90度視と正像【望辞苑・第2回】
連載「望辞苑」、カメの歩み。ようやく第2回です。テーマは「90度視」と「正像」。ん??何のこっちゃ?
この2つのキーワードは、いくつかの絡まり合った事象で繋がってくるのですが、できるだけわかりやすく、整理しながらひも解いていきましょう。
目次
「90度視」の必要性
人間の眼は前を見るためにできている
まず、とても基本的な当たり前のこと。人間の眼は「前(よりも下)」を見るためにできています(*)。空の上を見るためには、首を折り曲げるか、寝転がるしかありません。
(*)「人間」だけでなく、重力に束縛されて地上で生活する生物のほとんどすべて、といってもいいでしょう。これらの生物にとって、生き延びていくために必要なもの(居住空間、食料、仲間、パートナー)のほとんどは「空」ではなく「地上よりも下」にあるわけですから、当然の「仕様」といえます。
上の画像を見てください。天体望遠鏡で「水平方向」「45°方向」「天頂(頭の上)方向」を見た場合の姿勢の比較です。水平方向の場合は自然に見ることができますが、天頂方向を見る場合はとても苦しい姿勢になっていることがわかるでしょう。
屈折望遠鏡やカセグレン系の反射望遠鏡など、「直視」型の天体望遠鏡(*)で星を見る場合、水平高度が高いほど覗くことが難しくなります。直視で無理なく覗ける高度の限界は30°〜45°くらいまでではないでしょうか。それより高くなってくると、首の負担が大きくなったり、三脚・架台と観察者が干渉して、覗くことが困難になってしまいます。
(*)ニュートン型の反射望遠鏡など、構造上直視ではなく光路が90°折れ曲がっている望遠鏡の場合は、この問題はありません。コアな眼視ファンに大口径のニュートン式反射ユーザーが多いことも、本稿で述べる90度視と裏像の問題が広く議論されない理由の一つかもしれません。
上の例は全長の短い望遠鏡なのでまだマシですが、長い鏡筒になるほど水平と天頂での目の高さが大きく変わってくることもあり、ますます天頂を見ることが苦しくなってしまいます。
天頂プリズムと天頂ミラー
そこで考えられたのが「天頂プリズム(ミラー)」。1回の反射で望遠鏡の光路を90度曲げるのです。(90度視)
上記のようなデバイスは「1枚のミラー」か、「直角二等辺三角形の1個のプリズム」で比較的簡単・安価に実現できるため、広く普及しています。1万円程度で買える入門者向けの天体望遠鏡でも、大抵はこの「天頂プリズム(ミラー)」が付属しています(*)。
(*)ミラー表面の増反射・保護コーティングの技術が未成熟だった時代はプリズムが主流でしたが、最近では高級品ではミラーが主流になっています。
「眼で見る」限り、90度視は必須である
上の画像は90度視の例。直視の場合と違って、光路を90°曲げることによって、天頂から水平までより自然な体勢で見ることが可能になります。
一度でも実際に星を見ると実感しますが、直視で地平高度の高い対象を見るのは、苦痛でしかありません。90度視が可能であることは、天体観測・観望にとって必須といえます。
「90度視」によって起きる像の悪化
90度視を実現するためには、鏡やプリズムを使用して光路を曲げることになるのですが、その結果として様々なデメリットが存在します。それを見ていきましょう。
反射による像の悪化
反射面が完全な平面でない場合、結像に影響を及ぼします。昔は面精度の低いガラス板にメッキを施したような精度の低いミラーもあったようですが、最近は高級品では面精度「1/20λ」や「1/10λ」を謳うレベルになっていて(*)、反射面の精度による像の悪化の問題はほとんどないようです(**)。
(*)「この光学系は1/nλ」というような「1/nλ信仰」が、かつて(今も?)ありましたが、光学系の精度とその影響については「面精度(設計上の理想面との物理的な誤差)」「波面収差(結像面における理想的な結像からのずれ)」「PV,RMS(波面収差を山谷の最大幅で評価するのか二乗平均の平方根で評価するのか)」「評価する波長」などを明確にして議論しなければなりません。このテーマについてもいずれ「望辞苑」で取り上げたいと考えています。現実的には接眼部に近い場所に置かれた平面鏡は、対物光学系ほど面精度にはシビアではありません。
光学アクセサリーのテストについて
http://cz-telescope.la.coocan.jp/accessorie_test.htm
(**)上記のサイトによると、厳密なテストを行うと明らかに製品・個体による差はあるようですが「いずれも高精度で使用上十分なもの」と評価されています。筆者は1回反射・2回反射の製品で惑星や恒星の内外像を比較したことがありますが、直視の場合との差を見いだすことはできませんでした。
反射による光量の損失
光と色と・金属の光沢と色 (金属反射と金属光沢)
http://optica.cocolog-nifty.com/blog/2011/11/post-97a0.html
ミラーの反射率は100%ではありません。単純なアルミニウムの蒸着膜の場合反射率は90%程度で、1割ほどの光が失われることになります。これはコーティングなしの1枚のレンズと同じくらいの損失になります。また、ミラーの反射率は材質や光の波長によっても異なっていて、アルミよりも銀の方が特に長波長側の反射率が高くなっています。
かつては金属膜によるミラーは経年劣化の問題が大きかったのですが(*)、保護コート・増反射コートにより反射率も耐久性も大きく改善されました。また、反射率だけでいえば「誘電体コート(**)」によって反射率99%も達成されるようになりました。
(*)20世紀ごろはこの問題のため90度視の主流はミラーではなくプリズムであったと考えられます。
(**)干渉フィルターと同様、誘電体の薄膜を多層コートしたもの。
筆者は「アルミ」「銀」「誘電体」の3種の2回反射ミラーを見比べたことがありますが「ぱっと見」では全く区別ができませんでした(*)。
(*)じっくり比較すると「アルミ」は色味の違いで区別ができましたが、銀と誘電体は区別できませんでした。その場にいた別の人は3つを区別できていたので、肥えた目であれば違いは判別可能と思われます。
現時点では「銀」と「誘電体」が高級品の双璧のようです。垂直に入射した光の反射率は誘電体が勝りますが、斜めに入射した光の反射率悪化・波長特性の変化が少ないことと、反射の際の「散乱」が少ない点では、銀が勝るという意見もあります(*)。
(*)こちらに銀ミラーの優秀性についての記述があります。
いずれにしても、ミラーの反射による光量損失の問題は高級品ではほぼ解決されている、といって良さそうです。
プリズムによる像の悪化
一方で、プリズムによる像の悪化は光学的に逃れようがありません。ミラーもプリズムも光の「反射」の性質を使っているのですが、プリズムの場合は光がガラスを通過する際にわずかに屈折してしまいます。このとき収差が発生し(*)像質が悪化してしまいます。
(*)主に色収差と球面収差が発生し、対物光学系のF値が小さいほどガラスに入射する光がナナメになるためその影響が大きくなります。また、中心像だけでなく周辺像にも影響があります。口径85mm焦点距離560mmのアポクロマート鏡筒にイーソス17mmで比較した場合、正立プリズムと2回反射ミラーではで周辺像に明確な違いがあり、像面湾曲ガ大きくなっているように感じました。
上のサンプルは口径55mmF5.5というかなり明るい鏡筒での場合ですが、1回反射の天頂プリズムでもかなり顕著な像の悪化が見られることがわかります。より光路長の長い正立プリズムの場合はなおさらです。
一昔前の屈折望遠鏡は、F値の大きい(F10〜F15)製品が大半であったことから、プリズムの屈折による問題はあまり顕在化していなかったのですが(*)、最近はF値の小さいコンパクトな高性能アポクロマートが主流になってきました。その場合、プリズム起因の像の悪化は、特に高倍率において問題になります(**)。
(*)逆に対物側の収差を打ち消してよりよく見える組み合わせもあるという意見があります。
(**)高倍率時の惑星や月面の場合、F値にもよりますが一目瞭然といっていいほどの違いがあります。
とはいえ、この差が問題にならないようなケースが多いのも事実です。中・低倍率で星空を流すような場合にはプリズムとミラーの差はほとんどありません。「プリズムは悪である」とレッテルを貼るのは行きすぎですが、短焦点鏡筒の高倍率性能をフルに発揮したい場合は天頂プリズムは避けるべきでしょう。
正立vs倒立、正像vs裏像
1回反射の「天頂プリズム」ないしは「天頂ミラー」は、天体望遠鏡にとってなくてはならない付属品として広く使用されてきました。しかし前述した「光学性能」とは別の大きな問題があります。奇数枚の反射面を含む光学系の場合、像は左右裏返しの「裏像」になるのです(*)。
(*)逆に、あまり一般的な呼び方ではないですが、裏像でない左右が正しく反映された像を「正像」と呼びます。
「天頂プリズム(ミラー)」は裏像
天頂プリズムの使用例。左が本来の姿、右が天頂プリズムを通した裏像の姿(*)。「ぱっと見」ではどちらも大きく不自然さを感じないのですが、よく見ると右は裏像であることがわかりますね。そう、文字が裏返し。この例では「438」なので裏返しでもなんとか読めますが「525」とか「118」だと、間違って認識してしまうかもしれませんね。
(*)1回反射の天頂プリズム・ミラーを使用した場合は上下は正しい「正立」像になりまが、左右が逆の裏像になります。
このように、1面きりの反射では、像は左右が逆の裏像となってしまいます。裏像は対象のありのままの姿ではありません。
天体望遠鏡は倒立像
そもそも、ほとんどすべての天体望遠鏡は(*)「上下逆さま」の倒立像です。
(*)ガリレオ式屈折望遠鏡、グレグリオ式反射望遠鏡などは正立像ですが、現在市販されている「天体望遠鏡(ケプラー式の屈折望遠鏡、ニュートン式・カセグレン式の反射望遠鏡など)」はすべて倒立像です。
正立像と倒立像の比較。どちらが見やすいですか?どちらで見たいですか?この比較の場合は答は明らかですね。誰が見ても、左の「正立像」で見たいと思うでしょう。実際、地上を見ることが主な用途である光学製品である「双眼鏡」においては、倒立像・裏像の製品はほとんど皆無です。
宇宙には上下がない?倒立は不自然なのか
しかし、天体を見る場合は倒立像が問題視されるケースはあまりありません。上の例をごらんください。どちらが見やすいですか?どちらで見たいですか?そもそも、どちらが倒立像だと思いますか?(*)
(*)日本国内から南中前後で観察すると左が正立像、右が倒立像です。
地球の重力に支配される地上とは違って、宇宙空間では本来は「上下」という概念はないのです。これが、直感的にも視覚的にも「上下」の認識が明確である地上物との大きな違いといえるでしょう。
しかし、「地球民(*)」が地球の自転軸の事情で便宜的に定めた「南北」という概念は存在します。上の例をごらんください。オリオン大星雲ですが、天文ファンならおそらく左の「正立像」が自然と感じ、右の「倒立像」は不自然を感じるに違いありません。宇宙には上下はないのですが、見慣れた方角(位置関係)というものは存在します。南中したときのオリオンは左の姿、こちらが自然に感じます(**)。しかし、ここでいう「自然」という感じ方には何らかの「前提」の上に成り立つ話です。
(*)正確には「北半球民」。「北上」という考え方は天文学が主に北半球から興ったことに由来します。南半球ではオリオン座は逆さまが自然な姿です。
(**)一つ前のM81/82の場合、「上を北とするのか南にするのか」という別の問題があります。北天の天体は日本のような中緯度地域では南中したときは南が上になるため、視覚的には南を上にする方が自然だと筆者は感じるのですが、伝統的に北を上とする考え方であれば北が上となるでしょう。
宇宙には左右はあるのか?裏像は不自然?
では、天体での「裏像(鏡像)」「正像」はどのくらい不自然に感じるのでしょうか。
見慣れたオリオン大星雲の場合は、右の鏡像には違和感を感じる方が多いことでしょう。正立・倒立の不自然と同様に、裏像による「違和感」は見慣れた(=対象の印象が脳に記憶されている)対象ほど大きくなるといえます。
この画像のどちらが裏像なのかがわかればかなりのマニアです。有名な小マゼラン雲ですが、この姿が記憶に明瞭に刻み込まれている方は多くないことでしょう。全く見たことのない天体では正立・倒立も正像・裏像も区別がつきません(*)。
(*)初心者用の低価格の天体望遠鏡のほとんどが、裏像を否とせず「1枚反射の正立プリズム(ミラー)」で妥協?しているのは、コストの問題もあるのでしょうが、もうひとつの理由として「天体を見た経験の少ない初心者にとっては、裏像はさほど問題と感じない」こともあるかと推測します。もちろん、初心者がいつまでも初心者であるとは限らないので、これが真のユーザーの利益になるかは疑問です。
不自然は「見慣れているかどうか」で決まる
結局、「見慣れているもの」ほど倒立像や裏像を不自然に感じることになります。天体望遠鏡を初めて購入する初心者は、最初は倒立像や裏像の不自然をあまり感じないはずです。でも、何度も星空を見て、星並びや天体の姿の情報が記憶されていくにつれて、不自然を感じるようになることでしょう。
宇宙には上下はないが左右はある?
筆者の個人的な意見かもしれませんが、天体においては倒立像よりも裏像であることの方が問題であると感じています。宇宙空間には上下はありません。「南北」も「上下」も、人間世界の便宜的事情で定められたものですが、上下の反転は首を回すなり星図を回すなりで、便宜的に補正できます。
しかし、左右が逆の裏像はどうやっても裏像のまま。脳内で補正することも容易ではありません。宇宙を裏返しの姿で見るのは、上下ひっくり返しの倒立像よりも不自然ではないでしょうか。
90度視で正立・正像を得るための製品
では、天体望遠鏡で「90度視」「正立」「正像」を得るにはどういう方法があるのでしょうか。
アミチプリズム
正像にする条件は簡単です。反射を偶数回にすることです(*)。
(*)一眼レフカメラはクイックリターンミラーを含めて4回反射です。反射面が多くなるほど光量損失と精度の問題が出てきますから、理想は2回反射です。
90度の正立正像プリズムで一番多く使用されるのが上の「アミチプリズム」。上の図の右側の「山」を境に、左右の像を2回反射させて「左右を入れ替える」しくみになっています。ただし弱点は、この「山」の「頂点」がどうしても「スジ」として見えてしまうこと(*)。また、単純な直角二等辺三角形の1枚反射プリズムよりも形状が複雑になり、その分製品価格も高くなります。
(*)特に明るい星や惑星を見るときに顕著で、対象から1本の光条が伸びる形になります。
また、1枚反射の天頂プリズム同様に「プリズム」に斜めに入射する光の分散によって、F値の明るい鏡筒では色収差の影響が大きくなってきます(*)。
(*)実際には大気の屈折による色収差や、対物・接眼レンズで発生する光学系そのものによる色収差もあります。「色づきはすべてプリズムのせい」ではないことに注意が必要です。
正立ミラー
2枚の平面鏡を適切な角度で配置することで、「90度視」「正立」「正像」を実現したのがこの正立ミラー。プリズムの場合にFの明るい鏡筒で発生する色収差の問題もなく、90度視のファイナルアンサーともいえる製品ですが、望遠鏡専門メーカーは製造しておらず(*)、市場的には「一部のマニア向けのパーツ」と認識されているのが現状です。
(*)これまでは「メガネのマツモト」のみが製造販売していましたが、2017年からビノテクノ社も「EZM」の商品名で製造販売を始めています。
正立・正像の製品は高価なのか
単純な直角プリズム・1枚鏡と比較して、偶数回反射の正立・正像の製品はより複雑になり、高価になるとされてきました(*)。しかし、現実には普及品の価格はかなり下がってきています。
(*)これが初心者用の低価格の望遠鏡に正立プリズムが付属しない一つの「理由」になっているのかもしれません。その点でビクセン社の人気商品「ポルタIIA80Mf」や「モバイルポルタA70Lf」は正立プリズムが標準付属となっています。これはメーカーの見識を示すものと感じますが、すべての製品が正立プリズム付属ではないところに複雑な事情が伺えます。
アマゾンで見つけた商品。1.25インチ・アミチ型の正立プリズムが3880円です。商品を実際に確認していないので品質については不明ですが、天頂プリズムとあまり変わらない価格です。
海外製品の品質が著しく向上し優れた製品が低価格で提供可能になった現在、コストダウンのために正立プリズムではなく天頂プリズム・ミラーを標準付属とするメリットは、ほとんどなくなっているのではないでしょうか。
裏像のデメリットと正像のメリット
裏像についてのユーザーの認識は?
では、実際にユーザーは「裏像」をどの程度問題視しているのでしょうか。
以前、正像・裏像の問題について天リフでアンケートを実施しました。結果は、半数が「どっちでもいい」。明確に「裏像はイヤ」という回答はわずか7%でしたが、1/3以上は「裏像で我慢している」というものでした。
「半数がどっちでもいいと回答した」という事実は、ある意味自然な結果かも知れません。裏像でも土星の輪や金星の満ち欠け、木星の縞模様、月のクレーターの存在、二重星(*)などは特に不自然なく楽しめます。
(*)3重星以上はダメですが、「二重星」の場合、裏像は関係なくなります。割とどうでもいい話ですが^^;
むしろ、1/3が「裏像で我慢している」と回答した事実を重く受け止める必要があるのではないでしょうか。この回答は「望遠鏡を買ったが付いてきたのが天頂プリズムだったのでそれで我慢している」「買い増したいような正立・正像の製品がない」ということに他なりません。
メーカーや販売店は、もっと正像のメリットを訴求し、正立・正像の90度視デバイスに注力すべきではないでしょうか。
正像のメリット・記憶に残る映像
では「正像のメリット」は具体的に何なのでしょうか?「あるがままの自然な姿である」のは事実ですが、それの何がいいのでしょうか?
2021/9/28追記)
「スターベース東京のブログ」で、正立視のメリットが簡潔に述べられています。
このように、正立視は「リアル感」を最大限に増幅し、天体望遠鏡の中の景色が実際の世界とつながっていることを自然に認識できる、簡単ながら非常に有効な方法ではないかと思います。
素晴らしい。これだよ!僕が言いたかったことはこれなんだよ!
人間は目で知覚したことが、脳に記憶として保存されます。「望遠鏡で見る」という体験だけでなく、自分や他の人の撮った写真、最近ではネットにアップされた画像も、その知覚と記憶の多くの部分を占めているでしょう。
これらの記憶に蓄積されたイメージは、次回以降、体験そのものを補完する情報として働きます。特に惑星の細部や淡い天体の観察の際に顕著ですが、経験値が見え方に大きく影響することがあります(*)。
(*)淡い網状星雲の微細な濃淡や、オリオン大星雲の羽根のような切れ込みなど、対象の姿が記憶に深く刻まれるほど対象が「良く見える」ようになってきます。逆に「心眼」「先入観」のバイアスでもあるのですが。
「正像」で記憶に蓄積された場合、「裏像」による知覚では「経験値による補完」が十分作用しません。さらに、裏像知覚と正像知覚による経験が混在すると、記憶にも残りにくいはず。ある程度正像で記憶が形成された状態では「裏像」で見ても経験値の向上に繋がらないと推測します(*)。
(*)これは具体的な検証のない天リフ独自の解釈です^^;;
特に近年はネット上に天体の画像が溢れています。そのほとんどは「正像」。ネット以前の時代と比べて、私たちはより多くの「正像」に触れているのです。「初心者は宇宙を知らないから、裏像で見せても大丈夫」というロジック(*)はもう通用しないのではないでしょうか。
(*)これも天リフ独自の見解で・・^^;;「あまり気づかれていない結果オーライ」かもしれませんね。
まとめ・天体は正像で見よう
いかがでしたか?
世の中の双眼鏡がほとんどすべて「正立」「正像」であるように、望遠鏡の「あるべき姿」が「正立・正像」であることは間違いありません。昔はともかく、高精度な製品が比較的安価に製造できるようになった現代では、「1枚反射の天頂プリズム(ミラー)で裏像に妥協する」ことは、性能面でも価格面でも必然性が低くなってきているのではないでしょうか。
声を大にしていいたいことは、眼視観望の楽しみは「1回見てそれで終わり」ではない、ということです。もちろん「最初の体験」だけでも素晴らしいものです。でもそれを何度も繰り返して見ることで、恒星や銀河・星雲星団といった「変わらない宇宙」、そして月や惑星のような「日々刻々と変わる宇宙」が実感できるのです。それは、人間が自分と宇宙の寿命を実感する体験でもあります。
宇宙を見ることは一生の楽しみであり、つねに正像で見ればより深く記憶に残り、その楽しみは倍になる。子供の時に見たオリオン座。成人して大きな望遠鏡で見るオリオン大星雲。年老いて見つめ直すオリオン座。そんな数々の経験は、「正像」という一つの姿で記憶に積み重ねていきたいと考えるのは、筆者だけでしょうか。
一方で、「90度視必須」という縛りの中、望遠鏡業界の中で正立・正像の重要性がなおざりにされていた側面も否定できません。限られた予算の中、どんな機材を選ぶかはユーザーが決めることですが、「裏像で我慢している」多くのユーザーが手にしたくなるような製品開発が進むことを期待したいと思います。
「望遠鏡で天体を見る」という素晴らしい体験をしっかり記憶に積み重ねて、豊かな天文ライフを送ってくださいね!
補足
手動導入操作と倒立像・裏像
星並びをたどって対象を導入する「スターホッピング」のような「手動導入」では、倒立像・裏像はかなり「気持ち悪い」ものです。倒立像の場合、望遠鏡を動かす方向と視野の動く方向が直感と一致しないためです(*)。
(*)少し使えば「慣れる」面もあるのですが、それでも気持ちよいものではありません。
また、裏像の場合は「星図」や「星図ソフト」と星並びを一致させるのに苦労します(*)。自動導入で「GOTO」してしまう場合は問題にはならないのですが。
(*)年寄りの固くなった頭では不可能です。(筆者の場合)
逆に手動導入の場合は「90度視」は決して便利とはいえない場合もあります。手動導入の場合、片目で望遠鏡を覗きながらもう片方の眼で肉眼で対象の星に当たりを付けることが多いのですが、90度視ではこの方法が使えません。手動導入で使用するファインダーは、双眼鏡のような直視の正立像が理想ではないかと筆者は考えています。
光路長
90度視のためのデバイスを使用する場合「光路長」の問題を避けて通ることができません。望遠鏡の焦点位置が引き出される形になるわけですから、直視の場合と比較して接眼部のドロチューブ(ピント合わせのための繰り出し機構)を縮めなければならず、場合によっては「ピントが合わない」ことが起きえます。
1.25インチ対応の天頂プリズムの場合、その光路長は65mm程度。2インチ対応の正立ミラーの場合は120〜150mm程度にもなります。ドロチューブの繰り出し量が小さい鏡筒の場合は、光路長の長い正立ミラーを使用するとピントが出ない場合があり、光学性能を損なわずに正立・正像を得ることができない結果になってしまいます。光路長のより短い、1.25インチスリーブ仕様の小型正立ミラーが製品化されると良いのですが(*)。
(*)現状では2枚構成の正立ミラーは「双眼望遠鏡」向けのニーズがより高いと感じています。この場合、鏡筒を切り詰めたりするような改造が普通に行われるため、光路長はあまり問題とされないのでしょうか。
デジタルの場合
本記事は肉眼で見る「眼視」に限ったお話でしたが、これが「デジタル」になると状況は一変します。デジタルの場合は「正立・倒立」「裏像・正像」はすべて電子的に変換が可能です(*)。また、バリアングルのモニタを使用すれば90度視だけでなく自由自在に方向を変えることができます。
(*)実はデジタルカメラや天文撮像ソフトでは「裏像」の変換機能が実装されている製品が実は極めてまれ(少なくとも筆者は知りません)。反射望遠鏡で副鏡を持たない「プライムフォーカス」構成で撮影する場合、このことはかなり問題になります。ニーズが高まれば自然と対応されるとは思いますが・・・
将来、デジタルによる天体観望が主流になる時代がもし来ることがあれば、「正立」「正像」「バリアングル」「鏡像切替(*)」が常識となることでしょう。
(*)ニュートン式反射の場合、デジタル専用で考えれば副鏡なしのプライムフォーカスが最も合理的でしょう。この場合は裏像なのでデジタルで変換してほしいのですが、デジタルカメラのファームウェア・PC・タブレットのキャプチャソフトのいずれも、裏像変換可能なものは現状は(ほとんど?)ありません。
- 本記事は極力客観的に作成していますが、本記事によって発生した読者様の事象についてはその一切について責任を負いかねますことをご了承下さい。
- 特に注記のない画像は編集部で撮影したものです。
- 文中の社名、製品名は各社の商標または登録商標です。
https://reflexions.jp/tenref/orig/2019/02/19/7945/https://reflexions.jp/tenref/orig/wp-content/uploads/sites/4/2019/02/f590375297e28a11cc666cc318725129-1.jpghttps://reflexions.jp/tenref/orig/wp-content/uploads/sites/4/2019/02/f590375297e28a11cc666cc318725129-1-150x150.jpg望辞苑連載「望辞苑」、カメの歩み。ようやく第2回です。テーマは「90度視」と「正像」。ん??何のこっちゃ? この2つのキーワードは、いくつかの絡まり合った事象で繋がってくるのですが、できるだけわかりやすく、整理しながらひも解いていきましょう。 「90度視」の必要性 人間の眼は前を見るためにできている まず、とても基本的な当たり前のこと。人間の眼は「前(よりも下)」を見るためにできています(*)。空の上を見るためには、首を折り曲げるか、寝転がるしかありません。 (*)「人間」だけでなく、重力に束縛されて地上で生活する生物のほとんどすべて、といってもいいでしょう。これらの生物にとって、生き延びていくために必要なもの(居住空間、食料、仲間、パートナー)のほとんどは「空」ではなく「地上よりも下」にあるわけですから、当然の「仕様」といえます。 上の画像を見てください。天体望遠鏡で「水平方向」「45°方向」「天頂(頭の上)方向」を見た場合の姿勢の比較です。水平方向の場合は自然に見ることができますが、天頂方向を見る場合はとても苦しい姿勢になっていることがわかるでしょう。 屈折望遠鏡やカセグレン系の反射望遠鏡など、「直視」型の天体望遠鏡(*)で星を見る場合、水平高度が高いほど覗くことが難しくなります。直視で無理なく覗ける高度の限界は30°〜45°くらいまでではないでしょうか。それより高くなってくると、首の負担が大きくなったり、三脚・架台と観察者が干渉して、覗くことが困難になってしまいます。 (*)ニュートン型の反射望遠鏡など、構造上直視ではなく光路が90°折れ曲がっている望遠鏡の場合は、この問題はありません。コアな眼視ファンに大口径のニュートン式反射ユーザーが多いことも、本稿で述べる90度視と裏像の問題が広く議論されない理由の一つかもしれません。 上の例は全長の短い望遠鏡なのでまだマシですが、長い鏡筒になるほど水平と天頂での目の高さが大きく変わってくることもあり、ますます天頂を見ることが苦しくなってしまいます。 天頂プリズムと天頂ミラー そこで考えられたのが「天頂プリズム(ミラー)」。1回の反射で望遠鏡の光路を90度曲げるのです。(90度視) 上記のようなデバイスは「1枚のミラー」か、「直角二等辺三角形の1個のプリズム」で比較的簡単・安価に実現できるため、広く普及しています。1万円程度で買える入門者向けの天体望遠鏡でも、大抵はこの「天頂プリズム(ミラー)」が付属しています(*)。 (*)ミラー表面の増反射・保護コーティングの技術が未成熟だった時代はプリズムが主流でしたが、最近では高級品ではミラーが主流になっています。 「眼で見る」限り、90度視は必須である 上の画像は90度視の例。直視の場合と違って、光路を90°曲げることによって、天頂から水平までより自然な体勢で見ることが可能になります。 一度でも実際に星を見ると実感しますが、直視で地平高度の高い対象を見るのは、苦痛でしかありません。90度視が可能であることは、天体観測・観望にとって必須といえます。 「90度視」によって起きる像の悪化 90度視を実現するためには、鏡やプリズムを使用して光路を曲げることになるのですが、その結果として様々なデメリットが存在します。それを見ていきましょう。 反射による像の悪化 反射面が完全な平面でない場合、結像に影響を及ぼします。昔は面精度の低いガラス板にメッキを施したような精度の低いミラーもあったようですが、最近は高級品では面精度「1/20λ」や「1/10λ」を謳うレベルになっていて(*)、反射面の精度による像の悪化の問題はほとんどないようです(**)。 (*)「この光学系は1/nλ」というような「1/nλ信仰」が、かつて(今も?)ありましたが、光学系の精度とその影響については「面精度(設計上の理想面との物理的な誤差)」「波面収差(結像面における理想的な結像からのずれ)」「PV,RMS(波面収差を山谷の最大幅で評価するのか二乗平均の平方根で評価するのか)」「評価する波長」などを明確にして議論しなければなりません。このテーマについてもいずれ「望辞苑」で取り上げたいと考えています。現実的には接眼部に近い場所に置かれた平面鏡は、対物光学系ほど面精度にはシビアではありません。 光学アクセサリーのテストについて http://cz-telescope.la.coocan.jp/accessorie_test.htm (**)上記のサイトによると、厳密なテストを行うと明らかに製品・個体による差はあるようですが「いずれも高精度で使用上十分なもの」と評価されています。筆者は1回反射・2回反射の製品で惑星や恒星の内外像を比較したことがありますが、直視の場合との差を見いだすことはできませんでした。 反射による光量の損失 光と色と・金属の光沢と色 (金属反射と金属光沢) http://optica.cocolog-nifty.com/blog/2011/11/post-97a0.html ミラーの反射率は100%ではありません。単純なアルミニウムの蒸着膜の場合反射率は90%程度で、1割ほどの光が失われることになります。これはコーティングなしの1枚のレンズと同じくらいの損失になります。また、ミラーの反射率は材質や光の波長によっても異なっていて、アルミよりも銀の方が特に長波長側の反射率が高くなっています。 かつては金属膜によるミラーは経年劣化の問題が大きかったのですが(*)、保護コート・増反射コートにより反射率も耐久性も大きく改善されました。また、反射率だけでいえば「誘電体コート(**)」によって反射率99%も達成されるようになりました。 (*)20世紀ごろはこの問題のため90度視の主流はミラーではなくプリズムであったと考えられます。 (**)干渉フィルターと同様、誘電体の薄膜を多層コートしたもの。 筆者は「アルミ」「銀」「誘電体」の3種の2回反射ミラーを見比べたことがありますが「ぱっと見」では全く区別ができませんでした(*)。 (*)じっくり比較すると「アルミ」は色味の違いで区別ができましたが、銀と誘電体は区別できませんでした。その場にいた別の人は3つを区別できていたので、肥えた目であれば違いは判別可能と思われます。 現時点では「銀」と「誘電体」が高級品の双璧のようです。垂直に入射した光の反射率は誘電体が勝りますが、斜めに入射した光の反射率悪化・波長特性の変化が少ないことと、反射の際の「散乱」が少ない点では、銀が勝るという意見もあります(*)。 (*)こちらに銀ミラーの優秀性についての記述があります。 http://ems-bino.com/ems-ultima-coming-soon/ いずれにしても、ミラーの反射による光量損失の問題は高級品ではほぼ解決されている、といって良さそうです。 プリズムによる像の悪化 一方で、プリズムによる像の悪化は光学的に逃れようがありません。ミラーもプリズムも光の「反射」の性質を使っているのですが、プリズムの場合は光がガラスを通過する際にわずかに屈折してしまいます。このとき収差が発生し(*)像質が悪化してしまいます。 (*)主に色収差と球面収差が発生し、対物光学系のF値が小さいほどガラスに入射する光がナナメになるためその影響が大きくなります。また、中心像だけでなく周辺像にも影響があります。口径85mm焦点距離560mmのアポクロマート鏡筒にイーソス17mmで比較した場合、正立プリズムと2回反射ミラーではで周辺像に明確な違いがあり、像面湾曲ガ大きくなっているように感じました。 上のサンプルは口径55mmF5.5というかなり明るい鏡筒での場合ですが、1回反射の天頂プリズムでもかなり顕著な像の悪化が見られることがわかります。より光路長の長い正立プリズムの場合はなおさらです。 一昔前の屈折望遠鏡は、F値の大きい(F10〜F15)製品が大半であったことから、プリズムの屈折による問題はあまり顕在化していなかったのですが(*)、最近はF値の小さいコンパクトな高性能アポクロマートが主流になってきました。その場合、プリズム起因の像の悪化は、特に高倍率において問題になります(**)。 (*)逆に対物側の収差を打ち消してよりよく見える組み合わせもあるという意見があります。 (**)高倍率時の惑星や月面の場合、F値にもよりますが一目瞭然といっていいほどの違いがあります。 とはいえ、この差が問題にならないようなケースが多いのも事実です。中・低倍率で星空を流すような場合にはプリズムとミラーの差はほとんどありません。「プリズムは悪である」とレッテルを貼るのは行きすぎですが、短焦点鏡筒の高倍率性能をフルに発揮したい場合は天頂プリズムは避けるべきでしょう。 正立vs倒立、正像vs裏像 1回反射の「天頂プリズム」ないしは「天頂ミラー」は、天体望遠鏡にとってなくてはならない付属品として広く使用されてきました。しかし前述した「光学性能」とは別の大きな問題があります。奇数枚の反射面を含む光学系の場合、像は左右裏返しの「裏像」になるのです(*)。 (*)逆に、あまり一般的な呼び方ではないですが、裏像でない左右が正しく反映された像を「正像」と呼びます。 「天頂プリズム(ミラー)」は裏像 天頂プリズムの使用例。左が本来の姿、右が天頂プリズムを通した裏像の姿(*)。「ぱっと見」ではどちらも大きく不自然さを感じないのですが、よく見ると右は裏像であることがわかりますね。そう、文字が裏返し。この例では「438」なので裏返しでもなんとか読めますが「525」とか「118」だと、間違って認識してしまうかもしれませんね。 (*)1回反射の天頂プリズム・ミラーを使用した場合は上下は正しい「正立」像になりまが、左右が逆の裏像になります。 このように、1面きりの反射では、像は左右が逆の裏像となってしまいます。裏像は対象のありのままの姿ではありません。 天体望遠鏡は倒立像 そもそも、ほとんどすべての天体望遠鏡は(*)「上下逆さま」の倒立像です。 (*)ガリレオ式屈折望遠鏡、グレグリオ式反射望遠鏡などは正立像ですが、現在市販されている「天体望遠鏡(ケプラー式の屈折望遠鏡、ニュートン式・カセグレン式の反射望遠鏡など)」はすべて倒立像です。 正立像と倒立像の比較。どちらが見やすいですか?どちらで見たいですか?この比較の場合は答は明らかですね。誰が見ても、左の「正立像」で見たいと思うでしょう。実際、地上を見ることが主な用途である光学製品である「双眼鏡」においては、倒立像・裏像の製品はほとんど皆無です。 宇宙には上下がない?倒立は不自然なのか しかし、天体を見る場合は倒立像が問題視されるケースはあまりありません。上の例をごらんください。どちらが見やすいですか?どちらで見たいですか?そもそも、どちらが倒立像だと思いますか?(*) (*)日本国内から南中前後で観察すると左が正立像、右が倒立像です。 地球の重力に支配される地上とは違って、宇宙空間では本来は「上下」という概念はないのです。これが、直感的にも視覚的にも「上下」の認識が明確である地上物との大きな違いといえるでしょう。 しかし、「地球民(*)」が地球の自転軸の事情で便宜的に定めた「南北」という概念は存在します。上の例をごらんください。オリオン大星雲ですが、天文ファンならおそらく左の「正立像」が自然と感じ、右の「倒立像」は不自然を感じるに違いありません。宇宙には上下はないのですが、見慣れた方角(位置関係)というものは存在します。南中したときのオリオンは左の姿、こちらが自然に感じます(**)。しかし、ここでいう「自然」という感じ方には何らかの「前提」の上に成り立つ話です。 (*)正確には「北半球民」。「北上」という考え方は天文学が主に北半球から興ったことに由来します。南半球ではオリオン座は逆さまが自然な姿です。 (**)一つ前のM81/82の場合、「上を北とするのか南にするのか」という別の問題があります。北天の天体は日本のような中緯度地域では南中したときは南が上になるため、視覚的には南を上にする方が自然だと筆者は感じるのですが、伝統的に北を上とする考え方であれば北が上となるでしょう。 宇宙には左右はあるのか?裏像は不自然? では、天体での「裏像(鏡像)」「正像」はどのくらい不自然に感じるのでしょうか。 見慣れたオリオン大星雲の場合は、右の鏡像には違和感を感じる方が多いことでしょう。正立・倒立の不自然と同様に、裏像による「違和感」は見慣れた(=対象の印象が脳に記憶されている)対象ほど大きくなるといえます。 この画像のどちらが裏像なのかがわかればかなりのマニアです。有名な小マゼラン雲ですが、この姿が記憶に明瞭に刻み込まれている方は多くないことでしょう。全く見たことのない天体では正立・倒立も正像・裏像も区別がつきません(*)。 (*)初心者用の低価格の天体望遠鏡のほとんどが、裏像を否とせず「1枚反射の正立プリズム(ミラー)」で妥協?しているのは、コストの問題もあるのでしょうが、もうひとつの理由として「天体を見た経験の少ない初心者にとっては、裏像はさほど問題と感じない」こともあるかと推測します。もちろん、初心者がいつまでも初心者であるとは限らないので、これが真のユーザーの利益になるかは疑問です。 不自然は「見慣れているかどうか」で決まる 結局、「見慣れているもの」ほど倒立像や裏像を不自然に感じることになります。天体望遠鏡を初めて購入する初心者は、最初は倒立像や裏像の不自然をあまり感じないはずです。でも、何度も星空を見て、星並びや天体の姿の情報が記憶されていくにつれて、不自然を感じるようになることでしょう。 宇宙には上下はないが左右はある? 筆者の個人的な意見かもしれませんが、天体においては倒立像よりも裏像であることの方が問題であると感じています。宇宙空間には上下はありません。「南北」も「上下」も、人間世界の便宜的事情で定められたものですが、上下の反転は首を回すなり星図を回すなりで、便宜的に補正できます。 しかし、左右が逆の裏像はどうやっても裏像のまま。脳内で補正することも容易ではありません。宇宙を裏返しの姿で見るのは、上下ひっくり返しの倒立像よりも不自然ではないでしょうか。 90度視で正立・正像を得るための製品 では、天体望遠鏡で「90度視」「正立」「正像」を得るにはどういう方法があるのでしょうか。 アミチプリズム 正像にする条件は簡単です。反射を偶数回にすることです(*)。 (*)一眼レフカメラはクイックリターンミラーを含めて4回反射です。反射面が多くなるほど光量損失と精度の問題が出てきますから、理想は2回反射です。 90度の正立正像プリズムで一番多く使用されるのが上の「アミチプリズム」。上の図の右側の「山」を境に、左右の像を2回反射させて「左右を入れ替える」しくみになっています。ただし弱点は、この「山」の「頂点」がどうしても「スジ」として見えてしまうこと(*)。また、単純な直角二等辺三角形の1枚反射プリズムよりも形状が複雑になり、その分製品価格も高くなります。 (*)特に明るい星や惑星を見るときに顕著で、対象から1本の光条が伸びる形になります。 また、1枚反射の天頂プリズム同様に「プリズム」に斜めに入射する光の分散によって、F値の明るい鏡筒では色収差の影響が大きくなってきます(*)。 (*)実際には大気の屈折による色収差や、対物・接眼レンズで発生する光学系そのものによる色収差もあります。「色づきはすべてプリズムのせい」ではないことに注意が必要です。 正立ミラー 2枚の平面鏡を適切な角度で配置することで、「90度視」「正立」「正像」を実現したのがこの正立ミラー。プリズムの場合にFの明るい鏡筒で発生する色収差の問題もなく、90度視のファイナルアンサーともいえる製品ですが、望遠鏡専門メーカーは製造しておらず(*)、市場的には「一部のマニア向けのパーツ」と認識されているのが現状です。 (*)これまでは「メガネのマツモト」のみが製造販売していましたが、2017年からビノテクノ社も「EZM」の商品名で製造販売を始めています。 正立・正像の製品は高価なのか 単純な直角プリズム・1枚鏡と比較して、偶数回反射の正立・正像の製品はより複雑になり、高価になるとされてきました(*)。しかし、現実には普及品の価格はかなり下がってきています。 (*)これが初心者用の低価格の望遠鏡に正立プリズムが付属しない一つの「理由」になっているのかもしれません。その点でビクセン社の人気商品「ポルタIIA80Mf」や「モバイルポルタA70Lf」は正立プリズムが標準付属となっています。これはメーカーの見識を示すものと感じますが、すべての製品が正立プリズム付属ではないところに複雑な事情が伺えます。 アマゾンで見つけた商品。1.25インチ・アミチ型の正立プリズムが3880円です。商品を実際に確認していないので品質については不明ですが、天頂プリズムとあまり変わらない価格です。 海外製品の品質が著しく向上し優れた製品が低価格で提供可能になった現在、コストダウンのために正立プリズムではなく天頂プリズム・ミラーを標準付属とするメリットは、ほとんどなくなっているのではないでしょうか。 裏像のデメリットと正像のメリット 裏像についてのユーザーの認識は? では、実際にユーザーは「裏像」をどの程度問題視しているのでしょうか。 https://reflexions.jp/tenref/orig/2018/09/19/6410/ 以前、正像・裏像の問題について天リフでアンケートを実施しました。結果は、半数が「どっちでもいい」。明確に「裏像はイヤ」という回答はわずか7%でしたが、1/3以上は「裏像で我慢している」というものでした。 「半数がどっちでもいいと回答した」という事実は、ある意味自然な結果かも知れません。裏像でも土星の輪や金星の満ち欠け、木星の縞模様、月のクレーターの存在、二重星(*)などは特に不自然なく楽しめます。 (*)3重星以上はダメですが、「二重星」の場合、裏像は関係なくなります。割とどうでもいい話ですが^^; むしろ、1/3が「裏像で我慢している」と回答した事実を重く受け止める必要があるのではないでしょうか。この回答は「望遠鏡を買ったが付いてきたのが天頂プリズムだったのでそれで我慢している」「買い増したいような正立・正像の製品がない」ということに他なりません。 メーカーや販売店は、もっと正像のメリットを訴求し、正立・正像の90度視デバイスに注力すべきではないでしょうか。 正像のメリット・記憶に残る映像 では「正像のメリット」は具体的に何なのでしょうか?「あるがままの自然な姿である」のは事実ですが、それの何がいいのでしょうか? 2021/9/28追記) 「スターベース東京のブログ」で、正立視のメリットが簡潔に述べられています。 このように、正立視は「リアル感」を最大限に増幅し、天体望遠鏡の中の景色が実際の世界とつながっていることを自然に認識できる、簡単ながら非常に有効な方法ではないかと思います。 素晴らしい。これだよ!僕が言いたかったことはこれなんだよ! https://starbase.hatenablog.jp/entry/2021/09/27/155353 人間は目で知覚したことが、脳に記憶として保存されます。「望遠鏡で見る」という体験だけでなく、自分や他の人の撮った写真、最近ではネットにアップされた画像も、その知覚と記憶の多くの部分を占めているでしょう。 これらの記憶に蓄積されたイメージは、次回以降、体験そのものを補完する情報として働きます。特に惑星の細部や淡い天体の観察の際に顕著ですが、経験値が見え方に大きく影響することがあります(*)。 (*)淡い網状星雲の微細な濃淡や、オリオン大星雲の羽根のような切れ込みなど、対象の姿が記憶に深く刻まれるほど対象が「良く見える」ようになってきます。逆に「心眼」「先入観」のバイアスでもあるのですが。 「正像」で記憶に蓄積された場合、「裏像」による知覚では「経験値による補完」が十分作用しません。さらに、裏像知覚と正像知覚による経験が混在すると、記憶にも残りにくいはず。ある程度正像で記憶が形成された状態では「裏像」で見ても経験値の向上に繋がらないと推測します(*)。 (*)これは具体的な検証のない天リフ独自の解釈です^^;; 特に近年はネット上に天体の画像が溢れています。そのほとんどは「正像」。ネット以前の時代と比べて、私たちはより多くの「正像」に触れているのです。「初心者は宇宙を知らないから、裏像で見せても大丈夫」というロジック(*)はもう通用しないのではないでしょうか。 (*)これも天リフ独自の見解で・・^^;;「あまり気づかれていない結果オーライ」かもしれませんね。 まとめ・天体は正像で見よう いかがでしたか? 世の中の双眼鏡がほとんどすべて「正立」「正像」であるように、望遠鏡の「あるべき姿」が「正立・正像」であることは間違いありません。昔はともかく、高精度な製品が比較的安価に製造できるようになった現代では、「1枚反射の天頂プリズム(ミラー)で裏像に妥協する」ことは、性能面でも価格面でも必然性が低くなってきているのではないでしょうか。 声を大にしていいたいことは、眼視観望の楽しみは「1回見てそれで終わり」ではない、ということです。もちろん「最初の体験」だけでも素晴らしいものです。でもそれを何度も繰り返して見ることで、恒星や銀河・星雲星団といった「変わらない宇宙」、そして月や惑星のような「日々刻々と変わる宇宙」が実感できるのです。それは、人間が自分と宇宙の寿命を実感する体験でもあります。 宇宙を見ることは一生の楽しみであり、つねに正像で見ればより深く記憶に残り、その楽しみは倍になる。子供の時に見たオリオン座。成人して大きな望遠鏡で見るオリオン大星雲。年老いて見つめ直すオリオン座。そんな数々の経験は、「正像」という一つの姿で記憶に積み重ねていきたいと考えるのは、筆者だけでしょうか。 一方で、「90度視必須」という縛りの中、望遠鏡業界の中で正立・正像の重要性がなおざりにされていた側面も否定できません。限られた予算の中、どんな機材を選ぶかはユーザーが決めることですが、「裏像で我慢している」多くのユーザーが手にしたくなるような製品開発が進むことを期待したいと思います。 「望遠鏡で天体を見る」という素晴らしい体験をしっかり記憶に積み重ねて、豊かな天文ライフを送ってくださいね! 補足 手動導入操作と倒立像・裏像 星並びをたどって対象を導入する「スターホッピング」のような「手動導入」では、倒立像・裏像はかなり「気持ち悪い」ものです。倒立像の場合、望遠鏡を動かす方向と視野の動く方向が直感と一致しないためです(*)。 (*)少し使えば「慣れる」面もあるのですが、それでも気持ちよいものではありません。 また、裏像の場合は「星図」や「星図ソフト」と星並びを一致させるのに苦労します(*)。自動導入で「GOTO」してしまう場合は問題にはならないのですが。 (*)年寄りの固くなった頭では不可能です。(筆者の場合) 逆に手動導入の場合は「90度視」は決して便利とはいえない場合もあります。手動導入の場合、片目で望遠鏡を覗きながらもう片方の眼で肉眼で対象の星に当たりを付けることが多いのですが、90度視ではこの方法が使えません。手動導入で使用するファインダーは、双眼鏡のような直視の正立像が理想ではないかと筆者は考えています。 光路長 90度視のためのデバイスを使用する場合「光路長」の問題を避けて通ることができません。望遠鏡の焦点位置が引き出される形になるわけですから、直視の場合と比較して接眼部のドロチューブ(ピント合わせのための繰り出し機構)を縮めなければならず、場合によっては「ピントが合わない」ことが起きえます。 1.25インチ対応の天頂プリズムの場合、その光路長は65mm程度。2インチ対応の正立ミラーの場合は120〜150mm程度にもなります。ドロチューブの繰り出し量が小さい鏡筒の場合は、光路長の長い正立ミラーを使用するとピントが出ない場合があり、光学性能を損なわずに正立・正像を得ることができない結果になってしまいます。光路長のより短い、1.25インチスリーブ仕様の小型正立ミラーが製品化されると良いのですが(*)。 (*)現状では2枚構成の正立ミラーは「双眼望遠鏡」向けのニーズがより高いと感じています。この場合、鏡筒を切り詰めたりするような改造が普通に行われるため、光路長はあまり問題とされないのでしょうか。 デジタルの場合 本記事は肉眼で見る「眼視」に限ったお話でしたが、これが「デジタル」になると状況は一変します。デジタルの場合は「正立・倒立」「裏像・正像」はすべて電子的に変換が可能です(*)。また、バリアングルのモニタを使用すれば90度視だけでなく自由自在に方向を変えることができます。 (*)実はデジタルカメラや天文撮像ソフトでは「裏像」の変換機能が実装されている製品が実は極めてまれ(少なくとも筆者は知りません)。反射望遠鏡で副鏡を持たない「プライムフォーカス」構成で撮影する場合、このことはかなり問題になります。ニーズが高まれば自然と対応されるとは思いますが・・・ 将来、デジタルによる天体観望が主流になる時代がもし来ることがあれば、「正立」「正像」「バリアングル」「鏡像切替(*)」が常識となることでしょう。 (*)ニュートン式反射の場合、デジタル専用で考えれば副鏡なしのプライムフォーカスが最も合理的でしょう。この場合は裏像なのでデジタルで変換してほしいのですが、デジタルカメラのファームウェア・PC・タブレットのキャプチャソフトのいずれも、裏像変換可能なものは現状は(ほとんど?)ありません。 本記事は極力客観的に作成していますが、本記事によって発生した読者様の事象についてはその一切について責任を負いかねますことをご了承下さい。 特に注記のない画像は編集部で撮影したものです。 文中の社名、製品名は各社の商標または登録商標です。 編集部山口 千宗kojiro7inukai@gmail.comAdministrator天文リフレクションズ編集長です。天リフOriginal
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