太陽系外縁天体の発見・観測技術の革新と新しいアイデア
昨日テレビの全国ニュースでも大きく報道された「太陽系外縁天体の発見」について、ネット上の情報をまとめました。
この発見には、天文学的な大きな意義だけでなく、最近のめざましい天文機材の性能向上によって、新しいアイデアとそれを実践する行動力があれば「小規模な観測機材でも天文学の最先端の研究が可能である」ことを示すものです。
追記2019/2/19)
市販望遠鏡で太陽系の果てに「惑星の材料」発見!アマチュア天文家の出番!?(ライター・林公代)
http://www.mitsubishielectric.co.jp/me/dspace/column/c1902_1.html
三菱電機HPに林公代(@payapima)さんの素晴らしい記事が掲載されています。日本のアマチュア天文家の実力を高く評価する星ナビ編集長川口雅也さんが、観測のための基盤をアマチュアとシェアすることで観測ネットワークを強化できる可能性について述べられています。OASESプロジェクトの有松さんも将来的な方向性として賛意を示されています。
川口さん曰く、「一言で言って、燃える」。今回の研究成果がアマチュア天文家を刺激し、天文学の新たな発展にアマチュアが貢献する日は遠くないかもしれません。
目次
天文学的な意義
エッジワース・カイパーベルトとは
東北大学・史上初、太陽系の果てに極めて小さな始原天体を発見
http://www.tohoku.ac.jp/japanese/2019/01/press-20190125-02-KBO.html
詳細のニュースリリース(PDF)http://www.tohoku.ac.jp/japanese/newimg/pressimg/tohokuuniv_press_20190125_02_KBO_web_01.pdf
我々の太陽系は、「惑星」「準惑星」「小惑星」「彗星」など、さまざまな天体がひとつの大きな円盤(黄道面)の周囲に分布しています。この円盤の「海王星以遠(30天文単位より遠く)」は「エッジワース・カイパーベルト(EKB)」と呼ばれ(*)、数多くの小さな天体「エッジワース・カイパーベルト天体(EKBO)」が分布しているものと考えられています。
(*)狭義では約50天文単位まで、広義では数百天文単位までの領域。
Wikipedia エッジワース・カイパーベルト
https://ja.wikipedia.org/wiki/エッジワース・カイパーベルト
「あるはず」の「見えない」ものを観測するアイデア
この「エッジワース・カイパーベルト天体」には、「直径数キロ程度」という極めて小さな天体を含め、おびただしい「微少天体」が多数分布していると考えられていました(*)。
(*)あまりにも遠いため、エッジワース・カイパーベルトに存在する天体はこれまで「望遠鏡で観測可能な大きなもの」しか、「直接」観測することができませんでした。それでも、2006年時点で1,000以上が発見されています。
しかし、そういった「微少な天体」はあまりにも暗すぎて、ハッブル宇宙望遠鏡(HST)でも直接その光を捉えることは不可能です(*)。
(*)HSTの限界等級は28等級。14等級である冥王星の直径は約2400kmですから、同じ反射率と距離の直径2.4kmの天体は29等級になります。
太陽系外縁の「微惑星」による恒星の掩蔽の動画。元々の観測が動画なので、こうやって動画で普通に見られる臨場感^^
特定の恒星について「100年に1回」ほどの確率で見られる現象だそうです。星空を眺める際は「またたきではない、減光現象」にも注意してみましょう^^ https://t.co/RhFUlDvHJl— 天リフ編集部 (@tenmonReflexion) January 29, 2019
そこで考えられたのは「恒星の掩蔽」という現象を観測するというアイデア。上の動画は今回観測された「掩蔽」ですが、ある星がほんの0.2秒間ほどわずかに暗くなっています。これは、ごく小さな天体が恒星の前を通過して、日食のように恒星の光を遮ったのです。
微惑星はどのくらいあるのか
今回の発見は1例のみですが、予想よりも早く検出されたことから、キロメートルサイズのカイパーベルト天体が予想よりも多いことを示唆します。今後はこの観測を続け、検出数を増やすことで、精度を上げていきたいと思っています。これからも引き続きOASESへの応援よろしくお願いします。 pic.twitter.com/8KBkQ5lDYa
— 津村耕司 (@tsumura_isas6) January 29, 2019
今回の発見は、まだ「1例」だけの観測ですが、理論的な微惑星の分布モデルから予測されるよりも「早く」検出されました。理論モデル通りだとしたら、発見までにもっと長い時間(*)がかかっていたはず、というわけです(*)。
(*)今回は「60時間」の観測で最初の1例が発見されました。
今後の観測によって、より多くの掩蔽現象が観測されれば、より詳しい微惑星の分布状況やや新たな謎が見つかることでしょう。
本当に微惑星なのか
面白いですね。curve fittingがちょっと大げさに見えなくもないですが、この減光は大気による瞬きや何か突発的な別の要因では説明できないレベルなんですか?縦軸(明るさ)の単位やスケールも知らずに雑な質問すいません
なるほど、ありがとうございます。原因が望遠鏡内や大気など”近く”にないことは理解しました。もうひとつ疑問として、0.2秒間80%減光という現象は、原理的にはline of sight上の何かちょうどよい障害物ならあらゆる可能性が考えられそうな気もするんですが、EKBOに限定できる理由が気になりました。
— 石松拓人
「まだ1例のみ」であり、今回の現象が他の要因である可能性も完全に否定されたわけではありません。「もっと近くてもっと小さな物体による掩蔽」である可能性もあるかもしれません。この可能性を議論する知識は筆者にはありませんが、今後の観測例の積み重ねによって明らかになってゆくことでしょう。
2019/1/31追記)
さすがのアストロアーツ記事。
アストロアーツ・小型望遠鏡で発見、約50億km彼方にある直径3km弱の小天体
http://www.astroarts.co.jp/article/hl/a/10457_kbo使用された観測機材
RASAアストログラフとCMOSカメラASI1600MM
OASESと同目的のTAOSIIという国際プロジェクト(台湾・米国など)は、10億円かけて口径1.3mの専用望遠鏡3台をメキシコに建設中ですが、OASESでは市販アマチュア用の口径28cm望遠鏡2台に市販のCMOSカメラを取り付け、約350万円で同じことを先にやってしまったのです。有松さんのアイディア勝ち!半端ない pic.twitter.com/9P0GODhYMh
— 津村耕司 (@tsumura_isas6) January 29, 2019
アマチュア天文家であれば、今回の観測で使用した機材を見ると「え!アレか!」と思われることでしょう。架台はタカハシのEM200。鏡筒はセレストロンのRASA。カメラは(たぶん)ASI 1600MM(冷却タイプ)でしょう。RASAは口径28cm F2.2の明るいアストログラフですが、レデューサを介してさらにF1.58まで明るくしているようです。
観測の概要
この方法だと明るい星を見続ければ良いので、小さい望遠鏡でも可能です。ただし掩蔽の確率は低い(1天体あたり約100年に1回)ので、広い領域を観測して大量の星を観測する必要があります。これも小さい望遠鏡の方が有利。成功率を上げるため、天の川(星が多い)と黄道(小惑星が多い)の交点を観測しました pic.twitter.com/hmJdIrRBcs
— 津村耕司 (@tsumura_isas6) January 29, 2019
観測は「背景に星が多い=掩蔽の可能性が高い」「黄道面にある」という条件から、いて座の銀河中心付近の領域が、またこの領域を良い条件で観測できる場所として宮古島が、それぞれ選ばれたそうです。
望遠鏡の横にテントを立てて観測する風景は、アマチュアの天体観測・撮影さながらです。60時間ということは、梅雨明け後の安定した空であれば10晩程度でしょうか。「予定より早く発見できた」ということは、当初の腹づもりでは最初の発見までもっともっと時間がかかると腹をくくっていたと想像されます。
今回の成果によって、もっと予算が充てられ、観測機材・環境ともにさらに充実するとよいですね。
「動画」による観測の可能性
天体は「暗い」ため、これまでは短くても数十秒くらいの露出時間をかけた写真による観測が主流です。一方、最近は非常に高性能なデジタルセンサーの登場で、今回の観測のような「秒」オーダーで発生する事象にまで対象が広がってきています。
皆既月食中に発生した月面の発光現象。こういう現象はどのくらいの頻度で起きているのだろう。1億画素越えの動画カメラはこういう現象の監視に役に立ちそう。
星が好きな人のための新着情報よりピックアップ。https://t.co/qgLECGb0l0— 天リフ編集部 (@tenmonReflexion) January 23, 2019
先日の皆既月食で起きた「発光現象」もその一つ。皆既月食で「たまたま」発生したのかもしれませんが、地球照を継続的に観測すれば、もしかしたら思いのほかこの手の現象が観測できるかも?
宇宙では、まだ想像もつかないようなこういった「秒オーダーで発生する事象」が、まだ潜んでるかもしれません。
まとめ
昨日報道された「キロメートルサイズの太陽系外縁天体の発見の成果」の解説。
・有松さん半端ない
・10億円 vs 350万、アイデアの勝利
・背景の星を天体がよぎる際の秒以下の減光を観測
・ひたすら「銀河と黄道の交点」を動画で撮像。
・今回の発見は1例のみ。予想より早く検出。 https://t.co/Jndh9pTHxp— 天リフ編集部 (@tenmonReflexion) January 29, 2019
天文学は、アマチュアの貢献が比較的大きな学問でしたが、観測衛星や可視光以外の電磁波(電波、赤外線、X線など)による観測など、アマチュアには手出しもできない領域が多くなってきています。
しかし今回の発見は「可視光でも、地上からでも、アマチュア機材でやれる新しいことがある」という可能性を示すものだといえます。昨今のデジタル機材の特徴を生かした、新しい発想を持つ観測者やプロジェクトが、今後生まれてくることに大いに期待するものです。
https://reflexions.jp/tenref/orig/2019/01/30/7834/https://reflexions.jp/tenref/orig/wp-content/uploads/sites/4/2019/01/fc6927a4cd7fc6f068de9eb5d3ae4aff-5-1024x538.jpghttps://reflexions.jp/tenref/orig/wp-content/uploads/sites/4/2019/01/fc6927a4cd7fc6f068de9eb5d3ae4aff-5-150x150.jpgサイエンス昨日テレビの全国ニュースでも大きく報道された「太陽系外縁天体の発見」について、ネット上の情報をまとめました。 この発見には、天文学的な大きな意義だけでなく、最近のめざましい天文機材の性能向上によって、新しいアイデアとそれを実践する行動力があれば「小規模な観測機材でも天文学の最先端の研究が可能である」ことを示すものです。 追記2019/2/19) 市販望遠鏡で太陽系の果てに「惑星の材料」発見!アマチュア天文家の出番!?(ライター・林公代) http://www.mitsubishielectric.co.jp/me/dspace/column/c1902_1.html 三菱電機HPに林公代(@payapima)さんの素晴らしい記事が掲載されています。日本のアマチュア天文家の実力を高く評価する星ナビ編集長川口雅也さんが、観測のための基盤をアマチュアとシェアすることで観測ネットワークを強化できる可能性について述べられています。OASESプロジェクトの有松さんも将来的な方向性として賛意を示されています。 川口さん曰く、「一言で言って、燃える」。今回の研究成果がアマチュア天文家を刺激し、天文学の新たな発展にアマチュアが貢献する日は遠くないかもしれません。 天文学的な意義 エッジワース・カイパーベルトとは 東北大学・史上初、太陽系の果てに極めて小さな始原天体を発見 http://www.tohoku.ac.jp/japanese/2019/01/press-20190125-02-KBO.html 詳細のニュースリリース(PDF)http://www.tohoku.ac.jp/japanese/newimg/pressimg/tohokuuniv_press_20190125_02_KBO_web_01.pdf 我々の太陽系は、「惑星」「準惑星」「小惑星」「彗星」など、さまざまな天体がひとつの大きな円盤(黄道面)の周囲に分布しています。この円盤の「海王星以遠(30天文単位より遠く)」は「エッジワース・カイパーベルト(EKB)」と呼ばれ(*)、数多くの小さな天体「エッジワース・カイパーベルト天体(EKBO)」が分布しているものと考えられています。 (*)狭義では約50天文単位まで、広義では数百天文単位までの領域。 Wikipedia エッジワース・カイパーベルト https://ja.wikipedia.org/wiki/エッジワース・カイパーベルト 「あるはず」の「見えない」ものを観測するアイデア この「エッジワース・カイパーベルト天体」には、「直径数キロ程度」という極めて小さな天体を含め、おびただしい「微少天体」が多数分布していると考えられていました(*)。 (*)あまりにも遠いため、エッジワース・カイパーベルトに存在する天体はこれまで「望遠鏡で観測可能な大きなもの」しか、「直接」観測することができませんでした。それでも、2006年時点で1,000以上が発見されています。 しかし、そういった「微少な天体」はあまりにも暗すぎて、ハッブル宇宙望遠鏡(HST)でも直接その光を捉えることは不可能です(*)。 (*)HSTの限界等級は28等級。14等級である冥王星の直径は約2400kmですから、同じ反射率と距離の直径2.4kmの天体は29等級になります。 https://twitter.com/tenmonReflexion/status/1090386876022706176 そこで考えられたのは「恒星の掩蔽」という現象を観測するというアイデア。上の動画は今回観測された「掩蔽」ですが、ある星がほんの0.2秒間ほどわずかに暗くなっています。これは、ごく小さな天体が恒星の前を通過して、日食のように恒星の光を遮ったのです。 微惑星はどのくらいあるのか https://twitter.com/tsumura_isas6/status/1090111971515555840 今回の発見は、まだ「1例」だけの観測ですが、理論的な微惑星の分布モデルから予測されるよりも「早く」検出されました。理論モデル通りだとしたら、発見までにもっと長い時間(*)がかかっていたはず、というわけです(*)。 (*)今回は「60時間」の観測で最初の1例が発見されました。 今後の観測によって、より多くの掩蔽現象が観測されれば、より詳しい微惑星の分布状況やや新たな謎が見つかることでしょう。 本当に微惑星なのか https://twitter.com/notactor/status/1090364344112574464 https://twitter.com/notactor/status/1090446683769470976 「まだ1例のみ」であり、今回の現象が他の要因である可能性も完全に否定されたわけではありません。「もっと近くてもっと小さな物体による掩蔽」である可能性もあるかもしれません。この可能性を議論する知識は筆者にはありませんが、今後の観測例の積み重ねによって明らかになってゆくことでしょう。 2019/1/31追記) さすがのアストロアーツ記事。 アストロアーツ・小型望遠鏡で発見、約50億km彼方にある直径3km弱の小天体 http://www.astroarts.co.jp/article/hl/a/10457_kbo 使用された観測機材 RASAアストログラフとCMOSカメラASI1600MM https://twitter.com/tsumura_isas6/status/1090108574292795394 アマチュア天文家であれば、今回の観測で使用した機材を見ると「え!アレか!」と思われることでしょう。架台はタカハシのEM200。鏡筒はセレストロンのRASA。カメラは(たぶん)ASI 1600MM(冷却タイプ)でしょう。RASAは口径28cm F2.2の明るいアストログラフですが、レデューサを介してさらにF1.58まで明るくしているようです。 観測の概要 https://twitter.com/tsumura_isas6/status/1090110104895012865 観測は「背景に星が多い=掩蔽の可能性が高い」「黄道面にある」という条件から、いて座の銀河中心付近の領域が、またこの領域を良い条件で観測できる場所として宮古島が、それぞれ選ばれたそうです。 望遠鏡の横にテントを立てて観測する風景は、アマチュアの天体観測・撮影さながらです。60時間ということは、梅雨明け後の安定した空であれば10晩程度でしょうか。「予定より早く発見できた」ということは、当初の腹づもりでは最初の発見までもっともっと時間がかかると腹をくくっていたと想像されます。 今回の成果によって、もっと予算が充てられ、観測機材・環境ともにさらに充実するとよいですね。 「動画」による観測の可能性 天体は「暗い」ため、これまでは短くても数十秒くらいの露出時間をかけた写真による観測が主流です。一方、最近は非常に高性能なデジタルセンサーの登場で、今回の観測のような「秒」オーダーで発生する事象にまで対象が広がってきています。 https://twitter.com/tenmonReflexion/status/1088206256127434752 先日の皆既月食で起きた「発光現象」もその一つ。皆既月食で「たまたま」発生したのかもしれませんが、地球照を継続的に観測すれば、もしかしたら思いのほかこの手の現象が観測できるかも? 宇宙では、まだ想像もつかないようなこういった「秒オーダーで発生する事象」が、まだ潜んでるかもしれません。 まとめ https://twitter.com/tenmonReflexion/status/1090382915639234560 天文学は、アマチュアの貢献が比較的大きな学問でしたが、観測衛星や可視光以外の電磁波(電波、赤外線、X線など)による観測など、アマチュアには手出しもできない領域が多くなってきています。 しかし今回の発見は「可視光でも、地上からでも、アマチュア機材でやれる新しいことがある」という可能性を示すものだといえます。昨今のデジタル機材の特徴を生かした、新しい発想を持つ観測者やプロジェクトが、今後生まれてくることに大いに期待するものです。 編集部山口 千宗kojiro7inukai@gmail.comAdministrator天文リフレクションズ編集長です。天リフOriginal
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