編集長、メディアを語る
皆さんの2017年はいかがでしたか?突然ですが年末年始スペシャル企画として、天リフ編集部が編集長山口千宗氏に密着しロングインタビューを敢行!ビジネスから脱サラまでの半生、天リフにかける思いなど、全ての本音を引き出します。

 

天文リフレクションズ編集長、リフレクションズメディア代表の山口千宗氏。

何ですか、この企画?

ー天リフ編集部です。突然呼ばれたのですが、どんなご用件ですか?

山口いや、セルフブランディングのツールを作ろうと思いまして。私は対面コミュニケーションでの自分語りがあんまり得意じゃないので、お客様にお伝えしたいことを一通りまとめておこうと。

ーそんな記事に興味を持つ人なんているんですか?



山口さあ・・・(大汗)よっちゃんさんとか、絶対読みそうにないですよねw正直、ページビューがどうなるのか怖いですw
でも、決して数は多くはないと思うんですが、天リフを熱心にごらんいただいている読者の皆様、いわゆる「天文業界」のビジネスをされている方、天リフのビジネスに関心のある方に、きちんと天リフの成り立ちや立ち位置・目指しているものをお話ししておくべき時期だと思うんです。
本当なら日経ビジネスさんにインタビューされたいですけどwまあ知名度もないし。まずは自給自足形式で。

ーははは。。。

「旧メディア」がまだ滅びていない2つの理由

ーまず、天リフを始めた動機からお聞かせください。

山口はい、その前に、「メディア」について語らねばなりません。インターネットが世に生まれて30年、世の中は大きく変わりました。でも、新聞、テレビ、ラジオ、雑誌のいわゆる「旧4大メディア」はインターネット以前と比べて規模が縮小しただけで本質は実は何も変わっていません。もっと早く「滅びる」という予想もあったのですが、それよりもはるかにゆっくりと、でも着実に縮小してしまっています。

ガベージニュース
http://www.garbagenews.net/archives/2031422.html

情報のデジタル化は破壊的なパワーを持っています。情報伝達手段としての旧メディアが衰退していくことは誰の眼にも明らかでした。でも、なぜその変化がこれほどゆっくりだったのか。そのことへの疑問がまず第一にありました。

ーそれはなぜなんでしょうか?

山口その最大の理由は、メディアの制作局面においては、それは極めて情報集約的で専門性の高い業務だからです。コンピュータは定型的なことは得意ですが、多岐に及ぶ情報を多面的に収集し、人間の興味関心というきわめて高度でエモーショナルな感情に訴えられる形にまで加工することは得意ではありませんでした。

ーメディアの編集・制作は、人間にしかできない「最後の牙城」だというわけですね。

山口はい、その通りです。でも、実用的な人工知能(AI)の登場でそれも大きく変わってゆくことでしょう。でもその話は後ほど。まずは「AI以前」の文脈で話を続けます。
実はメディアの衰退がゆっくりだった理由はもう一つあります。大手広告代理店の存在です。

ー山口さんはかつて大手代理店系のWeb制作会社におられたそうですね。

山口はい、2000年に立ち上げから参加したITベンチャーが2005年に大手代理店の子会社と合併し、2年ほど在籍しました。そこで体感したのが、広告代理店がメディア業界にもつ絶大な影響力です。
陰謀論的に「代理店はメディアを支配している」と言われることがありますが、実態は「メディアの収益基盤となるビジネスの上流を握っている」ということです。代理店なしにはメディアは立ちゆきません。
また、大手代理店は日本最強の営業部隊です。この存在も、4大旧メディアがここまで滅びることなく維持できた理由の一つなのでしょう。

「雑誌」は滅びるのか?

ーそのことと、天リフ起業の理由はどうリンクするのでしょうか?

山口旧4大メディア(新聞、テレビ、ラジオ、雑誌)の衰退の仕方は、実はそれぞれ違った様相があります。テレビ・ラジオは規制産業、新聞は設備産業ですから、新規参入を拒み続けることでなんとか維持することができました。
また、「大手のメディア」には背後に強い代理店がありますから、それに守られてきた側面もありました。

でもその中で、一番悲惨なのは「雑誌」です。雨後の筍のように湧いて来るネットメディアやSNSに切り崩され、紙メディアとしての書籍・雑誌はもう風前の灯火です。小さな本屋は次々となくなり、コンビニの書棚はどんどん小さくなっている。私の住んでいる福岡ではもう近所では天文雑誌を買うことができず、天神まで行かねばなりません。

全国出版統計
http://www.ajpea.or.jp/statistics/

ー雑誌が真っ先に滅びると?

山口いえ、そうではありません。厳しい環境にさらされるほど、生態系はそれに適応していくものです。雑誌の中でも規模の大きなところは様々な企業努力によって形を変えてきています。むしろ、雑誌は他のメディアよりもネット時代に一番早く適合していると思います。例えば、インプレス社は早くから雑誌メディア的ビジネスをネット上で展開していますし、日経BPや東洋経済など、もうビジネスはネット側がメインです。

雑誌というメディアの本来の価値を見失わず、紙からネットに移行できた企業、それが可能な資本力と規模を持った企業は成功しているといえるでしょう。コンビニから雑誌が消えていくのは衰退の象徴でもありますが、別の新しい場所にビジネスをシフトすることができた結果でもあるのです。
かつてのような安定した高い収益性は失いましたが。

「雑誌の本来の価値」とは?

ーでは、雑誌の本来の価値とは何なのでしょうか?

山口昔の話はありますが、かつて雑誌は「新しい世界への窓」でした。何かを始めたいと思ったら丸善か紀伊国屋に行って専門雑誌を買う。1号を熟読すれば、だいたいはその世界が見えたものでしたし、そうするには雑誌を買うくらいしか方法がありませんでした。

雑誌・専門雑誌の買い取りについて https://ameblo.jp/academiabooks/entry-12213065135.html

ーでも今はインターネットがあります。

山口はい、その通りです。今なら天体写真を始めたいと思ったら、まずは「Google検索」ですね。

でも、この結果は雑誌メディアによる体験とは全く異なります。無料である・本屋に行かなくても手に入るというメリットはあるものの、ここから自分の欲しい情報に出会うまでは、自力でこの先の壁を越えなくてはなりません。少なくともGoogle検索だけでは、ある部分は「新しい世界の窓」としての機能には不十分だと思うのです。

ー最近は様々な分野の「専門ポータル」が増えてきていますよね。それではだめなのでしょうか?

山口いえ、それでOKです。充実した専門ポータルと検索エンジンの組み合わせであれば、紙の雑誌を完全に代替できるでしょう。それどころか、代替どころではなくよりよいサービスを提供できるようになってきていると思います。

ヤマケイオンライン https://www.yamakei-online.com

例えば、「ヤマケイオンライン」というサイトがあります。今はインプレスグループになった山と渓谷社が運営している登山のポータルサイトです。このようなサイトがあれば、これは「新しい世界への窓」としてじゅうぶんに機能することでしょう。

「マイナー趣味の雑誌」は生き残れるのか?

ーだんだん仰りたいことが見えてきた気がします。では「天文雑誌」はどんな状況なのでしょうか。

山口例えば、「星ナビ」の場合、平成14年度の売上高は1.08億円、従業員は10名でした。おそらく「天文ガイド」も同じような規模でしょう。
企業として見れば、この規模は零細企業です。雑誌に限らずメディアというものは、世間の中での認知度の割には事業規模はずっと小さいのです。

このことは、財務的なIT化への適応力に如実に現れてしまいます。天文雑誌のようなマーケットの小さい趣味の雑誌は、大手代理店の庇護も薄ければ大きなIT投資も難しい、非常に厳しい状況にこれまで置かれてきたといえるでしょう。

先ほどの山と渓谷社の場合、H29年度は売上10.2億、従業員は65人です。星ナビの10倍ですね。この規模の差がIT対応の差を分けたのではないでしょうか。逆に、雑誌メディアのネット対応が年間売上10億円という規模までに下りてきた、とも言えるでしょう。



天文ファンは「情報難民」である

ーこれまでのお話しをまとめると、雑誌というメディアは実はインターネットに最も早く対応し生き残って行く方向にあるが、小規模の雑誌メディアは取り残された状態であると言うことでしょうか?

山口そういうことになります。言ってみれば、天文ファンは「情報」という面では「難民」のようなものです。
天文などの少数の趣味分野が、ネット対応に最後に取り残されてしまった状態です。

ーブログやSNSという手段はどうなのでしょうか?

山口ビジネスとコミュニティのそれぞれに問題があります。
例えばFacebookには天文系グループがいくつもあってそれぞれ活発ですが、情報ビジネス的には胴元であるFacebookの一人勝ちです。天文マーケットにはほぼ一銭もお金は落ちてきません。天文ファンと業界は実は回り回ってFacebookに搾取されているという認識を持っていいのではないのでしょうか。


また、ブログやSNSは個人間のコミュニケーションです。良好なコミュニケーションは楽しく双方向にメリットが得られます。ただ、最大の問題は、関係性が蛸壷化することです。蛸壷化のデメリットは炎上などの人間関係の軋轢もあるのですが、最大の問題は新規参入者にフレンドリーでなくなることです。活発だけどいつも同じ顔ぶれで、平均年齢が毎年一つづつ上がっていく、そんな世界です。

天文趣味はそもそもが「蛸壷」?

ー「蛸壷」のお話しでいうと、ネット化以前からも天文趣味は蛸壷だったような気がします。

山口そうかもしれませんね。インターネットが出てこなくても、結局市場規模の小さい趣味分野はそうなっていたのかもしれません。逆に、「蛸壷化」させない方向にインターネットをうまく活用しなくてはならない、と考えています。

ーどんな方法があるのですか?

山口例えば、カメラファン・野鳥ファン・旅行ファンのような異なる分野のメディアとの相互乗り入れです。ネットメディアであれば発信する情報に一定量の「異分野・近接分野」の情報を混ぜ込むことは容易です。

天文は没入性のとても高い趣味ですが、同じような指向であれば、他の分野に手を出してもぜんぜんかまわないし、逆にカメラファン・野鳥ファンなら天文分野を楽しめる可能性は高いと思います。

アストロアーツ社はライバルなのか?

ーアストロアーツ社は早くからインターネットに力を入れられてきました。アストロアーツはライバルなのでしょうか?

アストロアーツHP http://www.astroarts.co.jp

山口アストロアーツ社のHPは月間50万訪問ほどで、ヤマケイオンラインの半分、天リフの20倍以上のアクセス規模があります。サイエンス・天文情報、ギャラリーにショップと広い範囲の情報を網羅しており、天リフとは比べものになりません。とてもライバルなどと呼べる状況ではありません。

ーアストロアーツ社は「充実した天文ポータル」と呼べるのでしょうか?

山口非常に難しい問題ですが、摩擦を恐れずに言うと、アストロアーツ社のシステムは「古さ」が否めません。

例えば星ナビの「投稿画像ギャラリー」は今も活発に投稿がされてはいますが、システムとしてはやや前時代的なものです。

追記)2018/6/17時点でリニュアルされていることを確認しました。レスポンシブUIにも対応しスマホにも最適化されています。

今の時代であればサムネイルはもっと大きくすべきですし、GANREFのようなコメント機能を付けるだけでも大幅にアクセスを増やせるはずです。そもそも会員登録すらありません。推測にしかすぎませんが、時代を先取りしすぎたばかりに本来やるべき時期に十分な投資ができなかったのでしょう。
カドカワ、アスキーというネットに強い企業の傘下にあるにもかかわらずIT投資が遅れているのは、市場規模が小さいため仕方がなかったのかもしれません。

もう一つ不思議なのは、「星ナビ」誌の広告主が、アストロアーツのサイト上にはほとんど姿を見せていないことです。紙とネットの誌面の融合と広告主の競合はメディア共通の課題ですが、それに強く踏み込むことができなかったからでしょうか。

ーということは、星ナビが本気になってIT投資を行い紙雑誌と融合すれば、天リフは吹き飛ぶと言うことですね。

山口まあそうでしょうね。でも、吹き飛ぶも何も、今年始めたばかりですが・・
もしそうなったら、編集者かライターとして使っていただけるといいのですが・・

天リフが目指すメディアの姿とは?

ーメディア論をいろいろ語っていただきました。最後に、天リフはどんなメディアを目指しているのですか?

山口まずは充実した専門ポータルです。目指せ、天文界のヤマケイオンライン、です。
でも、現行のメディアとしての事業規模は天文マーケットは登山マーケットの1/10以下、周辺ビジネスも含めた市場規模はもう一桁小さいでしょう。それに合わせてやり方を変える必要があると考えています。

ー市場規模が小さいと何が変わってくるのでしょうか?

山口一つの例は個人の顔がよりよく見えることでしょう。天リフの看板コンテンツは各地の天文ファンの「ブログ」ですが、同じことを登山でやったら、情報が多くなりすぎて破綻します。逆に市場が小さいからこそ可能になる手法です。

天リフの「ブログ」

ーなぜ「ブログ」は支持されたのでしょう?

山口:ネットには情報が溢れているのに実はそれがユーザー目線では整理されていないという典型でしょう。やっていることは技術的にはRSSフィードをかき集めて抜き出しているだけですが、天リフで新しいブログや情報を知ることができ世界が広がった、という声をよく頂戴します。

某大手検索エンジン会社様は、「世界中の情報を整理する」ということを標榜されていますが、正直いって20年前の技術の規模だけを大きくしたにすぎません。かつて雑誌の編集者が担っていた「情報を専門的立場とユーザー目線で整理する」という役割には全く寄与していないというべきでしょう。

AIで変わる「雑誌編集」

ーでは、「天リフ」は情報を「専門的立場で整理」できているのでしょうか?

山口残念ながら現時点では「かき集めてきて並べた」だけで、整理まで至っていません。まあ一人の人間が毎日2時間でできる範囲では整理していますが・・・これについては長期的な課題だと考えています。キーワードは「AI」です。

https://tnw.to/2rwxgBL

ーなるほど、編集者の専門技能もAIによって取って代わられる時代が来るということですね。

山口遅かれ早かれそうなることは間違いありません。天リフの情報を機械学習で自動的にタブに分類することは、現時点の技術でもやればできることです。
AIを利用できるようになれば、個別分野における専門性の比重が下がり、分野を超えた「メタな編集者の能力」がより重要になってくると思います。一つのIT基盤で多種多様な分野の「充実した専門ポータル」が実装できるということです。
それを実現できた者が次の「雑誌ビジネス」の勝利者になることでしょう。

ー最後はよくわからない話になりましたが・・・ありがとうございました。次回は「ビジネスとしての天リフ」「天リフ起業の動機」を語っていただきたいと思います。

山口こちらこそ長々とありがとうございました。 https://reflexions.jp/tenref/orig/wp-content/uploads/sites/4/2017/12/IMG_4972_m2-1024x538.jpghttps://reflexions.jp/tenref/orig/wp-content/uploads/sites/4/2017/12/IMG_4972_m2-150x150.jpg編集部編集長ロングインタビュー編集長、メディアを語る 皆さんの2017年はいかがでしたか?突然ですが年末年始スペシャル企画として、天リフ編集部が編集長山口千宗氏に密着しロングインタビューを敢行!ビジネスから脱サラまでの半生、天リフにかける思いなど、全ての本音を引き出します。   何ですか、この企画? ー天リフ編集部です。突然呼ばれたのですが、どんなご用件ですか? 山口:いや、セルフブランディングのツールを作ろうと思いまして。私は対面コミュニケーションでの自分語りがあんまり得意じゃないので、お客様にお伝えしたいことを一通りまとめておこうと。 ーそんな記事に興味を持つ人なんているんですか? 山口:さあ・・・(大汗)よっちゃんさんとか、絶対読みそうにないですよねw正直、ページビューがどうなるのか怖いですw でも、決して数は多くはないと思うんですが、天リフを熱心にごらんいただいている読者の皆様、いわゆる「天文業界」のビジネスをされている方、天リフのビジネスに関心のある方に、きちんと天リフの成り立ちや立ち位置・目指しているものをお話ししておくべき時期だと思うんです。 本当なら日経ビジネスさんにインタビューされたいですけどwまあ知名度もないし。まずは自給自足形式で。 ーははは。。。 「旧メディア」がまだ滅びていない2つの理由 ーまず、天リフを始めた動機からお聞かせください。 山口:はい、その前に、「メディア」について語らねばなりません。インターネットが世に生まれて30年、世の中は大きく変わりました。でも、新聞、テレビ、ラジオ、雑誌のいわゆる「旧4大メディア」はインターネット以前と比べて規模が縮小しただけで本質は実は何も変わっていません。もっと早く「滅びる」という予想もあったのですが、それよりもはるかにゆっくりと、でも着実に縮小してしまっています。 ガベージニュース http://www.garbagenews.net/archives/2031422.html 情報のデジタル化は破壊的なパワーを持っています。情報伝達手段としての旧メディアが衰退していくことは誰の眼にも明らかでした。でも、なぜその変化がこれほどゆっくりだったのか。そのことへの疑問がまず第一にありました。 ーそれはなぜなんでしょうか? 山口:その最大の理由は、メディアの制作局面においては、それは極めて情報集約的で専門性の高い業務だからです。コンピュータは定型的なことは得意ですが、多岐に及ぶ情報を多面的に収集し、人間の興味関心というきわめて高度でエモーショナルな感情に訴えられる形にまで加工することは得意ではありませんでした。 ーメディアの編集・制作は、人間にしかできない「最後の牙城」だというわけですね。 山口:はい、その通りです。でも、実用的な人工知能(AI)の登場でそれも大きく変わってゆくことでしょう。でもその話は後ほど。まずは「AI以前」の文脈で話を続けます。 実はメディアの衰退がゆっくりだった理由はもう一つあります。大手広告代理店の存在です。 ー山口さんはかつて大手代理店系のWeb制作会社におられたそうですね。 山口:はい、2000年に立ち上げから参加したITベンチャーが2005年に大手代理店の子会社と合併し、2年ほど在籍しました。そこで体感したのが、広告代理店がメディア業界にもつ絶大な影響力です。 陰謀論的に「代理店はメディアを支配している」と言われることがありますが、実態は「メディアの収益基盤となるビジネスの上流を握っている」ということです。代理店なしにはメディアは立ちゆきません。 また、大手代理店は日本最強の営業部隊です。この存在も、4大旧メディアがここまで滅びることなく維持できた理由の一つなのでしょう。 「雑誌」は滅びるのか? ーそのことと、天リフ起業の理由はどうリンクするのでしょうか? 山口:旧4大メディア(新聞、テレビ、ラジオ、雑誌)の衰退の仕方は、実はそれぞれ違った様相があります。テレビ・ラジオは規制産業、新聞は設備産業ですから、新規参入を拒み続けることでなんとか維持することができました。 また、「大手のメディア」には背後に強い代理店がありますから、それに守られてきた側面もありました。 でもその中で、一番悲惨なのは「雑誌」です。雨後の筍のように湧いて来るネットメディアやSNSに切り崩され、紙メディアとしての書籍・雑誌はもう風前の灯火です。小さな本屋は次々となくなり、コンビニの書棚はどんどん小さくなっている。私の住んでいる福岡ではもう近所では天文雑誌を買うことができず、天神まで行かねばなりません。 全国出版統計 http://www.ajpea.or.jp/statistics/ ー雑誌が真っ先に滅びると? 山口:いえ、そうではありません。厳しい環境にさらされるほど、生態系はそれに適応していくものです。雑誌の中でも規模の大きなところは様々な企業努力によって形を変えてきています。むしろ、雑誌は他のメディアよりもネット時代に一番早く適合していると思います。例えば、インプレス社は早くから雑誌メディア的ビジネスをネット上で展開していますし、日経BPや東洋経済など、もうビジネスはネット側がメインです。 雑誌というメディアの本来の価値を見失わず、紙からネットに移行できた企業、それが可能な資本力と規模を持った企業は成功しているといえるでしょう。コンビニから雑誌が消えていくのは衰退の象徴でもありますが、別の新しい場所にビジネスをシフトすることができた結果でもあるのです。 かつてのような安定した高い収益性は失いましたが。 「雑誌の本来の価値」とは? ーでは、雑誌の本来の価値とは何なのでしょうか? 山口:昔の話はありますが、かつて雑誌は「新しい世界への窓」でした。何かを始めたいと思ったら丸善か紀伊国屋に行って専門雑誌を買う。1号を熟読すれば、だいたいはその世界が見えたものでしたし、そうするには雑誌を買うくらいしか方法がありませんでした。 ーでも今はインターネットがあります。 山口:はい、その通りです。今なら天体写真を始めたいと思ったら、まずは「Google検索」ですね。 でも、この結果は雑誌メディアによる体験とは全く異なります。無料である・本屋に行かなくても手に入るというメリットはあるものの、ここから自分の欲しい情報に出会うまでは、自力でこの先の壁を越えなくてはなりません。少なくともGoogle検索だけでは、ある部分は「新しい世界の窓」としての機能には不十分だと思うのです。 ー最近は様々な分野の「専門ポータル」が増えてきていますよね。それではだめなのでしょうか? 山口:いえ、それでOKです。充実した専門ポータルと検索エンジンの組み合わせであれば、紙の雑誌を完全に代替できるでしょう。それどころか、代替どころではなくよりよいサービスを提供できるようになってきていると思います。 例えば、「ヤマケイオンライン」というサイトがあります。今はインプレスグループになった山と渓谷社が運営している登山のポータルサイトです。このようなサイトがあれば、これは「新しい世界への窓」としてじゅうぶんに機能することでしょう。 「マイナー趣味の雑誌」は生き残れるのか? ーだんだん仰りたいことが見えてきた気がします。では「天文雑誌」はどんな状況なのでしょうか。 山口:例えば、「星ナビ」の場合、平成14年度の売上高は1.08億円、従業員は10名でした。おそらく「天文ガイド」も同じような規模でしょう。 企業として見れば、この規模は零細企業です。雑誌に限らずメディアというものは、世間の中での認知度の割には事業規模はずっと小さいのです。 このことは、財務的なIT化への適応力に如実に現れてしまいます。天文雑誌のようなマーケットの小さい趣味の雑誌は、大手代理店の庇護も薄ければ大きなIT投資も難しい、非常に厳しい状況にこれまで置かれてきたといえるでしょう。 先ほどの山と渓谷社の場合、H29年度は売上10.2億、従業員は65人です。星ナビの10倍ですね。この規模の差がIT対応の差を分けたのではないでしょうか。逆に、雑誌メディアのネット対応が年間売上10億円という規模までに下りてきた、とも言えるでしょう。 天文ファンは「情報難民」である ーこれまでのお話しをまとめると、雑誌というメディアは実はインターネットに最も早く対応し生き残って行く方向にあるが、小規模の雑誌メディアは取り残された状態であると言うことでしょうか? 山口:そういうことになります。言ってみれば、天文ファンは「情報」という面では「難民」のようなものです。 天文などの少数の趣味分野が、ネット対応に最後に取り残されてしまった状態です。 ーブログやSNSという手段はどうなのでしょうか? 山口:ビジネスとコミュニティのそれぞれに問題があります。 例えばFacebookには天文系グループがいくつもあってそれぞれ活発ですが、情報ビジネス的には胴元であるFacebookの一人勝ちです。天文マーケットにはほぼ一銭もお金は落ちてきません。天文ファンと業界は実は回り回ってFacebookに搾取されているという認識を持っていいのではないのでしょうか。 また、ブログやSNSは個人間のコミュニケーションです。良好なコミュニケーションは楽しく双方向にメリットが得られます。ただ、最大の問題は、関係性が蛸壷化することです。蛸壷化のデメリットは炎上などの人間関係の軋轢もあるのですが、最大の問題は新規参入者にフレンドリーでなくなることです。活発だけどいつも同じ顔ぶれで、平均年齢が毎年一つづつ上がっていく、そんな世界です。 天文趣味はそもそもが「蛸壷」? ー「蛸壷」のお話しでいうと、ネット化以前からも天文趣味は蛸壷だったような気がします。 山口:そうかもしれませんね。インターネットが出てこなくても、結局市場規模の小さい趣味分野はそうなっていたのかもしれません。逆に、「蛸壷化」させない方向にインターネットをうまく活用しなくてはならない、と考えています。 ーどんな方法があるのですか? 山口:例えば、カメラファン・野鳥ファン・旅行ファンのような異なる分野のメディアとの相互乗り入れです。ネットメディアであれば発信する情報に一定量の「異分野・近接分野」の情報を混ぜ込むことは容易です。 天文は没入性のとても高い趣味ですが、同じような指向であれば、他の分野に手を出してもぜんぜんかまわないし、逆にカメラファン・野鳥ファンなら天文分野を楽しめる可能性は高いと思います。 アストロアーツ社はライバルなのか? ーアストロアーツ社は早くからインターネットに力を入れられてきました。アストロアーツはライバルなのでしょうか? 山口:アストロアーツ社のHPは月間50万訪問ほどで、ヤマケイオンラインの半分、天リフの20倍以上のアクセス規模があります。サイエンス・天文情報、ギャラリーにショップと広い範囲の情報を網羅しており、天リフとは比べものになりません。とてもライバルなどと呼べる状況ではありません。 ーアストロアーツ社は「充実した天文ポータル」と呼べるのでしょうか? 山口:非常に難しい問題ですが、摩擦を恐れずに言うと、アストロアーツ社のシステムは「古さ」が否めません。 例えば星ナビの「投稿画像ギャラリー」は今も活発に投稿がされてはいますが、システムとしてはやや前時代的なものです。 追記)2018/6/17時点でリニュアルされていることを確認しました。レスポンシブUIにも対応しスマホにも最適化されています。 今の時代であればサムネイルはもっと大きくすべきですし、GANREFのようなコメント機能を付けるだけでも大幅にアクセスを増やせるはずです。そもそも会員登録すらありません。推測にしかすぎませんが、時代を先取りしすぎたばかりに本来やるべき時期に十分な投資ができなかったのでしょう。 カドカワ、アスキーというネットに強い企業の傘下にあるにもかかわらずIT投資が遅れているのは、市場規模が小さいため仕方がなかったのかもしれません。 もう一つ不思議なのは、「星ナビ」誌の広告主が、アストロアーツのサイト上にはほとんど姿を見せていないことです。紙とネットの誌面の融合と広告主の競合はメディア共通の課題ですが、それに強く踏み込むことができなかったからでしょうか。 ーということは、星ナビが本気になってIT投資を行い紙雑誌と融合すれば、天リフは吹き飛ぶと言うことですね。 山口:まあそうでしょうね。でも、吹き飛ぶも何も、今年始めたばかりですが・・ もしそうなったら、編集者かライターとして使っていただけるといいのですが・・ 天リフが目指すメディアの姿とは? ーメディア論をいろいろ語っていただきました。最後に、天リフはどんなメディアを目指しているのですか? 山口:まずは充実した専門ポータルです。目指せ、天文界のヤマケイオンライン、です。 でも、現行のメディアとしての事業規模は天文マーケットは登山マーケットの1/10以下、周辺ビジネスも含めた市場規模はもう一桁小さいでしょう。それに合わせてやり方を変える必要があると考えています。 ー市場規模が小さいと何が変わってくるのでしょうか? 山口:一つの例は個人の顔がよりよく見えることでしょう。天リフの看板コンテンツは各地の天文ファンの「ブログ」ですが、同じことを登山でやったら、情報が多くなりすぎて破綻します。逆に市場が小さいからこそ可能になる手法です。 ーなぜ「ブログ」は支持されたのでしょう? 山口:ネットには情報が溢れているのに実はそれがユーザー目線では整理されていないという典型でしょう。やっていることは技術的にはRSSフィードをかき集めて抜き出しているだけですが、天リフで新しいブログや情報を知ることができ世界が広がった、という声をよく頂戴します。 某大手検索エンジン会社様は、「世界中の情報を整理する」ということを標榜されていますが、正直いって20年前の技術の規模だけを大きくしたにすぎません。かつて雑誌の編集者が担っていた「情報を専門的立場とユーザー目線で整理する」という役割には全く寄与していないというべきでしょう。 AIで変わる「雑誌編集」 ーでは、「天リフ」は情報を「専門的立場で整理」できているのでしょうか? 山口:残念ながら現時点では「かき集めてきて並べた」だけで、整理まで至っていません。まあ一人の人間が毎日2時間でできる範囲では整理していますが・・・これについては長期的な課題だと考えています。キーワードは「AI」です。 ーなるほど、編集者の専門技能もAIによって取って代わられる時代が来るということですね。 山口:遅かれ早かれそうなることは間違いありません。天リフの情報を機械学習で自動的にタブに分類することは、現時点の技術でもやればできることです。 AIを利用できるようになれば、個別分野における専門性の比重が下がり、分野を超えた「メタな編集者の能力」がより重要になってくると思います。一つのIT基盤で多種多様な分野の「充実した専門ポータル」が実装できるということです。 それを実現できた者が次の「雑誌ビジネス」の勝利者になることでしょう。 ー最後はよくわからない話になりましたが・・・ありがとうございました。次回は「ビジネスとしての天リフ」「天リフ起業の動機」を語っていただきたいと思います。 山口:こちらこそ長々とありがとうございました。編集部発信のオリジナルコンテンツ