光学製品の性能を評価する指標として「MTF(Modulation Transfer Function)曲線」があります。近年このグラフが、特にカメラレンズの評価や購買動機のひとつとして重視されるようになってきています。

ところが、カメラメーカーが公式に発表するMTF曲線は、その計算方法や基準が一定ではありません。その結果、若干のミスリードが生じる危険性を感じています。

本稿ではその状況を簡単に整理し、ユーザー・メーカーのそれぞれに対して、若干の提言を行うものです。

ソニー600mmF4GMはどれくらいすごいのか

ソニーHP・SEL600F40GM
https://www.sony.jp/ichigan/products/SEL600F40GM/
https://www.sony.jp/products/catalog/alpha_lens_SEL600F40GM_news.pdf

6/12にソニーから、超望遠のGMレンズ「FE 600mm F4 GM OSS」が発表されました。約3kgの超軽量で、光学設計的にも非常に高い性能であることが期待できる注目のレンズです。さすがは勢いのあるソニーです。

しかし、この製品のMTF曲線に対して「ソニー600F4GMのMTF直線ヤバイ」的な反応がSNSなどで多く見られました。しかし、その認識はある重要な事実を見落としているのかもしれません。それは、このMTFが「幾何光学的MTF曲線」であることです。

もちろん、これが「幾何光学的MTF曲線」であったとしても、ソニーとこのレンズ設計者が素晴らしい仕事をしたという推測に変わりはありません。「幾何光学的MTF曲線」が上に貼り付いた直線であるということは、残存収差がほぼ皆無であることを意味します。いや、凄い。こんなチャレンジングなレイアウトでこの性能を実現するなんて(*)。

(*)「大きな前玉を1枚きりにすることで軽量化する」「前玉で発生した色収差と球面収差を大きく離れた中間部のレンズ群で補正する」という着想はキヤノンの最新400mmF2.8L IIIなどでも採用されているレイアウトですが、これまでにない斬新な構成であることには変わりありません。

光学系の性能を評価する手法・解像力とMTF曲線

「MTF曲線」は写真レンズを評価するための非常に重要な指標ではありますが、あくまで性能を評価する一つの方法にすぎません。その意味と成り立ちを明確にするためにも、光学製品の性能を評価するいくつかの手法について簡単に見ていくことにしましょう。

解像力とテストチャート

http://www.pearl-opt.com/chart.html

まず「解像力」という指標があります。解像力とは文字通り、どのくらい細かい部分を識別できるかを表すもので、具体的には細かい線が引かれた「テストチャート」を撮影し、その線が分解して見えるぎりぎりの線幅で評価する方法です。解像度が「1mm当たり50本ある」というのは、テストチャートを撮影して結像面のスケールで1mm当たり50本の密度で引かれた線が「縞」として(のっぺりした灰色ではなく)ぎりぎり認識できるということです。

この「解像力」という指標は重要な指標の一つであり、今でも動画を含めた映像機器をはじめ広く使用されていますが、「写真用レンズ」に限っていえば、それだけで評価することは実際の「ユーザーにとっての性能」を必ずしも反映しないことが明らかになってきました。

デジカメWatch・君はウルトラマイクロニッコールを知っているか
https://dc.watch.impress.co.jp/docs/news/eventreport/1120459.html

たとえば、かつて半導体製造で使用されていた「工業用マクロレンズ」では「1mm当たり数百本以上」という非常に高い解像度が実現されていたのですが、写真用レンズの場合ではそもそもフィルムの解像度がそれよりはるかに粗かったため(*)、やたら高解像度を追求してもその差は最終画像には現れてこないことになります。

(*)フィルムの銀塩粒子の直径は小さいものでも0.01mm〜0.02mm程度ですが、これを解像度に換算すると1mm当たり50本〜100本にしかすぎません。

写真レンズがどんどん高性能化していく中で「解像度」だけに着目しても、その善し悪しを判断できなくなってきたのです。

コントラストとMTF曲線

そこで現れたのが「MTF曲線」です。「良く写っているように見える写真と、そうでない写真の違いは何か」。細かい部分まで解像しているのに、なんとなく「ねむたい」すっきりしない写真と、解像力はさほどでもないのに、すっきりと見える写真の違いは何か。それを指標化したものが「MTF曲線」なのです。

キヤノンHP・MTF特性図とは
https://cweb.canon.jp/ef/knowledge/#anc-MTF特性図の見方
MTFとは、Modulation Transfer Function の略で、コントラスト再現比によるレンズ性能評価方法です。

具体的には「空間周波数別のコントラスト」に注目します。まず「コントラストが高い光学系」がよりよい光学系であることは自明でしょう。「ねむたい」「すっきりしない」写真は「コントラストが低い」といえます。

「空間周波数」は専門用語なのでピンとこないかもしれませんが「ディテールのサイズ」とでもいえば良いでしょうか。黒白の縞模様をカメラで撮影することを考えてみましょう。縞模様の幅が大きいときは、どんなレンズで撮影しても白ははっきり白に、黒ははっきり黒になります(*)

(*)レンズ面での反射や鏡胴ないの内面反射による迷光(ゴースト・フレア)が存在する場合は、この場合でもコントラストには差が出てきますが、ここでは結像光学系だけを考えることにしそれらは無視します。

ところが、縞の幅をだんだん狭くしていくと、この白黒の差がはっきりしなくなってゆき、解像力の限界に達したとき白も黒も同じグレーとなります。この「線の幅」を解像力の限界よりも上、人間の視覚的に「写りの差(=コントラストの差)」をより反映するあたりに選べば、レンズの「コントラスト」をよりよく評価できるはずだ、というのが、「MTF曲線」のコンセプトだったと筆者は理解しています(*)。

(*)MTF曲線がカメラレンズの評価指標として一般に現れ始めた20世紀終盤ごろ

MTF曲線の読み方

https://cweb.canon.jp/ef/lineup/standard/ef50-f14/ MTF特性図は開放絞りでのものです。

では、MTF曲線をどう読めばいいのでしょうか?

キヤノンの古典的標準レンズ「EF50mmF1.4 USM」を見てみましょう。このレンズはフィルム時代からの伝統的な設計で、低分散ガラスも非球面レンズも使用されていないため、現在のデジタル水準ではやや不満なレンズですが、ここで見てほしいところはそこではありません。

キヤノンHP・MTF特性図とは
https://cweb.canon.jp/ef/knowledge/#anc-MTF特性図の見方

MTF特性図上の10本/mmのカーブが1に近いほどコントラスト特性がよく、ヌケの良いレンズとなり、30本/mmのカーブが1に近いほど高解像力を備えたシャープなレンズとなります。シャープで抜けのよい高性能レンズであるためには、両者でバランスが取れていることが大切ですが、一般的に10本/mmのMTF特性が0.8以上あれば優秀なレンズ、0.6以上あれば満足できる画質が得られると言われています。

キヤノンHPからの引用ですが、重要なことが4つ書いてあります。

  1. 「コントラストの評価は10本/mm」
  2. 「解像力の評価は30本/mm」
  3. 「バランスが大事」
  4. 「コントラスト0.8以上が優秀、0.6以上で満足」。

1〜3の意味するところはつまり「コントラストと解像力をそれぞれ別に評価したうえで、そのバランスが取れているレンズが良いレンズである」です。これはデジタルの時代になっても全く変わらない、MTF曲線が教えてくれるレンズの評価方法です。また、4のコントラストを評価する上での値の読み方についても参考になります。「コントラスト0.6と0.8は明らかに違う(満足と優秀の差くらいに)」ということです。0.6以下は満足できないともいえます(*)。

(*)一方でコントラスト「0.8」「0.9」「1.0」でどのくらい違うのかについては教えてくれません。私見ですが、0.9と1.0の違いはほとんどの人には判別不能ではないかという気がします。

これに即していえば、上記レンズの評価は「開放絞りでは解像力は高くないものの、コントラストは中心は優秀、周辺以外はまあ満足、周辺は不満足」となります。フィルム時代の感覚であっても若干甘い評価のような気がしますが、まるでおかしいわけではなく、とりあえずは評価基準として成立していると感じます(*)。

(*)私見ですが、現代の感覚では「コントラスト0.9以上で優秀、0.7以上で満足」が「やや厳しめ」の評価ではないかと感じます。

幾何光学的MTF曲線と波動光学的MTF曲線

幾何光学的MTF曲線の計算方法

サイバネット・光学総合サイト・スポットダイアグラム
https://www.cybernet.co.jp/optical/course/word/s15.html

では、MTF曲線はどのようにして計算するのでしょうか。筆者はレンズ設計の専門家ではないので定性的なことしか言えないのですが、基本は上の左の図のように光源から発した光の道筋を計算(光線追跡)し、右の図のような結像面での状態(スポット図)を作成します。この計算においては「幾何光学」とよばれる理論を使用します。

この図を光軸上・光軸から離れた点に対して多数計算し、それらを総合して「MTF曲線」ができあがります。ここで重要なのは、「幾何光学」の範囲では1点を発した一本の光線は必ず1点に到達するということです。これは後で詳しく触れますが、現実の結像状態は「光の回折」という性質により、この想定とは違って少し広がった(ボケた)ものとなります。

しかし、レンズ設計と評価のプロセスの大半は幾何光学の範囲で計算が行われます。世の中の数値計算全てに言えることですが、計算を単純化するために一定の前提を置くことでのは普通ことで、このこと自体は問題ではありません。むしろ「点光源から出た光が一点に全て収束するのが良い光学系」という基準が明快になるため(*)、幾何光学的に計算を行うほうが設計の善し悪しを評価しやすく、我々素人が見てもより設計の善し悪しを簡単に判断できるといえます。

(*)このような理想的な光学系の場合、MTF曲線は「天井に張り付いたMTF直線」となります。この意味では「MTF直線ヤバイ、Sugee!」という見方は自然で正当な評価であるといえます。

光は波である・回折という現象

https://ja.wikipedia.org/wiki/エアリーディスク

とはいえ、幾何光学的な計算が現実とは「ある程度」ずれていることも事実です。上の画像を見てください。完全な点像を「幾何光学」による計算ではなく「波動光学」による計算を使用して、理想的な光学系で結像させた結果ですが、光の回折という性質によって、幾何光学的には完全な光学系であっても点は点に結像せず「すこしだけボケる」結果になります。

このため、一般に波動光学的MTFは幾何光学的MTFよりも悪い結果になります。特にF値が大きいほど(暗いレンズほど)それは顕著になります(*)。

(*)回折による点像のボケ量はF値と光の波長だけで決まり、F値に比例して大きくなります。波長520nm(緑色)の光の場合F4で5.1μ、F1.4で1.8μ、F16で20μとなります。

「波動光学的MTF曲線」と「幾何光学的MTF曲線」の差

シグマHP・500mm F4 DG OS HSM
https://www.sigma-global.com/jp/lenses/cas/product/sports/s_500_4/data/
https://www.sigma-global.com/jp/lenses/cas/product/sports/s_500_4/data/

具体的な例で見てみましょう。まずはシグマ社の500mmF4です(*)。

(*)シグマ社では一部の製品に対しては2014年からこの2つのMTF曲線の両方を公開するようになっています。

左が「幾何光学的MTF曲線」で「波動光学的MTF曲線」です。「幾何」の方は「天井張り付きのMTF直線(*)」です。Sugee。ほとんど収差を完全に補正した凄いレンズであると読めます。ところが「波動」の方は、天井に張り付くまではいかず、30本/mmのコントラストは中央でも0.9止まりです。

(*)幾何光学的MTF曲線では、収差を完全に補正できた場合は上に張り付いた直線となります。このため「残存収差をどのくらい補正できているのか」を読み取るためには最適なデータとなります。

これは、設計が悪いわけでもなんでもなく、「幾何光学的MTF曲線」と「波動光学的MTF曲線」の本質的な差。光の「回折」という現象が存在する限り、光軸中心であってもF4の光学系の波動光学的コントラストは0.9どまりであることをこの図は示しています。

シグマHP・MTF曲線の公表データ追加について
https://www.sigma-photo.co.jp/new/2014/01/07/744/
https://www.sigma-global.com/jp/lenses/cas/product/art/a_50_14/data/

もうひとつ。シグマの50mmF1.4Art(50mm F1.4 DG HSM)です。こちらは違いはほんのわずかしかありません。F1.4の光学系の場合、回折によるボケはF4と比較して1/3ほどしかないため、MTFには顕著に表れてこないのです(*)。

(*)シグマ社が「これからは幾何光学MTFも公開するぞ!」というリリースにこのレンズが例として上げられているのですが、もっと違いの明らかなレンズを選んだ方がよかった気がします。

このことからみると、Fの明るいレンズ(F1.4〜F2.0)では波動光学的MTFを気にしてもほぼ無意味です(*)。逆に、両者の乖離が大きくなるF値の大きなレンズ(F4以上)ではMTF曲線が「波動」なのか「幾何」なのかを意識しないとレンズの評価を誤ることになります。

(*)このことから「全てのレンズに対して波動・幾何の両MTF曲線の開示をメーカーに求める」ことも、メーカーに無駄な労力を強いるだけで「誰得」なことではないかと思います。

統一されていない各メーカの表記と計算根拠(推測含む)

ここで問題なのは、各社がHPなどで公表しているMTFが、この2つのどちらであるのか明記されていないケースがあることです。両方併記している会社もあれば、片方しか表記していない会社もあります(*)。しかも、どちらなのか明記しているメーカーのほうが少ないというのが現状です。

(*)シグマは2014年から一部のレンズで幾何光学的MTFも併記するようになりました。ペンタックスも一部のレンズは併記されています。筆者の推測ですが、ニコン・キヤノン・オリンパス・ツァイスは波動光学的MTF、ソニーとフジは幾何光学的MTFであるように見えます。過去、キヤノンは幾何光学的MTFで表記していた例もあったようです。

このような状況で、異なるメーカーのレンズの性能を各社が発表するMTF曲線で比較すると、大きな認識間違いをする可能性があります。この事実は見落としてはならないと思います。

メーカーへの提言

MTFを公式サイトなどで提示する際は、少なくともそれが「幾何光学的MTF曲線」なのか「波動光学的MTF曲線」なのかを明記すべきではないでしょうか(*)。

(*)色収差の評価で重要となる基準となる波長の取り方も謎です。ここに恣意性があるとかなり結果が違ってしまうので、ユーザーに公開しないまでも業界内で一定のガイドラインを保ってほしいところです。

また、ユーザーへのミスリードや、誤読を都合良く利用したマーケティング戦術が度を過ぎてしまうと(そんな事象があるのかないのかはわかりませんが)、それは長い目で見てカメラ産業全体へのマイナスになることを危惧してしまいます。

理想はさまざまな基準(*)を業界内で統一し、同じ見方ができることですが、MTFは性能評価の一部の指標でしかすぎないことを考えると、そこにどのくらいのエネルギーをかけるかは各社の判断に任されてしかるべきでしょう。

(*)10mm/本,30mm本などの基準となる空間周波数、基準となる波長(色収差を考慮するための基準となる波長にどれを使用し、どんな比で計算するか)、F値(解放だけなのかそれ以外の絞り値も含めるか)など

ただし、高解像度側が30本/mmどまりであるのは、デジタル時代の変化に対応したとは決していえないと思います。MTF曲線の基準となる空間周波数の追加(40本/mm〜60本/mmの追加)も望みたいところです(*)。

ユーザーへの提言

MTFは比較的わかりやすい指標であり、気になることも気にすることも当然至極なことではありますが、一定の限界があることを認識した上で読まれることを強く推奨します。

本稿の文脈でいえば、より高性能なレンズ(特に望遠側)では、「幾何光学的MTF曲線」と「波動光学的MTF曲線」の本質的な違いを認識していないと評価を誤ることになってしまいます。

「幾何光学的MTF曲線」を読むときは「このレンズの設計者がいかに収差を減らすことに尽力したか」を評価すべきですし、「波動光学的MTF曲線」を読むときは「このレンズの設計上の限界の性能を示すものであって実際にここまでの性能が出ているとは限らない」という前提で読む必要があります。

特に、F値の大きな(暗い)レンズほど、必然的に波動光学的MTF曲線は悪くなります。にもかかわらず、現実にはF値の小さな(明るい)レンズほど製造公差に敏感で、理論的なMTF曲線通りの性能は一般的には出ません。このことを正しく理解していないと、本来ユーザーにとってメリットがあるはずの「F値を欲張らない(暗い)代わりにより高性能で高コスパな製品」の評価を不当に低く扱ってしまう危険があります(*)(**)。

(*)例えばフルサイズ対応の300mmF4、400mmF5.6といったレンジの望遠レンズは、各カメラメーカとも力を入れていませんが、このクラスのレンズをメーカーが本腰を入れて開発すれば非常に良い製品ができるはずなにに、波動光学的MTF曲線はどんなに頑張っても1絞り明るいスペックのレンズを上回ることができません。もしそんな製品が出たとき、ユーザは正しく評価してくれるのでしょうか。

(**)500mmF4では波動・幾何の両MTFを公表しているシグマ社も、150-600mm F5-6.3 DG OS HSMでは幾何MTFしか公開していません。F6.3での波動光学的MTFはかなり悪くなるはずで、ユーザーの過剰反応を恐れたものと推測します。また、キヤノンやニコンが「5.6よりも暗いF値のレンズ」に熱心でないのも「MTFで悪評価されてはたまったものではない」という理由もあるのではないでしょうか。(位相差AFが対応していないのが最大の理由でしょうが)

まとめ

いかがでしたか?

  • MTF曲線は、レンズの性能を「解像力」と「コントラスト」の2つの観点で評価することを目的とした指標
  • フルサイズセンサーで10本/mmがコントラストの指標、30本/mmが解像度の指標とされることが多い
  • 「幾何光学的MTF曲線」と「波動光学的MTF曲線」は、一般には異なる結果となる
  • F値が小さいほど「幾何」「波動」は近いものとなり、F値が大きいほど両者は乖離する
  • 「幾何」「波動」はF1.4ではほとんど差異はないが、F4では無視できないほどの差になる
  • 特にF値の大きなレンズの場合は「幾何」「波動」の違いを意識しないと正確な評価にならない
  • にもかかわらず、一部のカメラメーカーや一部の製品では、MTF曲線が「幾何」「波動」を明確にしない形で情報が公表されている(*)。

(*)一つの自衛策としては、Fの暗いレンズの高解像度側のMTF曲線が1.0から始まっている場合、それは「幾何光学的MTF曲線」と判断して良いと思います。

いろいろ調べているうちに「MTF曲線の謎」がかえって増えてしまったところもありますが、MTF曲線について正しく理解すること、盲信しないこと、何より実写画像を自分自身の評価基準で見ることの重要性を痛感したテーマでした。

メーカー様におかれましては、ぜひ計算根拠の提示をお願いしたいところですし、ユーザーからの理不尽な要求?が過熱しないように、天リフとしても情報発信を継続したいと考えています。

たかがMTF、されどMTF。正しく理解して楽しいカメラライフを送りましょう!


さらにいくつかの状況と考察

ここから先はWikipedia的にいえば、より「要出典」「独自の研究を含む恐れがあります」的な内容となります。その前提で読んでください。

デジタル時代で適切な「空間周波数の大きさ」の設定とは?

コントラストは「10本/mm」解像度は「30本/mm」というMTF曲線で設定された空間周波数の基準は、フィルム時代のものです。現代ではセンサーの解像度もレンズのポテンシャルも大幅に上昇していて、この基準がもう適切ではない可能性があります。それについて考えてみます。

まず空間周波数「10本/mm」や「30本/mm」とは、どの程度の大きさを指すのでしょうか。センサーサイズ36mm×24mmの場合、1mmに10本の線が引かれた画像をコントラスト最高で表現するには、最低でも長辺720ピクセルが必要になります。(1mmに10本の線を引くと明暗20本の線が引かれることになる)。

この考え方に照らして、荒っぽい方法ですがサンプル画像を作ってみました。元画像は5760px×3840pxの画像(これを「限界解像度80本/mm」とみなします)です。これを、それぞれ長辺2160px(限界解像度30本/mm)、720px(限界解像度10本/mm)にいったん縮小して同一サイズに再拡大した画像が下段3つです。

これを見ると、30本/mmでは、だいたい「画像全体が見える距離で肉眼で見たときに判別できるほぼ限界のディテール」を表現できていることがわかるでしょう。また、10本/mmでは「画像全体が見える距離で肉眼で見たときに容易に判別できるディテール」です。元々のMTFの設定「コントラストは10本/mm、解像度は30本/mm」というのはその意味では大いに納得感があります。

しかし、限界解像度「80本/mm」の元画像のではより詳細まで解像しています。仮に「等倍鑑賞」や「トリミング」するような場合「元画像の解像度を正しく評価できるのは80本/mmであり、コントラストを正しく評価できるのは30本/mmである」という仮説は的を射ているかもしれません。最新の高性能レンズを評価する指標として、より細かい空間周波数でのMTF曲線が必要である、といえるのではないでしょうか(*)。

(*)メーカーによっては10本、20本、40本/mmでのMTF曲線を公表しています。また、センサーサイズがフルサイズの半分(面積1/4)のマイクロフォーサーズの場合は、20本/mm、60本/mmのMTF曲線を公開しています。

MTF曲線の計算方法の違い

幾何学的・波動光学的にかかわらず、結像状態を評価するには複数の波長の光に対する結果を総合的に計算して結果を求めなくてはなりません(*)。その際にどの波長に対する計算結果を、どのような比重で平均したのかで結果が異なってきます。極端な話、特定の波長のみで収差を評価してしまうと色収差の影響が全く現れなくなりMTF曲線はより良く見える方向にぶれます。

(*)回折の大きさは波長に比例するため、長波長の光(赤色)ほど波動光学的MTFもより悪くなります。

この件に関する現状の情報は筆者には全くありません。ユーザー的には「各社で基準が違っていても何の不思議もない」と考えた方がよいでしょう。

各社が公表しているMTF曲線の公表時期による計算方法の違い

キヤノンの場合、過去公表されていたMTF曲線は、幾何光学的MTF曲線だったようですが、現在は波動光学的MTFのようです(*)。このように、メーカー内でも公表時期によって計算方法が変わっている可能性があります。

解放F値のMTF曲線しか公表されていない

昨年の9月から、キヤノンのHPで公開されているMTF曲線が従来「F8」と「解放」の2種類あったものが解放のみに変更されました(*)。

(*)推測ですがこの時点で合わせて「波動光学的MTF」に変更されたのかもしれません。邪推ですが、F8での波動光学的MTFは相当に悪くなったように見えるので、数字が誤読され不当に評価されることを恐れたのかもしれません。現状解放F値以外のMTF曲線を公表しているのメーカーはツァイスなどごくわずかです。

レンズの収差は一般に絞るほど改善されます。このためユーザーとしては解放絞り値だけでなく、絞った時の情報も欲しいのですが、それとは逆の力が存在しているようです。

MTF曲線通りの性能は実際に出ているのか

カメラメーカー各社が公表するMTF曲線は、「設計値」であることを忘れてはなりません。それぞれのレンズが設計通りに製造・研磨され、設計通りの間隔で光軸を正しく合わせて配置され、全体の温度が外気と同じになったときにはじめてその性能が出るものです。

このあたり「回折限界」の付近の限界性能を問題にしてきた「天体望遠鏡」での経験からすると、20枚ものレンズを使った光学系が設計値通りの性能を発揮することなどほとんど奇跡に近い、というのが正直な感覚です(*)。

(*)単純な3枚構成、4枚構成の光学系ですら、限界性能を発揮するには高度な製造技術や調整技術が必要で、それが実用化・量産化されたのは近年のことです。

例をあげると、理論的にはF2.8の光学系は4μ程度の最小星像になるはずですが、筆者が検証した範囲でいえば望遠レンズの場合は優秀なカメラレンズでも最小星像径は20μ程度です(*)。

(*)天体望遠鏡の場合、最小星像径が10μなら「文句なくexcelent」と評価できます。ただし、最小星像径の測定方法もいろいろありますし、最小星像と解像度の限界値は一致しないものと推測します(何らかの係数がかかるはず)。

最近の高性能レンズの場合「個体差(当たり外れ)」は従来よりも大きくなっている(画素数が多くなった分大きく見えてしまう)気がします(*)。MTF曲線から見ていかに優秀に見えるレンズであっても、実写性能が必ずしもそれとは一致しないはずです。むしろ「違っているのが普通」と考えた方が良いかもしれません。

(*)四隅での結像状態のバラツキは天体写真の場合普通に現れてきます。広角レンズの場合はフランジバックにも敏感で、マウントアダプタ経由で使用する場合全く違う写り方になることさえあります。

MTF曲線で読めないこと・読み切れないこと

MTF曲線に現れにくい収差に天体写真で特に問題になる「軸上色収差」があります。特定の色に対してにじみが発生するような場合、RGBで平均化してしまうMTFでは、コントラスト低下への寄与は単純にいえば1/3になってしまいます。

また、MTFの「SM較差(放射方向のMTF曲線と同心円方向のMTF曲線の周辺部での落ち込み型の差)」が小さいほどよい、較差が大きいと点像が流れていることを意味すると一般にいわれますが、これにも落とし穴があって周辺に十字形の収差が出る場合はSM較差としては現れにくくなります。さらに「周辺の点像に不規則形状のハロが取り囲む」タイプの収差はあまりMTF的なコントラスト低下を引き起こさないためMTFに現れにくくなります。

MTF曲線だけで全てが評価できるはずがない

これは光学設計的には当たり前の話なのですが、MTF曲線は「コントラストと解像度の光線追跡的な総合評価」にしかすぎません。点像の正確な結像は「スポット図」を見なければわかりませんし、非点収差や像面湾曲は非点収差図、軸上色収差と球面収差は(球面)収差図を見れば一目瞭然です。他にも歪曲、周辺減光、ベイリンググレア指数(フレア率)など、重要な指標はたくさんあります。MTF曲線だけをとりあげて(それしか公表されていないのでスペック評価的には仕方がないのですが)レンズの性能を評価することはかなり危険なことだといわねばなりません。

何よりも「実写」です。そして「撮りたいものが表現できているか」が写真というアクティビティの根本であることを、自戒を込めて忘れないようにしたいものです。

 

http://reflexions.jp/tenref/orig/wp-content/uploads/sites/4/2019/06/cec012d321ccb69de0bc07d67ba2f6bf-1024x472.jpghttp://reflexions.jp/tenref/orig/wp-content/uploads/sites/4/2019/06/cec012d321ccb69de0bc07d67ba2f6bf-150x150.jpg編集部新着レンズ光学製品の性能を評価する指標として「MTF(Modulation Transfer Function)曲線」があります。近年このグラフが、特にカメラレンズの評価や購買動機のひとつとして重視されるようになってきています。 ところが、カメラメーカーが公式に発表するMTF曲線は、その計算方法や基準が一定ではありません。その結果、若干のミスリードが生じる危険性を感じています。 本稿ではその状況を簡単に整理し、ユーザー・メーカーのそれぞれに対して、若干の提言を行うものです。 ソニー600mmF4GMはどれくらいすごいのか ソニーHP・SEL600F40GM https://www.sony.jp/ichigan/products/SEL600F40GM/ 6/12にソニーから、超望遠のGMレンズ「FE 600mm F4 GM OSS」が発表されました。約3kgの超軽量で、光学設計的にも非常に高い性能であることが期待できる注目のレンズです。さすがは勢いのあるソニーです。 しかし、この製品のMTF曲線に対して「ソニー600F4GMのMTF直線ヤバイ」的な反応がSNSなどで多く見られました。しかし、その認識はある重要な事実を見落としているのかもしれません。それは、このMTFが「幾何光学的MTF曲線」であることです。 もちろん、これが「幾何光学的MTF曲線」であったとしても、ソニーとこのレンズ設計者が素晴らしい仕事をしたという推測に変わりはありません。「幾何光学的MTF曲線」が上に貼り付いた直線であるということは、残存収差がほぼ皆無であることを意味します。いや、凄い。こんなチャレンジングなレイアウトでこの性能を実現するなんて(*)。 (*)「大きな前玉を1枚きりにすることで軽量化する」「前玉で発生した色収差と球面収差を大きく離れた中間部のレンズ群で補正する」という着想はキヤノンの最新400mmF2.8L IIIなどでも採用されているレイアウトですが、これまでにない斬新な構成であることには変わりありません。 光学系の性能を評価する手法・解像力とMTF曲線 「MTF曲線」は写真レンズを評価するための非常に重要な指標ではありますが、あくまで性能を評価する一つの方法にすぎません。その意味と成り立ちを明確にするためにも、光学製品の性能を評価するいくつかの手法について簡単に見ていくことにしましょう。 解像力とテストチャート まず「解像力」という指標があります。解像力とは文字通り、どのくらい細かい部分を識別できるかを表すもので、具体的には細かい線が引かれた「テストチャート」を撮影し、その線が分解して見えるぎりぎりの線幅で評価する方法です。解像度が「1mm当たり50本ある」というのは、テストチャートを撮影して結像面のスケールで1mm当たり50本の密度で引かれた線が「縞」として(のっぺりした灰色ではなく)ぎりぎり認識できるということです。 この「解像力」という指標は重要な指標の一つであり、今でも動画を含めた映像機器をはじめ広く使用されていますが、「写真用レンズ」に限っていえば、それだけで評価することは実際の「ユーザーにとっての性能」を必ずしも反映しないことが明らかになってきました。 デジカメWatch・君はウルトラマイクロニッコールを知っているか https://dc.watch.impress.co.jp/docs/news/eventreport/1120459.html たとえば、かつて半導体製造で使用されていた「工業用マクロレンズ」では「1mm当たり数百本以上」という非常に高い解像度が実現されていたのですが、写真用レンズの場合ではそもそもフィルムの解像度がそれよりはるかに粗かったため(*)、やたら高解像度を追求してもその差は最終画像には現れてこないことになります。 (*)フィルムの銀塩粒子の直径は小さいものでも0.01mm〜0.02mm程度ですが、これを解像度に換算すると1mm当たり50本〜100本にしかすぎません。 写真レンズがどんどん高性能化していく中で「解像度」だけに着目しても、その善し悪しを判断できなくなってきたのです。 コントラストとMTF曲線 そこで現れたのが「MTF曲線」です。「良く写っているように見える写真と、そうでない写真の違いは何か」。細かい部分まで解像しているのに、なんとなく「ねむたい」すっきりしない写真と、解像力はさほどでもないのに、すっきりと見える写真の違いは何か。それを指標化したものが「MTF曲線」なのです。 キヤノンHP・MTF特性図とは https://cweb.canon.jp/ef/knowledge/#anc-MTF特性図の見方 具体的には「空間周波数別のコントラスト」に注目します。まず「コントラストが高い光学系」がよりよい光学系であることは自明でしょう。「ねむたい」「すっきりしない」写真は「コントラストが低い」といえます。 「空間周波数」は専門用語なのでピンとこないかもしれませんが「ディテールのサイズ」とでもいえば良いでしょうか。黒白の縞模様をカメラで撮影することを考えてみましょう。縞模様の幅が大きいときは、どんなレンズで撮影しても白ははっきり白に、黒ははっきり黒になります(*) (*)レンズ面での反射や鏡胴ないの内面反射による迷光(ゴースト・フレア)が存在する場合は、この場合でもコントラストには差が出てきますが、ここでは結像光学系だけを考えることにしそれらは無視します。 ところが、縞の幅をだんだん狭くしていくと、この白黒の差がはっきりしなくなってゆき、解像力の限界に達したとき白も黒も同じグレーとなります。この「線の幅」を解像力の限界よりも上、人間の視覚的に「写りの差(=コントラストの差)」をより反映するあたりに選べば、レンズの「コントラスト」をよりよく評価できるはずだ、というのが、「MTF曲線」のコンセプトだったと筆者は理解しています(*)。 (*)MTF曲線がカメラレンズの評価指標として一般に現れ始めた20世紀終盤ごろ MTF曲線の読み方 では、MTF曲線をどう読めばいいのでしょうか? キヤノンの古典的標準レンズ「EF50mmF1.4 USM」を見てみましょう。このレンズはフィルム時代からの伝統的な設計で、低分散ガラスも非球面レンズも使用されていないため、現在のデジタル水準ではやや不満なレンズですが、ここで見てほしいところはそこではありません。 キヤノンHP・MTF特性図とは https://cweb.canon.jp/ef/knowledge/#anc-MTF特性図の見方 MTF特性図上の10本/mmのカーブが1に近いほどコントラスト特性がよく、ヌケの良いレンズとなり、30本/mmのカーブが1に近いほど高解像力を備えたシャープなレンズとなります。シャープで抜けのよい高性能レンズであるためには、両者でバランスが取れていることが大切ですが、一般的に10本/mmのMTF特性が0.8以上あれば優秀なレンズ、0.6以上あれば満足できる画質が得られると言われています。 キヤノンHPからの引用ですが、重要なことが4つ書いてあります。 「コントラストの評価は10本/mm」 「解像力の評価は30本/mm」 「バランスが大事」 「コントラスト0.8以上が優秀、0.6以上で満足」。 1〜3の意味するところはつまり「コントラストと解像力をそれぞれ別に評価したうえで、そのバランスが取れているレンズが良いレンズである」です。これはデジタルの時代になっても全く変わらない、MTF曲線が教えてくれるレンズの評価方法です。また、4のコントラストを評価する上での値の読み方についても参考になります。「コントラスト0.6と0.8は明らかに違う(満足と優秀の差くらいに)」ということです。0.6以下は満足できないともいえます(*)。 (*)一方でコントラスト「0.8」「0.9」「1.0」でどのくらい違うのかについては教えてくれません。私見ですが、0.9と1.0の違いはほとんどの人には判別不能ではないかという気がします。 これに即していえば、上記レンズの評価は「開放絞りでは解像力は高くないものの、コントラストは中心は優秀、周辺以外はまあ満足、周辺は不満足」となります。フィルム時代の感覚であっても若干甘い評価のような気がしますが、まるでおかしいわけではなく、とりあえずは評価基準として成立していると感じます(*)。 (*)私見ですが、現代の感覚では「コントラスト0.9以上で優秀、0.7以上で満足」が「やや厳しめ」の評価ではないかと感じます。 幾何光学的MTF曲線と波動光学的MTF曲線 幾何光学的MTF曲線の計算方法 サイバネット・光学総合サイト・スポットダイアグラム https://www.cybernet.co.jp/optical/course/word/s15.html では、MTF曲線はどのようにして計算するのでしょうか。筆者はレンズ設計の専門家ではないので定性的なことしか言えないのですが、基本は上の左の図のように光源から発した光の道筋を計算(光線追跡)し、右の図のような結像面での状態(スポット図)を作成します。この計算においては「幾何光学」とよばれる理論を使用します。 この図を光軸上・光軸から離れた点に対して多数計算し、それらを総合して「MTF曲線」ができあがります。ここで重要なのは、「幾何光学」の範囲では1点を発した一本の光線は必ず1点に到達するということです。これは後で詳しく触れますが、現実の結像状態は「光の回折」という性質により、この想定とは違って少し広がった(ボケた)ものとなります。 しかし、レンズ設計と評価のプロセスの大半は幾何光学の範囲で計算が行われます。世の中の数値計算全てに言えることですが、計算を単純化するために一定の前提を置くことでのは普通ことで、このこと自体は問題ではありません。むしろ「点光源から出た光が一点に全て収束するのが良い光学系」という基準が明快になるため(*)、幾何光学的に計算を行うほうが設計の善し悪しを評価しやすく、我々素人が見てもより設計の善し悪しを簡単に判断できるといえます。 (*)このような理想的な光学系の場合、MTF曲線は「天井に張り付いたMTF直線」となります。この意味では「MTF直線ヤバイ、Sugee!」という見方は自然で正当な評価であるといえます。 光は波である・回折という現象 とはいえ、幾何光学的な計算が現実とは「ある程度」ずれていることも事実です。上の画像を見てください。完全な点像を「幾何光学」による計算ではなく「波動光学」による計算を使用して、理想的な光学系で結像させた結果ですが、光の回折という性質によって、幾何光学的には完全な光学系であっても点は点に結像せず「すこしだけボケる」結果になります。 このため、一般に波動光学的MTFは幾何光学的MTFよりも悪い結果になります。特にF値が大きいほど(暗いレンズほど)それは顕著になります(*)。 (*)回折による点像のボケ量はF値と光の波長だけで決まり、F値に比例して大きくなります。波長520nm(緑色)の光の場合F4で5.1μ、F1.4で1.8μ、F16で20μとなります。 「波動光学的MTF曲線」と「幾何光学的MTF曲線」の差 シグマHP・500mm F4 DG OS HSM https://www.sigma-global.com/jp/lenses/cas/product/sports/s_500_4/data/ 具体的な例で見てみましょう。まずはシグマ社の500mmF4です(*)。 (*)シグマ社では一部の製品に対しては2014年からこの2つのMTF曲線の両方を公開するようになっています。 左が「幾何光学的MTF曲線」で「波動光学的MTF曲線」です。「幾何」の方は「天井張り付きのMTF直線(*)」です。Sugee。ほとんど収差を完全に補正した凄いレンズであると読めます。ところが「波動」の方は、天井に張り付くまではいかず、30本/mmのコントラストは中央でも0.9止まりです。 (*)幾何光学的MTF曲線では、収差を完全に補正できた場合は上に張り付いた直線となります。このため「残存収差をどのくらい補正できているのか」を読み取るためには最適なデータとなります。 これは、設計が悪いわけでもなんでもなく、「幾何光学的MTF曲線」と「波動光学的MTF曲線」の本質的な差。光の「回折」という現象が存在する限り、光軸中心であってもF4の光学系の波動光学的コントラストは0.9どまりであることをこの図は示しています。 シグマHP・MTF曲線の公表データ追加について https://www.sigma-photo.co.jp/new/2014/01/07/744/ もうひとつ。シグマの50mmF1.4Art(50mm F1.4 DG HSM)です。こちらは違いはほんのわずかしかありません。F1.4の光学系の場合、回折によるボケはF4と比較して1/3ほどしかないため、MTFには顕著に表れてこないのです(*)。 (*)シグマ社が「これからは幾何光学MTFも公開するぞ!」というリリースにこのレンズが例として上げられているのですが、もっと違いの明らかなレンズを選んだ方がよかった気がします。 このことからみると、Fの明るいレンズ(F1.4〜F2.0)では波動光学的MTFを気にしてもほぼ無意味です(*)。逆に、両者の乖離が大きくなるF値の大きなレンズ(F4以上)ではMTF曲線が「波動」なのか「幾何」なのかを意識しないとレンズの評価を誤ることになります。 (*)このことから「全てのレンズに対して波動・幾何の両MTF曲線の開示をメーカーに求める」ことも、メーカーに無駄な労力を強いるだけで「誰得」なことではないかと思います。 統一されていない各メーカの表記と計算根拠(推測含む) ここで問題なのは、各社がHPなどで公表しているMTFが、この2つのどちらであるのか明記されていないケースがあることです。両方併記している会社もあれば、片方しか表記していない会社もあります(*)。しかも、どちらなのか明記しているメーカーのほうが少ないというのが現状です。 (*)シグマは2014年から一部のレンズで幾何光学的MTFも併記するようになりました。ペンタックスも一部のレンズは併記されています。筆者の推測ですが、ニコン・キヤノン・オリンパス・ツァイスは波動光学的MTF、ソニーとフジは幾何光学的MTFであるように見えます。過去、キヤノンは幾何光学的MTFで表記していた例もあったようです。 このような状況で、異なるメーカーのレンズの性能を各社が発表するMTF曲線で比較すると、大きな認識間違いをする可能性があります。この事実は見落としてはならないと思います。 メーカーへの提言 MTFを公式サイトなどで提示する際は、少なくともそれが「幾何光学的MTF曲線」なのか「波動光学的MTF曲線」なのかを明記すべきではないでしょうか(*)。 (*)色収差の評価で重要となる基準となる波長の取り方も謎です。ここに恣意性があるとかなり結果が違ってしまうので、ユーザーに公開しないまでも業界内で一定のガイドラインを保ってほしいところです。 また、ユーザーへのミスリードや、誤読を都合良く利用したマーケティング戦術が度を過ぎてしまうと(そんな事象があるのかないのかはわかりませんが)、それは長い目で見てカメラ産業全体へのマイナスになることを危惧してしまいます。 理想はさまざまな基準(*)を業界内で統一し、同じ見方ができることですが、MTFは性能評価の一部の指標でしかすぎないことを考えると、そこにどのくらいのエネルギーをかけるかは各社の判断に任されてしかるべきでしょう。 (*)10mm/本,30mm本などの基準となる空間周波数、基準となる波長(色収差を考慮するための基準となる波長にどれを使用し、どんな比で計算するか)、F値(解放だけなのかそれ以外の絞り値も含めるか)など ただし、高解像度側が30本/mmどまりであるのは、デジタル時代の変化に対応したとは決していえないと思います。MTF曲線の基準となる空間周波数の追加(40本/mm〜60本/mmの追加)も望みたいところです(*)。 ユーザーへの提言 MTFは比較的わかりやすい指標であり、気になることも気にすることも当然至極なことではありますが、一定の限界があることを認識した上で読まれることを強く推奨します。 本稿の文脈でいえば、より高性能なレンズ(特に望遠側)では、「幾何光学的MTF曲線」と「波動光学的MTF曲線」の本質的な違いを認識していないと評価を誤ることになってしまいます。 「幾何光学的MTF曲線」を読むときは「このレンズの設計者がいかに収差を減らすことに尽力したか」を評価すべきですし、「波動光学的MTF曲線」を読むときは「このレンズの設計上の限界の性能を示すものであって実際にここまでの性能が出ているとは限らない」という前提で読む必要があります。 特に、F値の大きな(暗い)レンズほど、必然的に波動光学的MTF曲線は悪くなります。にもかかわらず、現実にはF値の小さな(明るい)レンズほど製造公差に敏感で、理論的なMTF曲線通りの性能は一般的には出ません。このことを正しく理解していないと、本来ユーザーにとってメリットがあるはずの「F値を欲張らない(暗い)代わりにより高性能で高コスパな製品」の評価を不当に低く扱ってしまう危険があります(*)(**)。 (*)例えばフルサイズ対応の300mmF4、400mmF5.6といったレンジの望遠レンズは、各カメラメーカとも力を入れていませんが、このクラスのレンズをメーカーが本腰を入れて開発すれば非常に良い製品ができるはずなにに、波動光学的MTF曲線はどんなに頑張っても1絞り明るいスペックのレンズを上回ることができません。もしそんな製品が出たとき、ユーザは正しく評価してくれるのでしょうか。 (**)500mmF4では波動・幾何の両MTFを公表しているシグマ社も、150-600mm F5-6.3 DG OS HSMでは幾何MTFしか公開していません。F6.3での波動光学的MTFはかなり悪くなるはずで、ユーザーの過剰反応を恐れたものと推測します。また、キヤノンやニコンが「5.6よりも暗いF値のレンズ」に熱心でないのも「MTFで悪評価されてはたまったものではない」という理由もあるのではないでしょうか。(位相差AFが対応していないのが最大の理由でしょうが) まとめ いかがでしたか? MTF曲線は、レンズの性能を「解像力」と「コントラスト」の2つの観点で評価することを目的とした指標 フルサイズセンサーで10本/mmがコントラストの指標、30本/mmが解像度の指標とされることが多い 「幾何光学的MTF曲線」と「波動光学的MTF曲線」は、一般には異なる結果となる F値が小さいほど「幾何」「波動」は近いものとなり、F値が大きいほど両者は乖離する 「幾何」「波動」はF1.4ではほとんど差異はないが、F4では無視できないほどの差になる 特にF値の大きなレンズの場合は「幾何」「波動」の違いを意識しないと正確な評価にならない にもかかわらず、一部のカメラメーカーや一部の製品では、MTF曲線が「幾何」「波動」を明確にしない形で情報が公表されている(*)。 (*)一つの自衛策としては、Fの暗いレンズの高解像度側のMTF曲線が1.0から始まっている場合、それは「幾何光学的MTF曲線」と判断して良いと思います。 いろいろ調べているうちに「MTF曲線の謎」がかえって増えてしまったところもありますが、MTF曲線について正しく理解すること、盲信しないこと、何より実写画像を自分自身の評価基準で見ることの重要性を痛感したテーマでした。 メーカー様におかれましては、ぜひ計算根拠の提示をお願いしたいところですし、ユーザーからの理不尽な要求?が過熱しないように、天リフとしても情報発信を継続したいと考えています。 たかがMTF、されどMTF。正しく理解して楽しいカメラライフを送りましょう! さらにいくつかの状況と考察 ここから先はWikipedia的にいえば、より「要出典」「独自の研究を含む恐れがあります」的な内容となります。その前提で読んでください。 デジタル時代で適切な「空間周波数の大きさ」の設定とは? コントラストは「10本/mm」解像度は「30本/mm」というMTF曲線で設定された空間周波数の基準は、フィルム時代のものです。現代ではセンサーの解像度もレンズのポテンシャルも大幅に上昇していて、この基準がもう適切ではない可能性があります。それについて考えてみます。 まず空間周波数「10本/mm」や「30本/mm」とは、どの程度の大きさを指すのでしょうか。センサーサイズ36mm×24mmの場合、1mmに10本の線が引かれた画像をコントラスト最高で表現するには、最低でも長辺720ピクセルが必要になります。(1mmに10本の線を引くと明暗20本の線が引かれることになる)。 この考え方に照らして、荒っぽい方法ですがサンプル画像を作ってみました。元画像は5760px×3840pxの画像(これを「限界解像度80本/mm」とみなします)です。これを、それぞれ長辺2160px(限界解像度30本/mm)、720px(限界解像度10本/mm)にいったん縮小して同一サイズに再拡大した画像が下段3つです。 これを見ると、30本/mmでは、だいたい「画像全体が見える距離で肉眼で見たときに判別できるほぼ限界のディテール」を表現できていることがわかるでしょう。また、10本/mmでは「画像全体が見える距離で肉眼で見たときに容易に判別できるディテール」です。元々のMTFの設定「コントラストは10本/mm、解像度は30本/mm」というのはその意味では大いに納得感があります。 しかし、限界解像度「80本/mm」の元画像のではより詳細まで解像しています。仮に「等倍鑑賞」や「トリミング」するような場合「元画像の解像度を正しく評価できるのは80本/mmであり、コントラストを正しく評価できるのは30本/mmである」という仮説は的を射ているかもしれません。最新の高性能レンズを評価する指標として、より細かい空間周波数でのMTF曲線が必要である、といえるのではないでしょうか(*)。 (*)メーカーによっては10本、20本、40本/mmでのMTF曲線を公表しています。また、センサーサイズがフルサイズの半分(面積1/4)のマイクロフォーサーズの場合は、20本/mm、60本/mmのMTF曲線を公開しています。 MTF曲線の計算方法の違い 幾何学的・波動光学的にかかわらず、結像状態を評価するには複数の波長の光に対する結果を総合的に計算して結果を求めなくてはなりません(*)。その際にどの波長に対する計算結果を、どのような比重で平均したのかで結果が異なってきます。極端な話、特定の波長のみで収差を評価してしまうと色収差の影響が全く現れなくなりMTF曲線はより良く見える方向にぶれます。 (*)回折の大きさは波長に比例するため、長波長の光(赤色)ほど波動光学的MTFもより悪くなります。 この件に関する現状の情報は筆者には全くありません。ユーザー的には「各社で基準が違っていても何の不思議もない」と考えた方がよいでしょう。 各社が公表しているMTF曲線の公表時期による計算方法の違い https://twitter.com/tenmonReflexion/status/1138587222838370304 キヤノンの場合、過去公表されていたMTF曲線は、幾何光学的MTF曲線だったようですが、現在は波動光学的MTFのようです(*)。このように、メーカー内でも公表時期によって計算方法が変わっている可能性があります。 https://twitter.com/tenmonReflexion/status/1138952123234672641 解放F値のMTF曲線しか公表されていない 昨年の9月から、キヤノンのHPで公開されているMTF曲線が従来「F8」と「解放」の2種類あったものが解放のみに変更されました(*)。 (*)推測ですがこの時点で合わせて「波動光学的MTF」に変更されたのかもしれません。邪推ですが、F8での波動光学的MTFは相当に悪くなったように見えるので、数字が誤読され不当に評価されることを恐れたのかもしれません。現状解放F値以外のMTF曲線を公表しているのメーカーはツァイスなどごくわずかです。 レンズの収差は一般に絞るほど改善されます。このためユーザーとしては解放絞り値だけでなく、絞った時の情報も欲しいのですが、それとは逆の力が存在しているようです。 MTF曲線通りの性能は実際に出ているのか カメラメーカー各社が公表するMTF曲線は、「設計値」であることを忘れてはなりません。それぞれのレンズが設計通りに製造・研磨され、設計通りの間隔で光軸を正しく合わせて配置され、全体の温度が外気と同じになったときにはじめてその性能が出るものです。 このあたり「回折限界」の付近の限界性能を問題にしてきた「天体望遠鏡」での経験からすると、20枚ものレンズを使った光学系が設計値通りの性能を発揮することなどほとんど奇跡に近い、というのが正直な感覚です(*)。 (*)単純な3枚構成、4枚構成の光学系ですら、限界性能を発揮するには高度な製造技術や調整技術が必要で、それが実用化・量産化されたのは近年のことです。 例をあげると、理論的にはF2.8の光学系は4μ程度の最小星像になるはずですが、筆者が検証した範囲でいえば望遠レンズの場合は優秀なカメラレンズでも最小星像径は20μ程度です(*)。 (*)天体望遠鏡の場合、最小星像径が10μなら「文句なくexcelent」と評価できます。ただし、最小星像径の測定方法もいろいろありますし、最小星像と解像度の限界値は一致しないものと推測します(何らかの係数がかかるはず)。 最近の高性能レンズの場合「個体差(当たり外れ)」は従来よりも大きくなっている(画素数が多くなった分大きく見えてしまう)気がします(*)。MTF曲線から見ていかに優秀に見えるレンズであっても、実写性能が必ずしもそれとは一致しないはずです。むしろ「違っているのが普通」と考えた方が良いかもしれません。 (*)四隅での結像状態のバラツキは天体写真の場合普通に現れてきます。広角レンズの場合はフランジバックにも敏感で、マウントアダプタ経由で使用する場合全く違う写り方になることさえあります。 MTF曲線で読めないこと・読み切れないこと MTF曲線に現れにくい収差に天体写真で特に問題になる「軸上色収差」があります。特定の色に対してにじみが発生するような場合、RGBで平均化してしまうMTFでは、コントラスト低下への寄与は単純にいえば1/3になってしまいます。 また、MTFの「SM較差(放射方向のMTF曲線と同心円方向のMTF曲線の周辺部での落ち込み型の差)」が小さいほどよい、較差が大きいと点像が流れていることを意味すると一般にいわれますが、これにも落とし穴があって周辺に十字形の収差が出る場合はSM較差としては現れにくくなります。さらに「周辺の点像に不規則形状のハロが取り囲む」タイプの収差はあまりMTF的なコントラスト低下を引き起こさないためMTFに現れにくくなります。 MTF曲線だけで全てが評価できるはずがない これは光学設計的には当たり前の話なのですが、MTF曲線は「コントラストと解像度の光線追跡的な総合評価」にしかすぎません。点像の正確な結像は「スポット図」を見なければわかりませんし、非点収差や像面湾曲は非点収差図、軸上色収差と球面収差は(球面)収差図を見れば一目瞭然です。他にも歪曲、周辺減光、ベイリンググレア指数(フレア率)など、重要な指標はたくさんあります。MTF曲線だけをとりあげて(それしか公表されていないのでスペック評価的には仕方がないのですが)レンズの性能を評価することはかなり危険なことだといわねばなりません。 何よりも「実写」です。そして「撮りたいものが表現できているか」が写真というアクティビティの根本であることを、自戒を込めて忘れないようにしたいものです。  編集部発信のオリジナルコンテンツ