるHg(水銀)とNa(ナトリウム)の輝線をほぼカットし、星雲の輝線であるHα・Hβ・OIII・SIIを約95%透過します。Hα以外のRバンドの連続光は広くカットされるため、相対的にRの中の星雲成分が強調されます。
これは一般的な「光害カット(星雲強調)」タイプのフィルターに共通の考え方で、他社の製品と比較すると、波長特性的にはIDAS社のLPS-P2とLPS-D2の中間ぐらいに位置します(*)。
(*)マニアックに細かく見るといくつかの違いがあります。
-
- マルチスペクトラの方がより短波長側を透過する(○より青い星色が出る×青ハロ抑制効果が薄い)
- LPS-P2と同様、HgとNaの間の560nm付近の光を透過する(LPS-D2は透過しない)。
- LPS-D2同様、NaとHαの間の赤色光をカットする(LPS-P2は透過する)。
- LPS-P2同様、長波長側は700nm程度まで透過する(LPS-D2は670nm程度まで)
- Hg輝線を10〜15%ほど透過する。
基本コンセプトとしては、LPS-D2、LPS-P2と同様にHαを強調しつつ光量の減衰(露出倍数)は最小限にとどめて連続光成分を生かす(*)、というものです。その点では、極端に星雲輝線以外をカットする「デュアルナローバンド」フィルターとは大きく位置づけが異なります。この特性は露出時間をあまり稼げない星景写真に特に向いているといえるでしょう。
(*)先の比較作例では、Camera rawの露出補正で+0.9段の露出補正をしています。露出倍数は約1段というところでしょうか。
参考までに、iPadの白色画面に置いた状態の画像です。Rバンドの帯域が狭いLPS-V4はより濃く緑色がかっているのに対して、よりブロードなLPS-P2は薄いブルー。マルチスペクトラはその中間くらいの色合いです。
使い方その1・ノーマル機とカメラレンズで使用する
STCマルチスペクトラを使用すれば、天体用に改造していないノーマル機でも赤い星雲を写すことができます。
この作例はSONYのα7SIIIを使用しています。SONYのミラーレス一眼は一部の機種を除いて天体改造に不向きな機種があります(*)。α7SIIIがその範疇に含まれるのかどうかは不明ですが、動画用に大枚をはたいて入手した最新のカメラなので、仮に改造が可能だとしても天体専用になってしまう改造には躊躇してしまうところです。
(*)ハヤタカメララボのHPによると「α7RⅡ、α7RⅢ、αS7Ⅱ」は「天体改造に不向き」と書かれています。最新のα7SIIIも天体改造できないという情報もあります。
もちろん天体改造機を使用する方が赤い星雲の撮影には絶対的に有利なのですが、さまざまな事情で天体改造するわけにはいかない場合もあることでしょう。そんな場合でも、フィルターをうまく使えばバーナードループもバラ星雲もよりはっきり写しだすことができるのです。
ボディに装着するクリップタイプのフィルターはいわゆる「出目金レンズ」でも使用可能です。この作例はタムロンの15mm-30mmF2.8(*)で撮影したものですが、フィルターワークに制限があるレンズでも使用可能な、クリップ型フィルターの本領発揮です。
(*)リンク先は最新モデルですが使用したのは1つ前の旧モデルです。
星雲強調フィルターを使う場合、背景のノイズを少なくするためにはフィルターなしの場合よりも露出倍数分だけの露光量が必要になることに注意が必要です。星雲が強調されるのは星雲以外の光が減っているから。フィルターで総光量は減りこそすれ、増えることはないのです。
STCマルチスペクトラフィルターの露出倍数は約1段程度。なるべく明るいレンズを使用し、露出時間も長めにしたいものです。この作例は1フレーム当たり30秒の固定撮影ですが、シャープな星像よりも明るさを重視して絞りをF2.0と開け気味にし、さらにパノラマ合成することで星の流れを目立ちにくくしています。
使い方その2・改造機とカメラレンズで使用する
クリップタイプなら全周魚眼レンズでも星雲強調フィルターが使えます。秋〜冬の天の川に点在する赤い星雲をまるごと写し撮ることができました。
改造機であればフィルターなしでも画像処理でこのくらいは赤い星雲が出るのですが、地平線近くの街灯りの影響を強く受ける超広角・魚眼レンズでは、あまり強調しなくても赤い星雲が出てくる星雲強調フィルターはなかなか有効です。
50mmレンズで星野写真。一時期はすっかり下火になっていた標準・広角レンズでの「星野写真」ですが、近年めざましく高性能化したレンズとデジタルカメラを使用すれば、広い範囲で様々な天体を一網打尽にする楽しさがあります。
広角星野での主役はもちろん赤い星雲。天体改造機にSTCマルチスペクトラを使用すれば、点在する赤い星雲をより印象的に強調して撮ることが可能になります。ガイド撮影の場合は「1段分」の露出倍数も全く苦になりません。ぜひ多くの人に「広角星野」の面白さを味わって欲しいと願っています^^
使い方その3・ノーマル機でディープスカイ撮影
上の画像は非改造のEOS 5DMarkIIIによる北アメリカ星雲。この画像をぱっと見ただけでは、改造機で撮ったと思う方も多いことでしょう。これがフィルターの威力です。
ノーマル機にSTCマルチスペクトラを組み合わせていろいろな対象を撮ってみましたが、実感値としては改造機のフィルターなしほどは赤い星雲は出てこないものの、ていねいに画像処理をすれば改造機に負けないくらい赤い星雲を描出ができる印象でした(*)。
(*)とことん画像処理を追求すれば、非改造機のフィルターなしでも改造機とみまがうような作品に仕上げることも可能なようですから、フィルターよりも画像処理の方が自由度は高いといえるでしょう。しかし、その苦労を下げ、限界をさらに押し上げてくれるのがフィルターワークだと感じています。
ノーマル機でディープスカイ。これまで「ガチ天」の間では「天体写真は当然改造機!」という雰囲気?でしたが、ノーマル機で撮るディープスカイも独特の色表現があって面白いものです。上の画像はどちらもノーマル機による撮影。非改造機は赤い星雲の写りは悪いのですが、その分青い星雲が強調されるのです。
さらに、ノーマル機にSTCマルチスペクトラを使用したのが右の作例。改造機ほど赤い星雲は出ていませんが、青い星雲とのバランスはこのくらいが実は一番美しいのではないでしょうか。
赤を出したいのか、青を出したいのか。それともバランスを追求したいのか。仕方なくノーマル機で撮るのではなく、ノーマル機の特性を生かした対象のチョイスとフィルターワークを行う。撮影目的によってフィルターだけでなくカメラもうまく使い分けるのが、これからの天体写真のトレンドかもしれませんね。
使い方その4・改造機でディープスカイ撮影
もう一度、改造機/非改造機、STCマルチスペクトラあり/なしの画像を比較してみましょう。上の画像は同一現像条件による比較です。ノーマル機よりも改造機、フィルター「なし」よりも「あり」の方が赤い星雲がよく出ています。
貴方の求めているイメージは、この4つの画像のどれに一番近いですか?
赤い星雲の周辺までの広がりと、その中でM20三列星雲の青い部分のアクセントを表現したいのなら「改造機+STCマルチスペクトラ」でしょう。一方で、青い星雲の輝きを重視したいなら「ノーマル機フィルターなし」。M8干潟星雲をピンク色に表現したいなら「ノーマル機+STCマルチスペクトラ」です。
この作例の対象である「M8/M20」は比較的青い光の豊富な対象ですが、それでも改造機にフィルターを組み合わせると、赤い星雲が他を圧倒してしまい、青の成分が埋もれてしまうきらいがあります。前述のノーマル機による作例も含めて、天体のどの色をテーマにするかによって、撮影機材を柔軟に組み替えるのも面白いのではないかと思います。
画像処理
星雲強調フィルターを使用すると、ホワイトバランスがニュートラルではなくなります。このため、画像処理の際に適切にホワイトバランスを調整しなければなりません。
上の画像はノーマル機/改造機、フィルターあり/なしの撮って出し画像の比較です。露出条件も画像処理条件も全て同じ。この差が透過光量も含めたフィルターとカメラの特性の差となります。
しかし、フィルターによってホワイトバランスが崩れるとはいえ「ワンショットナローバンド」ほど極端には変わらないばかりか、天体改造機による崩れほどではありません。Photoshopであれば「色温度」と「色かぶり補正」のスライダーを調整すれば大まかなところは問題なく調整できるでしょう(*)。
(*)逆に、星雲強調フィルターを使いこなすには最低限のカラーバランスの調整ができることが絶対条件となります。現在すでに天体改造機をお使いの方であれば全く問題ないことでしょう。
ホワイトバランスが調整できれば、あとは通常の天体写真と同じです。ただし、非改造機を使用する場合は一つだけ注意点があります。赤の感度が低い非改造機では、ホワイトバランスを調整する際にRを持ち上げる結果になるのですが(*)、それに引きずられて赤の輝点ノイズが目立ってしまいます。
(*)天体改造機の場合は元々Rの感度が高く、さらにRを下げるくらいなので、非改造機ほど問題にはなりません。
上の画像は前出の作例のコンポジット前の1枚画像です。F2.8 ISO8000 30秒ですが、特に赤色のノイズが顕著になっています。露出1段分ほど持ち上げるわけですから仕方のないことなのですが、非改造機の場合、光量を確保しにくい1枚撮りでは「ダーク減算」やカメラの「長秒ノイズ軽減」を行った方がよいかもしれません。
使用上の注意点
フィルターの脱着
フィルターの脱着はさほど難しいものではありませんが、それでもねじ込み型のフィルターと比較するとより神経を使います。ホコリが入らないように注意し、手を滑らせてうっかりフィルターを落としてしまわないようにする必要があります。今回使用したSONY α7SIII用の場合、脱着専用のマグネット式の治具が付属しているので、脱着はかなり楽になりました。特に外す場合はほぼワンタッチです。
SONY用のフィルターの場合、ボディのセンサー前の四角い枠と丸いミゾにフィルター枠が入る形になっています。正確に位置を合わせてそっと差し込めばずれることなくピッタリ収まります(*)。
(*)このため、フィルター枠とミラーボックスの形状が合致する必要があります。このフィルターはα7SIII/α9II/α7RIII/α7Cのみに対応しています。
こちらは一眼レフのEOS5D/6D用のフィルター(*)の場合。装着する際はカメラ側の設定で「ミラーアップ」し、その状態でミラーボックスにはめ込みます。装着すると光学ファインダーは使用できないので、構図やピント合わせは全てライブビューで行います。
(*)EOS6DMarkII、EOS5DMarkIVではクリップタイプのフィルターは使用できません。カメラがこのような「強制ミラーアップ」状態を異常として検知してしまうためです。クリップタイプのフィルターの対応カメラは、商品HPなどで個別に確認が必要です。
フィルター枠によるケラレ
上の画像はSTCマルチスペクトラのフラット画像。上段はミラーレスのソニーα7SIII、下段は一眼レフのEOS 5DMarkIIIです。一眼レフ機のEOSの場合、フィルター枠によるケラレはごらんの通りそれなりに存在します。一眼レフ機はミラーボックスのサイズがギリギリである製品が多く、このようなクリップフィルターによるケラレは宿命(*)ともいえるものでした。
(*)光束が平行に近い光学系ほど影響が顕著になります。このため、一眼レフ機でも広角レンズでは影響はほとんど感じられない程度です。
ところが、ミラーレスのソニー機ではフィルターの有無による差がほとんどありませんでした。これは特筆すべきことです。むしろマウントアダプタ(シグマTC-11)による?四辺のケラレの方が大きいくらいです。ミラーレス機の場合、クリップフィルターによるケラレ問題は大幅に改善されている(*)といえるでしょう。
(*)とはいえ、ミラーレス機でも「ミラーボックス」のような四角い枠が存在するカメラが大半で、その大きさと深さにケラレの多寡は左右されることでしょう。ソニー以外のメーカーの製品で検証したわけではないことにご注意ください。
焦点移動による像の悪化
クリップタイプだけでなくフィルター全般にいえることなのですが、光路中にフィルターを置くとピント位置が移動するなどの光学的な影響があります。詳しい計算は省略しますが、フィルターの厚みの約1/3程度焦点位置がずれます。ずれる方向は近距離側なので無限遠のピントが合わなくなることはないのですが、「近距離補正(*)」機能を持っているカメラレンズや、バックフォーカスにシビアな「補正レンズ」を使用する場合には影響が出ることがあります。
(*)近接撮影時に発生する主に像面湾曲を補正するための機能。ピント繰り出しとともに収差の補正量が変化する仕組みになっているため、本来の被写体までの距離が異なると収差が正しく補正されなくなります。
上の画像は極端な例ですが、フィルター厚1.0mmというやや厚めのクリップフィルターに超広角レンズを組み合わせた場合。最周辺部では放射状に星像が流れているのがわかります。
フィルターによる像の悪化を低減する最大の対策はフィルターを可能な限り薄くすることです。今回使用したSONY用フィルターの厚みはかなり薄い0.5mm。像の悪化は最小限に留まっていると感じました。
とはいえ、像の悪化の多寡はレンズの設計との相性にも大きく左右されます。一概にはいえませんが(*)、クリップフィルターは若干の周辺像の悪化を伴うことがあることは、認識しておくべきでしょう。
(*)マウントアダプタを使用している場合はその光路長の公差にも影響されることがあります。撮影倍率(焦点距離)もわずかに変わる場合があるようです。
周辺部の色むらの発生
前項でも触れましたが、薄膜型の干渉フィルターでは「斜入射光」に対する特性変化を原理的に避けることができません。このため、レンズによっては周辺の色むらが発生することがあります。
筆者が今回使用した光学系では、長焦点の天体望遠鏡(FSQ106ED)やEFマウントのレンズ(シグマ24,50,105Art、サムヤン35mmF1.4、EF8-15mmF4L)では色むらはほとんど感じられなかった一方で、筆者の所有する20mmF1.8(SEL20F18)をはじめ、SONY製の純正Eマウントレンズではやや明瞭な色むらの発生がありました。
基本的にはこの色むらはフラット補正でそれなりに補正することが可能ですが、広角レンズほど良質のフラットを撮像することが難しくなるため、なかなか悩ましいところになるでしょう(*)。
(*)波長シフトが存在する場合、フラットの光源の波長特性によってもフラットが合わなくなる可能性があります。
周辺部の色むらの顕著なレンズでの実戦例。SONY純正レンズの20mmF1.8(SEL20F18)で撮影した秋の天の川です。①の撮って出しでは心が折れんばかりの色むらが・・不完全ながらも「青空フラット」とソフトのかぶり補正をかけたのが③。かなり良くなったと思いきや、④の強調画像ではやはり補正しきれない色むらが浮いてきます。
しかし、ディープスカイで培った画像処理技術と根性?で、なんとか作品に仕上げてみました。何度心折れかけたことか・・・
結果だけ見れば、ノーマル機とは思えないほど赤い星雲が出ています。しかし使用した実感では、純正Eマウントレンズとクリップタイプフィルター(*1)の相性は、「周辺部の色むら」の問題のため、あまり良くないといわざるを得ません(*2)。この事象については製造元のSTC社も各社レンズでの精査を行っているようです。公開可能な情報が入手でき次第追記したいと思います。
(*1)斜入射光の「波長シフト」による色むらの多寡は、フィルターの波長特性によっても変わることが予想されます。
(*2)この色むらの原因については、ひとつの推測としては「Eマウント専用設計のレンズでは、周辺のマウントケラレを少なくするために射出瞳がセンサーに近い設計になっていて、結果的に入射角が深くなっている」のかもしれません。しかし、現時点では明確なところはわからないとしかいえません。参考記事)https://dc.watch.impress.co.jp/docs/column/ml/1223341.html
ゴースト
一般に全てのフィルターにいえることですが、フィルター表面の反射によってゴーストが発生することがあります。問題になるのは、星景写真で街灯などの明るい光源が写野内にある場合や、ディープスカイで明るい星が写野内にある場合です。
上の画像のような輝星を取り巻く円形のゴーストは、主にフィルターの2つの蒸着面で光が往復反射することが主な原因で、フィルターの硝材の厚みが薄いほど、センサーとフィルターの距離が近いほど小さくなります。ゴーストが一定の大きさよりも小さくなれば、星の光芒に埋もれてしまうため影響が見えにくくなります。
この結果から、前述の周辺像の悪化の問題も含めて、クリップタイプのフィルターは「薄いほど良い」といえるでしょう。STC社の製品も、最新モデルではEOS用のフィルターも0.5mmまで薄型化されているそうです。
どんな人に向いているのか
天体改造まではちょっと・・・という方に
カメラを1台しか所有していない人にとって「天体改造」はかなり高い敷居です。実は筆者もデジタル天体写真を始めた最初は、非改造のカメラに星雲強調フィルターの組み合わせでした。どのくらい本格的にやるのかまだわからない段階で、虎の子のデジタル一眼を改造してしまうには至りませんでした。
その点、フィルター1枚で赤い星雲を撮れる「STCマルチスペクトラ」は、初めての人にとっては一つの選択肢といえるでしょう。
星景写真に赤い星雲をもう一押し。
改造機・ノーマル機のどちらであっても「赤い星雲をもっと出したい」のが天体写真ファンの願いです。画像処理を極めるという方法ももちろんありますが、より手軽なのがフィルターワークです。1枚のフィルターがリザルトを大きく変えてくれます。
カメラレンズで星景・星野写真を撮る方に
カメラレンズでは星雲強調効果の高い「干渉型」のフィルターは、前面に装着する大径の製品は高価で選択肢も少なくなってしまいます。その点ボディ内装着の「クリップ型」ならレンズを選ばず出目金レンズでも使用可能(*)です。
(*)前述の通り、レンズとの相性によっては周辺像の悪化や色かぶりが発生する場合があります。
色素型の前面装着型フィルターよりも1ランク星雲強調効果の高い、STCマルチスペクトラはいかがでしょうか。
ノーマル機でディープスカイ撮影
最近の天リフの推しです。ノーマル機にはノーマル機の色表現があります。さらに、フィルターの有無のバリエーションを加えれば、2×2=4通りの色表現が可能になります。
上の画像はノーマル機で撮ったM8のフィルターなしとフィルターありの2通りの表現。左はかなり青を押しましたが、右は一般的な天体写真の仕上がりに近くなっています。天体の「赤と青」のバランスは対象によってさまざま。いろいろな天体を、いろいろな色表現の機材で撮り分けるのも、マニアックな楽しみ方の一つではないでしょうか。
STC社とよしみカメラについて
STC
STCは2010年に設立された「台湾勝勢テクノロジー」の光学製品ブランドです。天体用を含めた様々なフィルター製品を企画・開発・販売しています。
【デジカメで】STC Astro Duoナローバンドフィルター【ナローバンド一発撮り】
「マイルドな」光害カットフィルター・STC Astro Nightscapeフィルター
天リフで過去にレビューした上記2製品はいずれもSTC社の製品です。
よしみカメラ
STC社の日本の代理店が宮崎県の「(株)よしみカメラ」です。天リフはすでに2年以上スポンサーとしてお世話になっています。
よしみカメラ様は、自社開発を含む様々なカメラ関連製品を取り扱われています。パノラマ撮影の「Nodal Ninja」シリーズや、ガラスの映り込みを防ぐ「忍者レフ」の名前はご存じの方も多いことでしょう。興味のある方はぜひHPをご覧になってください。アイデア溢れる様々なアイテムに出会えると思います!
まとめ
いかがでしたか?
天体改造機でもノーマル機でも。カメラレンズでも天体望遠鏡でも。1枚のフィルターが大きく広げる、撮影のバリエーションと表現力。特に、デジタル一眼で手軽に使用できる汎用性の高いクリップタイプの星雲強調フィルターは、天体撮影の強力なアイテムです。
特にミラーレスカメラが急速に普及しつつある昨今、カメラの機能に制限を及ぼすことの少ないクリップタイプフィルターの使い途はますます広がっていくことでしょう。ただし、フィルターの厚みとレンズとの相性には要注意!です。
フィルターワークで広がる天体写真の世界。あなたのベストリザルトをお祈りしています。それでは、またお会いしましょう!
- 本記事は よしみカメラ様より機材のサンプル提供を受け、天文リフレクションズ編集部が独自の費用と判断で作成したものです。文責は全て天文リフレクションズ編集部にあります。
- 記事に関するご質問・お問い合わせなどは天文リフレクションズ編集部宛にお願いいたします。
- 製品の購入およびお問い合わせは製品を取り扱う販売店様にお願いします。
- 本記事によって読者様に発生した事象については、その一切について編集部では責任を取りかねますことをご了承下さい。
- 特に注記のない画像は編集部で撮影したものです。
- 記事中の製品仕様および価格は執筆時(2020年12月)のものです。
- 記事中の社名、商品名等は各社の商標または登録商標です。
https://reflexions.jp/tenref/orig/2020/12/22/12101/https://reflexions.jp/tenref/orig/wp-content/uploads/sites/4/2020/12/38e762b5a02aa850497d297f64e63497-1024x538.jpghttps://reflexions.jp/tenref/orig/wp-content/uploads/sites/4/2020/12/38e762b5a02aa850497d297f64e63497-150x150.jpg編集部フィルターフィルターみなさんこんにちは!フィルターワーク、楽しまれてますか?天体写真のアクセントはやっぱり「赤い星雲」。天の川の周辺に点在する「赤いの」をしっかり写したい!というのは、星空写真ファン・天体写真ファンの共通の願いです!
そのために活躍するのが「星雲強調(光害カット)フィルター」。有害な光害成分をカットして赤い星雲を強調してくれます。しかし、カメラレンズで使用する場合、レンズの前面に装着すると広角レンズでの使用に限界があります。そこで登場するのがボディ側に装着する「クリップタイプ」のフィルター。
今回は、そんなSTC社の「アストロマルチスペクトラフィルター*(クリップタイプ)」のご紹介です!
(*)本記事では以下「STCマルチスペクトラ」と表記します。
赤い星雲をハッキリ写す・星雲強調(光害カット)フィルターとは?
みんな大好き、赤い星雲。その正体は、宇宙空間に存在する電離水素が出す、水素のHαの輝線(波長656nm)。しかし、この赤い光の感度はカメラによって大きな差があります。
上の画像は、上の画像は市販のデジタルカメラの「ノーマル機」と「天体改造機」の比較。当然とはいえ差は歴然です。この画像を見れば、天体写真ファンがさまざまなリスク(*)を冒してでも、天体改造機や天体専用機(ニコンD810AやEOS Raなど)を入手する理由も納得がいきます。ざっくりいって、Hαの感度は天体改造機>=天体専用機>赤の感度の高い一部のノーマル機(フジなど)>その他のノーマル機の順で高くなります。
(*)天体改造による副作用として、メーカーの保証対象外になる・一般の写真を撮影する際にカラーバランスが崩れてしまう・ダストクリーニングや手振れ補正に制限が出る場合がある、などのデメリットがあります。
このようなカメラ自身の特性の違いはあるものとして、別の方法で赤い星雲を強調することはできないか?改造機でさらに赤い星雲を出したい。ノーマル機だけど改造機なみに赤い星雲を写したい。そんな願いをかなえてくれるのが(輝線)星雲強調フィルター(*)なのです。
(*)一般には「光害カットフィルター」と呼ばれることが多いのですが、「光害カット」という効果と「(輝線)星雲強調」の効果は、別に考えた方がよいというのが天リフ的な考えです。本記事では以降「星雲強調フィルター」と表記します。
その効果を見てみましょう。改造機・ノーマル機のそれぞれに対して「STCマルチスペクトラフィルター」を使用したものです。改造機では赤い星雲がさらにハッキリと写し出され、ノーマル機ではかすかだった赤い星雲がより明瞭に描出されていることがわかります。
フィルターを適切に使用すれば、赤い星雲を強調することができる。このことを利用すれば、天体写真の表現の自由度が大きく広がります。では、具体的にどんな風にフィルターを使って、どんな対象を撮影すると面白いのか。それを見ていくことにしましょう。
カメラボディに装着する・「クリップタイプ」フィルターとは?
「クリップタイプ」のフィルターは、上の画像のように、カメラのボディ内・センサーの直前にはめ込みます。この方法のメリットは、光学系(カメラレンズ、天体望遠鏡)にかかわらず使用できること。「出目金」型の超広角レンズでも、望遠レンズでもなんでもOK(*)。
(*)ただし、光学系によっては周辺像の悪化や色かぶりが発生する場合があります。詳細は後述します。
一般的に「STCマルチスペクトラ」のような薄膜蒸着型のフィルター(干渉フィルター)のでは、斜めから入射した光線に対してはフィルターの特性が変わってしまいます(*上図左)。このため、肝心の星雲の輝線の透過率が下がってしまったり、色かぶりが発生してしまうことがあります。
(*)入射角をθとすると「1-cosθ」倍だけ波長特性グラフが長波長側に変動します。フルサイズ換算焦点距離100mmのレンズの(半)画角に相当する約12°傾いた光線ではこのずれは約2.2%となり、656nmのHα線ではこの変動量は14nmにもなります。
レンズの前面にフィルターを装着した場合、この入射角の問題は入射角が深いほど、つまりより広角な光学系で顕著になりますが、ボディ側(レンズに対してリア側)に装着するタイプのフィルターでは、レンズの設計によっては(*1)その影響がより少なくなります。星雲強調効果の高い干渉フィルターを広角レンズで使用する場合は、ほぼ「クリップタイプ」に限られる(*2)といえます。
(*)レンズの「射出瞳」がセンサーより遠いほど、F値が暗いほど、センサーに対する入射角は浅くなります。一眼レフカメラで一般的な「レトロフォーカスタイプ」のレンズなどの「テレセントリック性」の高いレンズでは影響が小さくなります。
(*2)一眼レフ用のカメラレンズをミラーレスカメラで使用するための「マウントアダプタ」の内部に円形のフィルターを使用可能にした製品もあります。
STCマルチスペクトラの波長特性
星雲強調フィルターの原理はシンプルです。星雲輝線はほぼ100%透過するのに対して、それ以外波長の光をカットすることで、相対的に星雲輝線を強調するというものです。つまり「輝線以外のどの波長の光をどのくらいカットするのか」によって特性が決まります。
上のグラフはSTCマルチスペクトラの波長特性です。街灯りの主な成分の一つであるHg(水銀)とNa(ナトリウム)の輝線をほぼカットし、星雲の輝線であるHα・Hβ・OIII・SIIを約95%透過します。Hα以外のRバンドの連続光は広くカットされるため、相対的にRの中の星雲成分が強調されます。
これは一般的な「光害カット(星雲強調)」タイプのフィルターに共通の考え方で、他社の製品と比較すると、波長特性的にはIDAS社のLPS-P2とLPS-D2の中間ぐらいに位置します(*)。
(*)マニアックに細かく見るといくつかの違いがあります。
マルチスペクトラの方がより短波長側を透過する(○より青い星色が出る×青ハロ抑制効果が薄い)
LPS-P2と同様、HgとNaの間の560nm付近の光を透過する(LPS-D2は透過しない)。
LPS-D2同様、NaとHαの間の赤色光をカットする(LPS-P2は透過する)。
LPS-P2同様、長波長側は700nm程度まで透過する(LPS-D2は670nm程度まで)
Hg輝線を10〜15%ほど透過する。
基本コンセプトとしては、LPS-D2、LPS-P2と同様にHαを強調しつつ光量の減衰(露出倍数)は最小限にとどめて連続光成分を生かす(*)、というものです。その点では、極端に星雲輝線以外をカットする「デュアルナローバンド」フィルターとは大きく位置づけが異なります。この特性は露出時間をあまり稼げない星景写真に特に向いているといえるでしょう。
(*)先の比較作例では、Camera rawの露出補正で+0.9段の露出補正をしています。露出倍数は約1段というところでしょうか。
参考までに、iPadの白色画面に置いた状態の画像です。Rバンドの帯域が狭いLPS-V4はより濃く緑色がかっているのに対して、よりブロードなLPS-P2は薄いブルー。マルチスペクトラはその中間くらいの色合いです。
使い方その1・ノーマル機とカメラレンズで使用する
STCマルチスペクトラを使用すれば、天体用に改造していないノーマル機でも赤い星雲を写すことができます。
この作例はSONYのα7SIIIを使用しています。SONYのミラーレス一眼は一部の機種を除いて天体改造に不向きな機種があります(*)。α7SIIIがその範疇に含まれるのかどうかは不明ですが、動画用に大枚をはたいて入手した最新のカメラなので、仮に改造が可能だとしても天体専用になってしまう改造には躊躇してしまうところです。
(*)ハヤタカメララボのHPによると「α7RⅡ、α7RⅢ、αS7Ⅱ」は「天体改造に不向き」と書かれています。最新のα7SIIIも天体改造できないという情報もあります。
もちろん天体改造機を使用する方が赤い星雲の撮影には絶対的に有利なのですが、さまざまな事情で天体改造するわけにはいかない場合もあることでしょう。そんな場合でも、フィルターをうまく使えばバーナードループもバラ星雲もよりはっきり写しだすことができるのです。
ボディに装着するクリップタイプのフィルターはいわゆる「出目金レンズ」でも使用可能です。この作例はタムロンの15mm-30mmF2.8(*)で撮影したものですが、フィルターワークに制限があるレンズでも使用可能な、クリップ型フィルターの本領発揮です。
(*)リンク先は最新モデルですが使用したのは1つ前の旧モデルです。
星雲強調フィルターを使う場合、背景のノイズを少なくするためにはフィルターなしの場合よりも露出倍数分だけの露光量が必要になることに注意が必要です。星雲が強調されるのは星雲以外の光が減っているから。フィルターで総光量は減りこそすれ、増えることはないのです。
STCマルチスペクトラフィルターの露出倍数は約1段程度。なるべく明るいレンズを使用し、露出時間も長めにしたいものです。この作例は1フレーム当たり30秒の固定撮影ですが、シャープな星像よりも明るさを重視して絞りをF2.0と開け気味にし、さらにパノラマ合成することで星の流れを目立ちにくくしています。
使い方その2・改造機とカメラレンズで使用する
クリップタイプなら全周魚眼レンズでも星雲強調フィルターが使えます。秋〜冬の天の川に点在する赤い星雲をまるごと写し撮ることができました。
改造機であればフィルターなしでも画像処理でこのくらいは赤い星雲が出るのですが、地平線近くの街灯りの影響を強く受ける超広角・魚眼レンズでは、あまり強調しなくても赤い星雲が出てくる星雲強調フィルターはなかなか有効です。
50mmレンズで星野写真。一時期はすっかり下火になっていた標準・広角レンズでの「星野写真」ですが、近年めざましく高性能化したレンズとデジタルカメラを使用すれば、広い範囲で様々な天体を一網打尽にする楽しさがあります。
広角星野での主役はもちろん赤い星雲。天体改造機にSTCマルチスペクトラを使用すれば、点在する赤い星雲をより印象的に強調して撮ることが可能になります。ガイド撮影の場合は「1段分」の露出倍数も全く苦になりません。ぜひ多くの人に「広角星野」の面白さを味わって欲しいと願っています^^
使い方その3・ノーマル機でディープスカイ撮影
上の画像は非改造のEOS 5DMarkIIIによる北アメリカ星雲。この画像をぱっと見ただけでは、改造機で撮ったと思う方も多いことでしょう。これがフィルターの威力です。
ノーマル機にSTCマルチスペクトラを組み合わせていろいろな対象を撮ってみましたが、実感値としては改造機のフィルターなしほどは赤い星雲は出てこないものの、ていねいに画像処理をすれば改造機に負けないくらい赤い星雲を描出ができる印象でした(*)。
(*)とことん画像処理を追求すれば、非改造機のフィルターなしでも改造機とみまがうような作品に仕上げることも可能なようですから、フィルターよりも画像処理の方が自由度は高いといえるでしょう。しかし、その苦労を下げ、限界をさらに押し上げてくれるのがフィルターワークだと感じています。
ノーマル機でディープスカイ。これまで「ガチ天」の間では「天体写真は当然改造機!」という雰囲気?でしたが、ノーマル機で撮るディープスカイも独特の色表現があって面白いものです。上の画像はどちらもノーマル機による撮影。非改造機は赤い星雲の写りは悪いのですが、その分青い星雲が強調されるのです。
さらに、ノーマル機にSTCマルチスペクトラを使用したのが右の作例。改造機ほど赤い星雲は出ていませんが、青い星雲とのバランスはこのくらいが実は一番美しいのではないでしょうか。
赤を出したいのか、青を出したいのか。それともバランスを追求したいのか。仕方なくノーマル機で撮るのではなく、ノーマル機の特性を生かした対象のチョイスとフィルターワークを行う。撮影目的によってフィルターだけでなくカメラもうまく使い分けるのが、これからの天体写真のトレンドかもしれませんね。
使い方その4・改造機でディープスカイ撮影
もう一度、改造機/非改造機、STCマルチスペクトラあり/なしの画像を比較してみましょう。上の画像は同一現像条件による比較です。ノーマル機よりも改造機、フィルター「なし」よりも「あり」の方が赤い星雲がよく出ています。
貴方の求めているイメージは、この4つの画像のどれに一番近いですか?
赤い星雲の周辺までの広がりと、その中でM20三列星雲の青い部分のアクセントを表現したいのなら「改造機+STCマルチスペクトラ」でしょう。一方で、青い星雲の輝きを重視したいなら「ノーマル機フィルターなし」。M8干潟星雲をピンク色に表現したいなら「ノーマル機+STCマルチスペクトラ」です。
この作例の対象である「M8/M20」は比較的青い光の豊富な対象ですが、それでも改造機にフィルターを組み合わせると、赤い星雲が他を圧倒してしまい、青の成分が埋もれてしまうきらいがあります。前述のノーマル機による作例も含めて、天体のどの色をテーマにするかによって、撮影機材を柔軟に組み替えるのも面白いのではないかと思います。
画像処理
星雲強調フィルターを使用すると、ホワイトバランスがニュートラルではなくなります。このため、画像処理の際に適切にホワイトバランスを調整しなければなりません。
上の画像はノーマル機/改造機、フィルターあり/なしの撮って出し画像の比較です。露出条件も画像処理条件も全て同じ。この差が透過光量も含めたフィルターとカメラの特性の差となります。
しかし、フィルターによってホワイトバランスが崩れるとはいえ「ワンショットナローバンド」ほど極端には変わらないばかりか、天体改造機による崩れほどではありません。Photoshopであれば「色温度」と「色かぶり補正」のスライダーを調整すれば大まかなところは問題なく調整できるでしょう(*)。
(*)逆に、星雲強調フィルターを使いこなすには最低限のカラーバランスの調整ができることが絶対条件となります。現在すでに天体改造機をお使いの方であれば全く問題ないことでしょう。
ホワイトバランスが調整できれば、あとは通常の天体写真と同じです。ただし、非改造機を使用する場合は一つだけ注意点があります。赤の感度が低い非改造機では、ホワイトバランスを調整する際にRを持ち上げる結果になるのですが(*)、それに引きずられて赤の輝点ノイズが目立ってしまいます。
(*)天体改造機の場合は元々Rの感度が高く、さらにRを下げるくらいなので、非改造機ほど問題にはなりません。
上の画像は前出の作例のコンポジット前の1枚画像です。F2.8 ISO8000 30秒ですが、特に赤色のノイズが顕著になっています。露出1段分ほど持ち上げるわけですから仕方のないことなのですが、非改造機の場合、光量を確保しにくい1枚撮りでは「ダーク減算」やカメラの「長秒ノイズ軽減」を行った方がよいかもしれません。
使用上の注意点
フィルターの脱着
フィルターの脱着はさほど難しいものではありませんが、それでもねじ込み型のフィルターと比較するとより神経を使います。ホコリが入らないように注意し、手を滑らせてうっかりフィルターを落としてしまわないようにする必要があります。今回使用したSONY α7SIII用の場合、脱着専用のマグネット式の治具が付属しているので、脱着はかなり楽になりました。特に外す場合はほぼワンタッチです。
SONY用のフィルターの場合、ボディのセンサー前の四角い枠と丸いミゾにフィルター枠が入る形になっています。正確に位置を合わせてそっと差し込めばずれることなくピッタリ収まります(*)。
(*)このため、フィルター枠とミラーボックスの形状が合致する必要があります。このフィルターはα7SIII/α9II/α7RIII/α7Cのみに対応しています。
こちらは一眼レフのEOS5D/6D用のフィルター(*)の場合。装着する際はカメラ側の設定で「ミラーアップ」し、その状態でミラーボックスにはめ込みます。装着すると光学ファインダーは使用できないので、構図やピント合わせは全てライブビューで行います。
(*)EOS6DMarkII、EOS5DMarkIVではクリップタイプのフィルターは使用できません。カメラがこのような「強制ミラーアップ」状態を異常として検知してしまうためです。クリップタイプのフィルターの対応カメラは、商品HPなどで個別に確認が必要です。
フィルター枠によるケラレ
上の画像はSTCマルチスペクトラのフラット画像。上段はミラーレスのソニーα7SIII、下段は一眼レフのEOS 5DMarkIIIです。一眼レフ機のEOSの場合、フィルター枠によるケラレはごらんの通りそれなりに存在します。一眼レフ機はミラーボックスのサイズがギリギリである製品が多く、このようなクリップフィルターによるケラレは宿命(*)ともいえるものでした。
(*)光束が平行に近い光学系ほど影響が顕著になります。このため、一眼レフ機でも広角レンズでは影響はほとんど感じられない程度です。
ところが、ミラーレスのソニー機ではフィルターの有無による差がほとんどありませんでした。これは特筆すべきことです。むしろマウントアダプタ(シグマTC-11)による?四辺のケラレの方が大きいくらいです。ミラーレス機の場合、クリップフィルターによるケラレ問題は大幅に改善されている(*)といえるでしょう。
(*)とはいえ、ミラーレス機でも「ミラーボックス」のような四角い枠が存在するカメラが大半で、その大きさと深さにケラレの多寡は左右されることでしょう。ソニー以外のメーカーの製品で検証したわけではないことにご注意ください。
焦点移動による像の悪化
クリップタイプだけでなくフィルター全般にいえることなのですが、光路中にフィルターを置くとピント位置が移動するなどの光学的な影響があります。詳しい計算は省略しますが、フィルターの厚みの約1/3程度焦点位置がずれます。ずれる方向は近距離側なので無限遠のピントが合わなくなることはないのですが、「近距離補正(*)」機能を持っているカメラレンズや、バックフォーカスにシビアな「補正レンズ」を使用する場合には影響が出ることがあります。
(*)近接撮影時に発生する主に像面湾曲を補正するための機能。ピント繰り出しとともに収差の補正量が変化する仕組みになっているため、本来の被写体までの距離が異なると収差が正しく補正されなくなります。
上の画像は極端な例ですが、フィルター厚1.0mmというやや厚めのクリップフィルターに超広角レンズを組み合わせた場合。最周辺部では放射状に星像が流れているのがわかります。
フィルターによる像の悪化を低減する最大の対策はフィルターを可能な限り薄くすることです。今回使用したSONY用フィルターの厚みはかなり薄い0.5mm。像の悪化は最小限に留まっていると感じました。
とはいえ、像の悪化の多寡はレンズの設計との相性にも大きく左右されます。一概にはいえませんが(*)、クリップフィルターは若干の周辺像の悪化を伴うことがあることは、認識しておくべきでしょう。
(*)マウントアダプタを使用している場合はその光路長の公差にも影響されることがあります。撮影倍率(焦点距離)もわずかに変わる場合があるようです。
周辺部の色むらの発生
前項でも触れましたが、薄膜型の干渉フィルターでは「斜入射光」に対する特性変化を原理的に避けることができません。このため、レンズによっては周辺の色むらが発生することがあります。
筆者が今回使用した光学系では、長焦点の天体望遠鏡(FSQ106ED)やEFマウントのレンズ(シグマ24,50,105Art、サムヤン35mmF1.4、EF8-15mmF4L)では色むらはほとんど感じられなかった一方で、筆者の所有する20mmF1.8(SEL20F18)をはじめ、SONY製の純正Eマウントレンズではやや明瞭な色むらの発生がありました。
基本的にはこの色むらはフラット補正でそれなりに補正することが可能ですが、広角レンズほど良質のフラットを撮像することが難しくなるため、なかなか悩ましいところになるでしょう(*)。
(*)波長シフトが存在する場合、フラットの光源の波長特性によってもフラットが合わなくなる可能性があります。
周辺部の色むらの顕著なレンズでの実戦例。SONY純正レンズの20mmF1.8(SEL20F18)で撮影した秋の天の川です。①の撮って出しでは心が折れんばかりの色むらが・・不完全ながらも「青空フラット」とソフトのかぶり補正をかけたのが③。かなり良くなったと思いきや、④の強調画像ではやはり補正しきれない色むらが浮いてきます。
しかし、ディープスカイで培った画像処理技術と根性?で、なんとか作品に仕上げてみました。何度心折れかけたことか・・・
結果だけ見れば、ノーマル機とは思えないほど赤い星雲が出ています。しかし使用した実感では、純正Eマウントレンズとクリップタイプフィルター(*1)の相性は、「周辺部の色むら」の問題のため、あまり良くないといわざるを得ません(*2)。この事象については製造元のSTC社も各社レンズでの精査を行っているようです。公開可能な情報が入手でき次第追記したいと思います。
(*1)斜入射光の「波長シフト」による色むらの多寡は、フィルターの波長特性によっても変わることが予想されます。
(*2)この色むらの原因については、ひとつの推測としては「Eマウント専用設計のレンズでは、周辺のマウントケラレを少なくするために射出瞳がセンサーに近い設計になっていて、結果的に入射角が深くなっている」のかもしれません。しかし、現時点では明確なところはわからないとしかいえません。参考記事)https://dc.watch.impress.co.jp/docs/column/ml/1223341.html
ゴースト
一般に全てのフィルターにいえることですが、フィルター表面の反射によってゴーストが発生することがあります。問題になるのは、星景写真で街灯などの明るい光源が写野内にある場合や、ディープスカイで明るい星が写野内にある場合です。
上の画像のような輝星を取り巻く円形のゴーストは、主にフィルターの2つの蒸着面で光が往復反射することが主な原因で、フィルターの硝材の厚みが薄いほど、センサーとフィルターの距離が近いほど小さくなります。ゴーストが一定の大きさよりも小さくなれば、星の光芒に埋もれてしまうため影響が見えにくくなります。
この結果から、前述の周辺像の悪化の問題も含めて、クリップタイプのフィルターは「薄いほど良い」といえるでしょう。STC社の製品も、最新モデルではEOS用のフィルターも0.5mmまで薄型化されているそうです。
どんな人に向いているのか
天体改造まではちょっと・・・という方に
カメラを1台しか所有していない人にとって「天体改造」はかなり高い敷居です。実は筆者もデジタル天体写真を始めた最初は、非改造のカメラに星雲強調フィルターの組み合わせでした。どのくらい本格的にやるのかまだわからない段階で、虎の子のデジタル一眼を改造してしまうには至りませんでした。
その点、フィルター1枚で赤い星雲を撮れる「STCマルチスペクトラ」は、初めての人にとっては一つの選択肢といえるでしょう。
星景写真に赤い星雲をもう一押し。
改造機・ノーマル機のどちらであっても「赤い星雲をもっと出したい」のが天体写真ファンの願いです。画像処理を極めるという方法ももちろんありますが、より手軽なのがフィルターワークです。1枚のフィルターがリザルトを大きく変えてくれます。
カメラレンズで星景・星野写真を撮る方に
カメラレンズでは星雲強調効果の高い「干渉型」のフィルターは、前面に装着する大径の製品は高価で選択肢も少なくなってしまいます。その点ボディ内装着の「クリップ型」ならレンズを選ばず出目金レンズでも使用可能(*)です。
(*)前述の通り、レンズとの相性によっては周辺像の悪化や色かぶりが発生する場合があります。
色素型の前面装着型フィルターよりも1ランク星雲強調効果の高い、STCマルチスペクトラはいかがでしょうか。
ノーマル機でディープスカイ撮影
最近の天リフの推しです。ノーマル機にはノーマル機の色表現があります。さらに、フィルターの有無のバリエーションを加えれば、2×2=4通りの色表現が可能になります。
上の画像はノーマル機で撮ったM8のフィルターなしとフィルターありの2通りの表現。左はかなり青を押しましたが、右は一般的な天体写真の仕上がりに近くなっています。天体の「赤と青」のバランスは対象によってさまざま。いろいろな天体を、いろいろな色表現の機材で撮り分けるのも、マニアックな楽しみ方の一つではないでしょうか。
STC社とよしみカメラについて
STC
STC 勝勢科技股份有限公司 Sense-tech Innovation Company
http://www.stcoptics.com/
STCは2010年に設立された「台湾勝勢テクノロジー」の光学製品ブランドです。天体用を含めた様々なフィルター製品を企画・開発・販売しています。
https://reflexions.jp/tenref/orig/2018/09/28/6458/
https://reflexions.jp/tenref/orig/2019/11/12/9796/
天リフで過去にレビューした上記2製品はいずれもSTC社の製品です。
よしみカメラ
よしみカメラ
https://www.443c.com
STC社の日本の代理店が宮崎県の「(株)よしみカメラ」です。天リフはすでに2年以上スポンサーとしてお世話になっています。
よしみカメラ様は、自社開発を含む様々なカメラ関連製品を取り扱われています。パノラマ撮影の「Nodal Ninja」シリーズや、ガラスの映り込みを防ぐ「忍者レフ」の名前はご存じの方も多いことでしょう。興味のある方はぜひHPをご覧になってください。アイデア溢れる様々なアイテムに出会えると思います!
まとめ
いかがでしたか?
天体改造機でもノーマル機でも。カメラレンズでも天体望遠鏡でも。1枚のフィルターが大きく広げる、撮影のバリエーションと表現力。特に、デジタル一眼で手軽に使用できる汎用性の高いクリップタイプの星雲強調フィルターは、天体撮影の強力なアイテムです。
特にミラーレスカメラが急速に普及しつつある昨今、カメラの機能に制限を及ぼすことの少ないクリップタイプフィルターの使い途はますます広がっていくことでしょう。ただし、フィルターの厚みとレンズとの相性には要注意!です。
フィルターワークで広がる天体写真の世界。あなたのベストリザルトをお祈りしています。それでは、またお会いしましょう!
本記事は よしみカメラ様より機材のサンプル提供を受け、天文リフレクションズ編集部が独自の費用と判断で作成したものです。文責は全て天文リフレクションズ編集部にあります。
記事に関するご質問・お問い合わせなどは天文リフレクションズ編集部宛にお願いいたします。
製品の購入およびお問い合わせは製品を取り扱う販売店様にお願いします。
本記事によって読者様に発生した事象については、その一切について編集部では責任を取りかねますことをご了承下さい。
特に注記のない画像は編集部で撮影したものです。
記事中の製品仕様および価格は執筆時(2020年12月)のものです。
記事中の社名、商品名等は各社の商標または登録商標です。編集部山口
千宗kojiro7inukai@gmail.comAdministrator天文リフレクションズ編集長です。天リフOriginal
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