【フラッグシップ】ビクセンVSD90SS鏡筒レビュー【Underエアリーディスク収差補正】
みなさんこんにちは!
天体望遠鏡に、おいくら万円まで出せますか?1万円の初心者用望遠鏡キット、3万円の8cmアクロマート鏡筒、10万円の8cmED鏡筒、30万円の10cmアストログラフ、、、150万円の15cm三枚玉アポ、2万ドルの17インチ反射望遠鏡・・・
厚生労働省によると2022年の大卒初任給の平均は平均22万8,500円だそうです。「給料の三ヵ月分」は68万5,500円。今回は、ほぼこの価格に近い「(新卒)給料の三ヵ月分」の望遠鏡、ビクセンのVSD90SS(希望小売価格68万2,000円)のレビューです!
Vixen 天体望遠鏡 VSD90SS鏡筒
https://www.vixen.co.jp/product/26131_4/
目次
VSD90SSとは、どんな天体望遠鏡か?
満を辞して登場・ビクセンのフラッグシップ鏡筒
まず、VSD90SSが「お高い」という事実はスルーするわけにはいきません。希望小売価格68万2,000円は、VSD90SSの先代モデルである「VSD100F3.8」とまったく同じ。2013年にVSD100F3.8が発売されたときも「高い」との声が多くありました。口径が10mm小さくなって同じ値段。安くはありませんよね。
しかし、天リフ編集長がこの鏡筒を使い込んで感じたことは、「(新卒)給料の三ヵ月分出しても欲しい!」です。その理由は本記事をお読みいただければわかりますが、ひとつはっきりさせておきたいことは、世の中には「高くても欲しくなるものが存在する」ということです。
「フラッグシップ鏡筒」にふさわしいスペック
VSD90SSは「5枚玉」のアポクロマート屈折望遠鏡です。最近では4枚以上のレンズで構成された天体望遠鏡は珍しくなくなってきましたが、VSD90SSの特徴は、前の2枚から大きく距離を離した3枚目の大径SDレンズにあります。このレンズを含めた5枚玉の設計により、「(補正レンズを使用しなくても)フラットフィールド」と「豊富な周辺光量(フルサイズ最周辺でも95%)」、そして「眼視ストレール比96.7%」を達成しています。
VSD90SSのスポット図。補正レンズを使用しない「直焦点」では、周辺まで「ほとんど点」の驚異的な結像レベルを実現しています。これらの光学的スペックはまさに「フラッグシップ」にふさわしいものといえるでしょう。
扱いやすい「フラッグシップ」
VSD90SSは最高クラスの性能を発揮する「フラッグシップ鏡筒」ですが「扱いやすい」ことも魅力。その1つは「ほとんど周辺減光がない」こと。フルサイズでも最周辺の光量は95%。フラット補正なしでもよほど強調しないかぎりは(*)普通に画像処理できてしまうレベルです。
(*)「普通ではない極端な強調」をするのが天体写真なので、もちろんフラット補正はするに越したことはありません。きちんとフラット補正すれば、かぶり補正は格段に楽になります。
さらに明るい反射式アストログラフと違って、光軸調整やスケアリングに苦しむことも(*)、ほぼありません。買ってきたそのままの状態で最高レベルの性能を発揮できるのです。
(*)F値を「F5.5」と欲張っていないことも扱いやすさの1つです。F値が小さいほど、光軸・スケアリングやピント移動に対してシビアになります。
上の画像はメーカー商品ページに掲載されている焦点内外像ですが、「エアリーディスクに収まるピント範囲が広い設計を採用」「ピント合わせ精度やスケアリングのズレが多少残っていても写野周辺における星像の色味変化や崩れが起こりにい」ことが謳われています。
実際に使用した感覚でも、ピントはシビアではあるものの山は掴みやすく、少々ピントを外したとしても周辺の星像が崩れることもありませんでした(*)。ユーザーのスキルにあまり左右されず、満足できる撮影結果が安定して得られるといってよいと思います。
(*)こちらの検証の詳細は「ロングレビュー動画その1 VSD90SSのピント合わせ」として公開予定です。
VSD90SSの高性能は、ほんとに気持ちイイ。プレビュー画像の星は針で突いたように小さく、最周辺でもほぼ変形もボケもありません。極めて少ない周辺減光で画像処理も楽。機材の力で腕をカバーできるのがフラッグシップ鏡筒VSD90SSの真骨頂。撮っていて楽しくなるアストログラフです。
「PENTAXの名機」から「ビクセンの名機」へ
CP+2023でVSD90SSの開発責任者であるビクセン・加島氏に行ったインタビュー動画です。
VSD90SSでは、先代の「VSD100F3.8(*)」からいくつかのコンセプトが変更されています。前述の「3枚目の大径のSDレンズ」のように光学設計は新規に再設計されていますし、「VSD100F3.8」の大きな特徴とされていたヘリコイド式の合焦機構は、電動フォーカサーとの親和性の高いラック&ピニオン式に変更されています。
何より「VSD100F3.8」が天体写真用途に特化した「アストログラフ」であったのに対して、VSD90SSでは眼視性能も最高レベル(*)のものになりました。
(*)写真用途に使用する天体望遠鏡(アストログラフ)では、中心像の尖鋭さよりも中心〜周辺までの広い範囲で星像が均質であることが要求されるとされてきました。しかし、高精細・高感度のイメージセンサーの登場によって、これまで以上に「尖鋭さ(収差の少なさ)」がより要求されるようになってきています。これからのアストログラフでは「中心も周辺も」高度な収差補正が要求されるといってよいでしょう。この要件を満たせば、自動的に眼視性能も高いレベルのものとなるのです。
一般には「VSD100F3.8でペンタックスの名機(PENTAX 100SDUF(II))が継承された」との印象を持たれているようですが、VSD90SSはまぎれもない「ビクセンオリジナル設計の名機」であるといえるでしょう。
各部外観
光学系
対物レンズを鏡筒の前から見たところ。口径は90mm、一見してユーザーが触れることのできる調整機構はありません(*)。VSD90SSのようなレンズ間隔を離した多枚玉の屈折光学系は高いレベルの精度が要求されるため、基本的には「メーカーズ・アジャスト」。組み上げられた状態のまま使う想定です。これは、ユーザーによる光軸調整が必要になることのある反射系光学系との大きな違いでもあります。
(*)見えない場所に調整部があるのかもしれませんが、少なくともユーザーが触れることは想定していないものと思われます。
接眼部側から見たところ。最後群もこのように大径のレンズが採用され、口径食による周辺減光や星割れが徹底して軽減されるように設計されています。内部のつや消し塗装も非常に上質です。
内面反射の状態を見るために、鏡筒を空に向けて接眼部から筒内を撮影してみました。このチェックは天体望遠鏡の内面反射を見る上での基本ですが、左の環境光に露出を合わせた状態ではほぼ暗黒で目立った反射もなく、素晴らしい内面反射処理です。
筒内に露出を合わせた非常に意地悪なチェックもしてみました。これは露出条件によって良くも悪くも見えてしまうので評価には注意が必要ですが、筆者所有の他の鏡筒と比較してもこれはベストに近い素晴らしいものでした(*)。
(*)天体写真の画像処理は、この10年ほどで従来とは比較とならないほど極端な強調処理が行われるようになりました。このため、内面反射防止処理の要求レベルも大きく上がってきていると感じています。
もうひとつ特筆すべきは口径食の少なさ(≒周辺減光の少なさ)。イメージサークルいっぱいの位置でも入射瞳(対物レンズの白い円)はほぼケラれていません(*)。5枚のレンズエレメント全てが十分な径を確保しているからこそ達成できているといえます。
(*)口径食は「星割れ」の原因にもなります。口径食がほぼ皆無のVSD90SSでは、周辺まで割れのない美しい星像を結びます。
接眼部
VSD90SSの接眼部は広いイメージサークル(レデューサーなしでΦ60)を生かすため大型(Φ87.5mm)になっています。この接眼部は同社のSDシリーズ鏡筒のものと比較して、さらに高級感・剛性感のあるものです。
重量級の機材をしっかり固定するため、接眼部にはピント位置を固定するドロチューブクランプが搭載されています。SD鏡筒シリーズのクランプのように「ドロチューブを押す」形で固定する場合、どうしてもクランプの締め方によってわずかに画角が変動してしまうのですが、VSD90SSのクランプは「ラックギアを挟んで固定する」方式になっているため、画角の変動が最小に抑えられています。
ただし、電動フォーカサー(EAF)を装着する場合は、クランプは緩めたままの状態になり、締めることはできません。この場合はEAFのギアがドロチューブを保持することになります。
なお、ZWO社製のEAFを使用する場合、特に追加のパーツは必要ありません。EAFに付属する金具とユニバーサルジョイントがそのまま使用できます。
ドロチューブの繰り出し量は実測で約33.2mmでした。決して大きくはありませんが、主に写真用途として使用する鏡筒としてはまあこんなところでしょう。ちなみに、ZWO社の電動フォーカサーEAFを使用した場合、EAFのピントステップ数は約7380、1ステップ当たりの移動量は約4.5μとなります(*)。
(*) 繰り込んだ状態をゼロ点に設定(Reverse)した場合、合焦位置は5500〜5700付近となりました。この値は気温や接続システム(実測値はEOS用直焦ワイドアダプター60DXを使用しました)によっても変わりますので参考程度に。
別売のデュアルスピードフォーカサーも装着可能。ただし、取付金具の関係でEAFを装着する場合はデュアルスピードフォーカサーは装着できません(*)。
(*)仮に装着できたとしてもEAF側にクラッチ機構がないと手動フォーカスはできないのですが。
ピント合わせにデュアルスピードフォーカサーを使用するのか、EAFでオートフォーカスを使用するかは一長一短です。放置撮影で長時間露光するなら、撮影シーケンスに自動でオートフォーカスを組み込めるEAFの一択ですが、温度変化によるピント移動が影響にならない範囲なら、デュアルスピードフォーカサー+バーティノフマスクの組み合わせが、サクサクピント合わせができて(*)効率的です。
(*)EAFによるオートフォーカスは筆者の環境では4分程度の所要時間で、それなりの待ち時間となります。
接眼部には2カ所のアクセサリ取付部があり、ファインダーアリミゾや小型のアルカクランプを装着することが可能。標準構成ではこのうちの一カ所にビクセン規格のファインダーアリミゾが装着されていますが、もうひとつの取付部にはガイド鏡やASIAIRなどの追加パーツを装着できます。
ひとつ重要な注意があります。このネジ穴は貫通していて、すぐ奥はドロチューブになっているため、長いネジを無理矢理ねじ込んでしまうとドロチューブを傷めてしまいます。表面からドロチューブまでの深さは実測で7.5mmでしたが、くれぐれもご注意ください。
接続リング・カメラアダプタ
ドロチューブの末端は、Φ60のイメージサークルを確保するために大径のM84(メスネジ)になっていて、システム構成によっては付属の「M84延長筒」を装着します(*)。延長筒が必要になるのは、直焦点による撮影・レデューサーV0.79xによる撮影・直視の眼視用途の場合です。レデューサーV0.71xによる撮影の場合と天頂ミラー等を使用する90°視の眼視用途の場合は延長筒は使用しません。
(*)より末端側に延長リングを入れる方が取扱はしやすいのですが、できるだけ「太い側(対物レンズ側)」で延長する方がケラレを最小限にできます。
写真撮影用途の場合は、延長筒にさらに「スケアリング調整リング」を装着します。「スケアリング調整リング」の接眼側には60.2mmの「60.2-M60リング」を差し込みます。M60から先のカメラアダプタ等の接続はビクセンの他のM60仕様の鏡筒と同じです。広いイメージサークルを生かすためにはより大径でケラレの少ない「直焦ワイドアダプター60DX」が推奨です。
「スケアリング調整リング」と「60.2-M60リング」は2つの止めねじで固定されますが、この部分を緩めることでカメラ側を回転させることができます。ただ、逆に「直焦ワイドアダプタ60DX」を使用している場合は回転部が二カ所にあることになり、やや戸惑う部分もあります。
なお、そのほかの接続仕様については、製品ページにシステムチャートが掲載されていますので、そちらをご参照ください。
鏡筒バンド
VSD90SSに鏡筒バンドは付属しません。外径115mmに対応した鏡筒バンドを使用します。ビクセン社からは「VSD鏡筒バンド115S」が用意されています。
上部・下部ともに強固なブロック構造になっていて、やや重いものの剛性は十分。トップ部にはM8、M6、1/4インチ、M4のネジ穴があり、ガイド鏡やASIAIRなどのアクセサリを装着することができます。鏡筒バンドの架台側には架台とM8/35mm間隔で直結できる取付穴と、M6、M8、1/4インチのネジ穴があり汎用性十分。
鏡筒バンドは一個のツマミで固定する形です。このツマミは緩めた際にクルッと下側に回転してしまわないように、上の画像の位置で止まるようになっています。これは勢いよく回転したツマミが鏡筒にぶつかってキズをつけないための配慮でしょうか。渋い。
ひとつ気になったのは、鏡筒バンドの内径がほんの少し大きめであること。いっぱいに締め込むとほとんど残りしろがなく、内側のフェルトが経年変化でペチャンコになったときにどうなるかが気になりました。
移動用途の場合は架台と鏡筒バンドを直結するのではなく、アリガタ・アリミゾ接続で使用することが多いでしょう。上の画像右は鏡筒バンドに純正の「デュアルスライドバー」を装着したところ。ビクセン規格のアリミゾだけでなく、アルカ互換のクランプにも装着することができます(*)。
(*)アルカクランプを使用する場合は、当然ですがあまり小型のものは避けるのが無難です。
レデューサーV0.79x
現時点(2024年6月)時点で使用できるレデューサーは、先代の「VSD100F3.8」用に開発された「レデューサーV0.79x」です。
Vixen 天体望遠鏡 レデューサーV0.79x
https://www.vixen.co.jp/product/26637_1/
「レデューサーV0.79x」は3群3枚構成。スケアリング調整機構を内蔵し、レンズ各面は透過率99.9%の「ASコート」。イメージサークルはフルサイズ仕様(Φ44mm)、フルサイズ最周辺の光量は83%。
スポット図を見るとじゅうぶんな高性能なのですが、VSD90SSのF5.5直焦点の高レベルの写りと比較すると、最周辺でほんのわずか星像の変形が見られます。VSD90SSの数少ない「妥協点(*)」といえるでしょう。
(*)元の鏡筒がフラットフィールド対応の場合、レデューサーはある程度汎用的に適合するものですが、やはり元の鏡筒の収差を考慮し専用に設計する方がより高性能となります。
レデューサーV0.79xはM84延長筒にねじ込んで使用します。カメラ側はM60になっていて、直焦ワイドアダプタDXなどを直接ねじ込みます。
ちなみに、VSD90SSのレデューサーはシステムチャート通りに構成すれば、レデューサーなしの場合と「ほぼ同焦点(同じ接眼部繰り出し位置でピントが合う)」です。地味ながら、これはとても使いやすい仕様(*)と感じました。
(*)天体用CMOSカメラでは、大きくアウトフォーカスした状態からピント位置を割り出すのにけっこう苦労します。ほぼ同焦点になっていると換装後の手間が大幅に減るのです。現場で実際にやってみてありがたみを実感しました。
レデューサーV0.79xでの作例。おおぐま座の火山星雲とM81/82。「うすうす分子雲」カテゴリの中ではまだ明るく撮りやすい部類ですが、3時間露光でここまで描出することができました。VSD90SSは先代の「VSD100F3.8」よりは「暗い」F値ですが、「暗い」ことによるハンディキャップは「総露光時間をより長くする必要がある」ことだけです。
スポット図では「レデューサーV0.71x」と比較して周辺像は劣りますが、実写した感覚では「これでも充分」な感じです。特にフルサイズセンサーの画角をトリミングせずにWeb品質(長辺2000〜4000px程度)で見る限りは、違いを区別できない場合の方が多いでしょう。
レデューサーV0.71x(試作品)
最周辺の像質をより改善し、焦点距離をより短く(351mmF3.9)することができる、VSD90/VSD70専用設計の「レデューサーV0.71x」の試作品が、CP+2024で参考出品されています。
小さくて見にくいのですが、レデューサーV0.79xとV0.71xのスポット図の比較。最周辺での流れが改善されていることがわかります。縮小率が大きくなって星像も良くなっているのには、かなり期待ができますね。
レデューサーV0.71xを使用する際はM84延長筒は使用しません。カメラ側の接続システムはレデューサーV0.79xと同じです。ちなみに、レデューサーV0.71xを使用する場合もピント位置はほぼ同焦点です。これも地味ながらグッドジョブといえるのではないでしょうか。
今回こちらも試作品をお借りし試写することができました。デジタル時代では「明るさ」はフィルム時代ほど重要ではなくなってきているため、レデューサーの役割は明るさ以外に、より広い画角(面積で約2倍)が得られるメリットも重視すべきでしょう(*)。
(*)例えば同じ画角を撮影する場合、レデューサーなしの2枚モザイク撮影と比較して、半分の時間で同じ光子数を得ることができます。
上が試写画像ですが、フルサイズ最周辺でもたいへん良好な星像となっています(開発中の試作品のため、製品版では異なる場合があります)。
価格は構造を見る限りV0.79xより安くなることはないでしょう。どのくらいになるのか気になるところではありますが、本レデューサーが発売されれば、VSD90SSは中焦点距離(350mm)でも最強クラスのアストログラフとなることでしょう。
直焦ワイドアダプターDX for 48mm(試作品)
昨今では、ディープスカイ撮影では天体用CMOSカメラの使用が広まっています。ビクセン社でもこの動きに対応し、CP+2024で「直焦ワイドアダプター60DX for 48mm」が参考出品されています。この製品は、一眼カメラ用の「直焦ワイドアダプターDX」と同じ回転機構を備え、鏡筒側とM60で接続し、カメラ側はM48で接続するためのものです。
カメラ側の想定光路長は55mm。M48から先は適宜カメラ側のアダプタリングシステムを使用する仕様です。
しかし、APS-Cより小さなCMOSカメラでは何の問題もないのですが、フルサイズセンサーを使用したカメラの場合「M48」という接続は「わずかに細い」という問題があります(*)。
(*)従来の天体望遠鏡ではフルサイズ最周辺の光量が「95%」もある製品がほとんどなかったため、M48接続でも「実質的には問題なかった」のですが、VSD90SSのようなケラレのほとんどない光学系ではM48は「わずかに細い」のです。
今回お借りしたのはこのM48バージョンですが、ASI6200MC Proではわずかに最周辺の光量が低下してしまう結果となりました(*)。
(*)カメラ側はM54なのに、M54-M48のリングで光路長を出すというZWO社の製品仕様に問題があるともいえます。この検証の詳細は『ロングレビュー動画その4「カメラ接続とケラレ」』で解説する予定です。
ビクセン社でもこのフルサイズカメラでのケラレの問題は認識されているそうで、現在M54対応版の準備も進めているそうです。続報があれば追記したいと思います。
このため、今回の一連の撮影ではK-ASTEC社の「フィルタードロワー付きカメラマウント接続アダプター(FDCM-6200AD)」を使用しています。この製品はカメラ側のM54の接続プレートをまるごと換装するもので、CMOSカメラをEFマウント化でき、M48のフィルタードロワーでフィルターも簡単に脱着することができます。
フィルターの装着
ナローバンドフィルターの普及で、フィルターワークはカラーカメラでも非常に重要な撮影技術となりました。このため、天体望遠鏡システムでは「フィルターが使いやすいか」も重要な要件です。
VSD90SSでフィルターを使用する場合、直焦点・レデデューサー使用いずれの場合も、シンプルな考え方でフィルターを使用することができます。以下、3通りの使用方法をご紹介します。
直焦ワイドアダプター60DXに装着する
最もわかりやすいのが「直焦ワイドアダプター60DX」に装着する方法でしょう。どの補正レンズ/カメラであってもこのアダプタを使用することになりますので、汎用性の高い方法です。
従来は直焦ワイドアダプター60DXには「M52」のフィルターしか装着できないのがネックでしたが、最近発売された「M56フィルター変換アダプター48/52」を使用することで、M48フィルターも装着することができます。
「60.2-M60リング」に装着する
もうひとつは、「60.2-M60リング」の望遠鏡側に切られたM58のメスネジを利用しフィルターを装着することです。M58のフィルターは天体用途では一般的ではないため、M48ないしはM52のフィルターを市販のステップダウンリングを使用して装着します。
ただし、M48フィルターを使用する場合、フルサイズセンサーでは四隅が若干(*)ケラれます。この方法はAPS-Cより小さなセンサーサイズのカメラで使用する方がよいでしょう。
(*)フルサイズ天体用CMOSカメラをM48リング経由で接続した場合よりもケラレ量は若干大きい結果となりました。
カメラ側のフィルタードロワーに装着する
3つ目の方法は、カメラ側に装着することです。ケラレをより小さく・センサーとの往復反射によるゴースト像をより小さくする(*)にはフィルターをセンサーに近づけるほど良いため、その意味では理にかなった方法です。
(*)逆にゴースト像を大きくぼかす方が目立たないため遠くするのが良い、という考え方もあります。
何よりも、フィルタードロワーはフィルターの換装が楽であることが最大のメリット。リングシステムの中に装着する場合、交換のたびにパーツをばらさなくてはならず、特に現場ではあまりやりたくない作業です。
筆者は前述の通りK-ASTEC社の「フィルタードロワー付きカメラマウント接続アダプター(FDCM-6200AD)」を使用しましたが、CMOSカメラ用のフィルタードロワーは各社から発売されているようです。ただし、「M42」接続の製品はフルサイズカメラではケラレが大きくなることに注意が必要です。
専用ケース
VSD90SSには別売のキャリングケースが用意されています。最大の特長は「取り出してすぐに使える」ように、特に接眼側のスペースに余裕があること。
さすがにカメラを装着したまま収納するのは無理でしたが、鏡筒バンドとアリガタ、電動フォーカサー(EAF)、延長筒とカメラアダプタを装着した状態でそのまま収納することができます(*)。
(*)ただし、鏡筒バンドのトップ側にパーツを装着した状態では、フタ側のスポンジと干渉するため収納できません。スポンジをナイフで削るなり対処が必要です。
Vixen 天体望遠鏡 VSD90SS鏡筒ケース
https://www.vixen.co.jp/product/26133_8/
もうひとつの特徴が非常に軽量であること。軽量で耐久性に優れる「プラパール®素材」が使用されています。「プラパール®」は気泡緩衝材「プチプチ®」を平たいシートで挟んだ、軽くて強いプラスチックボードです。この素材を使用することで軽量(2.4kg)で耐久性に優れたものとなっています。
川上産業・プラパール(三層品)
https://www.putiputi.co.jp/products/876
(*)「プラパール®」「プチプチ®」は川上産業の登録商標です。
お値段は希望小売価格59,400円。こちらもかなりのものですが、外見もスマートで、それだけの価値のある(*)素晴らしい出来映えです。
(*)個人の感想です。筆者がふだん10cm級アストログラフに使用しているケースはLoweproのリュック型のものですが希望小売価格は46,250円。もしプラパール製のケースがあればそっちを選んだことでしょう。
眼視性能の評価
「眼視ストレール比96.7%」を謳うVSD90SSですから、眼視性能もチェックしないとバチが当たります。筆者所有の4枚玉フォトビジュアル望遠鏡(スーパーEDレンズを2枚使用)と比較してみました。
天リフ本社のベランダから1kmほど先にある照明灯を高倍率で見てみました。視野の明るさとクリアさの評価は筆者の眼では無理なので(*)、解像感と色付き(色収差)だけの評価ですが、正直いってどちらも区別できないくらいの素晴らしい見え味でした。夜明け前の土星でも比較してみましたが、こちらも甲乙付けがたい見え味(*)でした。
(*)強度の近視・乱視、飛蚊、白内障と、筆者の眼でできる眼視性能の評価には限界があります。
今回、眼視性能の比較はじゅうぶんにはできませんでしたが、おそらく眼視マニアも満足する高性能ではないかと思います。ぜひ星まつりなどで実機で体験してみることをオススメします。
前述のとおり、直視でない90°視の眼視システム構成では「M84延長筒」は使用せず、ドロチューブに直接「スケアリング調整ユニット」を装着し、「60.2-M60リング」の代わりに「VSD60.2-50.8アダプター」を装着します(*)。
(*)これらのリングはいずれも高精度に加工され仕上げも美しいのですが、光路長の関係でこの「60.2スリーブ」の抜き差しだけでは撮影と眼視が切り替えられないのが、やや悲しいところ。
1つ気になったのは、「VSD60.2-50.8アダプター」の50.8側の内径が若干大きめなこと。リングの幅が狭めであることも加わって、接眼レンズを差し込んだ状態では少しカクツキが目立ちます。世の中の50.8スリーブには若干太めなものも存在するため、少し余裕を持たせたのかもしれませんが。。もちろん止めねじをしっかり締めればちゃんと固定できます。
撮影リザルトの分析
本記事で掲載した作例画像はいずれもVSD90SSで撮影したものですが、当然ですがさまざまな画像処理を施しています。しかも画像サイズの関係で長辺2000ピクセル程度に縮小しているため、VSD90SSの本当の性能はほとんど見えなくなってしまっています(*)。
(*)フルサイズで撮った画像を長辺2000ピクセル程度で鑑賞するならVSD90SSのような高性能は不要である、というのはある意味真実です。
本節では、VSD90SSの撮影素材画像を「重箱の隅をつつくように」チェックしていきましょう。
星像チェック(F5.5直焦点)
まずは「素(焦点距離495mmF5.5)」の状態での星像です。中央から四隅の拡大切り出しですが、まずお約束としてこの画像は「異常なほど拡大している」ことをご承知ください(*1)。一辺は200μ、元画像では53ピクセル四方です。ここまで拡大しても星が四隅まで星として見える口径90mmの望遠鏡が、過去あったでしょうか?(*2)
(*1)世の中には様々な「等倍四隅切り出し画像」が発表されていますが、スケールがまちまちで明記されていないことも多く、ぱっと見で判断するのは危険だと感じています。画像の強調度合によっても感覚的な星像径は大きく変わります。本記事では全てスポット図と同様「一辺200μ」としZWO社のブラウズソフトASIFitsViewによるオートストレッチ表示を使用しています。
(*2)手持ちの鏡筒の過去画像を同じように調べてみたのですが、カメラの画素が粗すぎることもあり、同じカメラで同じ日に撮影して比較しないとフェアでないと判断し見送りました。
中央の9パネルはキレイな点像を保っています。最周辺になるとさすがに星像がやや変形し、わずかに左側と右側の星像が対称ではありません。この原因がどこにあるのかの究明はなかなか難しいでしょう(*)。
(*)収差の他にも、5枚のレンズの組立精度、接眼部のスケアリング、リングの締め付け不良、重力による接眼部のたわみ、カメラのセンサーのスケアリングなど、原因の候補は幾つもあります。複合しているかもしれません。
ASIFitsViewにおける平均星像径は2.4ピクセル(9μ)。F5.5の光学系のエアリーディスク径(回折によってぼやけた星の径)は7.3μですから、完璧に近い収差補正であるといえるでしょう(*)。
(*)実際のところ、ここまでくると大気の揺らぎ(シンチレーション、シーイング)によるボケや風、ガイドエラーの影響が星像径を左右する要素になってきます。ちなみにこの日のシーイングはまあまあ良好な状態でした。
どのくらい異常な拡大であるかを元画像の全体イメージで確認しておきます。三裂星雲の部分拡大画像の真ん中やや下の黄色い正方形が、等倍チャートの1コマ(一辺200μ)です。元画像でみると矢印の起点にあるごく小さな黄色の□です。
あらためて強調しておきますが、6000万画素の画像において本当のディテールを全体イメージから視認することはほとんど不可能です。それくらいの「重箱の隅」の比較であることをご了承ください。
念のため普通っぽい拡大率の切り出し画像もごらんください。各タイルの一辺の長さは前掲の5倍、1000μ(1mm)です。この拡大率なら(それでも決して小さくはないですが)、躊躇なく「四隅までほぼパーフェクト」と言ってよいのではないかと思います。
星像チェック(F3.9 レデューサーV0.71x)
こちらは試作品のレデューサーV0.71xで。前項の作例と同じ日に撮影したもので、[作例4] の元画像です。ASIFitsViewによる星像径は2.26ピクセル(8.5μ、ちなみにF4.3の光学系のエアリーディスク径は5.2μです)。
中央9パネルの星像はほぼ完璧です。こちらも周辺は若干変形・左右非対称が見られますが、直焦点F5.5よりも良好です。ここまで周辺像が良好なレデューサーも、過去あったでしょうか?
ただし使用した実機は試作品です。製品版でどうなるかは保証できませんので、その点はご了承ください。
参考までにレベル補正の異なる同じ画像もご確認ください。強調レベルを下げると感覚的な星像径はずっと小さくなります。彩度強調も同様で、彩度を強調するほど色ハロ・倍率色収差・コマやアス(非点収差)の色によるずれが目立ってきます。
星像チェック(F4.3 レデューサーV0.79x)
先代「VSD100F3.8」用に開発されたレデューサーV0.79xの星像。[作例3] M81/82銀河と火山星雲の元画像です。ひとつ注意が必要なのは、こちらのカメラは2400万画素(画素ピッチ5.94μ)のASI2400MCPであること。そのせいかもしれませんが、星像径はやや大きめ(*)。ASIFitsViewによる星像径は4.13ピクセル。なお2xDrizzle処理(デジタルカメラの「ピクセルシフト」のようなもの)をかけているため実サイズは12.3μです。
(*)露光中の温度変化によるピントのずれやシーイングが原因の可能性もあります。
星像径は大きいものの、最周辺まで安定した形状で、これはこれで使いやすいレデューサーかもしれません。
補正レンズの有無にかかわらず、輝星の星像が割れず美しいのもVSD90SSの美点です。後群の径を大径化し徹底して口径食を防いだこと、開口部(前群レンズのセル)が高精度の真円であることによる成果でしょう。
BXT(BlurEXterminator)の効果
ディープスカイ天体写真は、もはや「BXT以前」と「BXT以後」で別物といっていいくらいに変わってきています。上の画像はBXT処理のありなしを比較したもの。BXTによって劇的に星像径が小さく、真円に近づいていることがわかります。ASIFitsViewによる星像径は2.40ピクセル(9.0μ)から→1.73ピクセル(6.5μ)に小さくなっています。高性能で星像径が極めて小さいVSD90SSにおいてもBXTの効果は大であるといえるでしょう。
一方で、何でもかんでもBXTがなきゃダメ!というわけではありません。VSD90SSのフルサイズ画角で仕上げる場合、長辺4000ピクセル程度ではほとんど違いはありません。上の画像は長辺9,576ピクセルの元画像を長辺4000ピクセルに縮小した場合の比較。星がごくわずか小さくなっているくらいの差しか感じられません(*)。
(*)むしろ縮小処理(Photoshopの「バイキュービック・滑らか」を使用)の際の星のリンギングがより目立つようになってしまいました。
結局、BXTの効果は大ですが、BXTを使用しなくてもVSD90SSは素晴らしい星像描写が得られる、といえるでしょう。
カメラの画素数による違い
星像径がエアリーディスク(7.3μ)と変わらないほど小さいVSD90SSでは、性能をフルに発揮するにはカメラ選びも重要になります。上の画像はピクセルピッチの異なる4つのカメラによる同一夜・同一露光条件での比較ですが、ピクセルピッチが小さいほど解像していることがわかります。
筆者が使った感想としては、ピクセルピッチ2μのASI678MCが最も解像しているものの、S/Nを含めた評価ではピクセルピッチ3.76μのASI6200MCPがベストマッチではないかと感じました。ピッチが小さすぎると、ノイズ的に不利になってくるような印象を受けましたが、コマ当たりの露光時間や総露光時間によっては評価が変わってくるかもしれません。
では、ピクセルピッチの粗い(6μ〜9μ)カメラではダメなのかというと、そうでもありません。現にピクセルピッチ5.9μのASI2400MCPでも、画像処理を工夫(*)することにより、限界解像度は及ばないもののトータルバランス的によい結果が得られています。このあたりの詳細は『ロングレビュー動画その2「VSD90SSの性能をフルに引き出す」』で解説予定です。
(*)Drizzle処理とBXTの組み合わせが効果的です。
トリミングのススメ
フルサイズやAPS-Cといった大きなセンサーで撮影した場合、画角いっぱいで作品を仕上げると、VSD90SSの真の高性能は、肉眼では判別不可能なほどになってしまいます。
そこで、オススメしたいのが思い切ったトリミングによる「切り出し作画」。上の画像の例は[作例1]を切り出したものですが、これでもじゅうぶんに作品レベルになっていると思いませんか?
逆に、4/3、1型、1/2インチといった小さなセンサーであっても、ピクセルピッチがじゅうぶん細かければ(*)、それぞれのセンサーなりの画角で作品を仕上げることが可能。大きなセンサーでも小さなセンサーでも楽しめるのがVSD90SSの隠れたセールスポイントではないでしょうか。
(*)ピクセルピッチ3.76μ(ASI6200MCに相当)あたりがスイートスポットではないかと感じました。
フラットの有無による違い
「ほとんどフラット処理が不要」ってホントなの?そこで、実際にフラット処理を行わずに画像処理をしてみました。グラデーションマスクなどのかぶり補正も「なし」の縛りです。
明るくあまり強調が必要ないM8とはいえ、「VSD90SSはフルサイズでもほとんどフラット処理が不要」は事実(*)のようです。
(*)レデューサー使用時は周辺減光がやや大きくなります。
極端に強調してみると、さすがに光害かぶりがあるため背景は均一になりませんでしたが、光学系由来の光量ムラはほとんどないに等しいといってよいでしょう。逆に街灯りやセンサー自身の感度ムラ、接続リング、フィルターなどの「光学系由来でない光量ムラ」を補正するためには、フラット処理はやはり必要になります。
元画像を見てみたい・処理してみたい方に
VSD90SSの真の性能を見ていただくために、今回撮影した作例画像のスタック後/SPCC処理後のリニア画像(BXT処理前)の一部をダウンロード可能にしています。サイズはとてもデカいので、通信環境にご注意ください。撮影データは記事中の作例画像をご参照ください。
[作例1]IC2177 (597MB) 2xDrizzle処理あり
https://reflexions.jp/test/vixen/01_IC2177_3min22_spcc.tif
[作例3]火山星雲とM81/82 (601MB) 2xDrizzle処理あり
https://reflexions.jp/test/vixen/03_M81_3min94spcc.tif
[作例4]M8(レデューサーV0.71x試作品)(368MB)
https://reflexions.jp/test/vixen/04_M8_RD_58_spcc.tif
[作例9]M8(367MB)→記事中の撮影地が「長崎県白木峰」とあったのは誤りです。山口県秋吉台に訂正しました(2024/7/6)
https://reflexions.jp/test/vixen/09_M8_58_spcc.tif
本画像は読者の皆様で自由に処理・加工いただいて問題ありません。ネットに公開するのもOKですが(むしろガンガンやっていただけると嬉しいです)、本記事へのリンクを併せて貼ってください。
掲載した作例画像の縮小前バージョン(長辺6000px〜)jpegデータも置いています。こちらはBXT処理を行っています。
[作例1,2,3,4,6,7,8] オリジナルjpeg画像(90MB)
https://reflexions.jp/test/vixen/jpg_large_bxt.zip
VSD90SSの限界性能を引き出す
VSD90SSは、非常に高性能であるがゆえに、ピントの最適位置からのズレ、カメラのセンサーのピクセルピッチ、大気の揺らぎ(シーイング)の良し悪し、ガイド精度、風によるブレなど、さまざまな性能阻害要因に注意する必要があります。画像処理においても、性能をフルに発揮するためには、これまであまり想定されていなかったことにも気を配る必要が出てきます。
これらの詳細については、本記事とは別に「ロングレビュー動画」で、さまざまな検証を実施しご報告予定です。ご期待ください!
ロングレビュー動画その1「ピント合わせ」
VSD90SSのピント合わせはどのくらいシビアなのでしょうか?バーティノフマスクやEAFでどのくらいの精度・確度でベストフォーカスを追い込めるのかや、ピント位置による写りの違いについて検証します。また、最近流行の「デコンボリューション(逆畳み込み法)」によってピントのズレがどの程度救済できるのかもあわせて検証します。
結論からいって、VSD90SSのピント合わせは「恐れる必要はない」です。きちんとやればちゃんと追い込めます。また、ピントのズレにも寛容で、少し星像が大きくなるものの、周辺星像が流れたり変形することもほとんどありません。詳細は動画をお楽しみに!
ロングレビュー動画その2「性能をフルに引き出すには」
口径90mm/焦点距離495mmのVSD90SSですが、その解像性能は大口径・長焦点の天体望遠鏡に匹敵するポテンシャルを秘めています。本動画ではM51子持ち銀河とM8干潟星雲の実写作例をもとに、VSD90SSの性能をフルに発揮するための課題と解決のためのヒントをご紹介します。
ロングレビュー動画その3「レデューサー対決」
VSD90SSには別売で高性能な「レデューサー」が用意されていて、焦点距離を短く・画角を広く・F値をより明るくして撮影することができます。「VSD100F3.8」からの現行品である「レデューサーV0.79x」と、現在開発中のVSD90SS/70SS専用の「レデューサーV0.71x」の実写画像を細かく検証しつつ、レデューサー活用の「勘所」を解説します。
ロングレビュー動画その4「カメラ接続とケラレ」
[2024年9月下旬公開予定]
フルサイズ最周辺でなんと95%、周辺光量が豊富なこともVSD90SSの大きな強み。ただし、カメラとの接続方法によっては意図せぬ「ケラレ」が発生することがあります。
VSD90SSとカメラの何通りかの接続仕様を解説し周辺光量を比較します。同時にフィルター装着時のケラレの有無についても検証します。
どんな人に向いているか
天体写真を極める
眼視性能も極めて高いVSD90SSですが、やはり一番その能力を発揮できるのはディープスカイの天体写真でしょう。焦点距離はレデューサーなしで495mm(F5.5)、レデューサーV0.79xで391mm(F4.3)、開発中のレデューサーV0.71xなら251mm(F3.9)。やや広めの広がった天体に最適。フルサイズでイメージサークルを目一杯に使ってもよし、バランスのよいAPS-Cで撮影をするもよし、4/3や1型など小型のセンサーでも解像度に不満のない撮影ができます。
口径は90mmと決して大きくなく、F値も3.9〜5.5と格段に明るいわけではありませんが、極小サイズの星像径は、星の多い天の川近辺でより威力を発揮することでしょう。反射系のアストログラフと違って光軸やフラット補正の苦労から(ほぼ)解放されるのも魅力的です。VSD90SSは、最高の性能を少ない苦労で手にすることができるアストログラフといえるでしょう。
フラッグシップをダウンサイジング
VSD90SSは本体重量4.3kg。同3.6kgのビクセン社のSD103SIIより少し重いくらい。外形はより短く「小型鏡筒」といってもよいほどです。小型の鏡筒なら架台も小さくすることができます。ビクセンのSXシリーズ赤道儀でも無理なく運用することができます(*)。
(*)ただし限界レベルの性能を安定して発揮するには、もう1ランク上の架台を使うというのも一つの考え方です。
年齢を重ねて「重いフラッグシップ級機材」を運用するのがしんどくなった方にとっては、VSD90SSの取り回しの良さはおおいに魅力的です。
リモート天文台での運用
最近リモート天文台に機材を設置し、天体写真を楽しむ方が増えてきました。リモート天文台では機材の運搬・設置が不要で、思い切った長時間露光にチャレンジすることができます。
「折角のリモートなのだから、できるだけ大口径の機材を設置したい」と思うのは自然ですが、あえてリモートで「小型・短焦点」を運用する「逆張り戦略」もあるのではないでしょうか。VSD90SSで広い範囲を「超・長時間露光」で撮影すれば、まだ誰も見たことのないようなリザルトを手にすることができるかもしれません。
高価だけど、、いいモノはイイ!
VSD90SSの希望小売価格は682,000円。口径90mmでは史上最高かもしれません。多くの方には「ちょっと手が出ないなー」と感じられるでしょうが、しかし「いいモノはイイ」というのもまた真実。
車・バイク・オーディオ・楽器・パソコンなど、趣味系のさまざまな工業製品がある中で「最高レベルのフラッグシップ」が70万円というのは、実は安い方だといえるかもしれません。そんなVSD90SSで「ベランダで月をチョイ見」なんていうのも最高の贅沢かもしれませんね。
趣味にどれだけお金をつぎ込むかは、まさに「貴方がお決めになること」。天リフ編集長は「価格に見合うかどうか」の評価や基準を示すことはできませんが、「隙のない最高レベルの望遠鏡」であることは断言できます。
VSD90SSに望むこと
フードは使いやすいものの、やはりスライド式が理想
VSD90SSのフードは上の画像のようにひっくり返して逆に装着することでコンパクトに収納することができます。これはこれで使いやすい構造ではあるのですが(*)、やはり「スライド式」と比較すると手間がかかります。
(*)ネジが3条になっていて90°ほど回転するだけで脱着ができます。脱着式フードという前提の中ではたいへん素晴らしいものです。
また、フードを伸ばした状態でキャップを装着することがかなり難しいのもネック(*)。こちらはキャップにツマミを付けるなりして、フードを延ばした状態でもキャップを脱着できるようになるとよいと感じました。
(*)やってできないことはないかもしれませんが、対物レンズにキャップをこすってしまう可能性があり、かなりやりたくない感じです。
接眼部のグリスがやや固い
VSD90SS(試作品)を気温の低い冬期に使用したのですが、グリスの固さが若干気になりました。一方でVSD90SS(製品版)では改善されているようにも感じましたが、こちらは春期・夏季で使用しているため、実際のところは不明です。
(*)一般に天文機材における可動部のグリスは「スムーズで気持ちよい操作」を実現すると同時に、わずかなバックラッシュをグリスによって安定化させる(グリスで「固める」)効果がありますが、逆に電動フォーカサー(EAF)を使用する場合は硬めのグリスはマイナスになることがあります。
ケースは付属にして少し価格を下げられないか?
筆者はVSD90SSの製品版の梱包は目にしていないので詳細のところはわかりませんが、基本的に「段ボール」と「スチロール緩衝材」によるもので、中長期にわたって本体を収納・運搬するためのものではありません。
一方でVSD90SS専用の別売のケースは、前項のとおり非常に良いモノです。製品価格を少しでも低く設定するために別売としたのだと思いますが、最終価格がその分上がったとしても標準付属にしてもよいのではないでしょうか(*)。もちろん量産効果で「少し安くなる」のが前提ですが・・・
(*)デジタル一眼カメラ用の大型超望遠レンズの多くは、ケース付属(ケースに入れた状態で梱包され発送されてくる)です。付属ケースは梱包材でもあるのです。
Vixen天体望遠鏡 VSD90SS鏡筒ケース
https://www.vixen.co.jp/product/26133_8/
「スケアリング調整リング」は必要?
VSD90SSの接眼部の接続システムにはスケアリング調整機構(スケアリング調整リング)が備わっています。しかし、正直いってこの調整機構を実際に触ることがあるのか(*1)?自分で調整しきれるのか(*2)?といわれると若干微妙な印象ではあります。
(*1)ビクセン様にこの件について問い合わせたところ、①F値が5.5で焦点深度が深め②光学設計上もピント位置の狂いによる星像悪化を最小にしている、の2つの理由からスケアリングの狂いについては寛容であるため、調整が必要となることはほとんどないだろうとのことでした。この実感値は当方で行ったピントずらし試写チェックの感触とも一致します。
(*2)仮に調整する場合、カメラ側との切り分けをまず行った後、ピントが一番ズレた位置の押し引きネジを調整し、根気よく試写を繰り返して追い込むことになります。これはかなり難度が高い作業になると思われます。よほど自信がないかぎり、手を触れるべきではないでしょう。
仮にスケアリング調整機構が不要であるとすると、M84/M60の接続リング一個で足りることになります。回転機構は「直焦ワイドアダプタ60DX」ないしはCMOSカメラ用の「直焦ワイドアダプター60DX for 48mm(開発中)」で行うことになりますが、「2カ所に回転機構がある」現在の構成よりも、よりシンプル・強固・低コストになるのではないでしょうか。
眼視用途の場合は別にM84/2インチのアダプタリングが必要になりますが、むしろこの方が換装が簡単でわかりやすい気がします(*)。
(*)VSD90SSの大径の60.2mmのスリーブ接続システムは非常に高品位で気合の入ったもので、眼視と撮影システムの切替がこのスリーブ部で簡単に行えるとよいのですが、直視の場合はその運用が可能なものの、90°視の場合は「M84延長筒」を外さなければならず、やや生かし切れていない印象を受けました。一般に、ねじ込み型の補正レンズを使用する場合、写真用システムと眼視用システムを簡単に切り替えることができなくなり「一晩で両方楽しむ」気が削がれてしまいます。せっかく追加の補正レンズが不要なVSD90SSですから、眼視/写真の切替がもっと簡単になると嬉しいですね。
安定した品質が確保されること
天体望遠鏡は工業製品の中でも、最も製造品質が要求されるもののひとつです。ある程度の「個体差」はあるものとして受け入れざるをえないものです。本レビュー記事ではVSD90SSを「ほぼ絶賛級」に評価していますが、これは「2本の個体(試作機と製品版機各一本)」による評価であり、すべての製品がこのレベルを満たしているかどうか(*)は、残念ながら本記事で検証できるものではありません。
(*)製品全ての品質についての統計情報は、少なくとも筆者は見たことがありません。メーカーでも個別個体の検査を行ったとしても、その後の「ユーザーの手に渡った時点」の品質は完全には把握できないでしょう。
結局大事なことは、メーカーの品質管理体制であり、あるユーザーが「たまたま」何らかの理由で出荷基準スレスレの個体を手にしてしまったときのサポート(コミュニケーション)です。この輝かしい製品が高い評価を受け続け、製品の品質に相応のブランドが築かれることを切に願うものです。
昨夜は悪シーイングの見本?のような条件でした。画像は薄明開始直後、10秒露光の連続する3コマ。びっくりするほど星像径が違います。この光学系で好シーイングの場合は60秒露光でもStar Sizeは2.0以下です。 VSD90SS 495mmF5.5 ASI6200MCP ASIFitsViewで表示 pic.twitter.com/ljV3fzdG90 — 黒・天リフ (@black_tenref) June 4, 2024
(*)ひとつだけ、明記しておきたいことがあります。ユーザー様が自分の個体を評価する上では、幾つかの留意点があります。シーイングの良し悪しなど気象条件や温度変化によってVSD90SSのリザルトは大きく変わります。客観的な指標であるはずのソフトウェアによる「星像径」の評価も、ソフトによって算出方法が異なります。
ビクセン社の次世代屈折望遠鏡ラインナップ
フラッグシップを頂点としたラインナップの重要性
VSD90SSは素晴らしいフラッグシップ鏡筒ですが「天文趣味を楽しむ幅広い層のニーズに応える」ものではありません。より低価格でコストパフォーマンスの高い製品がラインナップに存在し、その頂点にフラッグシップが鎮座するのが、ユーザー満足としてもビジネスとしても理想でしょう。
ビクセン社もそのことは十分認識済みのようで、2024年のCP+2024では幾つかの意欲的な新製品の参考出品がありました。これまで空白だった「口径70mmクラス」の屈折望遠鏡が3機種含まれていて、現行商品である「FL55SS」と「SD81SII」や「VSD90SS」の間のラインナップの空白を埋めるものになっています。以下簡単にご紹介しましょう(*)。
(*)いずれの製品も「参考出品」であり発売時期・価格・詳細スペックは未定です。
小型のエントリモデル「SDE72SS」
口径72mm、焦点距離432mm(F6)のSDアポクロマート鏡筒です。同社の「SD三兄弟」であるSDシリーズはF8前後と焦点距離が長めでしたが、こちらはF6と短めになっていて、スライド式フードを縮めた収納時の全長は310mm・本体重量2.15kgと非常にコンパクト。
専用のレデューサー(こちらも参考出品)と組み合わせると焦点距離346mmF4.8となり、小型の赤道儀でも運用可能な天体撮影鏡筒になります。スポット図を見ると星像径は中心で40μ弱とやや大きめですが、四隅でもさほど星像が変形しない感じです。APS-Cのデジタルカメラや小型の天体用CMOSカメラを使用した電視観望をはじめ、広く活用できる使いやすいエントリモデルといえるでしょう。
フォトビジュアルモデルの末弟「SDP65SS」
口径65mm 焦点距離360mm (F5.5)、SDレンズ・EDレンズを各一枚使用した4枚玉の小型アストログラフです。VSD90SS同様、三枚目のレンズを大径化しフルサイズ四隅の周辺光量は95%以上。気合の入った小型アストログラフです。
レデューサーを使用しない焦点距離360mmでは、スポット図はフルサイズ四隅まで極小。定評のある同社のFL55SSよりもさらに優秀な収差補正です。HPの実写作例を見ても、VSD90SSにはさすがに及ばないものの、非常に優秀な結像です。専用レデューサー(こちらも参考出品)を使用すれば焦点距離288mmF4.4となります。ただしこの場合はイメージサークルはAPS-Cです。
興味深いのは従来と同じラックピニオンによる「対物固定式」と、接眼部は固定され対物レンズユニットをラックピニオンで動かす「対物移動式」の2モデルが試作されていること。最終製品がどちらになるかは未確定のようですが、接眼部に装着した機材の重量に左右されずより軽量になる「対物移動式」に注目です。
VSD90SSの小型版「VSD70SS」
口径70mm、焦点距離385mm (F5.5)、VSD90SSとほぼ同じレンズ構成が採用され、スポット図・周辺光量ともにVSD90SSと比べてまったく遜色のない「VSD90SSの小型版」です。
接眼部の構造もほぼ同じで、VSD90SS同様に開発中の「レデューサーV0.71x」に対応し、焦点距離271mmF3.9のフルサイズイメージサークル対応のアストログラフになります。
おそらくお値段もVSD90SS同様の価格感になるかと思われますが、重量3.2kgとより軽く、焦点距離385mm/271mmと「より広い」画角が得られるのが大きな特徴。「VSD90SSの廉価版」というよりも、焦点距離の違う「別のフラッグシップ鏡筒」と位置づけることができるでしょう。
まとめ
いかがでしたか?
特殊硝材をふんだんに使用した、最新の光学設計による周辺まで収差が極めて少ない中心像と美しい恒星像。VSD90SSは間違いなく最高レベルのアストログラフといえるでしょう。口径90mmは決して大きくはないため「口径の暴力」を振り回すタイプの機材ではありませんが、中型架台にも搭載できる機動性があります。特に「フルサイズで焦点距離350mm〜500mm」の広めのディープスカイ撮影にはすばらしい性能を発揮します。それだけでなく、ピクセルピッチの細かいセンサーを使用すれば、極限的な解像度(*)にもチャレンジができるのです。
(*) VSD90SSの直焦点でのエアリーディスク径は約7.3μ。フルサイズ6200万画素のASI6200MCのピクセルピッチは3.76μです。
しかも、ほとんどフラット補正が不要なほど周辺光量が豊富。若干のアウトフォーカス(ピンボケ)によっても星像はキレイな円像を保ってくれることや、光軸やスケアリングの狂いの心配が少ないなど、反射式アストログラフと比較した「使いやすさ」も特筆です。
ネックは唯一価格だけ。決してお安くはなく、クラス最高レベル。しかし、これほどの高性能を実現した光学製品・工業製品としては、実は破格の値段(*)ともいえるのではないでしょうか。
(*)カメラレンズの最上位クラスの製品と比較すると、一般にフラッグシップクラスの天体望遠鏡は、かなり安い価格設定になっていると感じます。
VSD90SSでなくても美しい天体写真は撮影できます。しかし、VSD90SSは現在手に入れることができる、最高レベルの「ほぼパーフェクト」な天体望遠鏡です。最高の天体望遠鏡にユーザーはいくらまで財布を緩めてくれるのか。「フラッグシップ」にふさわしい製品を世に出したビクセン社のチャレンジを評価するのは(*)、貴方です!
(*)「買え」とは申しておりません^^;;
それでは、皆様のハッピー天文ライフをお祈り申し上げます!
- 本記事は(株)ビクセンより協賛および機材貸与を受け、天文リフレクションズ編集部が独自の判断で作成したものです。文責は全て天文リフレクションズ編集部にあります。
- 記事に関するご質問・お問い合わせなどは天文リフレクションズ編集部宛にお願いいたします。
- 本記事で使用した作例画像の一部は「試作機」を使用しています。試作機による作例ではその旨明記しています。
- 製品の購入およびお問い合わせはメーカー様・販売店様にお願いいたします。
- 本記事によって読者様に発生した事象については、その一切について編集部では責任を取りかねますことをご了承ください。
- 特に注記のない画像は編集部で撮影したものです。
- 記事中の製品仕様および価格は注記のないものを除き執筆時(2024年6月)のものです。
- 記事中の社名、商品名等は各社の商標または登録商標です。
https://reflexions.jp/tenref/orig/2024/06/28/16658/https://reflexions.jp/tenref/orig/wp-content/uploads/sites/4/2024/06/38bbb33a099e389c5322e434b8310a10-1024x576.jpghttps://reflexions.jp/tenref/orig/wp-content/uploads/sites/4/2024/06/38bbb33a099e389c5322e434b8310a10-150x150.jpg望遠鏡望遠鏡みなさんこんにちは! 天体望遠鏡に、おいくら万円まで出せますか?1万円の初心者用望遠鏡キット、3万円の8cmアクロマート鏡筒、10万円の8cmED鏡筒、30万円の10cmアストログラフ、、、150万円の15cm三枚玉アポ、2万ドルの17インチ反射望遠鏡・・・ 厚生労働省によると2022年の大卒初任給の平均は平均22万8,500円だそうです。「給料の三ヵ月分」は68万5,500円。今回は、ほぼこの価格に近い「(新卒)給料の三ヵ月分」の望遠鏡、ビクセンのVSD90SS(希望小売価格68万2,000円)のレビューです! Vixen 天体望遠鏡 VSD90SS鏡筒https://www.vixen.co.jp/product/26131_4/ VSD90SSとは、どんな天体望遠鏡か? 満を辞して登場・ビクセンのフラッグシップ鏡筒 まず、VSD90SSが「お高い」という事実はスルーするわけにはいきません。希望小売価格68万2,000円は、VSD90SSの先代モデルである「VSD100F3.8」とまったく同じ。2013年にVSD100F3.8が発売されたときも「高い」との声が多くありました。口径が10mm小さくなって同じ値段。安くはありませんよね。 しかし、天リフ編集長がこの鏡筒を使い込んで感じたことは、「(新卒)給料の三ヵ月分出しても欲しい!」です。その理由は本記事をお読みいただければわかりますが、ひとつはっきりさせておきたいことは、世の中には「高くても欲しくなるものが存在する」ということです。 「フラッグシップ鏡筒」にふさわしいスペック VSD90SSは「5枚玉」のアポクロマート屈折望遠鏡です。最近では4枚以上のレンズで構成された天体望遠鏡は珍しくなくなってきましたが、VSD90SSの特徴は、前の2枚から大きく距離を離した3枚目の大径SDレンズにあります。このレンズを含めた5枚玉の設計により、「(補正レンズを使用しなくても)フラットフィールド」と「豊富な周辺光量(フルサイズ最周辺でも95%)」、そして「眼視ストレール比96.7%」を達成しています。 VSD90SSのスポット図。補正レンズを使用しない「直焦点」では、周辺まで「ほとんど点」の驚異的な結像レベルを実現しています。これらの光学的スペックはまさに「フラッグシップ」にふさわしいものといえるでしょう。 扱いやすい「フラッグシップ」 VSD90SSは最高クラスの性能を発揮する「フラッグシップ鏡筒」ですが「扱いやすい」ことも魅力。その1つは「ほとんど周辺減光がない」こと。フルサイズでも最周辺の光量は95%。フラット補正なしでもよほど強調しないかぎりは(*)普通に画像処理できてしまうレベルです。 (*)「普通ではない極端な強調」をするのが天体写真なので、もちろんフラット補正はするに越したことはありません。きちんとフラット補正すれば、かぶり補正は格段に楽になります。 さらに明るい反射式アストログラフと違って、光軸調整やスケアリングに苦しむことも(*)、ほぼありません。買ってきたそのままの状態で最高レベルの性能を発揮できるのです。 (*)F値を「F5.5」と欲張っていないことも扱いやすさの1つです。F値が小さいほど、光軸・スケアリングやピント移動に対してシビアになります。 上の画像はメーカー商品ページに掲載されている焦点内外像ですが、「エアリーディスクに収まるピント範囲が広い設計を採用」「ピント合わせ精度やスケアリングのズレが多少残っていても写野周辺における星像の色味変化や崩れが起こりにい」ことが謳われています。 実際に使用した感覚でも、ピントはシビアではあるものの山は掴みやすく、少々ピントを外したとしても周辺の星像が崩れることもありませんでした(*)。ユーザーのスキルにあまり左右されず、満足できる撮影結果が安定して得られるといってよいと思います。 (*)こちらの検証の詳細は「ロングレビュー動画その1 VSD90SSのピント合わせ」として公開予定です。 VSD90SSの高性能は、ほんとに気持ちイイ。プレビュー画像の星は針で突いたように小さく、最周辺でもほぼ変形もボケもありません。極めて少ない周辺減光で画像処理も楽。機材の力で腕をカバーできるのがフラッグシップ鏡筒VSD90SSの真骨頂。撮っていて楽しくなるアストログラフです。 「PENTAXの名機」から「ビクセンの名機」へ CP+2023でVSD90SSの開発責任者であるビクセン・加島氏に行ったインタビュー動画です。 VSD90SSでは、先代の「VSD100F3.8(*)」からいくつかのコンセプトが変更されています。前述の「3枚目の大径のSDレンズ」のように光学設計は新規に再設計されていますし、「VSD100F3.8」の大きな特徴とされていたヘリコイド式の合焦機構は、電動フォーカサーとの親和性の高いラック&ピニオン式に変更されています。 何より「VSD100F3.8」が天体写真用途に特化した「アストログラフ」であったのに対して、VSD90SSでは眼視性能も最高レベル(*)のものになりました。 (*)写真用途に使用する天体望遠鏡(アストログラフ)では、中心像の尖鋭さよりも中心〜周辺までの広い範囲で星像が均質であることが要求されるとされてきました。しかし、高精細・高感度のイメージセンサーの登場によって、これまで以上に「尖鋭さ(収差の少なさ)」がより要求されるようになってきています。これからのアストログラフでは「中心も周辺も」高度な収差補正が要求されるといってよいでしょう。この要件を満たせば、自動的に眼視性能も高いレベルのものとなるのです。 一般には「VSD100F3.8でペンタックスの名機(PENTAX 100SDUF(II))が継承された」との印象を持たれているようですが、VSD90SSはまぎれもない「ビクセンオリジナル設計の名機」であるといえるでしょう。 各部外観 光学系 対物レンズを鏡筒の前から見たところ。口径は90mm、一見してユーザーが触れることのできる調整機構はありません(*)。VSD90SSのようなレンズ間隔を離した多枚玉の屈折光学系は高いレベルの精度が要求されるため、基本的には「メーカーズ・アジャスト」。組み上げられた状態のまま使う想定です。これは、ユーザーによる光軸調整が必要になることのある反射系光学系との大きな違いでもあります。 (*)見えない場所に調整部があるのかもしれませんが、少なくともユーザーが触れることは想定していないものと思われます。 接眼部側から見たところ。最後群もこのように大径のレンズが採用され、口径食による周辺減光や星割れが徹底して軽減されるように設計されています。内部のつや消し塗装も非常に上質です。 内面反射の状態を見るために、鏡筒を空に向けて接眼部から筒内を撮影してみました。このチェックは天体望遠鏡の内面反射を見る上での基本ですが、左の環境光に露出を合わせた状態ではほぼ暗黒で目立った反射もなく、素晴らしい内面反射処理です。 筒内に露出を合わせた非常に意地悪なチェックもしてみました。これは露出条件によって良くも悪くも見えてしまうので評価には注意が必要ですが、筆者所有の他の鏡筒と比較してもこれはベストに近い素晴らしいものでした(*)。 (*)天体写真の画像処理は、この10年ほどで従来とは比較とならないほど極端な強調処理が行われるようになりました。このため、内面反射防止処理の要求レベルも大きく上がってきていると感じています。 もうひとつ特筆すべきは口径食の少なさ(≒周辺減光の少なさ)。イメージサークルいっぱいの位置でも入射瞳(対物レンズの白い円)はほぼケラれていません(*)。5枚のレンズエレメント全てが十分な径を確保しているからこそ達成できているといえます。 (*)口径食は「星割れ」の原因にもなります。口径食がほぼ皆無のVSD90SSでは、周辺まで割れのない美しい星像を結びます。 接眼部 VSD90SSの接眼部は広いイメージサークル(レデューサーなしでΦ60)を生かすため大型(Φ87.5mm)になっています。この接眼部は同社のSDシリーズ鏡筒のものと比較して、さらに高級感・剛性感のあるものです。 重量級の機材をしっかり固定するため、接眼部にはピント位置を固定するドロチューブクランプが搭載されています。SD鏡筒シリーズのクランプのように「ドロチューブを押す」形で固定する場合、どうしてもクランプの締め方によってわずかに画角が変動してしまうのですが、VSD90SSのクランプは「ラックギアを挟んで固定する」方式になっているため、画角の変動が最小に抑えられています。 ただし、電動フォーカサー(EAF)を装着する場合は、クランプは緩めたままの状態になり、締めることはできません。この場合はEAFのギアがドロチューブを保持することになります。 なお、ZWO社製のEAFを使用する場合、特に追加のパーツは必要ありません。EAFに付属する金具とユニバーサルジョイントがそのまま使用できます。 ドロチューブの繰り出し量は実測で約33.2mmでした。決して大きくはありませんが、主に写真用途として使用する鏡筒としてはまあこんなところでしょう。ちなみに、ZWO社の電動フォーカサーEAFを使用した場合、EAFのピントステップ数は約7380、1ステップ当たりの移動量は約4.5μとなります(*)。 (*) 繰り込んだ状態をゼロ点に設定(Reverse)した場合、合焦位置は5500〜5700付近となりました。この値は気温や接続システム(実測値はEOS用直焦ワイドアダプター60DXを使用しました)によっても変わりますので参考程度に。 別売のデュアルスピードフォーカサーも装着可能。ただし、取付金具の関係でEAFを装着する場合はデュアルスピードフォーカサーは装着できません(*)。 (*)仮に装着できたとしてもEAF側にクラッチ機構がないと手動フォーカスはできないのですが。 ピント合わせにデュアルスピードフォーカサーを使用するのか、EAFでオートフォーカスを使用するかは一長一短です。放置撮影で長時間露光するなら、撮影シーケンスに自動でオートフォーカスを組み込めるEAFの一択ですが、温度変化によるピント移動が影響にならない範囲なら、デュアルスピードフォーカサー+バーティノフマスクの組み合わせが、サクサクピント合わせができて(*)効率的です。 (*)EAFによるオートフォーカスは筆者の環境では4分程度の所要時間で、それなりの待ち時間となります。 接眼部には2カ所のアクセサリ取付部があり、ファインダーアリミゾや小型のアルカクランプを装着することが可能。標準構成ではこのうちの一カ所にビクセン規格のファインダーアリミゾが装着されていますが、もうひとつの取付部にはガイド鏡やASIAIRなどの追加パーツを装着できます。 ひとつ重要な注意があります。このネジ穴は貫通していて、すぐ奥はドロチューブになっているため、長いネジを無理矢理ねじ込んでしまうとドロチューブを傷めてしまいます。表面からドロチューブまでの深さは実測で7.5mmでしたが、くれぐれもご注意ください。 接続リング・カメラアダプタ ドロチューブの末端は、Φ60のイメージサークルを確保するために大径のM84(メスネジ)になっていて、システム構成によっては付属の「M84延長筒」を装着します(*)。延長筒が必要になるのは、直焦点による撮影・レデューサーV0.79xによる撮影・直視の眼視用途の場合です。レデューサーV0.71xによる撮影の場合と天頂ミラー等を使用する90°視の眼視用途の場合は延長筒は使用しません。 (*)より末端側に延長リングを入れる方が取扱はしやすいのですが、できるだけ「太い側(対物レンズ側)」で延長する方がケラレを最小限にできます。 写真撮影用途の場合は、延長筒にさらに「スケアリング調整リング」を装着します。「スケアリング調整リング」の接眼側には60.2mmの「60.2-M60リング」を差し込みます。M60から先のカメラアダプタ等の接続はビクセンの他のM60仕様の鏡筒と同じです。広いイメージサークルを生かすためにはより大径でケラレの少ない「直焦ワイドアダプター60DX」が推奨です。 「スケアリング調整リング」と「60.2-M60リング」は2つの止めねじで固定されますが、この部分を緩めることでカメラ側を回転させることができます。ただ、逆に「直焦ワイドアダプタ60DX」を使用している場合は回転部が二カ所にあることになり、やや戸惑う部分もあります。 なお、そのほかの接続仕様については、製品ページにシステムチャートが掲載されていますので、そちらをご参照ください。 鏡筒バンド VSD90SSに鏡筒バンドは付属しません。外径115mmに対応した鏡筒バンドを使用します。ビクセン社からは「VSD鏡筒バンド115S」が用意されています。 上部・下部ともに強固なブロック構造になっていて、やや重いものの剛性は十分。トップ部にはM8、M6、1/4インチ、M4のネジ穴があり、ガイド鏡やASIAIRなどのアクセサリを装着することができます。鏡筒バンドの架台側には架台とM8/35mm間隔で直結できる取付穴と、M6、M8、1/4インチのネジ穴があり汎用性十分。 鏡筒バンドは一個のツマミで固定する形です。このツマミは緩めた際にクルッと下側に回転してしまわないように、上の画像の位置で止まるようになっています。これは勢いよく回転したツマミが鏡筒にぶつかってキズをつけないための配慮でしょうか。渋い。 ひとつ気になったのは、鏡筒バンドの内径がほんの少し大きめであること。いっぱいに締め込むとほとんど残りしろがなく、内側のフェルトが経年変化でペチャンコになったときにどうなるかが気になりました。 移動用途の場合は架台と鏡筒バンドを直結するのではなく、アリガタ・アリミゾ接続で使用することが多いでしょう。上の画像右は鏡筒バンドに純正の「デュアルスライドバー」を装着したところ。ビクセン規格のアリミゾだけでなく、アルカ互換のクランプにも装着することができます(*)。 (*)アルカクランプを使用する場合は、当然ですがあまり小型のものは避けるのが無難です。 レデューサーV0.79x 現時点(2024年6月)時点で使用できるレデューサーは、先代の「VSD100F3.8」用に開発された「レデューサーV0.79x」です。 Vixen 天体望遠鏡 レデューサーV0.79xhttps://www.vixen.co.jp/product/26637_1/ 「レデューサーV0.79x」は3群3枚構成。スケアリング調整機構を内蔵し、レンズ各面は透過率99.9%の「ASコート」。イメージサークルはフルサイズ仕様(Φ44mm)、フルサイズ最周辺の光量は83%。 スポット図を見るとじゅうぶんな高性能なのですが、VSD90SSのF5.5直焦点の高レベルの写りと比較すると、最周辺でほんのわずか星像の変形が見られます。VSD90SSの数少ない「妥協点(*)」といえるでしょう。 (*)元の鏡筒がフラットフィールド対応の場合、レデューサーはある程度汎用的に適合するものですが、やはり元の鏡筒の収差を考慮し専用に設計する方がより高性能となります。 レデューサーV0.79xはM84延長筒にねじ込んで使用します。カメラ側はM60になっていて、直焦ワイドアダプタDXなどを直接ねじ込みます。 ちなみに、VSD90SSのレデューサーはシステムチャート通りに構成すれば、レデューサーなしの場合と「ほぼ同焦点(同じ接眼部繰り出し位置でピントが合う)」です。地味ながら、これはとても使いやすい仕様(*)と感じました。 (*)天体用CMOSカメラでは、大きくアウトフォーカスした状態からピント位置を割り出すのにけっこう苦労します。ほぼ同焦点になっていると換装後の手間が大幅に減るのです。現場で実際にやってみてありがたみを実感しました。 レデューサーV0.79xでの作例。おおぐま座の火山星雲とM81/82。「うすうす分子雲」カテゴリの中ではまだ明るく撮りやすい部類ですが、3時間露光でここまで描出することができました。VSD90SSは先代の「VSD100F3.8」よりは「暗い」F値ですが、「暗い」ことによるハンディキャップは「総露光時間をより長くする必要がある」ことだけです。 スポット図では「レデューサーV0.71x」と比較して周辺像は劣りますが、実写した感覚では「これでも充分」な感じです。特にフルサイズセンサーの画角をトリミングせずにWeb品質(長辺2000〜4000px程度)で見る限りは、違いを区別できない場合の方が多いでしょう。 レデューサーV0.71x(試作品) 最周辺の像質をより改善し、焦点距離をより短く(351mmF3.9)することができる、VSD90/VSD70専用設計の「レデューサーV0.71x」の試作品が、CP+2024で参考出品されています。 小さくて見にくいのですが、レデューサーV0.79xとV0.71xのスポット図の比較。最周辺での流れが改善されていることがわかります。縮小率が大きくなって星像も良くなっているのには、かなり期待ができますね。 レデューサーV0.71xを使用する際はM84延長筒は使用しません。カメラ側の接続システムはレデューサーV0.79xと同じです。ちなみに、レデューサーV0.71xを使用する場合もピント位置はほぼ同焦点です。これも地味ながらグッドジョブといえるのではないでしょうか。 今回こちらも試作品をお借りし試写することができました。デジタル時代では「明るさ」はフィルム時代ほど重要ではなくなってきているため、レデューサーの役割は明るさ以外に、より広い画角(面積で約2倍)が得られるメリットも重視すべきでしょう(*)。 (*)例えば同じ画角を撮影する場合、レデューサーなしの2枚モザイク撮影と比較して、半分の時間で同じ光子数を得ることができます。 上が試写画像ですが、フルサイズ最周辺でもたいへん良好な星像となっています(開発中の試作品のため、製品版では異なる場合があります)。 価格は構造を見る限りV0.79xより安くなることはないでしょう。どのくらいになるのか気になるところではありますが、本レデューサーが発売されれば、VSD90SSは中焦点距離(350mm)でも最強クラスのアストログラフとなることでしょう。 直焦ワイドアダプターDX for 48mm(試作品) 昨今では、ディープスカイ撮影では天体用CMOSカメラの使用が広まっています。ビクセン社でもこの動きに対応し、CP+2024で「直焦ワイドアダプター60DX for 48mm」が参考出品されています。この製品は、一眼カメラ用の「直焦ワイドアダプターDX」と同じ回転機構を備え、鏡筒側とM60で接続し、カメラ側はM48で接続するためのものです。 カメラ側の想定光路長は55mm。M48から先は適宜カメラ側のアダプタリングシステムを使用する仕様です。 しかし、APS-Cより小さなCMOSカメラでは何の問題もないのですが、フルサイズセンサーを使用したカメラの場合「M48」という接続は「わずかに細い」という問題があります(*)。 (*)従来の天体望遠鏡ではフルサイズ最周辺の光量が「95%」もある製品がほとんどなかったため、M48接続でも「実質的には問題なかった」のですが、VSD90SSのようなケラレのほとんどない光学系ではM48は「わずかに細い」のです。 今回お借りしたのはこのM48バージョンですが、ASI6200MC Proではわずかに最周辺の光量が低下してしまう結果となりました(*)。 (*)カメラ側はM54なのに、M54-M48のリングで光路長を出すというZWO社の製品仕様に問題があるともいえます。この検証の詳細は『ロングレビュー動画その4「カメラ接続とケラレ」』で解説する予定です。 ビクセン社でもこのフルサイズカメラでのケラレの問題は認識されているそうで、現在M54対応版の準備も進めているそうです。続報があれば追記したいと思います。 このため、今回の一連の撮影ではK-ASTEC社の「フィルタードロワー付きカメラマウント接続アダプター(FDCM-6200AD)」を使用しています。この製品はカメラ側のM54の接続プレートをまるごと換装するもので、CMOSカメラをEFマウント化でき、M48のフィルタードロワーでフィルターも簡単に脱着することができます。 フィルターの装着 ナローバンドフィルターの普及で、フィルターワークはカラーカメラでも非常に重要な撮影技術となりました。このため、天体望遠鏡システムでは「フィルターが使いやすいか」も重要な要件です。 VSD90SSでフィルターを使用する場合、直焦点・レデデューサー使用いずれの場合も、シンプルな考え方でフィルターを使用することができます。以下、3通りの使用方法をご紹介します。 直焦ワイドアダプター60DXに装着する 最もわかりやすいのが「直焦ワイドアダプター60DX」に装着する方法でしょう。どの補正レンズ/カメラであってもこのアダプタを使用することになりますので、汎用性の高い方法です。 従来は直焦ワイドアダプター60DXには「M52」のフィルターしか装着できないのがネックでしたが、最近発売された「M56フィルター変換アダプター48/52」を使用することで、M48フィルターも装着することができます。 「60.2-M60リング」に装着する もうひとつは、「60.2-M60リング」の望遠鏡側に切られたM58のメスネジを利用しフィルターを装着することです。M58のフィルターは天体用途では一般的ではないため、M48ないしはM52のフィルターを市販のステップダウンリングを使用して装着します。 ただし、M48フィルターを使用する場合、フルサイズセンサーでは四隅が若干(*)ケラれます。この方法はAPS-Cより小さなセンサーサイズのカメラで使用する方がよいでしょう。 (*)フルサイズ天体用CMOSカメラをM48リング経由で接続した場合よりもケラレ量は若干大きい結果となりました。 カメラ側のフィルタードロワーに装着する 3つ目の方法は、カメラ側に装着することです。ケラレをより小さく・センサーとの往復反射によるゴースト像をより小さくする(*)にはフィルターをセンサーに近づけるほど良いため、その意味では理にかなった方法です。 (*)逆にゴースト像を大きくぼかす方が目立たないため遠くするのが良い、という考え方もあります。 何よりも、フィルタードロワーはフィルターの換装が楽であることが最大のメリット。リングシステムの中に装着する場合、交換のたびにパーツをばらさなくてはならず、特に現場ではあまりやりたくない作業です。 筆者は前述の通りK-ASTEC社の「フィルタードロワー付きカメラマウント接続アダプター(FDCM-6200AD)」を使用しましたが、CMOSカメラ用のフィルタードロワーは各社から発売されているようです。ただし、「M42」接続の製品はフルサイズカメラではケラレが大きくなることに注意が必要です。 専用ケース VSD90SSには別売のキャリングケースが用意されています。最大の特長は「取り出してすぐに使える」ように、特に接眼側のスペースに余裕があること。 さすがにカメラを装着したまま収納するのは無理でしたが、鏡筒バンドとアリガタ、電動フォーカサー(EAF)、延長筒とカメラアダプタを装着した状態でそのまま収納することができます(*)。 (*)ただし、鏡筒バンドのトップ側にパーツを装着した状態では、フタ側のスポンジと干渉するため収納できません。スポンジをナイフで削るなり対処が必要です。 Vixen 天体望遠鏡 VSD90SS鏡筒ケースhttps://www.vixen.co.jp/product/26133_8/ もうひとつの特徴が非常に軽量であること。軽量で耐久性に優れる「プラパール®素材」が使用されています。「プラパール®」は気泡緩衝材「プチプチ®」を平たいシートで挟んだ、軽くて強いプラスチックボードです。この素材を使用することで軽量(2.4kg)で耐久性に優れたものとなっています。 川上産業・プラパール(三層品)https://www.putiputi.co.jp/products/876 (*)「プラパール®」「プチプチ®」は川上産業の登録商標です。 お値段は希望小売価格59,400円。こちらもかなりのものですが、外見もスマートで、それだけの価値のある(*)素晴らしい出来映えです。 (*)個人の感想です。筆者がふだん10cm級アストログラフに使用しているケースはLoweproのリュック型のものですが希望小売価格は46,250円。もしプラパール製のケースがあればそっちを選んだことでしょう。 眼視性能の評価 「眼視ストレール比96.7%」を謳うVSD90SSですから、眼視性能もチェックしないとバチが当たります。筆者所有の4枚玉フォトビジュアル望遠鏡(スーパーEDレンズを2枚使用)と比較してみました。 天リフ本社のベランダから1kmほど先にある照明灯を高倍率で見てみました。視野の明るさとクリアさの評価は筆者の眼では無理なので(*)、解像感と色付き(色収差)だけの評価ですが、正直いってどちらも区別できないくらいの素晴らしい見え味でした。夜明け前の土星でも比較してみましたが、こちらも甲乙付けがたい見え味(*)でした。 (*)強度の近視・乱視、飛蚊、白内障と、筆者の眼でできる眼視性能の評価には限界があります。 今回、眼視性能の比較はじゅうぶんにはできませんでしたが、おそらく眼視マニアも満足する高性能ではないかと思います。ぜひ星まつりなどで実機で体験してみることをオススメします。 前述のとおり、直視でない90°視の眼視システム構成では「M84延長筒」は使用せず、ドロチューブに直接「スケアリング調整ユニット」を装着し、「60.2-M60リング」の代わりに「VSD60.2-50.8アダプター」を装着します(*)。 (*)これらのリングはいずれも高精度に加工され仕上げも美しいのですが、光路長の関係でこの「60.2スリーブ」の抜き差しだけでは撮影と眼視が切り替えられないのが、やや悲しいところ。 1つ気になったのは、「VSD60.2-50.8アダプター」の50.8側の内径が若干大きめなこと。リングの幅が狭めであることも加わって、接眼レンズを差し込んだ状態では少しカクツキが目立ちます。世の中の50.8スリーブには若干太めなものも存在するため、少し余裕を持たせたのかもしれませんが。。もちろん止めねじをしっかり締めればちゃんと固定できます。 撮影リザルトの分析 本記事で掲載した作例画像はいずれもVSD90SSで撮影したものですが、当然ですがさまざまな画像処理を施しています。しかも画像サイズの関係で長辺2000ピクセル程度に縮小しているため、VSD90SSの本当の性能はほとんど見えなくなってしまっています(*)。 (*)フルサイズで撮った画像を長辺2000ピクセル程度で鑑賞するならVSD90SSのような高性能は不要である、というのはある意味真実です。 本節では、VSD90SSの撮影素材画像を「重箱の隅をつつくように」チェックしていきましょう。 星像チェック(F5.5直焦点) まずは「素(焦点距離495mmF5.5)」の状態での星像です。中央から四隅の拡大切り出しですが、まずお約束としてこの画像は「異常なほど拡大している」ことをご承知ください(*1)。一辺は200μ、元画像では53ピクセル四方です。ここまで拡大しても星が四隅まで星として見える口径90mmの望遠鏡が、過去あったでしょうか?(*2) (*1)世の中には様々な「等倍四隅切り出し画像」が発表されていますが、スケールがまちまちで明記されていないことも多く、ぱっと見で判断するのは危険だと感じています。画像の強調度合によっても感覚的な星像径は大きく変わります。本記事では全てスポット図と同様「一辺200μ」としZWO社のブラウズソフトASIFitsViewによるオートストレッチ表示を使用しています。 (*2)手持ちの鏡筒の過去画像を同じように調べてみたのですが、カメラの画素が粗すぎることもあり、同じカメラで同じ日に撮影して比較しないとフェアでないと判断し見送りました。 中央の9パネルはキレイな点像を保っています。最周辺になるとさすがに星像がやや変形し、わずかに左側と右側の星像が対称ではありません。この原因がどこにあるのかの究明はなかなか難しいでしょう(*)。 (*)収差の他にも、5枚のレンズの組立精度、接眼部のスケアリング、リングの締め付け不良、重力による接眼部のたわみ、カメラのセンサーのスケアリングなど、原因の候補は幾つもあります。複合しているかもしれません。 ASIFitsViewにおける平均星像径は2.4ピクセル(9μ)。F5.5の光学系のエアリーディスク径(回折によってぼやけた星の径)は7.3μですから、完璧に近い収差補正であるといえるでしょう(*)。 (*)実際のところ、ここまでくると大気の揺らぎ(シンチレーション、シーイング)によるボケや風、ガイドエラーの影響が星像径を左右する要素になってきます。ちなみにこの日のシーイングはまあまあ良好な状態でした。 どのくらい異常な拡大であるかを元画像の全体イメージで確認しておきます。三裂星雲の部分拡大画像の真ん中やや下の黄色い正方形が、等倍チャートの1コマ(一辺200μ)です。元画像でみると矢印の起点にあるごく小さな黄色の□です。 あらためて強調しておきますが、6000万画素の画像において本当のディテールを全体イメージから視認することはほとんど不可能です。それくらいの「重箱の隅」の比較であることをご了承ください。 念のため普通っぽい拡大率の切り出し画像もごらんください。各タイルの一辺の長さは前掲の5倍、1000μ(1mm)です。この拡大率なら(それでも決して小さくはないですが)、躊躇なく「四隅までほぼパーフェクト」と言ってよいのではないかと思います。 星像チェック(F3.9 レデューサーV0.71x) こちらは試作品のレデューサーV0.71xで。前項の作例と同じ日に撮影したもので、 の元画像です。ASIFitsViewによる星像径は2.26ピクセル(8.5μ、ちなみにF4.3の光学系のエアリーディスク径は5.2μです)。 中央9パネルの星像はほぼ完璧です。こちらも周辺は若干変形・左右非対称が見られますが、直焦点F5.5よりも良好です。ここまで周辺像が良好なレデューサーも、過去あったでしょうか? ただし使用した実機は試作品です。製品版でどうなるかは保証できませんので、その点はご了承ください。 参考までにレベル補正の異なる同じ画像もご確認ください。強調レベルを下げると感覚的な星像径はずっと小さくなります。彩度強調も同様で、彩度を強調するほど色ハロ・倍率色収差・コマやアス(非点収差)の色によるずれが目立ってきます。 星像チェック(F4.3 レデューサーV0.79x) 先代「VSD100F3.8」用に開発されたレデューサーV0.79xの星像。 M81/82銀河と火山星雲の元画像です。ひとつ注意が必要なのは、こちらのカメラは2400万画素(画素ピッチ5.94μ)のASI2400MCPであること。そのせいかもしれませんが、星像径はやや大きめ(*)。ASIFitsViewによる星像径は4.13ピクセル。なお2xDrizzle処理(デジタルカメラの「ピクセルシフト」のようなもの)をかけているため実サイズは12.3μです。 (*)露光中の温度変化によるピントのずれやシーイングが原因の可能性もあります。 星像径は大きいものの、最周辺まで安定した形状で、これはこれで使いやすいレデューサーかもしれません。 補正レンズの有無にかかわらず、輝星の星像が割れず美しいのもVSD90SSの美点です。後群の径を大径化し徹底して口径食を防いだこと、開口部(前群レンズのセル)が高精度の真円であることによる成果でしょう。 BXT(BlurEXterminator)の効果 ディープスカイ天体写真は、もはや「BXT以前」と「BXT以後」で別物といっていいくらいに変わってきています。上の画像はBXT処理のありなしを比較したもの。BXTによって劇的に星像径が小さく、真円に近づいていることがわかります。ASIFitsViewによる星像径は2.40ピクセル(9.0μ)から→1.73ピクセル(6.5μ)に小さくなっています。高性能で星像径が極めて小さいVSD90SSにおいてもBXTの効果は大であるといえるでしょう。 一方で、何でもかんでもBXTがなきゃダメ!というわけではありません。VSD90SSのフルサイズ画角で仕上げる場合、長辺4000ピクセル程度ではほとんど違いはありません。上の画像は長辺9,576ピクセルの元画像を長辺4000ピクセルに縮小した場合の比較。星がごくわずか小さくなっているくらいの差しか感じられません(*)。 (*)むしろ縮小処理(Photoshopの「バイキュービック・滑らか」を使用)の際の星のリンギングがより目立つようになってしまいました。 結局、BXTの効果は大ですが、BXTを使用しなくてもVSD90SSは素晴らしい星像描写が得られる、といえるでしょう。 カメラの画素数による違い 星像径がエアリーディスク(7.3μ)と変わらないほど小さいVSD90SSでは、性能をフルに発揮するにはカメラ選びも重要になります。上の画像はピクセルピッチの異なる4つのカメラによる同一夜・同一露光条件での比較ですが、ピクセルピッチが小さいほど解像していることがわかります。 筆者が使った感想としては、ピクセルピッチ2μのASI678MCが最も解像しているものの、S/Nを含めた評価ではピクセルピッチ3.76μのASI6200MCPがベストマッチではないかと感じました。ピッチが小さすぎると、ノイズ的に不利になってくるような印象を受けましたが、コマ当たりの露光時間や総露光時間によっては評価が変わってくるかもしれません。 では、ピクセルピッチの粗い(6μ〜9μ)カメラではダメなのかというと、そうでもありません。現にピクセルピッチ5.9μのASI2400MCPでも、画像処理を工夫(*)することにより、限界解像度は及ばないもののトータルバランス的によい結果が得られています。このあたりの詳細は『ロングレビュー動画その2「VSD90SSの性能をフルに引き出す」』で解説予定です。 (*)Drizzle処理とBXTの組み合わせが効果的です。 トリミングのススメ フルサイズやAPS-Cといった大きなセンサーで撮影した場合、画角いっぱいで作品を仕上げると、VSD90SSの真の高性能は、肉眼では判別不可能なほどになってしまいます。 そこで、オススメしたいのが思い切ったトリミングによる「切り出し作画」。上の画像の例はを切り出したものですが、これでもじゅうぶんに作品レベルになっていると思いませんか? 逆に、4/3、1型、1/2インチといった小さなセンサーであっても、ピクセルピッチがじゅうぶん細かければ(*)、それぞれのセンサーなりの画角で作品を仕上げることが可能。大きなセンサーでも小さなセンサーでも楽しめるのがVSD90SSの隠れたセールスポイントではないでしょうか。 (*)ピクセルピッチ3.76μ(ASI6200MCに相当)あたりがスイートスポットではないかと感じました。 フラットの有無による違い 「ほとんどフラット処理が不要」ってホントなの?そこで、実際にフラット処理を行わずに画像処理をしてみました。グラデーションマスクなどのかぶり補正も「なし」の縛りです。 明るくあまり強調が必要ないM8とはいえ、「VSD90SSはフルサイズでもほとんどフラット処理が不要」は事実(*)のようです。 (*)レデューサー使用時は周辺減光がやや大きくなります。 極端に強調してみると、さすがに光害かぶりがあるため背景は均一になりませんでしたが、光学系由来の光量ムラはほとんどないに等しいといってよいでしょう。逆に街灯りやセンサー自身の感度ムラ、接続リング、フィルターなどの「光学系由来でない光量ムラ」を補正するためには、フラット処理はやはり必要になります。 元画像を見てみたい・処理してみたい方に VSD90SSの真の性能を見ていただくために、今回撮影した作例画像のスタック後/SPCC処理後のリニア画像(BXT処理前)の一部をダウンロード可能にしています。サイズはとてもデカいので、通信環境にご注意ください。撮影データは記事中の作例画像をご参照ください。 IC2177 (597MB) 2xDrizzle処理ありhttps://reflexions.jp/test/vixen/01_IC2177_3min22_spcc.tif 火山星雲とM81/82 (601MB) 2xDrizzle処理ありhttps://reflexions.jp/test/vixen/03_M81_3min94spcc.tif M8(レデューサーV0.71x試作品)(368MB)https://reflexions.jp/test/vixen/04_M8_RD_58_spcc.tif M8(367MB)→記事中の撮影地が「長崎県白木峰」とあったのは誤りです。山口県秋吉台に訂正しました(2024/7/6)https://reflexions.jp/test/vixen/09_M8_58_spcc.tif 本画像は読者の皆様で自由に処理・加工いただいて問題ありません。ネットに公開するのもOKですが(むしろガンガンやっていただけると嬉しいです)、本記事へのリンクを併せて貼ってください。 掲載した作例画像の縮小前バージョン(長辺6000px〜)jpegデータも置いています。こちらはBXT処理を行っています。 オリジナルjpeg画像(90MB)https://reflexions.jp/test/vixen/jpg_large_bxt.zip VSD90SSの限界性能を引き出す VSD90SSは、非常に高性能であるがゆえに、ピントの最適位置からのズレ、カメラのセンサーのピクセルピッチ、大気の揺らぎ(シーイング)の良し悪し、ガイド精度、風によるブレなど、さまざまな性能阻害要因に注意する必要があります。画像処理においても、性能をフルに発揮するためには、これまであまり想定されていなかったことにも気を配る必要が出てきます。 これらの詳細については、本記事とは別に「ロングレビュー動画」で、さまざまな検証を実施しご報告予定です。ご期待ください! ロングレビュー動画その1「ピント合わせ」 VSD90SSのピント合わせはどのくらいシビアなのでしょうか?バーティノフマスクやEAFでどのくらいの精度・確度でベストフォーカスを追い込めるのかや、ピント位置による写りの違いについて検証します。また、最近流行の「デコンボリューション(逆畳み込み法)」によってピントのズレがどの程度救済できるのかもあわせて検証します。 結論からいって、VSD90SSのピント合わせは「恐れる必要はない」です。きちんとやればちゃんと追い込めます。また、ピントのズレにも寛容で、少し星像が大きくなるものの、周辺星像が流れたり変形することもほとんどありません。詳細は動画をお楽しみに! ロングレビュー動画その2「性能をフルに引き出すには」 口径90mm/焦点距離495mmのVSD90SSですが、その解像性能は大口径・長焦点の天体望遠鏡に匹敵するポテンシャルを秘めています。本動画ではM51子持ち銀河とM8干潟星雲の実写作例をもとに、VSD90SSの性能をフルに発揮するための課題と解決のためのヒントをご紹介します。 ロングレビュー動画その3「レデューサー対決」 VSD90SSには別売で高性能な「レデューサー」が用意されていて、焦点距離を短く・画角を広く・F値をより明るくして撮影することができます。「VSD100F3.8」からの現行品である「レデューサーV0.79x」と、現在開発中のVSD90SS/70SS専用の「レデューサーV0.71x」の実写画像を細かく検証しつつ、レデューサー活用の「勘所」を解説します。 ロングレビュー動画その4「カメラ接続とケラレ」 フルサイズ最周辺でなんと95%、周辺光量が豊富なこともVSD90SSの大きな強み。ただし、カメラとの接続方法によっては意図せぬ「ケラレ」が発生することがあります。 VSD90SSとカメラの何通りかの接続仕様を解説し周辺光量を比較します。同時にフィルター装着時のケラレの有無についても検証します。 どんな人に向いているか 天体写真を極める 眼視性能も極めて高いVSD90SSですが、やはり一番その能力を発揮できるのはディープスカイの天体写真でしょう。焦点距離はレデューサーなしで495mm(F5.5)、レデューサーV0.79xで391mm(F4.3)、開発中のレデューサーV0.71xなら251mm(F3.9)。やや広めの広がった天体に最適。フルサイズでイメージサークルを目一杯に使ってもよし、バランスのよいAPS-Cで撮影をするもよし、4/3や1型など小型のセンサーでも解像度に不満のない撮影ができます。 口径は90mmと決して大きくなく、F値も3.9〜5.5と格段に明るいわけではありませんが、極小サイズの星像径は、星の多い天の川近辺でより威力を発揮することでしょう。反射系のアストログラフと違って光軸やフラット補正の苦労から(ほぼ)解放されるのも魅力的です。VSD90SSは、最高の性能を少ない苦労で手にすることができるアストログラフといえるでしょう。 フラッグシップをダウンサイジング VSD90SSは本体重量4.3kg。同3.6kgのビクセン社のSD103SIIより少し重いくらい。外形はより短く「小型鏡筒」といってもよいほどです。小型の鏡筒なら架台も小さくすることができます。ビクセンのSXシリーズ赤道儀でも無理なく運用することができます(*)。 (*)ただし限界レベルの性能を安定して発揮するには、もう1ランク上の架台を使うというのも一つの考え方です。 年齢を重ねて「重いフラッグシップ級機材」を運用するのがしんどくなった方にとっては、VSD90SSの取り回しの良さはおおいに魅力的です。 リモート天文台での運用 最近リモート天文台に機材を設置し、天体写真を楽しむ方が増えてきました。リモート天文台では機材の運搬・設置が不要で、思い切った長時間露光にチャレンジすることができます。 「折角のリモートなのだから、できるだけ大口径の機材を設置したい」と思うのは自然ですが、あえてリモートで「小型・短焦点」を運用する「逆張り戦略」もあるのではないでしょうか。VSD90SSで広い範囲を「超・長時間露光」で撮影すれば、まだ誰も見たことのないようなリザルトを手にすることができるかもしれません。 高価だけど、、いいモノはイイ! VSD90SSの希望小売価格は682,000円。口径90mmでは史上最高かもしれません。多くの方には「ちょっと手が出ないなー」と感じられるでしょうが、しかし「いいモノはイイ」というのもまた真実。 車・バイク・オーディオ・楽器・パソコンなど、趣味系のさまざまな工業製品がある中で「最高レベルのフラッグシップ」が70万円というのは、実は安い方だといえるかもしれません。そんなVSD90SSで「ベランダで月をチョイ見」なんていうのも最高の贅沢かもしれませんね。 趣味にどれだけお金をつぎ込むかは、まさに「貴方がお決めになること」。天リフ編集長は「価格に見合うかどうか」の評価や基準を示すことはできませんが、「隙のない最高レベルの望遠鏡」であることは断言できます。 VSD90SSに望むこと フードは使いやすいものの、やはりスライド式が理想 VSD90SSのフードは上の画像のようにひっくり返して逆に装着することでコンパクトに収納することができます。これはこれで使いやすい構造ではあるのですが(*)、やはり「スライド式」と比較すると手間がかかります。 (*)ネジが3条になっていて90°ほど回転するだけで脱着ができます。脱着式フードという前提の中ではたいへん素晴らしいものです。 また、フードを伸ばした状態でキャップを装着することがかなり難しいのもネック(*)。こちらはキャップにツマミを付けるなりして、フードを延ばした状態でもキャップを脱着できるようになるとよいと感じました。 (*)やってできないことはないかもしれませんが、対物レンズにキャップをこすってしまう可能性があり、かなりやりたくない感じです。 接眼部のグリスがやや固い VSD90SS(試作品)を気温の低い冬期に使用したのですが、グリスの固さが若干気になりました。一方でVSD90SS(製品版)では改善されているようにも感じましたが、こちらは春期・夏季で使用しているため、実際のところは不明です。 (*)一般に天文機材における可動部のグリスは「スムーズで気持ちよい操作」を実現すると同時に、わずかなバックラッシュをグリスによって安定化させる(グリスで「固める」)効果がありますが、逆に電動フォーカサー(EAF)を使用する場合は硬めのグリスはマイナスになることがあります。 ケースは付属にして少し価格を下げられないか? 筆者はVSD90SSの製品版の梱包は目にしていないので詳細のところはわかりませんが、基本的に「段ボール」と「スチロール緩衝材」によるもので、中長期にわたって本体を収納・運搬するためのものではありません。 一方でVSD90SS専用の別売のケースは、前項のとおり非常に良いモノです。製品価格を少しでも低く設定するために別売としたのだと思いますが、最終価格がその分上がったとしても標準付属にしてもよいのではないでしょうか(*)。もちろん量産効果で「少し安くなる」のが前提ですが・・・ (*)デジタル一眼カメラ用の大型超望遠レンズの多くは、ケース付属(ケースに入れた状態で梱包され発送されてくる)です。付属ケースは梱包材でもあるのです。 Vixen天体望遠鏡 VSD90SS鏡筒ケースhttps://www.vixen.co.jp/product/26133_8/ 「スケアリング調整リング」は必要? VSD90SSの接眼部の接続システムにはスケアリング調整機構(スケアリング調整リング)が備わっています。しかし、正直いってこの調整機構を実際に触ることがあるのか(*1)?自分で調整しきれるのか(*2)?といわれると若干微妙な印象ではあります。 (*1)ビクセン様にこの件について問い合わせたところ、①F値が5.5で焦点深度が深め②光学設計上もピント位置の狂いによる星像悪化を最小にしている、の2つの理由からスケアリングの狂いについては寛容であるため、調整が必要となることはほとんどないだろうとのことでした。この実感値は当方で行ったピントずらし試写チェックの感触とも一致します。 (*2)仮に調整する場合、カメラ側との切り分けをまず行った後、ピントが一番ズレた位置の押し引きネジを調整し、根気よく試写を繰り返して追い込むことになります。これはかなり難度が高い作業になると思われます。よほど自信がないかぎり、手を触れるべきではないでしょう。 仮にスケアリング調整機構が不要であるとすると、M84/M60の接続リング一個で足りることになります。回転機構は「直焦ワイドアダプタ60DX」ないしはCMOSカメラ用の「直焦ワイドアダプター60DX for 48mm(開発中)」で行うことになりますが、「2カ所に回転機構がある」現在の構成よりも、よりシンプル・強固・低コストになるのではないでしょうか。 眼視用途の場合は別にM84/2インチのアダプタリングが必要になりますが、むしろこの方が換装が簡単でわかりやすい気がします(*)。 (*)VSD90SSの大径の60.2mmのスリーブ接続システムは非常に高品位で気合の入ったもので、眼視と撮影システムの切替がこのスリーブ部で簡単に行えるとよいのですが、直視の場合はその運用が可能なものの、90°視の場合は「M84延長筒」を外さなければならず、やや生かし切れていない印象を受けました。一般に、ねじ込み型の補正レンズを使用する場合、写真用システムと眼視用システムを簡単に切り替えることができなくなり「一晩で両方楽しむ」気が削がれてしまいます。せっかく追加の補正レンズが不要なVSD90SSですから、眼視/写真の切替がもっと簡単になると嬉しいですね。 安定した品質が確保されること 天体望遠鏡は工業製品の中でも、最も製造品質が要求されるもののひとつです。ある程度の「個体差」はあるものとして受け入れざるをえないものです。本レビュー記事ではVSD90SSを「ほぼ絶賛級」に評価していますが、これは「2本の個体(試作機と製品版機各一本)」による評価であり、すべての製品がこのレベルを満たしているかどうか(*)は、残念ながら本記事で検証できるものではありません。 (*)製品全ての品質についての統計情報は、少なくとも筆者は見たことがありません。メーカーでも個別個体の検査を行ったとしても、その後の「ユーザーの手に渡った時点」の品質は完全には把握できないでしょう。 結局大事なことは、メーカーの品質管理体制であり、あるユーザーが「たまたま」何らかの理由で出荷基準スレスレの個体を手にしてしまったときのサポート(コミュニケーション)です。この輝かしい製品が高い評価を受け続け、製品の品質に相応のブランドが築かれることを切に願うものです。 昨夜は悪シーイングの見本?のような条件でした。画像は薄明開始直後、10秒露光の連続する3コマ。びっくりするほど星像径が違います。この光学系で好シーイングの場合は60秒露光でもStar Sizeは2.0以下です。 VSD90SS 495mmF5.5 ASI6200MCP ASIFitsViewで表示 pic.twitter.com/ljV3fzdG90 — 黒・天リフ (@black_tenref) June 4, 2024 (*)ひとつだけ、明記しておきたいことがあります。ユーザー様が自分の個体を評価する上では、幾つかの留意点があります。シーイングの良し悪しなど気象条件や温度変化によってVSD90SSのリザルトは大きく変わります。客観的な指標であるはずのソフトウェアによる「星像径」の評価も、ソフトによって算出方法が異なります。 ビクセン社の次世代屈折望遠鏡ラインナップ フラッグシップを頂点としたラインナップの重要性 VSD90SSは素晴らしいフラッグシップ鏡筒ですが「天文趣味を楽しむ幅広い層のニーズに応える」ものではありません。より低価格でコストパフォーマンスの高い製品がラインナップに存在し、その頂点にフラッグシップが鎮座するのが、ユーザー満足としてもビジネスとしても理想でしょう。 ビクセン社もそのことは十分認識済みのようで、2024年のCP+2024では幾つかの意欲的な新製品の参考出品がありました。これまで空白だった「口径70mmクラス」の屈折望遠鏡が3機種含まれていて、現行商品である「FL55SS」と「SD81SII」や「VSD90SS」の間のラインナップの空白を埋めるものになっています。以下簡単にご紹介しましょう(*)。 (*)いずれの製品も「参考出品」であり発売時期・価格・詳細スペックは未定です。 小型のエントリモデル「SDE72SS」 口径72mm、焦点距離432mm(F6)のSDアポクロマート鏡筒です。同社の「SD三兄弟」であるSDシリーズはF8前後と焦点距離が長めでしたが、こちらはF6と短めになっていて、スライド式フードを縮めた収納時の全長は310mm・本体重量2.15kgと非常にコンパクト。 専用のレデューサー(こちらも参考出品)と組み合わせると焦点距離346mmF4.8となり、小型の赤道儀でも運用可能な天体撮影鏡筒になります。スポット図を見ると星像径は中心で40μ弱とやや大きめですが、四隅でもさほど星像が変形しない感じです。APS-Cのデジタルカメラや小型の天体用CMOSカメラを使用した電視観望をはじめ、広く活用できる使いやすいエントリモデルといえるでしょう。 フォトビジュアルモデルの末弟「SDP65SS」 口径65mm 焦点距離360mm (F5.5)、SDレンズ・EDレンズを各一枚使用した4枚玉の小型アストログラフです。VSD90SS同様、三枚目のレンズを大径化しフルサイズ四隅の周辺光量は95%以上。気合の入った小型アストログラフです。 レデューサーを使用しない焦点距離360mmでは、スポット図はフルサイズ四隅まで極小。定評のある同社のFL55SSよりもさらに優秀な収差補正です。HPの実写作例を見ても、VSD90SSにはさすがに及ばないものの、非常に優秀な結像です。専用レデューサー(こちらも参考出品)を使用すれば焦点距離288mmF4.4となります。ただしこの場合はイメージサークルはAPS-Cです。 興味深いのは従来と同じラックピニオンによる「対物固定式」と、接眼部は固定され対物レンズユニットをラックピニオンで動かす「対物移動式」の2モデルが試作されていること。最終製品がどちらになるかは未確定のようですが、接眼部に装着した機材の重量に左右されずより軽量になる「対物移動式」に注目です。 VSD90SSの小型版「VSD70SS」 口径70mm、焦点距離385mm (F5.5)、VSD90SSとほぼ同じレンズ構成が採用され、スポット図・周辺光量ともにVSD90SSと比べてまったく遜色のない「VSD90SSの小型版」です。 接眼部の構造もほぼ同じで、VSD90SS同様に開発中の「レデューサーV0.71x」に対応し、焦点距離271mmF3.9のフルサイズイメージサークル対応のアストログラフになります。 おそらくお値段もVSD90SS同様の価格感になるかと思われますが、重量3.2kgとより軽く、焦点距離385mm/271mmと「より広い」画角が得られるのが大きな特徴。「VSD90SSの廉価版」というよりも、焦点距離の違う「別のフラッグシップ鏡筒」と位置づけることができるでしょう。 まとめ いかがでしたか? 特殊硝材をふんだんに使用した、最新の光学設計による周辺まで収差が極めて少ない中心像と美しい恒星像。VSD90SSは間違いなく最高レベルのアストログラフといえるでしょう。口径90mmは決して大きくはないため「口径の暴力」を振り回すタイプの機材ではありませんが、中型架台にも搭載できる機動性があります。特に「フルサイズで焦点距離350mm〜500mm」の広めのディープスカイ撮影にはすばらしい性能を発揮します。それだけでなく、ピクセルピッチの細かいセンサーを使用すれば、極限的な解像度(*)にもチャレンジができるのです。 (*) VSD90SSの直焦点でのエアリーディスク径は約7.3μ。フルサイズ6200万画素のASI6200MCのピクセルピッチは3.76μです。 しかも、ほとんどフラット補正が不要なほど周辺光量が豊富。若干のアウトフォーカス(ピンボケ)によっても星像はキレイな円像を保ってくれることや、光軸やスケアリングの狂いの心配が少ないなど、反射式アストログラフと比較した「使いやすさ」も特筆です。 ネックは唯一価格だけ。決してお安くはなく、クラス最高レベル。しかし、これほどの高性能を実現した光学製品・工業製品としては、実は破格の値段(*)ともいえるのではないでしょうか。 (*)カメラレンズの最上位クラスの製品と比較すると、一般にフラッグシップクラスの天体望遠鏡は、かなり安い価格設定になっていると感じます。 VSD90SSでなくても美しい天体写真は撮影できます。しかし、VSD90SSは現在手に入れることができる、最高レベルの「ほぼパーフェクト」な天体望遠鏡です。最高の天体望遠鏡にユーザーはいくらまで財布を緩めてくれるのか。「フラッグシップ」にふさわしい製品を世に出したビクセン社のチャレンジを評価するのは(*)、貴方です! (*)「買え」とは申しておりません^^;; それでは、皆様のハッピー天文ライフをお祈り申し上げます! 本記事は(株)ビクセンより協賛および機材貸与を受け、天文リフレクションズ編集部が独自の判断で作成したものです。文責は全て天文リフレクションズ編集部にあります。 記事に関するご質問・お問い合わせなどは天文リフレクションズ編集部宛にお願いいたします。 本記事で使用した作例画像の一部は「試作機」を使用しています。試作機による作例ではその旨明記しています。 製品の購入およびお問い合わせはメーカー様・販売店様にお願いいたします。 本記事によって読者様に発生した事象については、その一切について編集部では責任を取りかねますことをご了承ください。 特に注記のない画像は編集部で撮影したものです。 記事中の製品仕様および価格は注記のないものを除き執筆時(2024年6月)のものです。 記事中の社名、商品名等は各社の商標または登録商標です。 編集部山口 千宗kojiro7inukai@gmail.comAdministrator天文リフレクションズ編集長です。天リフOriginal
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