サイトロンジャパンより、新しいコンセプトの天体撮影用フィルター「Quad BP(=Band Path) Filter」が発売されています。発売は11/30日、価格は税抜19,800円です。サイズは48mm径ねじ込み式です。

シュミット・サイトロン Quad BP(クアッド バンドパス)フィルター
https://www.syumitto.jp/SHOP/SY0017A.html

波長透過特性と製品コンセプト

一言でいって、このフィルター「Quad BP」はいわゆる「ナローバンドフィルター」と、「光害カットフィルター」の中間くらいに位置するものです。ナローバンドほど鋭く輝線スペクトルだけを通すわけではないが、光害カットフィルターよりははるかに輝線以外の光をカットします。



 

https://www.syumitto.jp/SHOP/SY0017A.html

公開されている波長別の透過特性のグラフ(設計値)。天体写真で重要になる4つの輝線(*)の全てを90%以上の透過率で通すようになっています。

(*)青(B)と緑(G)のバンドが「Hβ(486nm)・OIII(496nm ,500nm)の2つの輝線、赤(R)のバンドが「Hα(656nm)・SII(672nm)」の2つの輝線。

グラフを読む限り、透過する波長の帯域はBGで35nm、Rで30nmほどでしょうか。デジタルカメラの感光域を380nm〜680nmとすると、全体の4/5程度の光をカットすることになります。

デュアルナローバンドフィルターとの比較

最近、デジタルカメラ向けの「ナローバンドフィルター」がいくつか発売されています。従来あった単波長のみのナローバンドフィルターではなく、「複数の」輝線スペクトルを透過し、別撮りすることなく「一発で」ナローのカラー画像を得ようというものです。

天リフでもレビューしたSTCの「Astro Duo」フィルターと波長特性を比較してみました。この比較を見ると「Quad BP」フィルターの設計コンセプトがよく理解できます。

天体が放つ輝線スペクトルは、天体にもよりますが、Hα>OIII>SII(Hβは不明)の順です。このうち、特に強いHαとOIIIに特化し、その輝線だけをより強調するのが「Astro Duo」フィルター。一方、Hα、OIII、SII、Hβの4つの輝線全てが透過するように、透過幅を広めにしたものが「Quad BP」フィルターです。

透過幅を広くするとその分、輝線の強調効果と光害カット効果は低くなりますが、逆にメリットもあります。光害カットフィルターやナローバンドフィルターは「干渉フィルター」と呼ばれるカテゴリの製品で、ごく薄い膜を何重にも(数十以上?)蒸着するのですが、膜厚を精密にコントロールしなければ設計性能が出ません。「Quad BP」の場合、輝線の前後にかなり余裕があるため、生産の歩留まりが向上することが予測できます。これがずばり「コスト」に影響してきます。2万円を切る価格で提供できたのはそのためでしょう。

【デジカメで】STC Astro Duoナローバンドフィルター【ナローバンド一発撮り】

 

光害カットフィルターとの比較

では、従来の光害カットフィルターとの比較はどうでしょうか。光害カット系フィルターにも様々な設計コンセプトと波長特性がありますが「強めに光害をカットし、より輝線を強調する」タイプの製品と比較してみました。



「Quad BP」は、青と緑のOIII、Hβの透過波長域がより狭くなっていて、より大きな光害カット効果が期待できます。一方、赤の波長域はSIIまで延ばした分より広くなっていますが、赤い光ほど光害や大気の散乱が少なく、波長域を広めても光害の影響はより少ないと考えられます。

編集子は、この手の「強い光害カットフィルター」を使用した場合、カラーバランスが青側に転ぶのが気になっていました。カラーバランスは補正すれば済む話なのですが、赤を持ち上げることになりRのノイズが浮き気味になってしまいます。「Quad BP」では、赤の波長域がより広がっているため、その問題が改善されるのではないかと期待しています。

 

透過波長を見やすくするために編集部で透過光以外の部分をグレーに加工しています。http://icas.to/space/optical-filter/LPS-P2/LPS-P2.htm

さらにもう一つ、別の製品を見てみましょう。IDAS社のLPS-P2です。このフィルターは、光害の輝線成分(*)だけをカットし、できるだけ透過する光量を減らさず、広い波長域を透過させるコンセプトの製品です。

(*)水銀(Hg)とナトリウム(Na)の輝線

このフィルターは連続光による光害カット効果はあまり高くありませんが、光害の主成分のみをカットするため、カラーバランスのくずれも比較的少なく「あまり空の暗くない」場所で特に有効です。一方で、街中の光害の強い場所ではやや非力です。(*2)

(*1)LED照明の急激な広がりによって、輝線カットの効果が薄れてきたという時代背景もあります。

 

編集部所有のフィルター比較。ライトパネルの上に置いたフィルターを非改造カメラで撮影したもの。光害カットフィルターは一般に肉眼では「青緑」に見えます。色が濃く暗いほど透過波長域が狭いことを意味します。

非改造機ではどうか

赤い波長の感度がHαで低くなってしまっている非改造機や、ニコンD810AやフジなどHαの感度がそこそこ高いもののSIIまでは感度がないカメラの場合はどうでしょうか。いろいろ推測はできますが、こればかりは使ってみなければわかりません。実はかなり効果があるのではないかと期待しています。速報ですがAstro Duoの場合かなりよい結果が出ていて、「Quad BP」でも試してみる予定です。

STC Astro Duoフィルターと非改造機(EOS 5D3)で撮影したオリオン大星雲と馬頭星雲。300mmF2.8解放、2分露出、1コマ。カラーバランス調整のみ。若干トリミングしています。

 

さらに脱線しますが「非改造機」で赤い星雲を写すというコンセプトのフィルターも発売されています。Hαの感度が低いのが問題ならば、Hα以外の透過率を下げてしまえ、という逆転の発想。まとめてしまうと「フィルターワークは面白い」ですね^^

光映舎・「VR3X-II」フィルター
http://www.koheisha.net/vr3xfilter/vr3xfilter01.html
「逆転の発想?」から生まれたVR3X-IIフィルター 未改造のカメラを使用してHαまでを撮影する目的で製作しました。

まとめ

「Quad BP(=Band Path) Filter」は、デジタルカメラを使用した天体撮影の幅を大きく広げてくれることでしょう。透過光量がナローバンド系のフィルターよりも多いため、輝線の強調効果・光害カット効果はその分低くなりますが、従来の光害カットフィルターよりは大きな光害カット効果が期待できます。

また、非光害地の場合は、透過光量の多さを逆に生かすことも可能でしょう。ナローバンドフィルターは、半値幅が狭くなっても、透過する輝線の絶対光量が増えることは決してありません。半値幅の狭いフィルターはある程度長時間の露出が必要になりますが、Quad BPの場合はより短い露出時間で、輝線以外を含めた画像全体の品質を確保することができるでしょう。

何より、2万円という価格は魅力です。より手軽に光害地や月明時などの悪条件の下でも天体撮影を楽しむことができるのは素晴らしいことだと思います。また、様々なコンセプトのフィルターが増えてくることで、対象や撮影条件による使い分けの自由度が増えるのもまた素晴らしいですね。

編集部でも注文済み。到着次第、試写してみる予定です。 https://reflexions.jp/tenref/orig/wp-content/uploads/sites/4/2018/11/46932239_1867824473266227_3115202649520078848_o-1024x571.jpghttps://reflexions.jp/tenref/orig/wp-content/uploads/sites/4/2018/11/46932239_1867824473266227_3115202649520078848_o-150x150.jpg編集部フィルターサイトロンジャパンより、新しいコンセプトの天体撮影用フィルター「Quad BP(=Band Path) Filter」が発売されています。発売は11/30日、価格は税抜19,800円です。サイズは48mm径ねじ込み式です。 シュミット・サイトロン Quad BP(クアッド バンドパス)フィルター https://www.syumitto.jp/SHOP/SY0017A.html 波長透過特性と製品コンセプト 一言でいって、このフィルター「Quad BP」はいわゆる「ナローバンドフィルター」と、「光害カットフィルター」の中間くらいに位置するものです。ナローバンドほど鋭く輝線スペクトルだけを通すわけではないが、光害カットフィルターよりははるかに輝線以外の光をカットします。   公開されている波長別の透過特性のグラフ(設計値)。天体写真で重要になる4つの輝線(*)の全てを90%以上の透過率で通すようになっています。 (*)青(B)と緑(G)のバンドが「Hβ(486nm)・OIII(496nm ,500nm)の2つの輝線、赤(R)のバンドが「Hα(656nm)・SII(672nm)」の2つの輝線。 グラフを読む限り、透過する波長の帯域はBGで35nm、Rで30nmほどでしょうか。デジタルカメラの感光域を380nm〜680nmとすると、全体の4/5程度の光をカットすることになります。 デュアルナローバンドフィルターとの比較 最近、デジタルカメラ向けの「ナローバンドフィルター」がいくつか発売されています。従来あった単波長のみのナローバンドフィルターではなく、「複数の」輝線スペクトルを透過し、別撮りすることなく「一発で」ナローのカラー画像を得ようというものです。 天リフでもレビューしたSTCの「Astro Duo」フィルターと波長特性を比較してみました。この比較を見ると「Quad BP」フィルターの設計コンセプトがよく理解できます。 天体が放つ輝線スペクトルは、天体にもよりますが、Hα>OIII>SII(Hβは不明)の順です。このうち、特に強いHαとOIIIに特化し、その輝線だけをより強調するのが「Astro Duo」フィルター。一方、Hα、OIII、SII、Hβの4つの輝線全てが透過するように、透過幅を広めにしたものが「Quad BP」フィルターです。 透過幅を広くするとその分、輝線の強調効果と光害カット効果は低くなりますが、逆にメリットもあります。光害カットフィルターやナローバンドフィルターは「干渉フィルター」と呼ばれるカテゴリの製品で、ごく薄い膜を何重にも(数十以上?)蒸着するのですが、膜厚を精密にコントロールしなければ設計性能が出ません。「Quad BP」の場合、輝線の前後にかなり余裕があるため、生産の歩留まりが向上することが予測できます。これがずばり「コスト」に影響してきます。2万円を切る価格で提供できたのはそのためでしょう。 https://reflexions.jp/tenref/orig/2018/09/28/6458/   光害カットフィルターとの比較 では、従来の光害カットフィルターとの比較はどうでしょうか。光害カット系フィルターにも様々な設計コンセプトと波長特性がありますが「強めに光害をカットし、より輝線を強調する」タイプの製品と比較してみました。 「Quad BP」は、青と緑のOIII、Hβの透過波長域がより狭くなっていて、より大きな光害カット効果が期待できます。一方、赤の波長域はSIIまで延ばした分より広くなっていますが、赤い光ほど光害や大気の散乱が少なく、波長域を広めても光害の影響はより少ないと考えられます。 編集子は、この手の「強い光害カットフィルター」を使用した場合、カラーバランスが青側に転ぶのが気になっていました。カラーバランスは補正すれば済む話なのですが、赤を持ち上げることになりRのノイズが浮き気味になってしまいます。「Quad BP」では、赤の波長域がより広がっているため、その問題が改善されるのではないかと期待しています。   さらにもう一つ、別の製品を見てみましょう。IDAS社のLPS-P2です。このフィルターは、光害の輝線成分(*)だけをカットし、できるだけ透過する光量を減らさず、広い波長域を透過させるコンセプトの製品です。 (*)水銀(Hg)とナトリウム(Na)の輝線 このフィルターは連続光による光害カット効果はあまり高くありませんが、光害の主成分のみをカットするため、カラーバランスのくずれも比較的少なく「あまり空の暗くない」場所で特に有効です。一方で、街中の光害の強い場所ではやや非力です。(*2) (*1)LED照明の急激な広がりによって、輝線カットの効果が薄れてきたという時代背景もあります。   編集部所有のフィルター比較。ライトパネルの上に置いたフィルターを非改造カメラで撮影したもの。光害カットフィルターは一般に肉眼では「青緑」に見えます。色が濃く暗いほど透過波長域が狭いことを意味します。 非改造機ではどうか 赤い波長の感度がHαで低くなってしまっている非改造機や、ニコンD810AやフジなどHαの感度がそこそこ高いもののSIIまでは感度がないカメラの場合はどうでしょうか。いろいろ推測はできますが、こればかりは使ってみなければわかりません。実はかなり効果があるのではないかと期待しています。速報ですがAstro Duoの場合かなりよい結果が出ていて、「Quad BP」でも試してみる予定です。   さらに脱線しますが「非改造機」で赤い星雲を写すというコンセプトのフィルターも発売されています。Hαの感度が低いのが問題ならば、Hα以外の透過率を下げてしまえ、という逆転の発想。まとめてしまうと「フィルターワークは面白い」ですね^^ 光映舎・「VR3X-II」フィルター http://www.koheisha.net/vr3xfilter/vr3xfilter01.html まとめ 「Quad BP(=Band Path) Filter」は、デジタルカメラを使用した天体撮影の幅を大きく広げてくれることでしょう。透過光量がナローバンド系のフィルターよりも多いため、輝線の強調効果・光害カット効果はその分低くなりますが、従来の光害カットフィルターよりは大きな光害カット効果が期待できます。 また、非光害地の場合は、透過光量の多さを逆に生かすことも可能でしょう。ナローバンドフィルターは、半値幅が狭くなっても、透過する輝線の絶対光量が増えることは決してありません。半値幅の狭いフィルターはある程度長時間の露出が必要になりますが、Quad BPの場合はより短い露出時間で、輝線以外を含めた画像全体の品質を確保することができるでしょう。 何より、2万円という価格は魅力です。より手軽に光害地や月明時などの悪条件の下でも天体撮影を楽しむことができるのは素晴らしいことだと思います。また、様々なコンセプトのフィルターが増えてくることで、対象や撮影条件による使い分けの自由度が増えるのもまた素晴らしいですね。 編集部でも注文済み。到着次第、試写してみる予定です。編集部発信のオリジナルコンテンツ