野辺山宇宙電波観測所の「共同利用研究」が、財政難のために来年6月以降中止される可能性が高いとの報道が出ています。

観測所所長の立松健一さんのツイート。

ここでいう「共同利用」というものは、大学の枠を越えた施設の利用や共同研究の推進のために設けられた制度で、採択された「共同利用」に参加する研究者は原則として利用料や旅費などの負担なしに、研究施設・設備を利用することができます。

文部科学省・全国共同利用について
http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/20/05/08060201/1334375.htm

まず明確にしておくべきことは、共同利用が中止(*)になるが「野辺山の閉鎖が決まったわけではない」ということでしょう。ただ、上記ツイートからは状況は楽観的ではないとの雰囲気を感じます。

(*)文科省のHPを見る限り、「共同利用の経費は国立大学法人運営費交付金の中で国として措置」とあるのですが、これは「大学毎に付ける交付金に色つけるのでその中で運営してね」という意味でしょうか。だとすると、野辺山の共同研究を中止せざるを得なくなったのは交付金の枠が不足したのが原因で、その中で野辺山の中止を決めたのは大学ということになります。総額の予算が削られているのは厳然たる事実ですが、今回の事象に至るプロセスの詳細は不明です。

ネット上では、歴史ある野辺山の苦境を悲しむ声、左右からの「政権ガー」「象牙の塔ガー」的なものを含め多くの声が上がっていますが、上記ツイートには注目。

野辺山は関係者の努力により今でも一線級の観測が行われてはいますが、決して観測所としての条件が良いわけではありません。当初から水蒸気の多い夏場は観測を休止しているなど気象条件も、アルマのような高地にはかないません。また、設備も古く、維持管理は今後ますます大変になってゆくことでしょう。

実際に、野辺山に六基ある10mアンテナによる干渉計は1台を除き平成 20 年度に運用が停止されています。昭和期に建造された日本の研究目的の天文台は、人工の電磁波の増加などの事情により、その多くは閉鎖ないしは天文学教育・普及的な位置づけに変わってきています。

【連載・宇宙県の旅】第1回・野辺山宇宙電波観測所【ときどきナガノ】

専門家から見たときの野辺山の観測施設としての存在意義は門外漢からは不明です。それに基づく取捨選択は、天文学の研究クラスタ全体で、しっかり未来を見据えて判断していくべきでしょう。その結果最終的に閉鎖になるのであれば、それは歴史の流れとしかいいようがありません。

その一方で、実際に野辺山の開所期と昨年に訪れた編集子の眼から見ると、野辺山の歴史遺産・科学遺産としての存在意義はやはり大きなものと感じました。ただ、これも筆者がそれに近い立ち位置であるから感じるだけのことで、一般向けに単独で収支が取れるような性質のものではないのかもしれません。


以下編集子の戯れ言です。

子供の頃に読んだ本に、ある高名な天文学者が「天文学に貢献したいという気持ちがあるのなら、天文学者になるのもいいが事業を興して財をなし、天文学に寄付するという形で貢献する道もある」という話をアメリカのヤーキス天文台の例を挙げて書かれた一節を読んだことがありました。

日本という国はまぎれもなく衰退期にあります。その中で天文学のような巨大科学を維持するのは今後ますます困難になることでしょう。そんな中で「それではいけない」と思う若い方がいらっしゃれば、ぜひ有能で志のある政治家・官僚・企業家などになっていただき、この状況を少しでも良くしていただけることを期待します。

また、今の日本は老い先短い高齢者が一番お金を持っています。そういった方々からの寄付を集めて有効に活用できるような仕組みを、ぜひ学問関係者が率先して作っていただきたいものです。 https://reflexions.jp/tenref/orig/wp-content/uploads/sites/4/2018/08/IMG_2530_m-1024x683.jpghttps://reflexions.jp/tenref/orig/wp-content/uploads/sites/4/2018/08/IMG_2530_m-150x150.jpg編集部天文コラム野辺山宇宙電波観測所の「共同利用研究」が、財政難のために来年6月以降中止される可能性が高いとの報道が出ています。 https://twitter.com/kentatematsu/status/1025157893530705920 観測所所長の立松健一さんのツイート。 ここでいう「共同利用」というものは、大学の枠を越えた施設の利用や共同研究の推進のために設けられた制度で、採択された「共同利用」に参加する研究者は原則として利用料や旅費などの負担なしに、研究施設・設備を利用することができます。 文部科学省・全国共同利用について http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/20/05/08060201/1334375.htm まず明確にしておくべきことは、共同利用が中止(*)になるが「野辺山の閉鎖が決まったわけではない」ということでしょう。ただ、上記ツイートからは状況は楽観的ではないとの雰囲気を感じます。 (*)文科省のHPを見る限り、「共同利用の経費は国立大学法人運営費交付金の中で国として措置」とあるのですが、これは「大学毎に付ける交付金に色つけるのでその中で運営してね」という意味でしょうか。だとすると、野辺山の共同研究を中止せざるを得なくなったのは交付金の枠が不足したのが原因で、その中で野辺山の中止を決めたのは大学ということになります。総額の予算が削られているのは厳然たる事実ですが、今回の事象に至るプロセスの詳細は不明です。 https://twitter.com/J_Steman/status/1025019062697390080 ネット上では、歴史ある野辺山の苦境を悲しむ声、左右からの「政権ガー」「象牙の塔ガー」的なものを含め多くの声が上がっていますが、上記ツイートには注目。 野辺山は関係者の努力により今でも一線級の観測が行われてはいますが、決して観測所としての条件が良いわけではありません。当初から水蒸気の多い夏場は観測を休止しているなど気象条件も、アルマのような高地にはかないません。また、設備も古く、維持管理は今後ますます大変になってゆくことでしょう。 実際に、野辺山に六基ある10mアンテナによる干渉計は1台を除き平成 20 年度に運用が停止されています。昭和期に建造された日本の研究目的の天文台は、人工の電磁波の増加などの事情により、その多くは閉鎖ないしは天文学教育・普及的な位置づけに変わってきています。 https://reflexions.jp/tenref/orig/2017/11/06/2590/ 専門家から見たときの野辺山の観測施設としての存在意義は門外漢からは不明です。それに基づく取捨選択は、天文学の研究クラスタ全体で、しっかり未来を見据えて判断していくべきでしょう。その結果最終的に閉鎖になるのであれば、それは歴史の流れとしかいいようがありません。 その一方で、実際に野辺山の開所期と昨年に訪れた編集子の眼から見ると、野辺山の歴史遺産・科学遺産としての存在意義はやはり大きなものと感じました。ただ、これも筆者がそれに近い立ち位置であるから感じるだけのことで、一般向けに単独で収支が取れるような性質のものではないのかもしれません。 以下編集子の戯れ言です。 子供の頃に読んだ本に、ある高名な天文学者が「天文学に貢献したいという気持ちがあるのなら、天文学者になるのもいいが事業を興して財をなし、天文学に寄付するという形で貢献する道もある」という話をアメリカのヤーキス天文台の例を挙げて書かれた一節を読んだことがありました。 日本という国はまぎれもなく衰退期にあります。その中で天文学のような巨大科学を維持するのは今後ますます困難になることでしょう。そんな中で「それではいけない」と思う若い方がいらっしゃれば、ぜひ有能で志のある政治家・官僚・企業家などになっていただき、この状況を少しでも良くしていただけることを期待します。 また、今の日本は老い先短い高齢者が一番お金を持っています。そういった方々からの寄付を集めて有効に活用できるような仕組みを、ぜひ学問関係者が率先して作っていただきたいものです。編集部発信のオリジナルコンテンツ