天体写真・星景写真を撮られている方は、初級者・熟達者にかかわらず「もっと良い写真を撮りたい」「もっとうまくなりたい」との思いを持たれていることでしょう。

追記2017/5/18 14:50)
初出時の「五箇条」は宮本様の以下の原文を編集部で「五箇条」にアレンジしたものでしたが、原文のニュアンスが誤解される懸念がある旨のご指摘を読者様、宮本様よりいただきました。
宮本様のご承諾をいただきここに原文を記させていただきます。

巧くなりたいのなら孤高になるべし、

群れは感性を鈍らせる。



ただし、

感性などという言葉を己が使うべからず、

それは「逃げ」であり「無知」である事を公言することと同義である。

知識と技術、そしてその上に独自の「感性」が上乗せされれば、それが自信にも繋がり、

「自分の写真」を生み出す根源となる。

ただ、それが完成する事は無い。
自身が挑戦者として挑み続け、結果は未来に委ねる覚悟も必要である。

・・・・・・「自身への戒めを込めて」

追記終わり)

先日、知人のフォトグラファーの方(宮本まさるさん:Facebookプロファイルはこちら)が、自らが写真に向き合う姿勢を文章に書かれていて、天体・星景写真ファンにとっても沁みるものだと感じ、お願いして転載させていただきました。

最近の若い世代の方にはwこのような「べし、べし、箇条」は嫌われるのかもしれませんが、ここに書かれていることの編集部なりの解釈をまとめてみたいと思います。

一、孤高になるべし
  群れは感性を鈍らせる。

人間が仲間を作って群れるのは本能。ましてや、SNS全盛の今の時代、群れから離れて独りぼっちで生きていくのは無理です。

でも、自分を群れの中に置くことで安心し、群れの中の価値観だけで満足していては、感性という無限の可能性を鈍らせる

すべてを切り離し、自分の感性だけを研ぎ澄まして対象に向き合う。そんな時間を大事にしなければならない、という教えです。

二、感性などという言葉を己が使うべからず。
 それは「逃げ」であり「無知」であることの
 公言である。

「感性」という言葉は便利なオールマイティ。うまく使えば、あらゆる文脈に置けてしまいます。説明不要、解釈不要の魔法の言葉、それが「感性



自分の写真表現においては、そんな安直な逃げは許すな。それを使うのは、「私は表現と言葉の引き出しが足りません」と公言しているのと一緒。写真家なら、自分の感性は感性という言葉ではなく写真として視覚化せよ

SNS等で「すばらしい感性ですね〜」みたいな褒め合いを目にして妙に居心地の悪い思いをしたことがあるのですが、この言葉で腑に落ちました。

三、知識と技術を磨け。
 愚直な努力のみが感性を培う土壌となる。

写真は、その中でも特に天体写真は、広くて狭い技術を要求される分野です。ちょっとした知識不足・技術不足が、大きなアラとなって作品に現れてしまいます。

知識と技術に対しては、努力あるのみ
昼間のロケハンやピントのチェックをもう少し丁寧にやってみる。撮影現場に行く前に構図のシミュレーションを重ねてみる。もう一歩、寄ったり引いたりの構図でも撮ってみる。

運動神経があまり重要でない写真においては、天才と凡人で一番差がつきにくいのが知識と技術なのです。
(飛び物動き物の撮影だけは別で、これは天才には一生かないませんが^^;)

四、独自の感性を上乗せせよ。
 それは自信にも繋がり、「自分の写真」を
生み出す根源となる。

知識と技術の土壌(土台)がしっかりできたら、そこから先が自分の表現。

知識と技術はみんなの知恵ですが、感性は貴方だけのもの
土台がしっかりできていれば、作品を褒められたときに、それが技術に対する褒め言葉なのか、感性に対する褒め言葉なのかも区別できます。

感性も技術も、褒めてもらえれば自信になります。褒めてもらえた「感性」は、「自分の写真」への道しるべです。

五、完成することはないと思え。
 挑戦者として挑み続け、結果は未来に委ねる
 覚悟も必要である。

こうしたプロセスを経て、ある程度「これが自分の写真だ」という結果が出ても、それに終わりはありません。

絶えず自分の技術と感性を揺さぶり、挑戦を続けていくことがクリエイターの宿命。既存の価値観と大きく離れた表現には、心ない非難が浴びせられることもあるかもしれません。

でも、独自の感性で挑み続けた挑戦者に対しては、時間はおおむね正しい判断をすることでしょう。ゴッホのように在命中は全く評価されないかもしれないし、三ヵ月先には大きな評価を得ているかもしれません。信念を持ち、結果は未来に委ねる覚悟でチャレンジする。
カッコイイ。惚れます。


いかがでしたか?

写真への向き合い方は十人十色
ここでご紹介した内容は、全ての人にあてはまるものではないし、あてはめるべきものでもありません。

でも「写真がうまくなりたい」「もっと良い写真が撮りたい」と願うのであれば、この5つの中に参考になることがいくつかあるのではないでしょうか。編集子の場合は5つ全部がストライクで刺さり、このような駄文を書かせていただきました^^;

○○を××するための、たった5つの△△」風のまとめは、いかにもパクリサイトの安直ライティングのようでイヤなんですが、天文リフレクションズではこのような切り口にも挑戦し続けていきます^^

 

  編集部写真コラム天体写真・星景写真を撮られている方は、初級者・熟達者にかかわらず「もっと良い写真を撮りたい」「もっとうまくなりたい」との思いを持たれていることでしょう。 追記2017/5/18 14:50) 初出時の「五箇条」は宮本様の以下の原文を編集部で「五箇条」にアレンジしたものでしたが、原文のニュアンスが誤解される懸念がある旨のご指摘を読者様、宮本様よりいただきました。 宮本様のご承諾をいただきここに原文を記させていただきます。 巧くなりたいのなら孤高になるべし、 群れは感性を鈍らせる。 ただし、 感性などという言葉を己が使うべからず、 それは「逃げ」であり「無知」である事を公言することと同義である。 知識と技術、そしてその上に独自の「感性」が上乗せされれば、それが自信にも繋がり、 「自分の写真」を生み出す根源となる。 ただ、それが完成する事は無い。 自身が挑戦者として挑み続け、結果は未来に委ねる覚悟も必要である。 ・・・・・・「自身への戒めを込めて」 追記終わり) 先日、知人のフォトグラファーの方(宮本まさるさん:Facebookプロファイルはこちら)が、自らが写真に向き合う姿勢を文章に書かれていて、天体・星景写真ファンにとっても沁みるものだと感じ、お願いして転載させていただきました。 最近の若い世代の方にはwこのような「べし、べし、箇条」は嫌われるのかもしれませんが、ここに書かれていることの編集部なりの解釈をまとめてみたいと思います。 一、孤高になるべし   群れは感性を鈍らせる。 人間が仲間を作って群れるのは本能。ましてや、SNS全盛の今の時代、群れから離れて独りぼっちで生きていくのは無理です。 でも、自分を群れの中に置くことで安心し、群れの中の価値観だけで満足していては、感性という無限の可能性を鈍らせる。 すべてを切り離し、自分の感性だけを研ぎ澄まして対象に向き合う。そんな時間を大事にしなければならない、という教えです。 二、感性などという言葉を己が使うべからず。  それは「逃げ」であり「無知」であることの  公言である。 「感性」という言葉は便利なオールマイティ。うまく使えば、あらゆる文脈に置けてしまいます。説明不要、解釈不要の魔法の言葉、それが「感性」。 自分の写真表現においては、そんな安直な逃げは許すな。それを使うのは、「私は表現と言葉の引き出しが足りません」と公言しているのと一緒。写真家なら、自分の感性は感性という言葉ではなく写真として視覚化せよ。 SNS等で「すばらしい感性ですね〜」みたいな褒め合いを目にして妙に居心地の悪い思いをしたことがあるのですが、この言葉で腑に落ちました。 三、知識と技術を磨け。  愚直な努力のみが感性を培う土壌となる。 写真は、その中でも特に天体写真は、広くて狭い技術を要求される分野です。ちょっとした知識不足・技術不足が、大きなアラとなって作品に現れてしまいます。 知識と技術に対しては、努力あるのみ。 昼間のロケハンやピントのチェックをもう少し丁寧にやってみる。撮影現場に行く前に構図のシミュレーションを重ねてみる。もう一歩、寄ったり引いたりの構図でも撮ってみる。 運動神経があまり重要でない写真においては、天才と凡人で一番差がつきにくいのが知識と技術なのです。 (飛び物動き物の撮影だけは別で、これは天才には一生かないませんが^^;) 四、独自の感性を上乗せせよ。  それは自信にも繋がり、「自分の写真」を 生み出す根源となる。 知識と技術の土壌(土台)がしっかりできたら、そこから先が自分の表現。 知識と技術はみんなの知恵ですが、感性は貴方だけのもの。 土台がしっかりできていれば、作品を褒められたときに、それが技術に対する褒め言葉なのか、感性に対する褒め言葉なのかも区別できます。 感性も技術も、褒めてもらえれば自信になります。褒めてもらえた「感性」は、「自分の写真」への道しるべです。 五、完成することはないと思え。  挑戦者として挑み続け、結果は未来に委ねる  覚悟も必要である。 こうしたプロセスを経て、ある程度「これが自分の写真だ」という結果が出ても、それに終わりはありません。 絶えず自分の技術と感性を揺さぶり、挑戦を続けていくことがクリエイターの宿命。既存の価値観と大きく離れた表現には、心ない非難が浴びせられることもあるかもしれません。 でも、独自の感性で挑み続けた挑戦者に対しては、時間はおおむね正しい判断をすることでしょう。ゴッホのように在命中は全く評価されないかもしれないし、三ヵ月先には大きな評価を得ているかもしれません。信念を持ち、結果は未来に委ねる覚悟でチャレンジする。 カッコイイ。惚れます。 いかがでしたか? 写真への向き合い方は十人十色。 ここでご紹介した内容は、全ての人にあてはまるものではないし、あてはめるべきものでもありません。 でも「写真がうまくなりたい」「もっと良い写真が撮りたい」と願うのであれば、この5つの中に参考になることがいくつかあるのではないでしょうか。編集子の場合は5つ全部がストライクで刺さり、このような駄文を書かせていただきました^^; 「○○を××するための、たった5つの△△」風のまとめは、いかにもパクリサイトの安直ライティングのようでイヤなんですが、天文リフレクションズではこのような切り口にも挑戦し続けていきます^^    編集部発信のオリジナルコンテンツ