2018年7月某日。京都・岩倉の「LLP京都虹光房」様を訪問してきました。京都虹光房は天文学の博士キャリアを持つ天文学者・物理学者が設立した事業組合で(*)、「アカデミズムと社会を繋ぐ」という志の下、ユニークでバラエティ豊かな事業・取り組みをされている団体です。

(*)5名のメンバーで設立され、現在では6名のメンバーが所属しています。

本記事では、まずは天文ファンにも興味が深い「Zygo干渉計による波面誤差測定サービス」と「京都産業大学・神山(こうやま)天文台」についてご紹介し、京都虹光房についても簡単にご紹介したいと思います。

LLP京都虹光房
http://www.kyoto-nijikoubou.com/index.html

Zygo レーザー干渉計による波面誤差測定サービス

レーザー干渉計とは

ここで取り上げる「レーザー干渉計」とは、光の波としての性質「干渉」を利用することで、光学製品などの表面形状や結像性能を極めて正確に測定できる機器のことです。



Zygo社のレーザー干渉計の例。Zygo社HPより。

「Zygo」というのはこの分野の製品の世界的大手メーカーの社名です。

Zygo.jp レーザー干渉計
https://zygo.jp/?/met/interferometers/
画像提供:京都虹光房

 

Zygo干渉計の原理。光源から出たレーザー光と、測定対象を経由させたレーザー光を重ね合わせて、生じた干渉縞を測定します。

「ツェルニケ多項式」と呼ばれる収差式の各項の波面誤差のパターン。

定性的にいえば、干渉計の測定結果から読み取れるものは、光学系の「収差」や製造誤差(表面の研磨誤差、ガラスの脈理、組立誤差など)。上の画像は、測定結果の典型的なパターンの数々。測定された結果をこれらの収差式の成分に分解し読み解くことで、その光学系固有の収差の傾向と性能を評価することができます。

波面誤差測定サービス

Zygoのような干渉計は現在光学部品・光学機器の製造現場に広く普及してきていて、製品の検査や製造品質の向上のために活用されています。天体望遠鏡の分野でも、下のリンク先の製品のように、個体毎の干渉計による測定結果を添付しているものが増えてきています。

笠井トレーディング・GINJI
http://www.kasai-trading.jp/ginji.htm

京都虹光房では、このZygo干渉計を使用した「波面測定サービス」を個人ユーザ対象に提供されています。

京都虹光房・波面測定サービス
http://www.kyoto-nijikoubou.com/zygo_web/zygo.html
http://www.kyoto-nijikoubou.com/zygo_web/images/DataSheet.pdf

こちらがある望遠鏡の測定結果のサンプル。「波面マップ」が本来あるべき理想的な波面からのずれを示したもの。赤や青の部分は波面の山・谷に相当します。

ずいぶんと凸凹しているように見えますが、この個体は「ストレール比95%(*1)」という非常に高いレベルの結果を示しているそうです。つまり、レーザー干渉計では人間の眼ではもはや差を認識できないほどの誤差まで正確に測定が可能なのです(*2)。

(*1)ストレール比とは、理想的な結像状態を100%としたとき、実際の結像がその状態にどれだけ近いかを数値化したものです。一般的?には「80%なら良好、90%を越えると優秀、95%を越えると最高レベル、98%越えは神」などと認識されているようです。また、ストレール比は波長に依存するため、波長632.8nmのヘリウムネオンレーザー光で測定を行うZygo干渉計の結果を眼視的な可視光のピーク(波長550nm)での値として評価するには、下のような換算式を使用します。例えば、S(632.8nm)=95%の場合、S(550nm)=93.4となります。

 

(*2)メーカのカタログやHPでストレール比が謳われることがありますが、これは「設計上の値」であることには注意が必要です。実際には製造誤差などの様々な要因で理論値より低いことが普通です。また、反射望遠鏡の場合副鏡の回折もストレール比を低下させます。

測定費用は、口径13cm以下の天体望遠鏡なら1台2.5万円、補正レンズやフィルター、天頂ミラーなどのアクセサリは1万円。決して安い価格ではありませんし、測定したからといって自分の望遠鏡が良く見えるようになるわけではありませんが、自分の持つ機材の性能を客観的に・定量的に性能評価することが一般のユーザーにも可能になったことは意義深いことといえるでしょう(*)。

(*)天体望遠鏡の結像性能の評価には、「ロンキーテスト」「ナイフエッジテスト」という2つの測定方法があり、アマチュアでも実施することが可能ですが、完全な波面形状を得ることが不可能な上に、客観的・定量的な結果を得るためには高い技術と経験が必要になります。

この「Zygo干渉計」の基本的な原理や測定結果の読み方などについて、天文アマチュアにも理解できるような解説記事を京都虹光房にご執筆いただく企画を検討中です。近日中にアナウンスできる見込みですのでぜひご期待ください!

京都産業大学神山天文台訪問記

京都産業大学と天文学・荒木俊馬先生

今回の訪問の主目的はZygo干渉計の波面測定サービスの件だったのですが、京都虹光房のご厚意で京都虹光房と関係の深い(*)京都産業大学の神山(こうやま)天文台を見学させていただくことができました。

(*)京都虹光房の池田優二さんが京都産業大学の客員教授を務められています。

京都産業大学・神山天文台について
https://www.kyoto-su.ac.jp/observatory/about.html

京都産業大学と天文の縁は開学時点に遡ります。創設者であり初代学長の荒木俊馬先生は著名な天文学者。大学のシンボルマークはいて座の南斗六星をかたどったもの。

神山天文台は京都産業大学の建学の精神を具現化するシンボルであり、創立50周年記念事業の一つとして2010年に運用が開始しました。キャンパス内にある地上三階・地下一階・延べ床面積2000平米の独立した建物が神山天文台になっています。神山天文台は研究機関であると同時に市民にも開かれた天文台で、市民向けの観望会などのイベントが行われています。

天文台内の壁にある展示パネル。赤外線天文学や観測機器の開発は神山天文台の得意分野。

荒木望遠鏡

神山天文台のシンボルであり、主砲ともいうべき口径1.3mの荒木望遠鏡。日本国内の私立大学では最大径。同じく京都に所在する西村製作所による製造。

京都という都会の中に立地するのは暗い天体の観測をするには不利なのですが、逆に生活の場・研究の場のすぐ近くにあるというメリットを生かし、京都産業大学の研究室で開発している様々な最新鋭の観測装置のテストなどにも役立てられています。天文アマチュア的にいえば、遠征地で本番を迎える前に自宅のベランダでみっちり試用するようなもの。



この望遠鏡は一般市民向けの観望会にも使用されています。ナスミス焦点に付けられた大きな筒(写真中左)は観望用の接眼部。ちなみに、普段は使用されていませんが、演習の一環として研究室の学生がこの望遠鏡用に設計・製造したアイピースがあり、それまでよりもずっと良く見えるとのこと。建学の精神ここにありですね。

望遠鏡の隣にあるコントロール室。何台ものパソコンが並んでいます。
荒木望遠鏡を支える円柱状の巨大な基礎。建物からは分離され、震動が伝わらないようになっています。手前は干渉計の波面測定サービスを担当されている別所泰輝さん。

都会の中の天文学研究の最前線

天文台の棟内にある研究室も見せていただきました。実は編集子は学生時代赤外線天文学の研究室に所属していたのですが、30数年ぶりにその空気を吸った気がします。当時の担当教授であったM先生のことも池田さんはよくご存じで、不思議な縁を(勝手に^^;;;)感じました。

右奥は3Dプリンター。カスタムメイドの観測機器を試作するには3Dプリンターはうってつけ。ヘリウムガスのボンベは風船用ですが、機器の機密性をチェックするために使用されているそうです。(ヘリウムガスはごく小さなすき間でもすり抜けるため)

こちらは真空ポンプ。赤外線天文学では機材を極低温で冷却することが一般的ですが、そのためには機材を真空を保った容器に入れる必要があります。

これらの研究室で試作された機材は、すぐ上にある望遠鏡で即実地検証が可能。都会の真ん中、キャンパスの真ん中に大きな望遠鏡を持つメリットがそこにあります。ここで生まれた最新鋭の観測機器が、海外の条件の良い観測施設に運ばれ、世界第一線級の成果をあげてきているのです。

LLP京都虹光房とその様々な活動

LLP  京都虹光房とは

ここでLLP京都虹光房について簡単にご紹介しておきましょう。京都虹光房はメンバーの大半が天文学・物理学の博士号を持つ研究者で、それぞれが持つ高い専門性を背景に、天文学や光に関わる様々な技術・サービス・製品を提供する事業を行っています。

http://www.kyoto-nijikoubou.com

LLPとは有限責任事業組合(Limited Liability Partnership)のこと。有限責任の組合員からなる法人格を持たない合同会社のようなものです。

アカデミズムと社会の関係

京都虹光房のメンバーは、京都虹光房に所属すると同時に、各人がそれぞれ独立に営む事業の代表でもあります。しかし「天文学」という共通のバックグラウンド以外にも、あるポリシーで繋がっています。

LLP京都虹光房・Philosophy
http://www.kyoto-nijikoubou.com/philosophy.html

それは学問の追究としての「アカデミズム」だけに閉じることなく、「アカデミズムの社会における責任」とは何かを模索しそれを果たすこと。そのためにはビジネスにも足場を置き、社会とアカデミズムの橋渡しと相互の発展を目指す、という姿勢です。

この考え方がただの理想ではないことは、京都虹光房が2010年の設立以来8年近くが経過した今でも存続していることが示しています。ぜひ上のリンクから、それぞれの方の持つ思いとそれを現実のものにしてきたひとつひとつのこれまでの取り組みと成果をごらん頂ければと思います。

そんな京都虹光房の業務内容をいくつかご紹介しましょう。

アストロ・アカデミア

京都虹光房内のセミナースペース。ここに天文学に関心を持つ一般の人たちが集まり、京都虹光房のメンバーによってセミナーが行われています。遠隔地でもリモートで参加が可能。
「アストロ・アカデミア」〜天文学の寺子屋〜
http://www.kyoto-nijikoubou.com/astro-academia/

アストロ・アカデミアは天文学を本格的に学べる現代の寺子屋。一科目月額4,000円から。「天文学へのいざない」「天文ニュースを読み解く」といった比較的入りやすいものから、「相対論・宇宙論研究 」「輻射諭達論」「恒星大気とスペクトル分類」のような専門的なものまで、数多くの講座が用意されています。

天文アマチュアには「「光の鉛筆」を読もう」や「天文宇宙検定対策講座」などはいかがでしょうか。

スタート時にはほとんどの人に「そんなものうまくいくはずがない」と言われたそうですが、ところがどっこい、非常に好評で熱心な方が数多く参加されているそうです。

光学機器の開発

京都虹光房では、天文台などの研究機関向けの特殊な光学系の設計・製作技術を持たれています。

京都光学・非球面光学素子の製造・計測
http://kyoto-optics.com

これはなんぞ?!黄色いロボットアーム。

この機械は、産業用のロボットを応用した高精度の非球面を研磨できるもの。直径50cmの大きさまでをλ/10の精度で研磨できるそうです。黄色いアームの部分は汎用品なので実はあまり高価ではなく、それを応用したシステム全体に様々なノウハウが込められているそうです。

この機械を使用すると、天体望遠鏡のような「軸対称」の「弱い非球面」ばかりでなく、「軸外し非球面」のような手作業ではほぼ不可能な高度な非球面を制作できるそうです。

Photocoding・軸外し望遠鏡
http://www.photocoding.com/design/offset_tel.html

回折像に影響を与える中心遮蔽およびスパイダーのない望遠鏡です。 口径1.5mF/10で、30分角の視野をカバーする設計です。

上の設計例は京都虹光房の池田さんの運営する「Photocoding」による設計例。副鏡遮蔽なしにすることで高性能化を図った口径1.5m F10の光学系です。このような「軸外し」光学系の場合、軸対称のカセグレン式のような2枚光学系では非点収差を補正することができませんが、軸外し非球面を使用すれば無収差化が可能。

京都虹光房の「京都光学」の非球面加工技術と「Photocoding」の設計技術を組み合わせれば、口径40cm F2クラスの無収差反射望遠鏡を作ることが可能だそうです。

Hyperbola Optics
http://www.kyoto-nijikoubou.com/staff_bessho.html

(1)アマチュア天文家向け望遠鏡の導入・運用・撮影等に関するコンサルティング。特に海外製品への対応。
(2)天文普及活動の一環として,アマチュア天文家の方へのサポート等。
(3)アマチュア向け天体望遠鏡及び関連装置の開発・販売。

別所泰輝さんの運営するHyperbola Optics。別所さんは理論物理学者であり、アマチュア天文家でもあります。京都虹光房の技術を応用したユニークなアマチュア天文家向けの製品が出てくるのでしょうか?!

個人的な勝手な妄想!では、Questerのようなコンセプトの20cmくらいのコンパクトな主鏡遮蔽無しの無収差望遠鏡や、電視にも写真用にも使える25cmF2くらいの望遠鏡があると夢が膨らむ気がします^^

まとめ

いかがでしたか?
アカデミズムとビジネスの交差点。そこから生まれたLLP京都虹光房。それを育んだ京都産業大学神山天文台。

今回ご紹介した、波面誤差測定サービスやアストロ・アカデミアのような天文アマチュアがすぐ利用できるサービスから、「夢の望遠鏡」を実現するような先端技術まで、京都虹光房の今後におおいに注目したいと思います。 https://reflexions.jp/tenref/orig/wp-content/uploads/sites/4/2018/07/28fc8b869b8c76e25cecacd943b46214-1024x726.pnghttps://reflexions.jp/tenref/orig/wp-content/uploads/sites/4/2018/07/28fc8b869b8c76e25cecacd943b46214-150x150.png編集部編集長突撃レポート施設・企業連載2018年7月某日。京都・岩倉の「LLP京都虹光房」様を訪問してきました。京都虹光房は天文学の博士キャリアを持つ天文学者・物理学者が設立した事業組合で(*)、「アカデミズムと社会を繋ぐ」という志の下、ユニークでバラエティ豊かな事業・取り組みをされている団体です。 (*)5名のメンバーで設立され、現在では6名のメンバーが所属しています。 本記事では、まずは天文ファンにも興味が深い「Zygo干渉計による波面誤差測定サービス」と「京都産業大学・神山(こうやま)天文台」についてご紹介し、京都虹光房についても簡単にご紹介したいと思います。 LLP京都虹光房 http://www.kyoto-nijikoubou.com/index.html Zygo レーザー干渉計による波面誤差測定サービス レーザー干渉計とは ここで取り上げる「レーザー干渉計」とは、光の波としての性質「干渉」を利用することで、光学製品などの表面形状や結像性能を極めて正確に測定できる機器のことです。 「Zygo」というのはこの分野の製品の世界的大手メーカーの社名です。 Zygo.jp レーザー干渉計 https://zygo.jp/?/met/interferometers/   Zygo干渉計の原理。光源から出たレーザー光と、測定対象を経由させたレーザー光を重ね合わせて、生じた干渉縞を測定します。 定性的にいえば、干渉計の測定結果から読み取れるものは、光学系の「収差」や製造誤差(表面の研磨誤差、ガラスの脈理、組立誤差など)。上の画像は、測定結果の典型的なパターンの数々。測定された結果をこれらの収差式の成分に分解し読み解くことで、その光学系固有の収差の傾向と性能を評価することができます。 波面誤差測定サービス Zygoのような干渉計は現在光学部品・光学機器の製造現場に広く普及してきていて、製品の検査や製造品質の向上のために活用されています。天体望遠鏡の分野でも、下のリンク先の製品のように、個体毎の干渉計による測定結果を添付しているものが増えてきています。 笠井トレーディング・GINJI http://www.kasai-trading.jp/ginji.htm 京都虹光房では、このZygo干渉計を使用した「波面測定サービス」を個人ユーザ対象に提供されています。 京都虹光房・波面測定サービス http://www.kyoto-nijikoubou.com/zygo_web/zygo.html こちらがある望遠鏡の測定結果のサンプル。「波面マップ」が本来あるべき理想的な波面からのずれを示したもの。赤や青の部分は波面の山・谷に相当します。 ずいぶんと凸凹しているように見えますが、この個体は「ストレール比95%(*1)」という非常に高いレベルの結果を示しているそうです。つまり、レーザー干渉計では人間の眼ではもはや差を認識できないほどの誤差まで正確に測定が可能なのです(*2)。 (*1)ストレール比とは、理想的な結像状態を100%としたとき、実際の結像がその状態にどれだけ近いかを数値化したものです。一般的?には「80%なら良好、90%を越えると優秀、95%を越えると最高レベル、98%越えは神」などと認識されているようです。また、ストレール比は波長に依存するため、波長632.8nmのヘリウムネオンレーザー光で測定を行うZygo干渉計の結果を眼視的な可視光のピーク(波長550nm)での値として評価するには、下のような換算式を使用します。例えば、S(632.8nm)=95%の場合、S(550nm)=93.4となります。   (*2)メーカのカタログやHPでストレール比が謳われることがありますが、これは「設計上の値」であることには注意が必要です。実際には製造誤差などの様々な要因で理論値より低いことが普通です。また、反射望遠鏡の場合副鏡の回折もストレール比を低下させます。 測定費用は、口径13cm以下の天体望遠鏡なら1台2.5万円、補正レンズやフィルター、天頂ミラーなどのアクセサリは1万円。決して安い価格ではありませんし、測定したからといって自分の望遠鏡が良く見えるようになるわけではありませんが、自分の持つ機材の性能を客観的に・定量的に性能評価することが一般のユーザーにも可能になったことは意義深いことといえるでしょう(*)。 (*)天体望遠鏡の結像性能の評価には、「ロンキーテスト」「ナイフエッジテスト」という2つの測定方法があり、アマチュアでも実施することが可能ですが、完全な波面形状を得ることが不可能な上に、客観的・定量的な結果を得るためには高い技術と経験が必要になります。 この「Zygo干渉計」の基本的な原理や測定結果の読み方などについて、天文アマチュアにも理解できるような解説記事を京都虹光房にご執筆いただく企画を検討中です。近日中にアナウンスできる見込みですのでぜひご期待ください! 京都産業大学神山天文台訪問記 京都産業大学と天文学・荒木俊馬先生 今回の訪問の主目的はZygo干渉計の波面測定サービスの件だったのですが、京都虹光房のご厚意で京都虹光房と関係の深い(*)京都産業大学の神山(こうやま)天文台を見学させていただくことができました。 (*)京都虹光房の池田優二さんが京都産業大学の客員教授を務められています。 京都産業大学・神山天文台について https://www.kyoto-su.ac.jp/observatory/about.html 京都産業大学と天文の縁は開学時点に遡ります。創設者であり初代学長の荒木俊馬先生は著名な天文学者。大学のシンボルマークはいて座の南斗六星をかたどったもの。 神山天文台は京都産業大学の建学の精神を具現化するシンボルであり、創立50周年記念事業の一つとして2010年に運用が開始しました。キャンパス内にある地上三階・地下一階・延べ床面積2000平米の独立した建物が神山天文台になっています。神山天文台は研究機関であると同時に市民にも開かれた天文台で、市民向けの観望会などのイベントが行われています。 荒木望遠鏡 神山天文台のシンボルであり、主砲ともいうべき口径1.3mの荒木望遠鏡。日本国内の私立大学では最大径。同じく京都に所在する西村製作所による製造。 京都という都会の中に立地するのは暗い天体の観測をするには不利なのですが、逆に生活の場・研究の場のすぐ近くにあるというメリットを生かし、京都産業大学の研究室で開発している様々な最新鋭の観測装置のテストなどにも役立てられています。天文アマチュア的にいえば、遠征地で本番を迎える前に自宅のベランダでみっちり試用するようなもの。 この望遠鏡は一般市民向けの観望会にも使用されています。ナスミス焦点に付けられた大きな筒(写真中左)は観望用の接眼部。ちなみに、普段は使用されていませんが、演習の一環として研究室の学生がこの望遠鏡用に設計・製造したアイピースがあり、それまでよりもずっと良く見えるとのこと。建学の精神ここにありですね。 都会の中の天文学研究の最前線 天文台の棟内にある研究室も見せていただきました。実は編集子は学生時代赤外線天文学の研究室に所属していたのですが、30数年ぶりにその空気を吸った気がします。当時の担当教授であったM先生のことも池田さんはよくご存じで、不思議な縁を(勝手に^^;;;)感じました。 右奥は3Dプリンター。カスタムメイドの観測機器を試作するには3Dプリンターはうってつけ。ヘリウムガスのボンベは風船用ですが、機器の機密性をチェックするために使用されているそうです。(ヘリウムガスはごく小さなすき間でもすり抜けるため) これらの研究室で試作された機材は、すぐ上にある望遠鏡で即実地検証が可能。都会の真ん中、キャンパスの真ん中に大きな望遠鏡を持つメリットがそこにあります。ここで生まれた最新鋭の観測機器が、海外の条件の良い観測施設に運ばれ、世界第一線級の成果をあげてきているのです。 LLP京都虹光房とその様々な活動 LLP  京都虹光房とは ここでLLP京都虹光房について簡単にご紹介しておきましょう。京都虹光房はメンバーの大半が天文学・物理学の博士号を持つ研究者で、それぞれが持つ高い専門性を背景に、天文学や光に関わる様々な技術・サービス・製品を提供する事業を行っています。 LLPとは有限責任事業組合(Limited Liability Partnership)のこと。有限責任の組合員からなる法人格を持たない合同会社のようなものです。 アカデミズムと社会の関係 京都虹光房のメンバーは、京都虹光房に所属すると同時に、各人がそれぞれ独立に営む事業の代表でもあります。しかし「天文学」という共通のバックグラウンド以外にも、あるポリシーで繋がっています。 LLP京都虹光房・Philosophy http://www.kyoto-nijikoubou.com/philosophy.html それは学問の追究としての「アカデミズム」だけに閉じることなく、「アカデミズムの社会における責任」とは何かを模索しそれを果たすこと。そのためにはビジネスにも足場を置き、社会とアカデミズムの橋渡しと相互の発展を目指す、という姿勢です。 この考え方がただの理想ではないことは、京都虹光房が2010年の設立以来8年近くが経過した今でも存続していることが示しています。ぜひ上のリンクから、それぞれの方の持つ思いとそれを現実のものにしてきたひとつひとつのこれまでの取り組みと成果をごらん頂ければと思います。 そんな京都虹光房の業務内容をいくつかご紹介しましょう。 アストロ・アカデミア 「アストロ・アカデミア」〜天文学の寺子屋〜 http://www.kyoto-nijikoubou.com/astro-academia/ アストロ・アカデミアは天文学を本格的に学べる現代の寺子屋。一科目月額4,000円から。「天文学へのいざない」「天文ニュースを読み解く」といった比較的入りやすいものから、「相対論・宇宙論研究 」「輻射諭達論」「恒星大気とスペクトル分類」のような専門的なものまで、数多くの講座が用意されています。 天文アマチュアには「「光の鉛筆」を読もう」や「天文宇宙検定対策講座」などはいかがでしょうか。 スタート時にはほとんどの人に「そんなものうまくいくはずがない」と言われたそうですが、ところがどっこい、非常に好評で熱心な方が数多く参加されているそうです。 光学機器の開発 京都虹光房では、天文台などの研究機関向けの特殊な光学系の設計・製作技術を持たれています。 京都光学・非球面光学素子の製造・計測 http://kyoto-optics.com これはなんぞ?!黄色いロボットアーム。 この機械は、産業用のロボットを応用した高精度の非球面を研磨できるもの。直径50cmの大きさまでをλ/10の精度で研磨できるそうです。黄色いアームの部分は汎用品なので実はあまり高価ではなく、それを応用したシステム全体に様々なノウハウが込められているそうです。 この機械を使用すると、天体望遠鏡のような「軸対称」の「弱い非球面」ばかりでなく、「軸外し非球面」のような手作業ではほぼ不可能な高度な非球面を制作できるそうです。 Photocoding・軸外し望遠鏡 http://www.photocoding.com/design/offset_tel.html 回折像に影響を与える中心遮蔽およびスパイダーのない望遠鏡です。 口径1.5mF/10で、30分角の視野をカバーする設計です。 上の設計例は京都虹光房の池田さんの運営する「Photocoding」による設計例。副鏡遮蔽なしにすることで高性能化を図った口径1.5m F10の光学系です。このような「軸外し」光学系の場合、軸対称のカセグレン式のような2枚光学系では非点収差を補正することができませんが、軸外し非球面を使用すれば無収差化が可能。 京都虹光房の「京都光学」の非球面加工技術と「Photocoding」の設計技術を組み合わせれば、口径40cm F2クラスの無収差反射望遠鏡を作ることが可能だそうです。 Hyperbola Optics http://www.kyoto-nijikoubou.com/staff_bessho.html (1)アマチュア天文家向け望遠鏡の導入・運用・撮影等に関するコンサルティング。特に海外製品への対応。 (2)天文普及活動の一環として,アマチュア天文家の方へのサポート等。 (3)アマチュア向け天体望遠鏡及び関連装置の開発・販売。 別所泰輝さんの運営するHyperbola Optics。別所さんは理論物理学者であり、アマチュア天文家でもあります。京都虹光房の技術を応用したユニークなアマチュア天文家向けの製品が出てくるのでしょうか?! 個人的な勝手な妄想!では、Questerのようなコンセプトの20cmくらいのコンパクトな主鏡遮蔽無しの無収差望遠鏡や、電視にも写真用にも使える25cmF2くらいの望遠鏡があると夢が膨らむ気がします^^ まとめ いかがでしたか? アカデミズムとビジネスの交差点。そこから生まれたLLP京都虹光房。それを育んだ京都産業大学神山天文台。 今回ご紹介した、波面誤差測定サービスやアストロ・アカデミアのような天文アマチュアがすぐ利用できるサービスから、「夢の望遠鏡」を実現するような先端技術まで、京都虹光房の今後におおいに注目したいと思います。編集部発信のオリジナルコンテンツ