日頃からリスペクトさせていただいているある星景写真家の方が、次の記事をシェアされていました。

自己模倣との戦い

話を聞いてみると、自己模倣というのは、ある程度個性の確立した人間に訪れるもので「私だったらこういうものが美しいと思うだろう」と思い込むことのことだそうです。大村祐里子だったら、こういうものが美しいと思うだろう、と思い込むこと。

ぜひ読んでみてください。心揺さぶられる文章です。

自己模倣とは何か

「自己模倣」を一言でいえば、ある程度写真家が自己の個性を確立した後に訪れる、「視点のステレオタイプ」「美意識の固定化」とでもいいましょうか。

「自己模倣というのは、ある程度写真を続けて個性が確立してきた人には、誰にでも訪れるものです。それに気がつかず永遠に同じような写真を撮り続ける人もいるし、気づいていながら抵抗するのを諦める人もいるし、全力でそれに抗う人もいます。どう対応するかはその人次第です。正解はありません」

クリエイターとして一定の評価を得るフェーズになったとき、人は次にどうするのか。確立した「作風」「個性」を繰り返すのか、一度壊して作り直すのか。永遠といえるほどのテーマでしょう。

天体写真における個性と模倣

Google検索「アンドロメダ大星雲」より

ではこの「自己模倣」というテーマは、「天体写真(本稿ではあえて「星景」は除外しディープスカイに限定します)」というジャンルではどのように考えればいいのでしょうか。

上の画像はGoogle画像検索「アンドロメダ大星雲」の結果。
この被写体に「自己模倣」の罠に抗えるような「何か」を見いだすことができるのか。

天体写真を「科学写真」とみたときには、そこに「科学的な視点」以外の「個性」が介在する余地はありません。
また、科学写真から距離を置いたとしても、「機材」「空の条件」「処理技術」などの様々なハードルが高いゆえに、あるレベルでクリアさえすれば作品として一定の評価を得られるという側面もあります。またそのプロセスそのものが楽しみでもあります。

天体写真は「宇宙の真の姿」という永遠に届かない理想に対する「自己模倣」の反復そのものであるとも言えるかもしれません。

マスターピースヘの挑戦

本稿は天体写真における「自己模倣」に善悪を付けた議論をすることが趣旨ではありません。「自己模倣」という視点で見たときに、偉大なる先人たちがどんな作品を残してきたかをご紹介したいと思います。

高画素は正義・EOS5Ds+高性能レンズの威力

まずは「よっちゃん」さん。
山中師は常々「一般美(誰が見ても美しいと感じる美)」の究極を目指していると述べられていて、「メジャー天体」をいかに美しく表現するかに注力されています。ご紹介するのはその一つの到達点である「アンタレス周辺」の星野。

「自己模倣」上等。神が創りたもうた宇宙という美を、デジタル写真技術の全てを駆使して、宇宙として・写真表現としての妥当性を損なわず、とことん突きつめるのが氏の姿勢。

誰も見たことのない宇宙の姿

http://reflexions.jp/blog/ed_tenmon/archives/2643

「分子雲」のパイオニア、三本松さん。
「FS60CB」という小さな望遠鏡で、誰も見たことのない深宇宙の姿をあぶり出す氏の技術は、多数枚の「モザイク合成」という手法ともあいまって(*)天体写真界に新しい風をもたらしました。

(*)本作品は多数枚モザイクではありません。

現在三本松師は全天をこの手法で撮影しつくすという仕事に取り組まれています。この仕事を完結させるためにはある意味退屈な自己模倣の反復に耐えなければなりませんが、それが完成した日は次の時代の幕開けとなることでしょう。

絶え間なき新手法による変革

http://reflexions.jp/blog/ed_tenmon/archives/2635

ナローバンドSAO合成、SAO-RGB合成、最近ではIR(赤外)画像を使用した透明感の表現など、常に新しい工夫で高いレベルに挑み続けている荒井さん。

センサーに星が結像してから先が荒井師の本領。去年のデジタル画像であっても今年の師が処理すれば次のレベルに到達している。対象が変わらないのなら自分の技術が変わればいい。しかもその技術をパッケージソフトに組み込み、誰にでも使える形にしてゆく。そんな師の工夫で、今年はいったいどんな傑作を見せていただけるのでしょうか。

まとめ

被写体の多様性に一定の限界がある天体写真においては「自己模倣」という壁に正面から向き合うのはちょっとしんどいことかもしれません。

でも、多くの他の写真家の作品・その作品を産みだしてきた背景に触れることや、写真以外の様々なものから刺激を受けることをいとわない「開かれた視点」を持ち続けることは、きっとあなたの「天体写真ライフ」をより豊かにしてくれるでしょう。

 

http://reflexions.jp/tenref/orig/wp-content/uploads/sites/4/2018/01/37cea206b4b597106521e32eb92a40fb-1024x802.jpghttp://reflexions.jp/tenref/orig/wp-content/uploads/sites/4/2018/01/37cea206b4b597106521e32eb92a40fb-150x150.jpg編集部雑記帳コラム日頃からリスペクトさせていただいているある星景写真家の方が、次の記事をシェアされていました。 http://shutter-girl.jp/?p=26263 話を聞いてみると、自己模倣というのは、ある程度個性の確立した人間に訪れるもので「私だったらこういうものが美しいと思うだろう」と思い込むことのことだそうです。大村祐里子だったら、こういうものが美しいと思うだろう、と思い込むこと。 ぜひ読んでみてください。心揺さぶられる文章です。 自己模倣とは何か 「自己模倣」を一言でいえば、ある程度写真家が自己の個性を確立した後に訪れる、「視点のステレオタイプ」「美意識の固定化」とでもいいましょうか。 「自己模倣というのは、ある程度写真を続けて個性が確立してきた人には、誰にでも訪れるものです。それに気がつかず永遠に同じような写真を撮り続ける人もいるし、気づいていながら抵抗するのを諦める人もいるし、全力でそれに抗う人もいます。どう対応するかはその人次第です。正解はありません」 クリエイターとして一定の評価を得るフェーズになったとき、人は次にどうするのか。確立した「作風」「個性」を繰り返すのか、一度壊して作り直すのか。永遠といえるほどのテーマでしょう。 天体写真における個性と模倣 ではこの「自己模倣」というテーマは、「天体写真(本稿ではあえて「星景」は除外しディープスカイに限定します)」というジャンルではどのように考えればいいのでしょうか。 上の画像はGoogle画像検索「アンドロメダ大星雲」の結果。 この被写体に「自己模倣」の罠に抗えるような「何か」を見いだすことができるのか。 天体写真を「科学写真」とみたときには、そこに「科学的な視点」以外の「個性」が介在する余地はありません。 また、科学写真から距離を置いたとしても、「機材」「空の条件」「処理技術」などの様々なハードルが高いゆえに、あるレベルでクリアさえすれば作品として一定の評価を得られるという側面もあります。またそのプロセスそのものが楽しみでもあります。 天体写真は「宇宙の真の姿」という永遠に届かない理想に対する「自己模倣」の反復そのものであるとも言えるかもしれません。 マスターピースヘの挑戦 本稿は天体写真における「自己模倣」に善悪を付けた議論をすることが趣旨ではありません。「自己模倣」という視点で見たときに、偉大なる先人たちがどんな作品を残してきたかをご紹介したいと思います。 http://reflexions.jp/blog/ed_tenmon/archives/297 まずは「よっちゃん」さん。 山中師は常々「一般美(誰が見ても美しいと感じる美)」の究極を目指していると述べられていて、「メジャー天体」をいかに美しく表現するかに注力されています。ご紹介するのはその一つの到達点である「アンタレス周辺」の星野。 「自己模倣」上等。神が創りたもうた宇宙という美を、デジタル写真技術の全てを駆使して、宇宙として・写真表現としての妥当性を損なわず、とことん突きつめるのが氏の姿勢。 誰も見たことのない宇宙の姿 http://reflexions.jp/blog/ed_tenmon/archives/2643 「分子雲」のパイオニア、三本松さん。 「FS60CB」という小さな望遠鏡で、誰も見たことのない深宇宙の姿をあぶり出す氏の技術は、多数枚の「モザイク合成」という手法ともあいまって(*)天体写真界に新しい風をもたらしました。 (*)本作品は多数枚モザイクではありません。 現在三本松師は全天をこの手法で撮影しつくすという仕事に取り組まれています。この仕事を完結させるためにはある意味退屈な自己模倣の反復に耐えなければなりませんが、それが完成した日は次の時代の幕開けとなることでしょう。 絶え間なき新手法による変革 http://reflexions.jp/blog/ed_tenmon/archives/2635 ナローバンドSAO合成、SAO-RGB合成、最近ではIR(赤外)画像を使用した透明感の表現など、常に新しい工夫で高いレベルに挑み続けている荒井さん。 センサーに星が結像してから先が荒井師の本領。去年のデジタル画像であっても今年の師が処理すれば次のレベルに到達している。対象が変わらないのなら自分の技術が変わればいい。しかもその技術をパッケージソフトに組み込み、誰にでも使える形にしてゆく。そんな師の工夫で、今年はいったいどんな傑作を見せていただけるのでしょうか。 まとめ 被写体の多様性に一定の限界がある天体写真においては「自己模倣」という壁に正面から向き合うのはちょっとしんどいことかもしれません。 でも、多くの他の写真家の作品・その作品を産みだしてきた背景に触れることや、写真以外の様々なものから刺激を受けることをいとわない「開かれた視点」を持ち続けることは、きっとあなたの「天体写真ライフ」をより豊かにしてくれるでしょう。  編集部発信のオリジナルコンテンツ