新連載「望辞苑」の第1回は「軸上色収差」です。
「望辞苑」のコンセプトはこちらをごらん下さい。

軸上色収差とは何か?

屈折による光の分散

まず、色収差を理解するための基本中の基本、分散という現象を確認しておきましょう。

(c)3lian.com http://free-illustrations.gatag.net/2014/05/13/100000.html

上の図は、ガラスでできた「プリズム」を通った白色光が屈折する様子をイラストにしたものです。光はガラスをナナメに通過するときに、このように経路が曲げられるのですが(屈折)、その曲がり度合は光の色(=波長)によって異なります。



短い波長の光(青い光)は大きく曲げられ、長い波長の光(赤い光)は少ししか曲げられません。このような性質を分散とよんでいます。

このことを天体望遠鏡に当てはめると、凸レンズを通った光は色によって曲げられ方が違うため、赤い光はよりレンズから遠い位置に焦点を結び、青い光は近い位置に焦点を結ぶことになります。つまり、色によってピント位置が異なる結果になります。これを軸上色収差と呼んでいます。

軸上色収差の例

ホーキング織野の、サラリーマン、宇宙を語る
http://www.astronomy.orino.net/site/kataru/telescope/lens.html

1枚の単レンズの場合の軸上色収差のイメージ図。これでは星は点にならず、虹色にボケてしまいます。

Wikipedia 色収差
https://ja.wikipedia.org/wiki/色収差


画像下半分が故意に色収差を発生させたもの。右端で顕著な色ずれが生じているのが分かる。

軸上色収差が大きいとどんな風に像が悪化するかの例。これでは細かい部分は見えません。

視野の中心でも周辺でも影響がある

軸上色収差で抑えておくべき特性は、視野の中心であっても周辺であっても同じように性能に影響を与える、ということです。例えばコマ収差や非点収差、像面湾曲などの収差は視野の中心部では発生しませんが、軸上色収差(と球面収差)は視野内のどの位置でも同じレベルで発生します。

カメラレンズと異なり基本的に視野の狭い天体望遠鏡では、軸上色収差は球面収差と同様に、結像性能を左右する決定的な要素の一つとなります。

軸上色収差を減らす(補正する)には?

 

色消しレンズの発明

ホーキング織野の、サラリーマン、宇宙を語る
http://www.astronomy.orino.net/site/kataru/telescope/lens.html

そこで発明されたのが色消しレンズです。
軸上色収差に限らず、レンズの収差補正の基本は毒をもって毒を制すです。 材質の異なる凹レンズを組み合わせ、2枚のレンズで同じ量の反対の収差を発生させ補正するのです。

この設計の場合、厳密に焦点を一致させられるのは2つの色(波長)まで。このような「2色での色消し」をアクロマートと呼んでいます。それ以外の色の焦点位置は波長によってはかなり違ったものとなります。

このような2枚構成による「色消しレンズ」が発明されたのは1748年。270年前です。その後、ガラス材の進歩もありましたが、この構成のレンズは今でも低価格の製品を中心に天体望遠鏡に使用されています。 光学設計的にはもう基本中の基本、涸れきった技術で、使用するガラス材とF値が決まれば誰が設計しても同じものになると言えるくらいです。

EDレンズと蛍石レンズ

近年(50年前くらい)になるまで、軸上色収差の補正にはガラス材の性質の関係で限界があり、特に短い波長の光(青、紫)の軸上色収差を十分補正することができませんでした。

Canonホームページ・蛍石
http://cweb.canon.jp/ef/l-lens-j/technology/fluorite.html

ところが、ED(特殊低分散)や蛍石(フッ化カルシウムの人工結晶)といったガラス材が使用できるようになって以降、色収差の補正レベルは飛躍的に高まりました。

現在EDと蛍石は、カメラのレンズや天体望遠鏡の「高級」「高性能」を意味するブランドイメージとして広く定着しています。

3/24追記)

「特殊低分散」という呼称について補足しておきます。元々、光学の世界での学術的な呼称は「異常分散」なのですが、「異常」という言葉が「普通でないヘンなもの」と受け取られるのを嫌って「特殊低分散」という呼称がマーケティング的に使用されるようになったそうです。

Wikipedia 異常分散レンズ
https://ja.wikipedia.org/wiki/異常分散レンズ
Wikipedia 分散(光学)
https://ja.wikipedia.org/wiki/分散_(光学)

波長が短くなるほど屈折率が大きくなり、これを正常分散: normal dispersion)という。可視光域で透明な物質は、可視光域で正常分散が起こる。可視光以外でも物質の共鳴波長から離れた領域では正常分散が起こる。

これに対して、共鳴波長付近では逆に屈折率が小さくなり、長波長光のほうが短波長光より大きく屈折する。これを異常分散: anomalous dispersion)という。

波長と屈折率には「正常分散」の範囲内では単純な数式で表される関係が成り立ちます。逆にこのことが色収差の補正を困難にしています。ところが、ガラス材の種類によって決まる「共鳴波長」の付近では、この関係が「異常」なものとなり、これが色収差補正にとって有利に働くようです。

レンズを使用しない

別のアプローチとして、「反射望遠鏡」があります。反射望遠鏡の主鏡では軸上色収差は発生しません。光は反射では分散が発生しないからです。

協栄産業HP・タカハシε130D
http://www.kyoei-osaka.jp/SHOP/takahashi-e130d.html

現代でも軸上色収差が発生しないメリットを生かし、広く反射望遠鏡が使用されています。最近の反射望遠鏡は補正レンズを何枚か含むものが多くなっていますが、軸上色収差の大半はパワーの大きな対物側で発生するため、反射鏡を使用するメリットは大いにあります。

F値(口径比)を大きくする

もう一つ。外してはいけないことがあります。

色収差の大きさはレンズの屈折力(光学的には「パワー」とも呼びます)によって決まります。レンズのパワーを弱くしてF値を大きくすればするほど(同じ口径なら焦点距離が長くなるほど)軸上色収差を小さくすることができす。F値を倍にすれば軸上色収差は半減します。

Wikipedia 空気望遠鏡
https://ja.wikipedia.org/wiki/空気望遠鏡

このことを利用して、「色消しレンズ」の発明以前には、「空気望遠鏡」と呼ばれる異様に長い望遠鏡が制作された時代がありました。

上の絵は口径20cm、焦点距離なんと50m、F値で言えば250にもなります(*)。あまりにも長すぎて実用上の不便が大きく、精度の良い反射望遠鏡や色消しレンズの発明によって廃れてゆきました。

(*)土星の「カッシーニの空隙」は単レンズの空気望遠鏡によって発見されたものです。昔からド変態はいたということですね^^

空気望遠鏡は今となっては冗談のような話ですが、F値を大きくすればするほど(ほとんどの)収差は小さくなる(=Fの暗いは七難隠す)というのは現代でも真理です。

昭和の時代の「8cmF15、焦点距離1200mmのアクロマート」は現代の短焦点アポクロマートと遜色のない見え方をすると言われていますが、これはあながち誇張ではありません。逆に言えば、写真用途の広まりでF値をより小さくしたいという要請が生まれ、その結果アポクロマートの普及が進んだともいえます。

軸上色収差はどこまで補正されるべきか

では天体望遠鏡では、軸上色収差はどこまで補正されるべきなのでしょうか?

軸上色収差に限った話ではないのですが、収差補正に完全はありません。完璧な天体望遠鏡などといったものは存在しない(*)のです。補正はあくまで補正。どんなに工夫をして最適な設計をしても、ある程度の収差が残ります(残存収差)。

(*)この言説もまた完全ではありません。放物面1枚の反射望遠鏡の中心像は、理論的には完全な無収差です。

現在製品として存在する設計例から、軸上色収差の補正レベルを見てみることにしましょう。

2枚構成のアクロマートの例

先に挙げた2枚構成の色消しレンズは、特殊なガラス材を使用しない限り安価に大量生産できるため、低価格帯の天体望遠鏡や双眼鏡で今でも広く使用されています。

 星爺から若人へ・アポクロマートという用語
http://tentai.asablo.jp/blog/2015/09/05/

典型的な2枚玉アクロマートレンズの収差図。「○線」とある色の付いた線が、波長後との結像位置を表しています。上の図では、緑の「e線」と黄色の「d線」はほぼ同じ場所にありますが、この2つの波長については残存収差が少なくなっていることを意味します。

一方で、赤のC線、青のF線はやや離れた場所にあるのがわかります。さらに、紫のg線に至っては、2mmもはなれた場所にあり大幅にズレてしまっています。



結論だけをいえば、この設計のレンズはきちんと製造されれば、低倍率の眼視用途では「けっこう良く見える」レベルになり、じゅうぶん楽しめるものになりますが、高倍率の惑星観察ではやや色づきが目立ちコントラスト的に不満が出るかもしれません。

また、写真用途では「かなりの青ハロが出て強い強調には耐えない」レベルになり、現代的な写真品質の水準ではちょっと厳しいといえるでしょう。

3枚構成のアポクロマートの例

高橋製作所HP
http://www.takahashijapan.com/products.html
http://www.takahashijapan.com/ct-products/products/prodimg/TOA130/TOA130kyumensyusazu1.gif

もうひとつ例を挙げてみましょう。現在の最高峰ともいえる高橋製作所の3枚玉アポクロマート(*)TOA130の球面収差図です。

(*)「アポクロマート」という言葉の厳密な定義(というよりも解釈)は諸説あります。ここでは「3つの波長での色消し」の意味で使用しています。

2枚の一般的なガラス材ではじゅうぶん補正できなかった色収差が、3枚のレンズ(うち2枚はスーパーEDガラスという特殊なガラス材)を使用することでほぼ完璧に補正されています。

g,d,C,Fの4つの波長でほとんど直線。スペックだけ見れば2枚玉アクロマートとはもう天地の差。眼視用途でも写真用途でも、色収差(と球面収差)だけで見れば、どこにも不満のないレベルです。

しかしこの望遠鏡は1本55.8万円(2018/3現在、税抜価格)。これが2枚玉のアクロマートなら一桁安い値段になるでしょう。どちらの選択が貴方にとって幸せなのかは、人それぞれです。

例えばこの製品は口径120mmF5というアクロマートレンズの鏡筒。収差補正だけで見るとお話にならないほどTOA130とはレベルが違います。でも価格は4万円。低倍率の星雲星団観望では口径120mmの光量が大きく効いてくるため、じゅうぶん存在価値のある製品といえます。

ここで言いたかったことは、収差の補正に「べき」はなく、自分の用途と目的、予算によって最適な選択は異なる、ということです。また、今回は軸上色収差のお話ですが、それ以外のさまざまな要因も絡み合ってくるのです。

軸上色収差が性能に与える影響

では軸上色収差は、どんな場合に・どんな影響を与えるのでしょうか。それを見ていくことにしましょう。

眼視用途の場合

肉眼の特性

眼視の場合、色収差の評価は写真とは異なった観点が必要になります。人間の眼は緑色で最も感度も解像力が高く、また赤色・青色ではあまり細かい構造を識別することができません。

上の画像はテストチャートをレベル補正で暗くし、R/G/Bそれぞれに分解したものですが、どの色が一番はっきり見えますか?筆者の眼では緑>赤>>青のように見えます。

このため、眼視での「見え味」は収差図ほどの極端な差が現れず、主に中間波長(500nm〜580nm前後)での軸上色収差が大きく効いてきます。(詳細は略しますが、「ストレール比」という人間の眼の特性を考慮した結像性能の指標があります)。

また、暗所では色そのものの検知能力が大きく低下します。暗い光を認識できる眼の「桿体細胞」には色の識別能力がないからです。

Wikipedia 桿体細胞
https://ja.wikipedia.org/wiki/桿体細胞

他にも、軸上色収差とは直接関係しない話ですが、色と細かい部分を認識できる眼の「錐体細胞」は網膜のごく中心部にしか存在しません。眼視用途の天体望遠鏡で周辺像の乱れが大きな問題にならないのはこのためです。

眼視用途では、写真用途と異なり、これらの人間の眼の特性を考慮して天体望遠鏡の性能を評価する必要があるのです。

明るい対象での色づき、コントラスト低下

軸上色収差が大きいと、輝度差の大きな対象物の境目に青や紫などの色が付いて見えます。天体の場合、月面の縁やクレーターと影の境目、惑星の縁、明るい星の周囲などです。

実はこれは、天体望遠鏡を見慣れていない人にとっては、あまり気になりません。「そんなものか」と思ってしまったり、逆に「いろんな色が見えてキレイ」と感じたりするからです。

でも、軸上色収差には明確なデメリットがあります。色によってピント位置が異なるわけですから、例えば緑の光でピントが合った状態でも、赤と青の光はわずかにピンボケになるのです。また、アクロマートレンズの場合紫の焦点位置が大きく異なる関係で、ぼやっとした紫の霧につつまれたような形でコントラストが低下します。

眼視の経験値が上がってくるにつれ、これらの残存色収差のもたらす弊害を感じるようになってくるでしょう。低倍率では色収差は輝度差のある対象の尖鋭さ・スッキリ感の違いとなって現れます。また、限界近い高倍率ではコントラストの低下によって解像力を大きく左右します。たとえば、惑星面の微妙な濃淡・模様の見え方や、近接した2重星の分離が悪くなります。

特にマニア的こだわりが強くなってくると、ほんの少し色づきがあるだけで許せない気分になってしまうという精神衛生上の問題もなくはありません^^;;

暗い対象の場合はあまり問題にならない

一方で星雲星団などの淡い対象をの場合は軸上色収差はさほど大きな問題にはなりません(あくまでもアクロマートレベルの収差補正がなされている前提での話です)。

その理由は、暗い対象の場合は眼の色の識別能力が低下するため。そもそも色を感じにくくなるため、軸上色収差の存在そのものが目立たなくなってくるのです。

実際には「ボケ」となって現れているはずなのですが、暗い対象の場合そもそも人間の眼は細かい部分をあまり認識できないため、少々のボケは問題にならなくなってしまうのです。

個人差が大きい眼視

人間の視力はかなり個人差・年齢差が大きなものです。筆者個人の例で恐縮ですが、50を越えたころからメガネで矯正しても視力1.5がクリアできなくなってしまいました。また、視力が2.0を越え極端な話では5.0にも達するような方も一定の比率で存在するようです。

そのような方にとっては、これまでしてきた話はずいぶん変わってくるはずです。特に低倍率側での収差の影響が大きくなってくるはずで(*)、より高性能な天体望遠鏡を手にすることで、より素晴らしい世界が手に入ることでしょう。

(*)高倍率側では、解像力の限界は回折という光学的現象で上限が限られてしまいまい、肉眼の視力に依存する余地が少なくなるため。これは筆者の推測です。

写真用途の場合

眼視とは大きく異なる写真適性

写真用途の場合、眼視とは大きく事情が変わってきます。写真では視野の範囲全てで・対象の明るさにかかわらず、色を同じように認識でき、同じように高解像度です。眼視で許された小さな問題も写真では大きな問題となってしまうことになります。

一番の大敵、青ハロ・赤ハロ

写真用途で一番問題になるのが、軸上色収差によって星の回りに赤・青の光芒が取り囲む現象「青ハロ・赤ハロ」です。写真用途(特に星野写真)ではこの問題が軸上色収差の問題のほとんど全てといっても過言ではありません。

アクロマート望遠鏡の青ハロ・赤ハロ対策
http://wpjzrn.ddo.jp/astro/Schwarz/

実際になんの対策も無しに写真を撮ると写真1 *2 の通りになってしまいます。 この絵をみると、使えない評価になるのも頷けます。

アクロマートレンズの場合の典型的な作例。輝星の周りに濃い青のハロが取り囲んでしまいました。上のリンク先にあるように、アクロマートレンズでも色々と工夫すればハロを低減することは可能ですが、苦しいことには変わりはありません。

ではアポクロマートならどうでしょうか。

FSQ106ED*645RD EOS Liss X5 120sec*28

撮影条件が違うので簡単には比較できませんが、軸上色収差という点では全く違うレベルであることがわかります。拡大しても軸上色収差の存在はほとんどわかりません。写真用途での色消しの重要性がよくわかります。

EOS Kiss5 EF135mmF2L F2.8 60sec*46

天体望遠鏡ではなくカメラレンズの例ですが、軸上色収差の悪影響の例をもうひとつ見てみましょう。レンズはEDレンズを使用したキヤノンの135mmF2Lです。

この作例は結果的に赤色でピントを合わせた結果になっていて、青の像がボケてしまい非常に見苦しい二重像になってしまいました。ピント位置を最適化すればもっと見られた結果になるはずですが、たとえEDレンズを使用していたとしても、デジタルでの軸上色収差補正レベルには非常に高いものが要求されることがわかる一例です。

写真で問題になるそのほかの「色」収差

収差理論的には「軸上色収差」とは別物になるのですが、写真用途では様々な形で「色」による収差の問題が現れてきます。

その一つが「倍率の色収差」。軸上色収差は焦点距離のズレでしたが、こちらは波長によって像の大きさが異なることによって発生し、具体的には周辺像が虹色に流れる現象として現れます。

主に倍率の色収差で星像が色づいた例。EF24mmF1.4Lの周辺部。広角レンズの周辺部では主に倍率色収差、コマ収差、非点収差の3つによって、複雑な形状の色づきが現れてきます。

その他にも、球面収差・非点収差・コマ収差が「色によって出方や形状が異なる」ことにより、点像の周りに複雑な色ズレが発生することがあります。強い強調を行う天体写真では、これらが問題になることも多いのですが、本稿での言及はここまでにしておきます。

まとめ

いかがでしたか?

軸上色収差と楽しく付き合って、豊かな天文ライフを送ってくださいね!

 

 

  https://reflexions.jp/tenref/orig/wp-content/uploads/sites/4/2018/03/823aba3bfdb5ffcc88e77dcbc2d116e5.jpghttps://reflexions.jp/tenref/orig/wp-content/uploads/sites/4/2018/03/823aba3bfdb5ffcc88e77dcbc2d116e5-150x150.jpg編集部望辞苑新連載「望辞苑」の第1回は「軸上色収差」です。 「望辞苑」のコンセプトはこちらをごらん下さい。 軸上色収差とは何か? 屈折による光の分散 まず、色収差を理解するための基本中の基本、分散という現象を確認しておきましょう。 上の図は、ガラスでできた「プリズム」を通った白色光が屈折する様子をイラストにしたものです。光はガラスをナナメに通過するときに、このように経路が曲げられるのですが(屈折)、その曲がり度合は光の色(=波長)によって異なります。 短い波長の光(青い光)は大きく曲げられ、長い波長の光(赤い光)は少ししか曲げられません。このような性質を分散とよんでいます。 このことを天体望遠鏡に当てはめると、凸レンズを通った光は色によって曲げられ方が違うため、赤い光はよりレンズから遠い位置に焦点を結び、青い光は近い位置に焦点を結ぶことになります。つまり、色によってピント位置が異なる結果になります。これを軸上色収差と呼んでいます。 軸上色収差の例 ホーキング織野の、サラリーマン、宇宙を語る http://www.astronomy.orino.net/site/kataru/telescope/lens.html 1枚の単レンズの場合の軸上色収差のイメージ図。これでは星は点にならず、虹色にボケてしまいます。 Wikipedia 色収差 https://ja.wikipedia.org/wiki/色収差 画像下半分が故意に色収差を発生させたもの。右端で顕著な色ずれが生じているのが分かる。 軸上色収差が大きいとどんな風に像が悪化するかの例。これでは細かい部分は見えません。 視野の中心でも周辺でも影響がある 軸上色収差で抑えておくべき特性は、視野の中心であっても周辺であっても同じように性能に影響を与える、ということです。例えばコマ収差や非点収差、像面湾曲などの収差は視野の中心部では発生しませんが、軸上色収差(と球面収差)は視野内のどの位置でも同じレベルで発生します。 カメラレンズと異なり基本的に視野の狭い天体望遠鏡では、軸上色収差は球面収差と同様に、結像性能を左右する決定的な要素の一つとなります。 軸上色収差を減らす(補正する)には?   色消しレンズの発明 ホーキング織野の、サラリーマン、宇宙を語る http://www.astronomy.orino.net/site/kataru/telescope/lens.html そこで発明されたのが色消しレンズです。 軸上色収差に限らず、レンズの収差補正の基本は毒をもって毒を制すです。 材質の異なる凹レンズを組み合わせ、2枚のレンズで同じ量の反対の収差を発生させ補正するのです。 この設計の場合、厳密に焦点を一致させられるのは2つの色(波長)まで。このような「2色での色消し」をアクロマートと呼んでいます。それ以外の色の焦点位置は波長によってはかなり違ったものとなります。 このような2枚構成による「色消しレンズ」が発明されたのは1748年。270年前です。その後、ガラス材の進歩もありましたが、この構成のレンズは今でも低価格の製品を中心に天体望遠鏡に使用されています。 光学設計的にはもう基本中の基本、涸れきった技術で、使用するガラス材とF値が決まれば誰が設計しても同じものになると言えるくらいです。 EDレンズと蛍石レンズ 近年(50年前くらい)になるまで、軸上色収差の補正にはガラス材の性質の関係で限界があり、特に短い波長の光(青、紫)の軸上色収差を十分補正することができませんでした。 Canonホームページ・蛍石 http://cweb.canon.jp/ef/l-lens-j/technology/fluorite.html ところが、ED(特殊低分散)や蛍石(フッ化カルシウムの人工結晶)といったガラス材が使用できるようになって以降、色収差の補正レベルは飛躍的に高まりました。 現在EDと蛍石は、カメラのレンズや天体望遠鏡の「高級」「高性能」を意味するブランドイメージとして広く定着しています。 3/24追記) 「特殊低分散」という呼称について補足しておきます。元々、光学の世界での学術的な呼称は「異常分散」なのですが、「異常」という言葉が「普通でないヘンなもの」と受け取られるのを嫌って「特殊低分散」という呼称がマーケティング的に使用されるようになったそうです。 Wikipedia 異常分散レンズ https://ja.wikipedia.org/wiki/異常分散レンズ Wikipedia 分散(光学) https://ja.wikipedia.org/wiki/分散_(光学) 波長が短くなるほど屈折率が大きくなり、これを正常分散(英: normal dispersion)という。可視光域で透明な物質は、可視光域で正常分散が起こる。可視光以外でも物質の共鳴波長から離れた領域では正常分散が起こる。 これに対して、共鳴波長付近では逆に屈折率が小さくなり、長波長光のほうが短波長光より大きく屈折する。これを異常分散(英: anomalous dispersion)という。 波長と屈折率には「正常分散」の範囲内では単純な数式で表される関係が成り立ちます。逆にこのことが色収差の補正を困難にしています。ところが、ガラス材の種類によって決まる「共鳴波長」の付近では、この関係が「異常」なものとなり、これが色収差補正にとって有利に働くようです。 レンズを使用しない 別のアプローチとして、「反射望遠鏡」があります。反射望遠鏡の主鏡では軸上色収差は発生しません。光は反射では分散が発生しないからです。 協栄産業HP・タカハシε130D http://www.kyoei-osaka.jp/SHOP/takahashi-e130d.html 現代でも軸上色収差が発生しないメリットを生かし、広く反射望遠鏡が使用されています。最近の反射望遠鏡は補正レンズを何枚か含むものが多くなっていますが、軸上色収差の大半はパワーの大きな対物側で発生するため、反射鏡を使用するメリットは大いにあります。 F値(口径比)を大きくする もう一つ。外してはいけないことがあります。 色収差の大きさはレンズの屈折力(光学的には「パワー」とも呼びます)によって決まります。レンズのパワーを弱くしてF値を大きくすればするほど(同じ口径なら焦点距離が長くなるほど)軸上色収差を小さくすることができす。F値を倍にすれば軸上色収差は半減します。 Wikipedia 空気望遠鏡 https://ja.wikipedia.org/wiki/空気望遠鏡 このことを利用して、「色消しレンズ」の発明以前には、「空気望遠鏡」と呼ばれる異様に長い望遠鏡が制作された時代がありました。 上の絵は口径20cm、焦点距離なんと50m、F値で言えば250にもなります(*)。あまりにも長すぎて実用上の不便が大きく、精度の良い反射望遠鏡や色消しレンズの発明によって廃れてゆきました。 (*)土星の「カッシーニの空隙」は単レンズの空気望遠鏡によって発見されたものです。昔からド変態はいたということですね^^ 空気望遠鏡は今となっては冗談のような話ですが、F値を大きくすればするほど(ほとんどの)収差は小さくなる(=Fの暗いは七難隠す)というのは現代でも真理です。 昭和の時代の「8cmF15、焦点距離1200mmのアクロマート」は現代の短焦点アポクロマートと遜色のない見え方をすると言われていますが、これはあながち誇張ではありません。逆に言えば、写真用途の広まりでF値をより小さくしたいという要請が生まれ、その結果アポクロマートの普及が進んだともいえます。 軸上色収差はどこまで補正されるべきか では天体望遠鏡では、軸上色収差はどこまで補正されるべきなのでしょうか? 軸上色収差に限った話ではないのですが、収差補正に完全はありません。完璧な天体望遠鏡などといったものは存在しない(*)のです。補正はあくまで補正。どんなに工夫をして最適な設計をしても、ある程度の収差が残ります(残存収差)。 (*)この言説もまた完全ではありません。放物面1枚の反射望遠鏡の中心像は、理論的には完全な無収差です。 現在製品として存在する設計例から、軸上色収差の補正レベルを見てみることにしましょう。 2枚構成のアクロマートの例 先に挙げた2枚構成の色消しレンズは、特殊なガラス材を使用しない限り安価に大量生産できるため、低価格帯の天体望遠鏡や双眼鏡で今でも広く使用されています。  星爺から若人へ・アポクロマートという用語 http://tentai.asablo.jp/blog/2015/09/05/ 典型的な2枚玉アクロマートレンズの収差図。「○線」とある色の付いた線が、波長後との結像位置を表しています。上の図では、緑の「e線」と黄色の「d線」はほぼ同じ場所にありますが、この2つの波長については残存収差が少なくなっていることを意味します。 一方で、赤のC線、青のF線はやや離れた場所にあるのがわかります。さらに、紫のg線に至っては、2mmもはなれた場所にあり大幅にズレてしまっています。 結論だけをいえば、この設計のレンズはきちんと製造されれば、低倍率の眼視用途では「けっこう良く見える」レベルになり、じゅうぶん楽しめるものになりますが、高倍率の惑星観察ではやや色づきが目立ちコントラスト的に不満が出るかもしれません。 また、写真用途では「かなりの青ハロが出て強い強調には耐えない」レベルになり、現代的な写真品質の水準ではちょっと厳しいといえるでしょう。 3枚構成のアポクロマートの例 高橋製作所HP http://www.takahashijapan.com/products.html もうひとつ例を挙げてみましょう。現在の最高峰ともいえる高橋製作所の3枚玉アポクロマート(*)TOA130の球面収差図です。 (*)「アポクロマート」という言葉の厳密な定義(というよりも解釈)は諸説あります。ここでは「3つの波長での色消し」の意味で使用しています。 2枚の一般的なガラス材ではじゅうぶん補正できなかった色収差が、3枚のレンズ(うち2枚はスーパーEDガラスという特殊なガラス材)を使用することでほぼ完璧に補正されています。 g,d,C,Fの4つの波長でほとんど直線。スペックだけ見れば2枚玉アクロマートとはもう天地の差。眼視用途でも写真用途でも、色収差(と球面収差)だけで見れば、どこにも不満のないレベルです。 しかしこの望遠鏡は1本55.8万円(2018/3現在、税抜価格)。これが2枚玉のアクロマートなら一桁安い値段になるでしょう。どちらの選択が貴方にとって幸せなのかは、人それぞれです。 例えばこの製品は口径120mmF5というアクロマートレンズの鏡筒。収差補正だけで見るとお話にならないほどTOA130とはレベルが違います。でも価格は4万円。低倍率の星雲星団観望では口径120mmの光量が大きく効いてくるため、じゅうぶん存在価値のある製品といえます。 ここで言いたかったことは、収差の補正に「べき」はなく、自分の用途と目的、予算によって最適な選択は異なる、ということです。また、今回は軸上色収差のお話ですが、それ以外のさまざまな要因も絡み合ってくるのです。 軸上色収差が性能に与える影響 では軸上色収差は、どんな場合に・どんな影響を与えるのでしょうか。それを見ていくことにしましょう。 眼視用途の場合 肉眼の特性 眼視の場合、色収差の評価は写真とは異なった観点が必要になります。人間の眼は緑色で最も感度も解像力が高く、また赤色・青色ではあまり細かい構造を識別することができません。 このため、眼視での「見え味」は収差図ほどの極端な差が現れず、主に中間波長(500nm〜580nm前後)での軸上色収差が大きく効いてきます。(詳細は略しますが、「ストレール比」という人間の眼の特性を考慮した結像性能の指標があります)。 また、暗所では色そのものの検知能力が大きく低下します。暗い光を認識できる眼の「桿体細胞」には色の識別能力がないからです。 Wikipedia 桿体細胞 https://ja.wikipedia.org/wiki/桿体細胞 他にも、軸上色収差とは直接関係しない話ですが、色と細かい部分を認識できる眼の「錐体細胞」は網膜のごく中心部にしか存在しません。眼視用途の天体望遠鏡で周辺像の乱れが大きな問題にならないのはこのためです。 眼視用途では、写真用途と異なり、これらの人間の眼の特性を考慮して天体望遠鏡の性能を評価する必要があるのです。 明るい対象での色づき、コントラスト低下 軸上色収差が大きいと、輝度差の大きな対象物の境目に青や紫などの色が付いて見えます。天体の場合、月面の縁やクレーターと影の境目、惑星の縁、明るい星の周囲などです。 実はこれは、天体望遠鏡を見慣れていない人にとっては、あまり気になりません。「そんなものか」と思ってしまったり、逆に「いろんな色が見えてキレイ」と感じたりするからです。 でも、軸上色収差には明確なデメリットがあります。色によってピント位置が異なるわけですから、例えば緑の光でピントが合った状態でも、赤と青の光はわずかにピンボケになるのです。また、アクロマートレンズの場合紫の焦点位置が大きく異なる関係で、ぼやっとした紫の霧につつまれたような形でコントラストが低下します。 眼視の経験値が上がってくるにつれ、これらの残存色収差のもたらす弊害を感じるようになってくるでしょう。低倍率では色収差は輝度差のある対象の尖鋭さ・スッキリ感の違いとなって現れます。また、限界近い高倍率ではコントラストの低下によって解像力を大きく左右します。たとえば、惑星面の微妙な濃淡・模様の見え方や、近接した2重星の分離が悪くなります。 特にマニア的こだわりが強くなってくると、ほんの少し色づきがあるだけで許せない気分になってしまうという精神衛生上の問題もなくはありません^^;; 暗い対象の場合はあまり問題にならない 一方で星雲星団などの淡い対象をの場合は軸上色収差はさほど大きな問題にはなりません(あくまでもアクロマートレベルの収差補正がなされている前提での話です)。 その理由は、暗い対象の場合は眼の色の識別能力が低下するため。そもそも色を感じにくくなるため、軸上色収差の存在そのものが目立たなくなってくるのです。 実際には「ボケ」となって現れているはずなのですが、暗い対象の場合そもそも人間の眼は細かい部分をあまり認識できないため、少々のボケは問題にならなくなってしまうのです。 個人差が大きい眼視 人間の視力はかなり個人差・年齢差が大きなものです。筆者個人の例で恐縮ですが、50を越えたころからメガネで矯正しても視力1.5がクリアできなくなってしまいました。また、視力が2.0を越え極端な話では5.0にも達するような方も一定の比率で存在するようです。 そのような方にとっては、これまでしてきた話はずいぶん変わってくるはずです。特に低倍率側での収差の影響が大きくなってくるはずで(*)、より高性能な天体望遠鏡を手にすることで、より素晴らしい世界が手に入ることでしょう。 (*)高倍率側では、解像力の限界は回折という光学的現象で上限が限られてしまいまい、肉眼の視力に依存する余地が少なくなるため。これは筆者の推測です。 写真用途の場合 眼視とは大きく異なる写真適性 写真用途の場合、眼視とは大きく事情が変わってきます。写真では視野の範囲全てで・対象の明るさにかかわらず、色を同じように認識でき、同じように高解像度です。眼視で許された小さな問題も写真では大きな問題となってしまうことになります。 一番の大敵、青ハロ・赤ハロ 写真用途で一番問題になるのが、軸上色収差によって星の回りに赤・青の光芒が取り囲む現象「青ハロ・赤ハロ」です。写真用途(特に星野写真)ではこの問題が軸上色収差の問題のほとんど全てといっても過言ではありません。 アクロマート望遠鏡の青ハロ・赤ハロ対策 http://wpjzrn.ddo.jp/astro/Schwarz/ 実際になんの対策も無しに写真を撮ると写真1 *2 の通りになってしまいます。 この絵をみると、使えない評価になるのも頷けます。 アクロマートレンズの場合の典型的な作例。輝星の周りに濃い青のハロが取り囲んでしまいました。上のリンク先にあるように、アクロマートレンズでも色々と工夫すればハロを低減することは可能ですが、苦しいことには変わりはありません。 ではアポクロマートならどうでしょうか。 撮影条件が違うので簡単には比較できませんが、軸上色収差という点では全く違うレベルであることがわかります。拡大しても軸上色収差の存在はほとんどわかりません。写真用途での色消しの重要性がよくわかります。 天体望遠鏡ではなくカメラレンズの例ですが、軸上色収差の悪影響の例をもうひとつ見てみましょう。レンズはEDレンズを使用したキヤノンの135mmF2Lです。 この作例は結果的に赤色でピントを合わせた結果になっていて、青の像がボケてしまい非常に見苦しい二重像になってしまいました。ピント位置を最適化すればもっと見られた結果になるはずですが、たとえEDレンズを使用していたとしても、デジタルでの軸上色収差補正レベルには非常に高いものが要求されることがわかる一例です。 写真で問題になるそのほかの「色」収差 収差理論的には「軸上色収差」とは別物になるのですが、写真用途では様々な形で「色」による収差の問題が現れてきます。 その一つが「倍率の色収差」。軸上色収差は焦点距離のズレでしたが、こちらは波長によって像の大きさが異なることによって発生し、具体的には周辺像が虹色に流れる現象として現れます。 その他にも、球面収差・非点収差・コマ収差が「色によって出方や形状が異なる」ことにより、点像の周りに複雑な色ズレが発生することがあります。強い強調を行う天体写真では、これらが問題になることも多いのですが、本稿での言及はここまでにしておきます。 まとめ いかがでしたか? 軸上色収差と楽しく付き合って、豊かな天文ライフを送ってくださいね!      編集部発信のオリジナルコンテンツ