夜空に輝く星々は「めちゃくちゃ遠く」にあります。そのため、どんな手段で見たとしても「距離感」を視覚的に認識することは不可能です。ところが「ある細工」をほどこすことで、立体的な星空を見ることが可能になります。

本記事では、宇宙の雄大なスケールを実感できる3D立体写真についてご紹介したいと思います。

Nobuaki Itoさんの3D立体写真

本記事のきっかけになったのが、最近SNSで公開されたNobuaki Itoさんの画像です。天体望遠鏡でご自分で撮影された画像を加工して、天文ファンになじみのある天体を立体的に浮かび上がるようにした力作です。

亜鈴状星雲M27付近の3D立体写真

「平行法」で見てください。

天文ファンにはおなじみの、こぎつね座の亜鈴状星雲M27。この画像を立体視すると、星雲や明るい星々がぽっかりと手前に浮き上がり、とても神秘的。



2枚の画像を「立体視」するのには若干慣れが必要です。初めての方も、ぜひこの機会にマスターしてみませんか?

立体写真website・ステレオ写真の見方1 「平行法」
https://www.stereoeye.jp/howto/parallel.html

立体写真を見るのが初めての方は上のリンクの解説をご参照ください。この画像は、右の眼で右の画像・左の画像を左で見る「平行法」用に作られています。

「交差法」で見てください。 

逆に、右の眼で左の画像・左の眼で右の画像を見る方法が「交差法」です。どちらの方法がより自然に立体視できるかは個人差があります。「平行法」でうまくいかない場合は「交差法」を試してみてください。解説は下のリンクから。

立体写真website・ステレオ写真の見方1 「平行法」
https://www.stereoeye.jp/howto/parallel.html

コートハンガー付近の3D立体写真

もうひとつの立体画像をご紹介します。こちらもこぎつね座の有名な「コートハンガー星団」です。この星団(星列)は、実際には星団ではなく見かけ上たまたま星が同じ方向に集まって見えているといわれていますが、立体視してみるとそれが一目瞭然です。これまた感動的です。

「平行法」で見てください。

 

「交差法」で見てください。

3D立体写真の作り方

この画像がそのように作成されたのかをご紹介しておきます。

まず、普通に天体写真を撮影します。次に、写っている主な星や星雲星団までの「距離」を星表やアプリなどで調べます。右目と左目の間隔を「1光年(!)」に設定し、星までの距離に応じて左右の星を一つづつ地道に「ずらして(*)」いきます。亜鈴状星雲の画像では、100個ほどの対象についてこの作業を行われたそうです(*2)。作業時間は5〜6時間ほど。

(*)このプロセスでは「切り貼り」が行われているので、背景の暗い星は若干事実とは違う見え方になっているかもしれません。

(*)このため、背景の天の川や暗い星々は立体視にはなっていませんが、両目で見ることでなんとなく3Dっぽく見えるのが面白いところです。

ひたすら地味な作業ですが、その甲斐あってとても臨場感のある素晴らしい立体(3D)映像が得られました。いやー、感動しました。Nobuaki Itoさん、ありがとうございます!

 

伊中 明さんの3D立体写真

Nobuaki Itoさんの3D立体写真に触発されいろいろ調べてみたところ、伊中 明さんという方が古くから天体の3D立体写真に取り組まれていることを知りました。これはスゴイです。書籍化もされています。

伊中明さんによる3D立体写真概説

技術評論社・連載 3D立体写真で見る宇宙
https://gihyo.jp/science/serial/01/3d

上記の書籍を出版した技術評論社のサイトに、天体の3D立体写真化についての伊中さんの手による詳しい連載記事(全4回)があります。

Part.1 天体の運動や位相変化を利用した3D写真



木星食。木星が月の向こう側に見えます。 https://gihyo.jp/science/serial/01/3d/0001 (平行法でごらんください。)

太陽系内の「近い」天体の場合、一定の時間をおいた2枚の写真だけで3D立体写真を得ることができます。天体が月に隠される「星食」や楕円形につぶれた木星、土星の輪などの立体画像の例が解説されています。

Part.2 画像処理で星座を3Dにする

ベガが25光年、デネブは1400光年。圧倒的にデネブは遠く巨大な星なのです。この宇宙の距離感が実感できるのは立体視ならでは。 https://gihyo.jp/science/serial/01/3d/0002 (平行法)

地球の近くにある恒星は、年周視差などの方法によって実際の距離が測定されています(*)。このデータを元にして、星座の画像を加工することで3D立体写真化する方法が解説されています。

(*)恒星の年周視差は、1989年に打ち上げられた人工衛星ヒッパルコスで1/1000秒角(約326光年の距離が精度10%)、2013年に打ち上げられた人工衛星ガイアでは、3万光年以内の恒星までの距離を20%の誤差で測定できるようになり、20等級以下の10億個以上の恒星の距離が明らかになりました。

前項のNobuaki Itoさんの3D立体写真も基本的にはこの方法に基づいています。

Part.3 星雲星団や銀河を3Dにする

3D化には、星消し・星のみ画像を分離して、それぞれに処理を行います。 https://gihyo.jp/science/serial/01/3d/0003 (平行法)

さらに遠くの天体を3D立体映像化する方法の解説です。実際のところ、はるか遠方の淡く広がった天体の正確な距離については、現在の技術では明らかになっていません。そこで、科学的な根拠を踏まえながらもある程度の仮定を置いて画像を制作します。記事内では『正確な遠近感ではないけれど,天体の特徴を反映させた「3Dアート」』であるとされています。

Part.4 HSTの写真にチャレンジ

りゅう座のキャッツアイ星雲。https://gihyo.jp/science/serial/01/3d/0004 (平行法) Credit:NASA, ESA, HEIC, and The Hubble Heritage Team (STScI/AURA)

NASAが公開しているHST(ハッブル宇宙望遠鏡)の天体画像を3D立体写真化されたものが「キャッツアイ星雲」をはじめ、4例紹介されています。元の画像が超絶なだけに、3D版もさらに超絶。もうスゴイとしか言いようがありません。

天体画像の3D化には膨大な労力がかかるそうです。記事には「1作品の3D処理に数ヶ月を要することも」と書かれています。これはまさしくアートといえるでしょう。

伊中明さんのホームページ

星のホームページ
http://pro.tok2.com/~aq6a-ink/ms/indextop.htm
しし座流星群(交差法) http://pro.tok2.com/~aq6a-ink/ms/usa3d/leonid3d.htm

伊中さんは、作成された膨大な作品をホームページで公開されています。ほとんど全ての星座、彗星、流星群、星雲星団、そしてHSTの画像。圧倒されます。ぜひごらんになってみてください。伊中さんがどれほど「3D立体映像に取り憑かれているか」をひしひしと感じます。現代の天体絵師の至宝といっても過言ではないのではないでしょうか。

かみのけ座銀河団。ひしめく銀河団を立体視するとまた別の迫力があります。 http://pro.tok2.com/~aq6a-ink/ms/usa3d/comgal.htm (平行法) Photo: NASA, ESA, and the Hubble Heritage Team (STScI/AURA)

まとめ

いかがでしたか?

宇宙空間は無限といっていいほどの広がりを持っています。人類の知恵で届く範囲はたかが知れたものです。しかし「銀河は遠い」「シリウスは近い」「デネブは遠い」といった知見を想像力で補い、私たちは平面的な天体写真を鑑賞しています。

それを、具体的な距離感として視覚に訴えかけられるのが3D映像による立体視です。「宇宙をもっとリアリティのある姿で見たい」そんな思いで作り上げられた3D映像には、宇宙の深淵の姿だけでなく、それを「この眼で見たい、感じたい」という強い欲求が詰まっています。

ぜひ多くの方に3D映像に触れていただくきっかけになると幸いです。


  • 記事作成においてはNobuaki Itoさん、伊中明さんに多大なご協力と画像掲載の許可をいただきました。感謝の意を表します。

 

  https://reflexions.jp/tenref/orig/wp-content/uploads/sites/4/2019/08/5b2c48c75416b5cab0ab7f37600bc24e-1024x687.jpghttps://reflexions.jp/tenref/orig/wp-content/uploads/sites/4/2019/08/5b2c48c75416b5cab0ab7f37600bc24e-150x150.jpg編集部天体写真夜空に輝く星々は「めちゃくちゃ遠く」にあります。そのため、どんな手段で見たとしても「距離感」を視覚的に認識することは不可能です。ところが「ある細工」をほどこすことで、立体的な星空を見ることが可能になります。 本記事では、宇宙の雄大なスケールを実感できる3D立体写真についてご紹介したいと思います。 Nobuaki Itoさんの3D立体写真 本記事のきっかけになったのが、最近SNSで公開されたNobuaki Itoさんの画像です。天体望遠鏡でご自分で撮影された画像を加工して、天文ファンになじみのある天体を立体的に浮かび上がるようにした力作です。 亜鈴状星雲M27付近の3D立体写真 天文ファンにはおなじみの、こぎつね座の亜鈴状星雲M27。この画像を立体視すると、星雲や明るい星々がぽっかりと手前に浮き上がり、とても神秘的。 2枚の画像を「立体視」するのには若干慣れが必要です。初めての方も、ぜひこの機会にマスターしてみませんか? 立体写真website・ステレオ写真の見方1 「平行法」 https://www.stereoeye.jp/howto/parallel.html 立体写真を見るのが初めての方は上のリンクの解説をご参照ください。この画像は、右の眼で右の画像・左の画像を左で見る「平行法」用に作られています。 逆に、右の眼で左の画像・左の眼で右の画像を見る方法が「交差法」です。どちらの方法がより自然に立体視できるかは個人差があります。「平行法」でうまくいかない場合は「交差法」を試してみてください。解説は下のリンクから。 立体写真website・ステレオ写真の見方1 「平行法」 https://www.stereoeye.jp/howto/parallel.html コートハンガー付近の3D立体写真 もうひとつの立体画像をご紹介します。こちらもこぎつね座の有名な「コートハンガー星団」です。この星団(星列)は、実際には星団ではなく見かけ上たまたま星が同じ方向に集まって見えているといわれていますが、立体視してみるとそれが一目瞭然です。これまた感動的です。   3D立体写真の作り方 この画像がそのように作成されたのかをご紹介しておきます。 まず、普通に天体写真を撮影します。次に、写っている主な星や星雲星団までの「距離」を星表やアプリなどで調べます。右目と左目の間隔を「1光年(!)」に設定し、星までの距離に応じて左右の星を一つづつ地道に「ずらして(*)」いきます。亜鈴状星雲の画像では、100個ほどの対象についてこの作業を行われたそうです(*2)。作業時間は5〜6時間ほど。 (*)このプロセスでは「切り貼り」が行われているので、背景の暗い星は若干事実とは違う見え方になっているかもしれません。 (*)このため、背景の天の川や暗い星々は立体視にはなっていませんが、両目で見ることでなんとなく3Dっぽく見えるのが面白いところです。 ひたすら地味な作業ですが、その甲斐あってとても臨場感のある素晴らしい立体(3D)映像が得られました。いやー、感動しました。Nobuaki Itoさん、ありがとうございます!   伊中 明さんの3D立体写真 Nobuaki Itoさんの3D立体写真に触発されいろいろ調べてみたところ、伊中 明さんという方が古くから天体の3D立体写真に取り組まれていることを知りました。これはスゴイです。書籍化もされています。 伊中明さんによる3D立体写真概説 技術評論社・連載 3D立体写真で見る宇宙 https://gihyo.jp/science/serial/01/3d 上記の書籍を出版した技術評論社のサイトに、天体の3D立体写真化についての伊中さんの手による詳しい連載記事(全4回)があります。 Part.1 天体の運動や位相変化を利用した3D写真 太陽系内の「近い」天体の場合、一定の時間をおいた2枚の写真だけで3D立体写真を得ることができます。天体が月に隠される「星食」や楕円形につぶれた木星、土星の輪などの立体画像の例が解説されています。 Part.2 画像処理で星座を3Dにする 地球の近くにある恒星は、年周視差などの方法によって実際の距離が測定されています(*)。このデータを元にして、星座の画像を加工することで3D立体写真化する方法が解説されています。 (*)恒星の年周視差は、1989年に打ち上げられた人工衛星ヒッパルコスで1/1000秒角(約326光年の距離が精度10%)、2013年に打ち上げられた人工衛星ガイアでは、3万光年以内の恒星までの距離を20%の誤差で測定できるようになり、20等級以下の10億個以上の恒星の距離が明らかになりました。 前項のNobuaki Itoさんの3D立体写真も基本的にはこの方法に基づいています。 Part.3 星雲星団や銀河を3Dにする さらに遠くの天体を3D立体映像化する方法の解説です。実際のところ、はるか遠方の淡く広がった天体の正確な距離については、現在の技術では明らかになっていません。そこで、科学的な根拠を踏まえながらもある程度の仮定を置いて画像を制作します。記事内では『正確な遠近感ではないけれど,天体の特徴を反映させた「3Dアート」』であるとされています。 Part.4 HSTの写真にチャレンジ NASAが公開しているHST(ハッブル宇宙望遠鏡)の天体画像を3D立体写真化されたものが「キャッツアイ星雲」をはじめ、4例紹介されています。元の画像が超絶なだけに、3D版もさらに超絶。もうスゴイとしか言いようがありません。 天体画像の3D化には膨大な労力がかかるそうです。記事には「1作品の3D処理に数ヶ月を要することも」と書かれています。これはまさしくアートといえるでしょう。 伊中明さんのホームページ 星のホームページ http://pro.tok2.com/~aq6a-ink/ms/indextop.htm 伊中さんは、作成された膨大な作品をホームページで公開されています。ほとんど全ての星座、彗星、流星群、星雲星団、そしてHSTの画像。圧倒されます。ぜひごらんになってみてください。伊中さんがどれほど「3D立体映像に取り憑かれているか」をひしひしと感じます。現代の天体絵師の至宝といっても過言ではないのではないでしょうか。 まとめ いかがでしたか? 宇宙空間は無限といっていいほどの広がりを持っています。人類の知恵で届く範囲はたかが知れたものです。しかし「銀河は遠い」「シリウスは近い」「デネブは遠い」といった知見を想像力で補い、私たちは平面的な天体写真を鑑賞しています。 それを、具体的な距離感として視覚に訴えかけられるのが3D映像による立体視です。「宇宙をもっとリアリティのある姿で見たい」そんな思いで作り上げられた3D映像には、宇宙の深淵の姿だけでなく、それを「この眼で見たい、感じたい」という強い欲求が詰まっています。 ぜひ多くの方に3D映像に触れていただくきっかけになると幸いです。 記事作成においてはNobuaki Itoさん、伊中明さんに多大なご協力と画像掲載の許可をいただきました。感謝の意を表します。    編集部発信のオリジナルコンテンツ