VSD90SS・次世代のフラッグシップ天体望遠鏡

IC2177を撮影中。ビクセン鏡筒にはビクセン架台(SXP赤道儀)がよく似合います^^

ビクセンのフラッグシップ鏡筒「VSD90SSレビュー企画」が完結しました。本記事では、企画全体を振り返りながら、VSD90SSとはどんな天体望遠鏡だったのかをまとめていきたいと思います。本記事には全てのレビュー記事・動画へのリンクが含まれていますので、ご興味のある方はぜひご覧ください。

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VSD90SSがもたらす撮影体験

ビクセンVSD90SSがもたらす素晴らしい撮影体験については、リレーレビューに参加いただいた方々が存分に語られています。「これまでになかったレベルの高性能」「撮影していて安心できる」「苦労を感じることなくリザルトが得られる」など、レビューアー様のひとつひとつの言葉が、VSD90SSの素晴らしさを物語っています。



当方が抱いた感想は「撮影していて楽しい、気持ちよい」です。ディープスカイの天体撮影は、なにかを撮影しようと思ったときから、機材の調整やセットアップ、撮影行為、そして画像処理と「苦労が始まる」ものでした。それがVSD90SSを使うと、使いやすさはもちろんのこと、スタック後のリニア画像を見た瞬間から「楽しく」なるのです。

VSD90SSを使うと楽しい気分で天体写真が撮れる。これは、まず強調しておきたいことです。

【フラッグシップ】ビクセンVSD90SS鏡筒・天リフ読者 リレーレビュー

新時代の「フラッグシップ」がもたらす世界

【フラッグシップ】ビクセンVSD90SS鏡筒レビュー【Underエアリーディスク収差補正】

文句のつけようのない高性能鏡筒であるVSD90SSですが、この高性能をフルに発揮するには、これまでと若干違った注意と発想が必要になると感じました。そのことをつぶさに検証したのが、上記レビュー記事と「ロングレビュー動画」です。

もちろん、特に深く考えなくても気持ちよく撮影できるし、素晴らしいリザルトが得られるのですが「どうやってフルポテンシャルを発揮するか」そして発揮された「この高性能をどう生かすか」です。端的にいえば、VSD90SSのリザルトを長辺2000ピクセル程度の「Webクオリティ」に縮小してしまうと「普通の望遠鏡」で撮影したのと大差なくなってしまうのです。

しかし、筆者は「押し上げられた限界」と「表現者が手にしたさらなる力」については極めて楽観的です。数多くの天体写真家が、「いずれ」そして「すでに」VSD90SSのような超高性能望遠鏡でしか見えない世界を生み出していくことでしょう。

VSD90SS(F5.5) ASI6200MC Pro 総露光10.5時間 BXT処理あり

こちらは天リフで撮影したM51。口径90mmの鏡筒でここまでのディテールが描出できるのは「スゴいこと」ではないでしょうか(*)。

(*)口径90mmのドーズの限界は1.3秒角。日本におけるシーイングの平均値は2秒角といわれているため、口径の大きさは限界解像力にはあまり効いてきません。小口径でも露光時間を稼げば大口径に迫ることが可能なのです。むしろ大口径のメリットは「光子数を稼ぐ(より短い露光時間で同じ解像が得られる)」ところにあるといえるでしょう。

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「普通の望遠鏡」ではダメなのか

2024年のCP+で参考出品されたビクセンの「SDE72SS」。この鏡筒を「普通」と呼ぶのは失礼ですが^^;; ビクセン製品の中ではエントリモデルに位置づけられるSDレンズ採用の2枚玉鏡筒。https://www.vixen.co.jp/activity/cpplus2024/sde72ss/

このことを逆にいえば「普通の望遠鏡でも天体写真は普通に楽しめる」です。性能的に妥協が含まれた、より低価格の望遠鏡であっても、十二分に素晴らしい天体写真が撮影できます。高級な機材を手にしないと「天体写真」というゲームに参加できないということは全くありません。

その意味では「VSD90SS」のようなハイエンドフラッグシップしかない世界は決して豊かな世界とは言えないでしょう。手間のかかるじゃじゃ馬も、コスパの高いエントリモデルも存在する、それぞれのユーザーの楽しみ方の自由度を広げてくれるような世界が「豊かな世界」といえるのではないでしょうか。

参考)Vixen天体望遠鏡  SDP65SS鏡筒

開発者の思い

こちらはCP+2023の際のVSD90SSの開発責任者・ビクセン加島さんへのインタビュー動画です。

筆者が感銘を受けたのは、VSD90SSの開発責任者である加島さんからのメッセージです。ご許諾をいただき以下に全文を掲載します。



この度ご参加いただきましたレビュアーの皆さまどうもありがとうございました。

VSD90SS鏡筒の開発を担当しました加島と申します。VSD90SS鏡筒の開発の経緯などについて少しお話させてさせてください。個人的な思いもあるので少々長くなりますがご容赦ください。

●コロナ禍直前の2019年秋。
ずっと赤道儀を始めとする架台の開発ばかりを担当してきた私がなぜ鏡筒の開発を始めたのかというと、この直後(2020年7月)に生産終了することになっていたVSD100F3.8に代わる鏡筒が必要だと思ったからです。(ちなみに生産終了の原因は使用硝材の一部がディスコンとなったためでした。)

まず光学設計を始めるのにあたり、私が出した条件は以下の3点でした。
①F値は5~6程度で良いので眼視と撮影の両立
②この光学系がビクセンの新しいフラッグシップとしてふさわしいこと
③対物有効径は100mm以下~85mm以上。

天体望遠鏡という基本に立ち戻り眼視観測にも使用出来る結像性能と周辺減光が少なく、周辺星像の崩れが小さい光学系を目指しました。これが実現できればVSD100F3.8を越えられると考えたからです。口径については、当初はVSD100F3.8よりも安価にしたいと考えていたためです。(※結果は安くなりませんでした。申し訳ありません。)

これらの条件の元、約1か月後に叩き台となる口径90mmでSD1枚、ED1枚を含む4枚構成の光学設計が出来てきました。光学性能はまずまずでしたが、何か物足りない感じがして再検討する・・・ということを何度か繰り返し結果的にのちにVSD100F3.8と同じ5枚構成でEDを1枚追加し、SD1枚ED2枚で検討を進めて前述の4枚玉よりかなり良い光学性能のものが出来ました。

しかし…果たしてこれが新しいフラッグシップ鏡筒で良いのか?…となにかモヤモヤしたものを感じ、そのモヤモヤを消すために思い切ってSDを1枚追加してSD2枚ED1枚の5枚構成で再検討してみたところ非常に良い光学性能を持つ光学系が出来ました。

●2020年4月頃
光学設計がある程度、固まった頃から鏡筒の設計を開始しました。当初はVSD100F3.8と同じヘリコイド式接眼を使用するつもりで進めていましたが、接眼部に少し重めの撮影機材を取付けると焦点合わせが困難なほどヘリコイドリングが重くなってしまうことが解り、これではとても製品化は難しいと判断しました。

ヘリコイド接眼を廃止した理由として巷では「後群のレンズを大きくするため」とか「加工する工作機械が廃棄された」等々、みなさん色々と言われているようですが、本当は上記のような理由です。そのため接眼部も新設計することになり、当初は直動ベアリングを使用したり、ピニオン軸にもベアリングを追加したりと光学設計と同様に試行錯誤を繰り返しながら、接眼部の2次試作が出来た頃に試作のレンズが完成し、ようやく初号機が完成したのが2021年12月でした。

光学系の組立てについて、VSD100F3.8では全レンズの干渉計データを元に5枚の組合わせを決めて品質の平準化することで製品品質を維持しつつ、レンズの歩留まりが下がらないように工夫していました。しかし、このやり方は組立て時の効率が非常に悪く現場では問題になっていました。

そこで試作時に設計基準ギリギリのレンズばかりを集め組立てた鏡筒と設計値に近い理想的なレンズだけで組立てた鏡筒を製作してみて両者の光学性能にどのくらいの差が出るのかテストしてみました。結果は眼視でも撮影画像でも差は認められず、鏡筒の素性を明かして画像を見ても解らないほどでした。差が出るとしたら調整具合の方が遥かに影響が大きいということも分かりました。

この結果、図面内に記された規格内に収まったレンズならば組合せを考える必要もなく無作為に取り出した組み合わせでもしっかり組立調整を行えば狙った光学性能を十分に発揮出来るということが確認出来ました。

ここで初めてこの鏡筒に自信を持ちました。

製品化に向けて組立易さも考慮しながら量産向けに設計変更を進めてさあ!いよいよレンズも量産を開始へ、と思ったところで硝材の供給が停滞して生産開始が遅れることになってしまったことはまさに痛恨の極みでした。しかしレンズが無くては何も出来ない、というのではなく生産現場では鏡筒部や接眼部の組立ての習熟の時間と出来たのは現場スタッフの良い経験となったと考えています。

●2023年11月発売
そして開発開始から約4年が経った2023年11月にようやく発売となりました。製品性能については自信を持って送り出した鏡筒ですが、評価についてはレビュアーの皆さまにお話ししていただければと思います。

ちなみに光学設計の初期段階で叩き台となったSD1枚、ED1枚の4枚玉はその後、SDP65SS鏡筒の原型となっています。

「果たしてこれが新しいフラッグシップ鏡筒で良いのか?」というモヤモヤ。そのモヤモヤを消すためにさらに高いレベルを目指したVSD90SS鏡筒。設計から組立調整まで、多くの人の力によって完成したのがVSD90SSなのです。まさに「ビクセンの本気」といえるのではないでしょうか。

もちろん、天体望遠鏡業界にはそれぞれの得意分野を持った企業がたくさんあります。VSD90SSの登場でフラッグシップ級鏡筒の競争が激しくなってくることでしょう。しかし、ビクセン社は本製品によってその中のトップグループに立ったと言えます。今後も「ビクセンの本気」に大いに期待したいと思います。

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まとめ

VSD90SSでM8付近を撮影中。レデューサー仕様でF3.9にすれば遠征撮影でも1対象1時間露光でそこそこ、3時間露光すればかなりの高画質になります。遠征撮影で肩に力を入れすぎず、のんびり?撮るのもまた楽し。もちろん超高性能なVSD90SSは、最近急速に広がってきているリモート撮影にも最適と推測します。

ビクセンVSD90SSは新時代のフラッグシップ鏡筒のスタンダードである。今回のレビューを通してそれを強く感じました。撮影でも眼視でも最高レベルの性能、2通りの焦点距離で使える高性能なレデューサー、大きすぎず運用しやすいサイズ感、高級感のある工業製品としての仕上がり。そして何よりも、ユーザーにストレスを与えるのではなく、天体望遠鏡の「難しさ」を可能な限り取り払って、ユーザー体験を向上させてくれるVSD90SS。

もちろん、オーナーとなるには安からぬ投資が必要です。しかし、それがフラッグシップです。製品を手に入れると幸せが手に入る。そんな夢を確かに感じることが出来る製品、それがVSD90SSなのです。

いつかはフラッグシップ、いつかはVSD90SS。そんな夢を実現してみませんか?


  • 本記事は(株)ビクセンより協賛および機材貸与を受け、天文リフレクションズ編集部が独自の判断で作成したものです。文責は全て天文リフレクションズ編集部にあります。
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